第569話 突破力

 


View of ヴェイン=リングロード リングロード公爵家三男 青の軍新将軍






 バルザード様に指揮された王都防衛軍は敵左翼に向かって進軍を開始した。


 軍事演習とは明らかに違う、軍の放つ熱気のようなものが本陣にいる私の元まで届いて来るかのようだ。


「本物の戦場の空気に押されている場合ではないな。バルザード様がどのような指揮をされてどのように動かれるのか、しっかりと勉強させて貰わねば」


 私は王都防衛軍の動きと敵軍の動きに注視する。


「見たところ敵の主力は槍兵。魔法兵は少ない……いや、全く姿が見えないな。最後列まで槍を立てているように見えるが……偽装か?対するこちらは盾兵を前に出した基本陣形……横陣の左方から攻撃するのはセオリー通り。王都に強襲を仕掛けてきたエインヘリアが守りに入り、王都近郊に攻め寄せられ丘に布陣した我々の方が攻め手に回るとはなんとも不思議な感じだが、やはり実戦とは机上演習とは全く違うという事か」


 両軍の動きを見逃さぬようにしつつ、私は状況を一つ一つ口に出しながら確認していく。


 やはりというか当然というか……緊張も動揺も大いにしており、先程から自らを落ち着かせるためにこうやってぶつぶつと独り言を言っているのだ。


 当然、傍には部下どころか副官さえも置いていない。


 戦場において副官を傍に置かないのは耳目も手足も失っているようなものだが、青の将軍として、エルディオンの英雄として……今現在の姿を見られる方が問題があるとの判断だ。


 大丈夫……こうやって口に出して確認している事でかなり落ち着いて来た。


 そろそろ副官を呼んで指示をいつでも出せるようにした方が良いだろう。


 そう考えた私は戦場から視線を外し少し離れた位置にいる副官を呼ぼうとして、聞こえてきた喊声に再び視線を戦場に戻す。


「始まったか」


 急ぎ副官を呼ばなくては、そう考えた私の視線の先で王都防衛軍が敵軍とぶつかり……その動きを止めた。


「衝突で盾兵が崩れなかった以上、後は王都防衛軍の魔法が敵兵を焼き払うだろう。初撃でバルザード様が魔法を撃たれなかったということは、軍とは別行動中と見て間違いない。敵英雄の位置は分からないが、恐らくバルザード様は敵右翼側に……あぁ、恐らくあの人影がバルザード様だろうな」


 敵右翼側にぽつりと人影が見えた私はそう結論付ける。


「相対するようにいる人影は……恐らく敵英雄だろう。流石はバルザード様、上手く敵を釣りだしたようだ」


 バルザード様の戦いも気になるが、今の私は後方を任された将だ。


 そちらばかり気にしておくわけにもいかない。


「まずは敵左翼側のぶつかり合いの推移を……」


「リングロード将軍!」


 離れた位置から副将が私の名を呼びながら戦場を指差す。

 

「王都防衛軍が!」


 そちらを見ようとしていた所を邪魔された感じではあったが、副官の声音からそんなしょうもない事を言っている場合ではないと思い急ぎ視線を移す。


 駆け寄って来た副官には声をかけず向けた視線の先で……王都防衛軍の中央に切り込むように敵軍が押し寄せて来る。


 正面盾兵が槍兵に破られ、一気に後衛である王都防衛軍の位置まで敵が入り込んだのだ。


 王都防衛軍はエルディオンの魔法使いの中でもエリート中のエリート。


 しかし、基本的に魔法による遠距離攻撃を得意としている彼等は寄せられると脆い。


 だからこそ、盾兵を三重に並べその後ろに槍兵、そして剣を持たせた弓兵を配置していたのだが……。


 いや、呆然としている場合ではない。


 すぐに救援を……だが、私が目を離した一瞬であそこまで深く潜り込まれてしまった以上、今から救援を送り出したところで間に合いはしないだろう。


「リングロード将軍!救援を向かわせます!よろしいですね!」


「待て、今から指示を出して救援を送って……間に合う筈がないだろう?それよりもあの王都防衛軍を引き裂いている敵軍は恐らくこちらの本陣を狙ってくる。あれ程の突破力、間違いなく青の軍も王都防衛軍の二の舞になるだろう」


