第568話 バルザード=エヴリン
View of バルザード=エヴリン エルディオン英雄
ヴェイン殿を本陣に残し、私は副官に命じ軍を動かす。
折角丘に布陣したと言うのにこちらから攻めなければならないとは、本当に相手の底意地の悪さを感じますね。
敵側にも英雄がいる以上、軍の指揮は副将に任せ私は敵英雄を狙い撃ちにする必要があります。
敵英雄をあぶり出す方法は簡単です。
私が敵本陣に一直線に向かえば……確実に相手は出てきますからね。
今でこそ後進の為に色々と考えるようにしていますが、元々私はそういう頭を使った戦いは苦手なのです。
そういう戦い方は全てウルグラに任せていましたからね……。
今回も、敵の布陣を確認しながら基本的な部分はヴェイン殿に考えて貰いましたからね。
いえ、考え方の指針のようなものは教えましたし、私が気になった点もちゃんと彼に伝えました。
しかし、ヴェイン殿は軽く話を振っただけでスラスラと色々な考えを述べることが出来るので凄いですね。
まだ経験が少なく自信なさげな所が少し目に付きましたが、ウルグラの下で勉強すれば素晴らしい将となることでしょう。
私は……部下の自主性を重んじるタイプですからね。
そんな私は敵横陣の左翼側から攻めるように軍に厳命し、私は個人で右翼側から真っ直ぐ本陣に突っ込むことにしました。
「バルザード様の本性に若い将軍達はいつ気付くのでしょうね」
私の横に立った副官が呆れの混じった口調で声をかけてきました。
いや、呆れと言いますか……確実に私を非難していますね。
「ふふっ……言わぬが華ですよ。少しは頼れる先達と言うところを見せておかないと、今後ウルグラばかり頼られるようになってしまいますからね」
とはいっても、実際問題あらゆる面でウルグラの方が頼りになるでしょうがね。
個人戦闘技術だけは私の方が上ですが。
「まぁ、取り繕えるようになっただけ、若い頃よりはマシですね」
長年付き合いのある副官の皮肉気な言葉に、私はため息をつく。
「……貴方ももう良い歳なのですし、そろそろ引退してはどうですか?」
「私以外にバルザード様の副官が務まりますか?」
「……後継者問題というのはいつも頭の痛い問題ですね」
確かに、副官が交代してしまっては私は相当困る事になります……いえ、下手をしたら何も出来なくなるかもしれません。
戦時だけではなく平時から……もっと言えば私生活でさえ、彼女がいなければ困る事が多々あります。
「後任の育成は大事ですよ?」
「国の象徴とも言える御方がこれほどだらしないと知る者を増やすのは、とても勇気と慎重さが必要なのですよ」
「だからと言って数十年も掛けるのは如何なものでしょうか……」
そんな風に軽口を叩き合いながら軍が突撃の準備を整えるのを待ちます。
「帝国、エインヘリア……この二つの国との戦いは、私が生きている間に終わりますかねぇ」
「二国合わせて大陸の三分の二以上を支配していますし、完全に潰すとなったら十数年では足りないかもしれませんね」
「流石に二十年後も戦場に立てるとは思いませんね」
私も副官も五年後は恐らく大丈夫でしょうが、十年後は間違いなく戦場には立てないでしょうし、十五年後は生きているかどうかも怪しく、二十年後は生きている方が不思議という歳です。
生きている間に両国の英雄は平らげておきたい所ですが、それだけが戦ではありませんからね……流石に、エルディオンが大陸を制覇する姿を見るというのは難しいでしょう。
「これから先、エルディオンはどんどん強く大きくなっていくのでしょうが、その姿を見られない事は残念ではあります。ですが、頼もしい後進達が現れてくれたことで心の底から安心出来ました。ウルグラも私も今回の戦いを最後に、引退して後進の育成に注力した方が良いかもしれませんね」
「バルザード様の口からそのような言葉が出るとは……思いもしませんでした。てっきり生涯現役。死ぬときは敵の躯をベッドにして……とかおっしゃるものだとばかり」
「そんな寝心地の悪い場所で死にたくはありませんね……」
臭そうですし……。
「ですが、私もいい加減戦場は辛くなってきていましたし、引退はありがたいお話です。折角なら日々の書類仕事もお一人でこなせるようになってもらいたいものですが」
「……そういうものは、出来る方が手早く済ませるのが一番効率が良いと思いませんか?」
