第577話 嚥下すべき感情

 


「フェルズ様!ご命令通り、王都防衛軍および青の軍の将兵は捕虜にしたであります!」


 俺が本陣に戻ると天幕の外に居たサリアが元気よく報告をして来る。


 本来の予定であれば、決戦後サリアは軍を率いて王都の制圧に向かってもらう筈だったのだがリーンフェリアの事もあり一度下がってもらったのだ。


「ご苦労、サリア。敵将軍はどうだった?」


「特筆すべき点はなかったであります。詠唱をのんびりされていたので、さくっと仕留めたであります!」


 ……それ生きてる?


 まぁ、サリアからしてみれば英雄だからといって手強いって感想はでないよね。


 俺の方も……アクシデントさえなければ片手で足りるくらいの攻撃しかしてないし。


「……そうか。飛行船に残っているリオ達を呼んだから敵兵の管理はリオ達に引き継げ。それと、リーンフェリアの件はウルルから聞いたか?」


「引継ぎの件は了解であります!リーンフェリアの件は……聞いたであります。フェルズ様が一度退くように命じられたのは、これが原因でありますか?」


 普段から真面目で快活や溌剌と言う言葉が良く似合うサリアだが、リーンフェリアの件と口に出した時は声のトーンは落ち、雰囲気も非常に堅い様子を見せた。


「あぁ。動きはぎこちないものだったが、抵抗すら出来ずに操られていたように見えた。動きは緩慢で戦闘力という点で脅威はなさそうだが、問題はそこではない」


「……」


 そう。


 リーンフェリア達が操られることによって戦力的に問題があるとか、そういう話ではない。


「どのレベルでどの程度操ることが出来るのか。俺達の装備によって防ぐことは可能なのかどうか……今その辺りをフィオが調べている。当然すぐに調べがつくものではないだろうが、一度情報を共有した上で動くべきだと思ってな」


「了解したであります!」


「では、まずはリーンフェリアに話を聞くとしよう」


 サリアにそう告げた俺は本陣の天幕をめくり……簀巻きにされ猿轡を噛まされ地面に転がされているリーンフェリアと目が合った。


 ……うん、何もさせるなっていう命令をウルルは忠実に守ってくれたんだろうけど、猿轡いる?


 俺がウルルに尋ねようとするよりも早く、俺と目が合って硬直したリーンフェリアの目が潤んだと思ったら次の瞬間物凄い勢いで地面に頭を叩きつけた。


 首の力だけで頭を叩きつけたとは思えない程の勢いで地面を陥没させるリーンフェリア……いやいやいや、なにしとんの!?


 あれ!?


 まだ正気に戻ってない!?


「待て、リーンフェリア。何をしている」


「……っ!」


 慌てて俺が簀巻き状態のまま地面に頭をめり込ませているリーンフェリアを助け起こすと、額と頬を真っ赤にしながら涙を流したリーンフェリアがこちらを睨んでいた。


 いや、多分俺を睨んでいるんじゃないと思うけど。


 最後に姿を見た時……ウルルに連れていかれる直前のぎこちない様子は見られず、その瞳には強い意志が感じられる。


 強すぎる自責の念といった感じだが。


 ってか失敗したな……リーンフェリアの事を後回しにしすぎた。


 操られていた時にリーンフェリアの意識があったのかどうかは分からないけど、誰よりも最初に声をかけてあげるべきだったのだ。


「リーンフェリア、自傷を禁止する。これは命令だ。分かったら頷け」


 俺がゆっくりと、言い含めるようにリーンフェリアと視線を合わせながら告げると、リーンフェリアは少しだけ逡巡を見せた後小さく頷いた。


 しかし、その目には血管が切れんばかりに力が入っており、滂沱の如く流している涙がいつ血涙に変わってもおかしくないといった有様だ。


 その様子でふと気付く。


 ウルルが猿轡を噛ませたのは……舌を噛みきろうとするのを防ぐ為か。


 俺はいたたまれない気持ちになりながら、リーンフェリアの猿轡を丁寧に外す。


「フェルズ様……申し訳ございません。フェルズ様より近衛騎士長に任じられておきながら、御身を傷つける等という愚行……許されざる罪。こうしておめおめと御身の前に姿を晒す事も憚られる罪です。どうか御目の届かぬところで処……」