「ではどうするのですか!?」


 噛みつくように叫ぶ副官に、私は出来る限り冷静に言葉を返す。


「落ち着け。あの尋常ならざる突破力……恐らく英雄が先頭に立っているのだろう。バルザード様が出ている今、私が対処せねば我が軍も王都防衛軍と同様に蹂躙されるだろう」


「……」


 私の言葉に歯噛みするような表情を見せる副官……もしかすると王都防衛軍に友人か家族がいるのかもしれないが救援は間に合わない。


 王都防衛軍とぶつかった敵軍だが、中央を真っ二つに引き裂くような凄まじい突破力を見せているが、そのまま王都防衛軍を蹂躙するというよりも最後方まで貫く様な動きを見せている。


 狙いは恐らくここだろう。


 なればこそ、私が急ぎ丘を降りて我が軍の前衛よりも前に出る必要がある。


 本陣に居るのは青の軍の副官達だが、彼らがやられてしまっては私が残っていても命令系統がズタズタにされてしまう。


 そうなれば眼下の王都防衛軍だけでなく青の軍も行動不能になり王都は丸裸となる。


 英雄とはいえ、いち個人。


 私やバルザード様だけで王都の全てを守ることなぞ出来はしない。


 今ここで王都防衛軍と青の軍の両方を失う事は出来ない……ならば今はまだ万全と言える状態の青の軍を残す方向で動くのが、最善とはいえないが次善の策と言えるだろう。


「軍は守りに専念させよ、壁は使い捨てて構わん。もし私を避けて敵軍が行軍してきた場合は盾兵で受け止め、諸共焼き払え。それと私が右側で敵英雄と戦闘に入ったとバルザード様に伝令を」


 私が命じると副官が復唱したので、私はそのまま敵軍目指して一気に丘を駆け降りる。


 副官は既にエインヘリア軍の突破力を一度目にしているから焼き払うタイミングを見誤ったりはしないだろう。


 それに、恐らく軍の先頭にいる英雄を私が抑えれば敵の進軍速度は極端に落ちる。


 そうなれば副官達も対処しやすい筈だ。


 そんな風に算段を付けている間に私は青の軍、そして壁兵たちよりも前に出ていた。


 最後に丘の上から敵軍の位置を見た時は、既に王都防衛軍の中ほどまで食い込んでいたようだが……後ろから見た感じ、兵の動揺具合からもうそろそろ完全に敵が突き抜けて来てもおかしくない状況と言えるだろう。


 寧ろよく私がここに来るまで持ったものだ。


 愛用の剣を抜き、いつ敵が飛び出してきても良いように詠唱を始める。


 つい先程……丘から見下ろす戦場の空気に気圧されていたが、いざここに立ってみると何の事はない。


 模擬戦でキュアンやノリスから与えられるプレッシャーの方が遥かに重く緊張感がある。


 覚悟の決まった私の視線の先で、遂に王都防衛軍の最後列が破られる。


 だが、最後列を突き破り姿を見せたエインヘリア軍の姿に私は疑問を覚える。


 先頭に居るのは英雄だと思ったのだが……どう見てもただの歩兵と言った出で立ち。


 明らかに雑兵といった感じだが、こちらに向かってくるのであれば英雄であろうとなかろうと関係ない。


 私は敵兵の動きを警戒しつつ、既に詠唱を終え待機状態にしてある魔法をいつでも放てるように構える。


 英雄の相手をする予定だったから現在詠唱している魔法はあまり広範囲を攻撃する魔法ではない……選択を誤っただろうか?


 一度魔法を破棄して、新たに広範囲系の魔法の詠唱を始めるべきか?


 しかし私の逡巡を他所に、王都防衛軍を突き抜けた敵兵はそれ以上こちらに進んでくるような事はせず、真っ直ぐ食い破った軍の傷を広げるように左右に王都防衛軍の騎士達を押し込んでいく。


 一体何を……敵と騎士達の距離が近い為広範囲系の魔法を放つことが出来ず、どうするべきか悩む私を尻目に、敵軍は左右の騎士達に攻撃を仕掛けていった。


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