「後進達に副官に仕事を押し付けることを覚えさせないで下さいね?」
ジト目でそう口にした副官が馬にまたがる。
「それではバルザード様、御武運を」
「えぇ、敵軍の対処は任せました。ですが、手筈通りいくらかは後ろに流してやってください。ヴェイン殿も少しは動きたいでしょうからね」
「承知しております」
副官は笑みを浮かべると軍を引き連れ敵左翼側へと進んでいきました。
さて、私もそろそろ行きましょう……出来る限り派手に動いて敵英雄を引き付けなくてはなりませんし、久しぶりに全力を出していきましょう。
私は副官たちに背を向けて逆方向へと足を進める。
他国の英雄と違い、我々エルディオンの英雄は魔法を使って戦うので傍に味方がいると全力が出せない事が多いのですよね。
新たに五色の将軍となった方々も名こそ将軍とついていますが、軍を指揮して戦う事は殆どないでしょう。
自分で戦った方が強いですし、戦う際は同格の存在以外は邪魔になりますからね。
しかし、ウルグラは上手く軍を指揮して戦う事もありました……ヴェイン殿も似たような感じかもしれませんね。
キュアン達は敗れたという情報は入っていますが……死んではいないでしょう。
油断したのか、それとも初陣で舞い上がってしまったのか……それとも情報通り敵英雄の実力なのか分かりませんが、救出されたら少しお説教が必要です。
しかし、孫を怒るのは……色々アレですね。
どこかで甘やかしてしまいそうですし……何より嫌われたくありません。
やはりここはウルグラに任せるとしましょう。
甘やかすのは良くないですが、私だとどうしても手心を加えてしまいます。
厳しく接することのできるウルグラの方が良いでしょう……ですが、そういう役を任せるとなると、最終的にウルグラばかり皆から尊敬されませんかね?
……といってもやはり得手不得手はあります。
そっち方面の頼りがいはウルグラに任せ、私は個人戦闘方面で皆の面倒を見ることに専心しましょう。
そんなことを考えながら歩を進めていると遠くの方で喊声が上がるのが聞こえてきた。
右方での戦闘が始まったみたいですね。
では、私もそろそろ始めるとしましょう……あまり遅くなると敵英雄が向こうに移動してしまいかねませんし。
私は攻撃の為の詠唱を始めようとして……おや?
敵右翼から一人の人物が私の方に向かって歩いてくるのが見えます。
軍使の旗は掲げていないようですし……ふむ。
「そちらにいるのはエルディオンの英雄、バルザード=エヴリン殿に相違ないでありますか!?」
結構な距離から大きな声でこちらに向かって歩いていた女性が尋ねて来る。
返事をしたい所ですが、距離があり過ぎて……声を張り上げるのはこの歳になると億劫と言いますか……。
見えるかどうか分かりませんが、とりあえず頷いておきますか。
「やはりそうでありましたか!私はエインヘリアの槍聖、サリアであります!こちら側から来られると聞いていたので待っていた次第であります!」
こちら側からこられる……?
どういう意味……まさか私が右翼側に来ると?
いえ、ありえませんね。
私がこちら側に来ることを決めたのは副官と話をする直前、誰に相談したわけでもなく自分で何となく決めた訳ですし。
いや、なんとなくというか……副官たちは敵左翼側から攻める方が良さそうだと相手の陣を見た時に思ったから攻めさせたのですが、もしかして私がそう差配するように誘われた?
いえ、そもそもそれ以前に私が出てくること自体、ヴェイン殿に無理を言ってきたわけですし……誘う以前の問題ですね。
詳しく彼女の話を聞いてみたい気もしますが……声を張るのは面倒です。
ですが、彼女はこの距離で満足なのか足を止めてしまっていますし……正直、話をするにはちょっと距離があり過ぎると思います。
いや、私の事を警戒して近寄りたくないのかもしれませんが……普通に射程内ですし、何とも中途半端な感じは否めません。
「早速ではありますが予定も詰まっているので始めさせていただくであります!」
そう叫んだ彼女が持っていた槍を構えると同時に、私は詠唱を開始しました。
一人で私と戦おうと言うのですから、おそらく彼女は英雄なのでしょう。
とりあえず捕縛して話を聞いてみるのも良いかもしれませんね……私は動き始めた彼女の事を見ながらそんなことを考えた。
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