第575話 本気

 


 なんで……腹に剣?


 いや、っていうか……いってぇ!?


 なんだ!?


 どうなってんだ!?


 こんなアクセサリー装備した覚えないぞ!?


 って、後ろ?


 後ろに誰かいる!?


 混乱しながら……でも腹を思いっきり刺された割には余裕がある俺は、顔を後ろに向け……次の瞬間叫び声をあげる。


「ウルル、待て!」


 俺を背中から刺した人物……リーンフェリアに攻撃を仕掛けようとしていたウルルを、俺はすんでのところで止める。


 それと同時に、右手でリーンフェリアを押しのける。


 リーンフェリアは剣をしっかりと握っていた為、当然俺に刺さった剣がずるずると抜けて……いってぇ!?


 叫びたい気持ちを必死に押し殺しつつ、俺は数歩分リーンフェリアから距離を取る。


 俺から離れたリーンフェリアは顔を伏せたまま表情は見えないが、妙にその動きはぎこちなさを感じさせるものだ。


 一体何が起こった!?


 リーンフェリアが俺を攻撃するはずがない。


 だが、俺を刺したのは間違いなくリーンフェリアで……しかしその様子は尋常ならざる感じだ。


 なんかロボットみたいな……そう考えた瞬間、俺の脳裏にとんでもない考えが飛来する。


 ……まさか、そういうことか!?


「ウルル!リーンフェリアを拘束してここから離れろ!それとリーンフェリアの意識があろうとなかろうと、絶対に何もさせるな!」


「……ですが!」


 叫んだことで口の中に血が込み上げて来るが、奥歯を噛みしめて堪える。


「命令だ!行け!良いか?絶対にリーンフェリアに何もさせるなよ!」


「はい……!」


 リーンフェリアを掴んだウルルがこの場から離脱する。


 それを見届けた俺は、視線を未だへたり込んでいる青の将軍へと向けながら常に携帯しているポーションを取り出す。


 今まで一度も使った事のない上級ポーション。


 この世界の人なら瀕死レベルでも下級のポーションで全快するけど、ゲーム時代のダメージで考えればリーンフェリアの一撃を下級ポーションで全快させるのは無理だ。


 ってか、お腹に穴空いちゃってるし……減った血も戻るのか?


 ……から揚げとかはみ出してない?


 色々大丈夫?


 そんなことを考えつつ上級ポーションを飲み下し……一瞬で痛みも口に逆流してこようとする血も綺麗さっぱり消え失せる。


 多分お腹の傷も塞がっているのだろう……鎧着てて分かんないけど。


 しかし、うん……剣でお腹貫かれたってのに、なかなか終止冷静だったというか余裕があったな。


 痛みの消えた今の方が落ち着いていない感じがするけど……とりあえず未だ起き上がる事の出来ない青の将軍から視線は切らずに距離を空ける。


 リーンフェリアがおかしくなった原因、間違いなく青の将軍の仕業だ。


 恐らく……以前報告にあった魔物を操る魔道具、それがリーンフェリアにも効いたのだろう。


 俺を操らなかったのは、俺には効かなかったから?


 リーンフェリアを操るより俺を操る方が得られる恩恵は大きい……そう考えれば、俺の事は操ることが出来なかったと見るべきだが……。


『フィオ、緊急事態だ。今いけるか?』


『む?問題ないぞ、どうしたのじゃ?』


 俺は『鷹の声』と『鷹の耳』を発動してフィオに繋げる。


『今敵の将軍と交戦中なんだが……恐らくリーンフェリアが操られた』


『は!?なんじゃと!?どういう事じゃ!』


『俺にも分からん。敵との戦闘中、いきなりリーンフェリアに後ろから刺された』


『さ、刺されたじゃと!?大丈夫かの!?』


 凄まじく慌てた様子のフィオに、そんな場合ではないのになんか気分が安らぐ。


『あぁ、問題ない。上級ポーションで多分傷も残ってない筈だ。それとリーンフェリアはウルルに拘束させて退避させた』


『……戻ってきたら二人とも医療チームと共に全力で検査じゃな』


 なんか、先程と違い声に剣呑なものが混ざる……心配されたことを喜んだことが伝わったのかもしれない。


 そのくらい許していただきたい……。


『リーンフェリアからめちゃくちゃ恨まれていたんじゃなければ、敵にリーンフェリアが操られたとみて間違いないと思うんだが、どう思う?』


『リーンフェリアが自分の意思でお主を刺すわけないじゃろ。しかし、一体何が……まさか、魔物を操るという魔道具かの!?』


『俺もそれを考えたんだが、魔物を操るんであって人を操るって感じじゃなかったよな?』


 人を操る魔道具であれば、使い道は多岐に渡るし……全力で研究を進めていてもおかしくはない。


 だが、ウルルからの報告では魔物を操る以上の使い方は考えていなかったようだし、実験に関してもちょっと面白い玩具が出来た程度の熱量だった。


『報告ではそう聞いておるが……いや、そもそも操ることが出来る魔物は開発局の中に居た魔物じゃったよな?もしかしてその魔物、魔王の魔力から生み出された魔物だったんじゃないかの?』


『かもしれんが、そこまでは報告には無かったな』


 俺がそう答えると、フィオは少し間を空けてから神妙な声を出した。


『……現時点で断言は出来ぬが、恐らく敵が操る事が出来るのはリーンフェリアだけでなくエインヘリアの者全員と見るべきじゃ。お主も例外ではない……すぐにその場から逃げるのじゃ!』


 魔王の魔力から生み出された魔物……もしかしてそういうことなのか?


