第571話 覇王の国からこんにちは
View of ヴェイン=リングロード リングロード公爵家三男 青の軍新将軍
「エインヘリアの……王?」
その男の名乗りに、私は思わず呆然としてしまう。
エインヘリアの王……騙りか?
いや、ありえない。
ヤツはエインヘリアの人間……いくら傲岸不遜な輩だとしても自国の王を騙るような真似は出来まい。
ならば……本当に、アレがエインヘリア王?
圧倒的な自信とそれに見合うだけの雰囲気をまき散らす男……その風格は確かに王者に相応しいものがあると言える。
だが、王が最前線に出て来るか?
そんなもの、酔狂を通り越して完全に狂っているとしか思えない。
王自身もそうだが、周りにいる者達全てがだ。
我がエルディオンにおいて王とは派閥の力を象徴する飾りに過ぎないが、それでも王を軽んじる者はいないし、ましてや戦場に出すなどということは権力争いに脳の溶けた連中でも考えないだろう。
いや、連中なら王の権威を高める為とか言い出す可能性は否定できないが……それでも最前線に単身で送り込んだりはしないと断言できる。
確かにこのエインヘリア王を名乗る男は英雄だ。
それも並外れた英雄であることはこうやって対峙すれば分かる。
だがそれでも……敵に複数の英雄がいる状況で、王自らが最前線に立つ意味がない。
そもそも、王を総大将として戦に敗れた場合のリスクを考えれば、最前線どころか勝利がほぼ決まっている様な戦場でもその名を使う事に二の足を踏んでもおかしくはない。
戦場とは何が起こるか分からない……流れ矢どころか、興奮した馬に踏み殺される可能性だってゼロではないし、落馬して死ぬ危険はそれなりにある。
英雄であればこそ、そのリスクは殆ど無いと言えるかもしれないが、それでも万が一があった時自国の受けるダメージを考えれば軽々には送り出せないだろう。
いや……今考えるべきはそうではない。
王が戦場に出ることに意味を見出しているということは……エインヘリアは確信しているという事だ。
エインヘリア王が絶対に敗れることはないと。
いくらこの王が傲岸不遜の極みだとしても、周りにその確信が無ければ絶対にこの場には立てないだろう。
「くくっ……戦場において随分と暢気な男だな?青の将軍とやらは」
「っ!……ご忠告痛み入る。まさかエインヘリア王殿にこのような場所でお目にかかれるとは思いもしていなかった物で」
エインヘリア王の一言で正気に戻った私は、言葉を返しつつ全力で考えを巡らせる。
もしエインヘリア王をこの場で捕らえることが出来れば、この戦いは一気にひっくり返るのは間違いない。
だがバルザード様がこちらにまだ来られない以上、恐らく未だ敵英雄と戦っているのだと考えるべきだろう。
私がやるしかない……いや、落ち着け。
相手がエインヘリア王だからと言って方針は変わらない。
そもそも私では勝てない相手。
やるべきことは、バルザード様が来られるまで時間を引き延ばす。
この戦いの重要度は高まったが、私やること……やれることに変わりはないのだ。
「しかし、王自ら前線に立たれるとは如何なるお考えで?」
「前線……?誰も戦っている様には見えないが、ここは前線だったのか?あまりにも静かだったので戦が起こっているのは別の場所かと思ったぞ?」
皮肉気に笑いながら周囲を見渡すエインヘリア王。
エインヘリア王がこの場に現れてから、王都防衛軍もエインヘリア兵も一切の動きを止めている。
前線というには確かに静かすぎるが、それでもここが戦場であることに違いはない。
どうやらこの王は皮肉を言わずにはいられないタイプのようだな。
「仮に戦場が遠くとも、王が護衛を一人つけただけで闊歩出来るような場所ではないように思いますが?ここはエインヘリアではなくエルディオン。何が起きてもおかしくはないかと」
「くくっ……青の将軍は随分と冗談が好きなようだな。俺達はエルディオンと言う国を潰しに来たんだ。何が起こるかは分かり切っているだろう?エルディオンという国の全ては俺の前に倒れ、貴様等が唯一絶対と信じる価値観は破壊されるのだ」
「価値観を破壊……?」
相変わらず本気とも冗談とも取れる様な口調でエインヘリア王は語る。
「貴様等は下らないことを、さも真理であるかのように信奉しているだろう?」
「……くだらない事とは?」
「ただの手段の一つに過ぎない魔法を、唯一絶対の真理と謳い、純血だなんだとよく分からぬ基準で人を区別しているだろう?正直俺としては他人の価値観をどうこう言いたくはないのだが、貴様等の考え方とやり方はあまりにも下品だ」
「私達が長年続けてきた研鑽を下品と……?」
エインヘリア王の言葉に穏やかならぬ感情が生まれる。
当然だ。
魔法の……エルディオンの歴史の何たるかも知らぬ輩がさも真理とでも言いたげに語る姿に、怒りを覚えぬ国民など我が国に居はしない。
一瞬、算段も何もかも忘れてこの男に飛び掛かってしまいそうになったが、私の中の臆病な心が待ったをかける。
エインヘリア王が賢し気に語るこの時間こそ、私が望んだものだ。
好きなだけ気持ちよく語らせてやればよい……程よく反論し、それをさらに反論させ……貴重な時間を無駄に使わせれば良いのだ。