「リーンフェリア!」


 俺が強めに名を呼ぶと腕の中にいるリーンフェリアだけでなく、天幕の中に居たウルルやサリアもびくりと肩を震わせた。


「……リーンフェリア、最初に言っておく。お前に罪はない。今回の件で罪がある者がいるとすればそれは俺だ」


 そう。


 今回リーンフェリアが敵によって操られたのは、その可能性を一顧だにしなかった俺の責任だ。


 相手は魔王の魔力について俺達以上に研究を進めており、魔王の魔力から魔物を生み出したり、英雄を生み出したり、そして魔物を操ったりする技術を開発していた。


 そして俺達はフィオが魔王の魔力を使い儀式によって生み出した存在。


 魔物を操る技術が魔王の魔力に作用して影響を与える技術だとしたら、俺達にもそれが効く可能性は十分考えられたことだ。


 そして、皆が魔王の魔力によって生み出されたことは皆には伝えていない。


 皆は自分達が元居た世界からこの世界に呼びだされた存在だと認識しているのだ。


 いくらキリク達であろうと、大前提を知らなければその可能性に思い至れる筈がない……だからこそ、俺が気付かなければいけなかった。


 折角ウルル達外交官が完璧に情報を調べ上げてくれても、その情報を扱う俺がポンコツでは意味がない。


 キリク達が手にしていない情報が一つあっただけでこの様だ。


 責任だなんだと散々覚悟を決めておきながら足元が疎か……いや、自分の足ですら立てていないじゃないか!


 そんな内心の憤りを全力で殺しつつ、俺はリーンフェリアの頭を撫でる。


「だが俺がどう言っても、お前の心は罪悪感に縛られるのだろう。だから、何らかの罰は与えよう。だがそれで終わりだ。以降は今まで通り、近衛騎士長として俺を守ってくれ。俺にはリーンフェリア、お前が必要だ」


「……ふぇ、フェルズ様」


 険はとれたがすぐに顔を伏せ、しゃくりを上げながら俺の名を呼ぶリーンフェリア。


 俺はその身を縛るロープを解き、もう一度頭を撫でた後……普段通り皮肉気に笑って見せる。


って、このロープ……今気づいたけどレギオンズの敵将捕縛用ロープか。


 ゲーム中敵の将と一騎打ちで勝った場合、高確率で敵を殺しちゃうんだけどこの捕縛用ロープさえあれば確実に敵将を捕虜に出来るアイテムだ。


 どうりでリーンフェリアが拘束を引きちぎれなかったわけだね。


「それにだ。ジョウセンやカミラだって、ダンジョン攻略中に魅了を喰らって俺に強烈なの入れてきたことあるしな。今更そんなに気にすることはないぞ?」


 俺が務めて軽い様子でそう口にすると、リーンフェリアは項垂れたままだが肩の力が少し抜け、ウルルやサリアの雰囲気も和らぐ。


「そういえば……サリアも昔やってくれたよな?確かあれは赤の国デンセル帝国にあった……」


 俺が魅了系を使うモンスターが多くいたゲーム時代のダンジョンの名を出すと、サリアがギョッとした表情を見せながら慌てたように口を開く。


 いちいち雑魚戦でどんなことがあったかは覚えていないが、あのダンジョンに連れて行っていれば魅了されて味方を殴る事なんて普通に起こっただろう。


 そう考え話をサリアに振ってみたが、どうやら当たりだったようだ。


「リーンフェリア!気を付けるであります!フェルズ様は結構根に持つタイプみたいであります!」


「くくっ……」


 俺が声を出して笑って見せると、顔を上げたリーンフェリアもやっと小さく笑みを浮かべてくれた。


 よし、もう大丈夫そうだな。


 俺は解き終わったロープを適当に捨てると、最後に一度リーンフェリアの頭をくしゃりと撫でてから立ち上がる。


 流石にすぐに元通りとはいかないだろうし、責任感の強いリーンフェリアは罪悪感に苛まれるだろう。


 そのことを思うと、腹の底に何かが淀み溜まっていくような感情を覚えるが……今それを噴出させるわけにはいかない。


 俺は普段通り皮肉気に口元を歪ませながら天幕の奥に用意されていた椅子に座る。


「それではリーンフェリア、すまないが話を聞かせて貰えるか?」


「……はっ!」


 目と頬を真っ赤にしたリーンフェリアが、少しだけ呆けた様な間があったものの普段通り生真面目な様子で返事をした。


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