 確かにその推測が当たっているならうちの子達も俺も操られる可能性は非常に高い。


 しかも今ウルルとリーンフェリアを下げてしまったから俺は一人……やべ、あの時はアレが最善だと思ったけど、ここで俺が操られたら本気でヤバイ。


 だが……。


『……いや、ここで撤退するのはマズい。状況的に、これは偶然操られた感じだと思う。だがここで敵を逃がせば、相手は俺達を操る手段があると確信してその方法を確立してしまうかもしれん。この情報は今この場だけのものとして、漏らさないようにしないと……』


『じゃが、危険じゃ!万が一お主が操られでもしたら、それこそ取り返しがつかぬのじゃ!』


『俺もそれは考えたが……リーンフェリアが操られた時、俺も敵のすぐ傍にいた。もし俺を操ることが出来たなら、その時点で操っていたと思う。フィオの言う通り、俺を操ることが出来たら敵からしたら勝ち確定って感じだしな』


『確かにそうじゃが……上手く魔道具を扱う事が出来なかっただけとも考えられるのじゃぞ?』


 フィオの懸念ももっともだ。


 青の将軍は色々追い詰められていた最中だし、咄嗟にって感じで魔道具を使ったはず。


 狙いをつける様な余裕はなかっただろうし、そもそもリーンフェリアを操るつもりなんて無かったはずだ……元来そういう魔道具ではないし、多分近くに魔物でもいれば操って隙を作ることが出来るって程度の考えで使ったはず。


 それが良い方に転んでリーンフェリアを操ることが出来た。


 次は俺を狙い撃ちしてくる可能性は否めない……だが、このまま奴を確保しないという選択肢はあり得ない。


 そして、リーンフェリアが操られた以上ウルルや他の子達も危険だし……俺がやるしかないのだ。


 青の将軍は未だ立つ事が出来ない様だが、先程までとは違い目に力がある。


 このまま逃せば相当厄介なことになるのは間違いない。


 それに何より……俺の脳裏に先程のリーンフェリアの姿が過る。


 許せるわけがない。


『フィオ。『鷹の声』はこのまま繋いだままにしておく。もし俺が失敗した時は……すまんが後の事は頼む』


『ま、待つのじゃ!』


『悪い、フィオ。だが、ここは俺が無茶をしないといけない場面だ』


『じゃ、じゃが!』


『すまん』


 俺はフィオに謝ってから下半身に力を籠め、青の将軍に向かって一気に飛び出す。


 俺の動きに合わせるように将軍は手に持った何か……恐らく魔物を操る魔道具を突き出してきた!


 その瞬間、ほんの少しだけ体にまとわりつく違和感のようなものを覚えたが……意識を失うことはなく、体の動きも俺の意思の元問題なく動いている。


 だからと言ってこの状況で色々試したりはしない。


 俺は抱いた感情のまま、こちらを睨みつける青の将軍に覇王剣を振り下ろそうと力を籠め……繋いだままの『鷹の耳』からフィオの声が聞こえたような気がして、咄嗟に剣を逸らした。


 逸らした一撃は、抵抗を一切感じさせず……巨大な溝を作らんばかりに地面を切り裂いたが、俺はそれを無視して青の将軍の顔を思いっきり蹴り上げる。


 冗談のように空へと吹き飛ばされた青の将軍だが、先程までの手ごたえから彼が生きているのは間違いない。


 追撃は必要だが、俺はリーンフェリア達みたいに空中の敵を追いかけて追撃みたいなことは絶対に出来ない……あらぬ方向に飛んでしまうのが関の山だ。


 かと言って魔法で追撃すれば殺しかねない……ならば……。


 蹴り上げられ高く舞い上がった青の将軍は、当然重力に導かれ落下を始める。


 俺はその落下地点に先回りして、落ちてきた青の将軍を片手で掴み地面にめり込ませんばかりに叩きつけた!


 その勢いで地面が陥没してクレーターが出来てしまったが、青の将軍は白目をむいて痙攣しているようなので……多分大丈夫だろう。


 止め様にもう一発入れようと握りしめていた拳を解き、俺は口を開く。


『フィオ。大丈夫だ……制圧した』


『馬鹿者!』


 未だかつて聞いたことがないような怒気と……涙交じりの罵倒が即座に帰ってきた。


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