「魔法やここに至るまでの研鑽を下品と言った覚えはない。技術の進歩は素晴らしい事だし、貴様等の国の技術が高い事は素直に称賛に値するものだ。俺が下品だといっているのお前達の思想だ。別に魔法第一主義であることは好きにすれば良いし、血統を大事にする事も俺にとってはどうでも良い。だが、その在り方を他人にまで押し付けるのは面白くない」
「つまり、エインヘリア王殿がおっしゃられているのは……純血を重んじる在り方が下品だと?王の言葉とはとても思えませんが?」
「人の生まれ……種族や血筋で能力が変わるとでも?」
「現実に、血を厳選してきた我等はこの大陸で最高峰の魔法使いを輩出し続けております。これが選別と研鑽の果てに辿り着いた境地……歴史が証明していると言えましょう」
「くくっ……研鑽は確かに貴様の言う通りだろうな。だが、なぜそこに血を同列として語る?貴様の言う研鑽と血が絶対に必要なのであれば、お前達貴族の中から魔法が使えぬ者が生まれる筈がないだろう?」
「……いかに厳選された血筋とはいえ、突如として不良品が出ることはあるのです。寧ろ厳選して来たからこそ稀にしか不良品が出ないと我々は考えております」
「下らぬ考え方だ。そもそも魔法が使えぬ程度でいち個人を不良品と言い捨てるとはな。愚昧に過ぎる」
そう吐き捨てるエインヘリア王は……今までで一番感情が籠っているように感じられる。
それが何に対しての想いなのかは分からないが、少なくともエインヘリア王が我々の考え方を嫌悪している事は間違いない。
魔法という至高の力の有用性も、我が国で研ぎ澄まされて来た技術も認めるが血を認めない。
なるほど……つまりエインヘリア王は、自らの血を尊いものと考え、我々のような長い歴史に守られた純血を貶めようと……そういう腹積もりなのだろう。
価値観を破壊するとはそういうことだ。
我々の血を根絶やしにするか、それとも強引に下賤の血と混ぜさせるか……この王はそれを考えている。
「愚昧とおっしゃりましたが、そもそも我々に貴方の勝手な考えを押し付けようとしているだけではありませんか?」
「当然だ。俺はエインヘリアの王だぞ?この大陸で誰よりも我を通す事を許された人間だ。その俺が、貴様等の国は気に食わんと言っているのだ。我がエインヘリアが貴様等を潰すのには十分過ぎる理由だろ?」
これ以上ない程の理不尽をさも当然であるかのように語るエインヘリア王。
だが……それは正しい。
この王にはそれだけの力があり、今までもそうやって他国を蹂躙し続けてきたのだから。
「まぁ、狭い国でそう主張するだけなら見逃してやっても良かったが、何を勘違いしたかその考えを外にまで持ち出そうとしたからな。汚染が広がっては迷惑だ」
「それは我が国を知らぬ者の意見に過ぎませんね。我々には歴史によって証明されている成功体験があります。そして外の者達が純血であることの素晴らしさが理解出来ないのは当然でしょう。我々は今日まで長く国を閉じてきましたからね。しかし、我等が外に出てそれを証明すれば、それがただ一つの真実だと理解する日が来るでしょう。既に混ざっている外の者達も、優秀な者達を掛け合わせ続け、幾代も時を重ねれば……いずれは純血である我々に届く程研ぎ澄まされる日が来るかもしれません。そしてそれを管理できるのは我々を置いて他ならないのです」
「そんな偏った考え方をする者に上に立って欲しいと思うものはいないのだがな。既に洗脳が終わっている連中ならともかく、外の世界の者がその考え方を受け入れる筈がないだろう?仮に貴様等の外征が成功したとして、その後やって来る世界は魔法使いとそれ以外の人の醜い争いの世界よ」
私の言葉に呆れたように持論を口にするエインヘリア王。
無論、我々とてこの考え方がすぐに受け入れられるとは考えていない、しかし我々が統制しなければ血が薄まり、やがて世界から魔法と言う崇高な力は失われてしまうのだ。
それだけは絶対に許されない。
「魔法使いと只人の争い?それはあり得ませんよ。そもそも只人が魔法使いに勝てるはずがないのですから。無論あなた方のような英雄であれば抗する事も出来ましょうが、それも精々持って数年と言うところでしょう」
何故なら我々には叔父上がいる。
私達と同等……いや、もしかするとそれ以上の力を全ての魔法使いが手に入れる日は、そう遠くない内に訪れるだろう。
無論……今は英雄と言われるこの身には先駆者としての価値しかなくなってしまうが、それ以上にエルディオンという国、そして全ての魔法使いが進化するということはこれ以上ない程に喜ばしい事だ。
「やはり下らんな。もう少し話が通じるかと思ったが、決定的に噛み合わぬ。そもそも本当に純血の魔法使いとやらが凄いのであれば、大陸最高の魔法使いとしてリズバーンの名があがることはないだろう?」
「……」
「そして当然。純血ではありえない俺の使う魔法も……お前たちの足元にも及ばないということだな?」
リズバーンに関しては何も言い返すことは出来ないが、その後にこの男は何と言った?
一瞬の思考の隙をつかれ放たれた言葉に私の理解が追い付かず、エインヘリア王は続けて行動を起こした。
「『白炎』」
右手を真横に振ったエインヘリア王が軽く呟くと、次の瞬間凄まじい勢いで地面から巨大な白い炎が立ち昇った。
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