第570話 強制花道

 


View of ヴェイン=リングロード リングロード公爵家三男 青の軍新将軍






 王都防衛軍の最後尾まで突き抜けたエインヘリア軍はそのまま丘に布陣する青の軍を狙ってくると予想していたのだが、その予想に反して王都防衛軍の傷口を広げるように軍を左右に広げていく。


 ……どうする?


 英雄を先頭において軍を貫いたと言うのであれば私がその英雄を討てば良い……そう考えていたのだが、まさかただの兵だったとは。


 私があそこに突っ込めば敵兵を倒すことは容易いが、広範囲への攻撃が出来ない以上戦況をひっくり返すことは困難だ。


 しかし、王都防衛軍も無抵抗のままやられているわけではない。


 直接攻撃を受けていない両翼から前列中央に向かって魔法が降り注ぎ敵軍を攻撃している。


 それでも勢いが衰えることなく王都防衛軍を攻撃しているのだから、エインヘリア軍の精強さは異常とも言えるのだが……。


 そんなエインヘリア軍によって軍を二分するように裂かれた王都防衛軍は、間に入ったエインヘリア軍に押されじわじわとその傷を広げていく。


 ……まずい。


 状況に全然対応出来ていない。


 ノリスやキュアンであれば既に突っ込んでいるだろう。


 レベトなら距離を空け、王都防衛軍を餌に相手の情報を得ようとするだろう。


 ネイリースなら王都防衛軍を救援するために後方に待機させている軍を動かすだろう。


 だが……その全てが間違っているように思う。


 突っ込んだどころで被害を大きくするだけだし、相手の情報を得ようにも王都防衛軍の騎士達が只の兵相手に蹂躙されているだけ。


 そして彼らを救援しようと青の軍を動かしたとしても、恐らく彼らの二の舞となるだけだ。


 いや、ここでこうして迷っているよりも何か行動を起こしたほうが良いのでは……私がそんな風に迷っている内に王都防衛軍は左右に押し広げられ、戦場に一本の道が出来上がってしまった。


 落ち着け……王都防衛軍は元から見捨てるつもりだったのだ。


 敵がこちらに向かってこない事は想定外ではあるが、こちらの予定は何一つ崩されてはいない。


 王都防衛軍も最後衛まで貫かれたとはいえ被害はさほど大きくはないのだ。


 落ち着けば立て直し、離脱するなり反撃するなり可能な筈。


 それよりも明らかに狙って作られたこの道……これはどう見るべきか。


 私を誘っている……?


 いや……なんとなくそうではない気がする。


 これは、エインヘリアの者の為の道だ。


 そんな私の考えを肯定するように、私の前に築かれた道の先に黒い人影が姿を現す。


 まだ距離があるが……人影は二つ。


 二人とも鎧姿で、恐らく男と女だが……まだ顔が判別出来ない。


 その二人が悠々と……すぐ隣で戦闘が起きているとは思えない程、二人の周りだけ空気が凪いでいるかのような優雅さでこちらへと向かってくる。


 そんな二人を……私は今立っている場所も状況も忘れ唯々眺めてしまう。


 何故だろうか……?


 近づいてくる人物にこれ以上ないくらい意識が引き付けられる。


 それが何故なのかは分からなかったが、近づいてくる二人の姿がはっきり見えるようになった瞬間……今度は覆いかぶさってくるような重圧を覚える。


 それと同時に気付く。


 先程まで聞こえていた剣戟や喊声……その一切が聞こえないのだ。


 いや、それどころではない。


 まるで凍り付いたかのようにエインヘリア軍は動きを止め……それにつられたかのように王都防衛軍も一切の動きを止めている。


 突如として別の世界が現界したかのような……全ての時が止まったかのような不思議な世界で唯一動く二つの人影。


 ピリピリとした緊張感、圧倒的な存在感をまき散らしながらも、戦場をまるで自分の寝室にでも向かうかのような足取りで進んで来たのは、黒き鎧に身を包んだ黒髪の青年と白き鎧をまとう金髪の女性。


 ……改めて確認する必要がない。


 アレは英雄……それも相当な手練れだ。


 エインヘリアの兵はともかく、王都防衛軍は姿すらほとんど見えていない相手に畏縮して動きを止めてしまっている。


 しかし、それも無理からぬこと。


 規格外の化け物……英雄を語る上ではありきたりな表現だが、そう評される私から見てもアレは化け物だ。


 圧倒的な気配は前を歩く男の方から感じられるが、恐らく後ろの女も英雄なのだろう。


 ただの女騎士があれだけの気配をまき散らす男の傍に居て、平然としていられるわけがない。


 止まった時の中……悠々と歩を進めてきた二人は王都防衛軍とエインヘリアの兵によって作られた道を抜け、私の傍までやってきたところで足を止めた。


「お前は青の将軍……ヴェイン=リングロード……だったか?」


 私の名を、思い出そうとしなければ出てこないとでも言いたげに男が口を開く。


 エインヘリアの諜報機関が優れていることは、こちらとしても十分過ぎる程理解出来ている。


 だから私という青の将軍にして英雄の名が知られている事は想定していた。


 だがこの男は、それがさもどうでも良い情報のように態度で見せている。


 普通に考えて、それは安い情報ではない。


 故にこの男の態度はこちらを挑発しているに過ぎず、そんな見え見えの行動に乗ってやる必要はない。


 しかし……見た目や雰囲気の割に随分と小者のような真似をするものだ。


「如何にも。私が青の将軍、ヴェイン=リングロードだ。それで?貴殿は何者なのかな?」


 私が挑発に乗らず問い返したことが意外だったのか、一瞬目を見開いた男だったが次の瞬間皮肉気な笑みを浮かべる。


「くくっ……俺の事を知らぬか。エルディオンの諜報力が大したことないと宣伝しているようなものだな。不敬ではあるが、その情けなさに免じて許してやろう」


 傲岸不遜。


 この男を表すのにこれ以上的確な言葉はないだろう。


 だが、その態度が許されるだけの力を有しているのは、その身に纏う空気が物語っている。


 どうする?


 この男がどんな立場であろうが、敵として立っている以上倒す以外の選択肢はない。


 だが、私がこの男に勝てる可能性は皆無と言える。


 せめてこの場にキュアン達がいれば……五人揃っていれば絶対に勝てるのだが……。


 いや、私が丘を降りる前に副官がバルザード様に伝令を出したはずだ。


 戦場の端と端ではあるが、こちらに英雄がいると連絡している以上バルザード様がこちらに来てくれる可能性は十分ある。


 それまで引き延ばせば良いのだ。


 倒すことは出来ずとも、守り耐えるだけならば十分時間は稼げる。


「俺はフェルズ……エインヘリアの王フェルズだ」


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