第567話 対面する軍
View of ヴェイン=リングロード リングロード公爵家三男 青の軍新将軍
私はバルザード様と共に王都より少し離れた位置にある小高い丘に立っていた。
丘の下には盾兵が並びその後ろに弓兵、そして王都防衛軍と青の軍が布陣……左右には少数ながら騎兵が配置されている。
更に丘中腹の右半分に王都防衛軍の精鋭、左半分に青の軍の精鋭部隊が配置されていた。
対するエインヘリアは何もない平原に一万五千程の兵を横陣で並べている。
丘を使い布陣できたことは僥倖だ。
敵軍の全てを見下ろしその動きを具に確認出来る事もさることながら、高所より放つ魔法は平地から放つそれよりも距離が稼げる。
更に我等の本陣を攻めるにあたり敵はこの丘を登らねばならず、体力という点でも低所から高所への攻撃という点でも相手方は非常に不利と言えよう。
だが……。
「何故エインヘリアはわざわざあの位置に布陣したのでしょうか?此度は防衛戦ではありますが先手をとって戦場を選んだのはエインヘリア側です。わざわざ不利となる平地側を選ぶ意味はありません」
「そうですね。普通に考えれば利の無い行為……唯の愚策ですが、この局面で戦の素人に軍を任せたりはしないでしょうし、間違いなく何らかの意図があるのでしょう。現時点でその企みは読めませんが……一つ、あの空を飛ぶ船が気になりますね」
バルザード様はそう言って視線を上空へと向ける。
兵を降ろした後、再び空に舞い上がった船は西へと移動していったのだが、ある程度戦場から離れた位置で留まっている。
「アレにまだ兵が残っていて我等の後ろを取る。もしくは王都を狙うと?」
「可能性は捨てきれませんね。そもそも、あの船にこれだけの数の兵が乗っていた事自体異常です。二の矢、三の矢が無いとも言い切れませんし……何よりあの船の位置取りが非常に厭らしい。敵の総大将はかなり性格が悪いですよ」
性格……。
「ふふっ……そう馬鹿にしたものでもありませんよ?」
「い、いえ、そのような事は……」
「敵総大将の性格を読むことは敵の戦術を読む上で大事です。有利な局面、不利な局面……どういった時にどう動くのかは、指揮を執る者の性格で変わります。貴方達はお互いによく知っている相手としか演習をしてこなかったから実感が薄いのかもしれませんが、例えばキュアンならこの場合どう動くか……そういった事を考えて指揮をしていた筈です」
「……おっしゃる通りです」
「先着しながら有利な地形を取らない。布陣は単純な横陣。攻め手でありながら動きを見せない本陣。嫌でも意識せざるを得ない位置に浮かぶ船。微動だにせずに並ぶ一万以上の兵。ヴェイン殿、どう見ますか?」
敵軍を見下ろしながらバルザード様が問いかけて来る。
敵をどう見るか……この戦場から得られる情報、それから今まで得られた情報から推測できることは……。
情報を頭の中で整理しながら私は口を開く。
「まず、エインヘリアの防諜力は我が国の諜報力を上回るものです。その事から考えてこちらの情報はある程度漏れていると推察します。この場合、敵が一番欲しい情報はこちら側の英雄の数でしょう。間違いなく最優先で調べられ……恐らくその数も把握されていると考えられます。故に、敵軍の中には英雄が存在すると考えられます」
英雄に対抗できるのは英雄だけ。
改めて言うまでもないことだが、どれだけ兵の数で上回ろうと英雄の存在一つで戦況はどうにでもなる……元々は只人であったこの身だからこそ、英雄という存在がどれほど規格外なのか理解している。
「更に、エインヘリアは我々の軍を北へと引き付けておきながら王都への強襲を敢行しました。不確定情報ではありますがエインヘリアには最低でも四人の英雄がいるとのことですし、最低でもこの戦場に英雄が二人来ている筈です」
私の言葉にバルザード様は口を挟まずに頷いてくれるが……採点をされているようで微妙に緊張してしまう。
「横陣を敷いているのは、こちらの兵から本陣を守ることだけを考えた配置だからではないかと思います。そして攻めは英雄が担うのでしょう。問題は遠くに見える船ですね、アレに英雄が残っている場合、非常に厄介です。その可能性を排除できない以上我々は常にあの船の動向に注意を払わなければならず、積極的に動きづらい状況と言えます」
しかし、戦場にあって教師に怯える生徒の如くあるわけにはいかず、私はくじけそうな心に活を入れつつ言葉を続ける。
「以上の事から考えて相手が平原に布陣したのは、我々に丘を取らせることで動きを鈍くする事。攻め手が英雄であれば多少の地形的有利は意味を成さない事。兵を使う場合我々を封じ込めやすい事。こちらの攻め口を予想しやすくする事。これらの制限を我々に課すことが出来る利点の方を取ったからだと思われます」
平原への布陣と空飛ぶ船の存在……この二つだけで一気に我々の不利な戦況へと傾いている。
この丘を取らなかったのは相手の罠……我々をここに飛びつかせ敢えて有利を取らせることでこちらの動きを制限させたのだ。
「つまり、敵総大将は思慮深く狡猾。兵の様子を見る限り統率力もあるのでしょう。それと横陣の後ろに本陣を置いているようですが、直衛が二、三千いるように見えます。総大将本人が英雄である場合そういう配置はしないはず。あの布陣では逆に兵を戦闘に……自分の攻撃に巻き込んでしまいますからね」
「なるほど。私の意見もヴェイン殿とほぼ同じです」
満足気に頷いたバルザード様がいつもの柔和な笑みを消し、真剣な表情でエインヘリア軍の方に視線を向ける。
「ですが、相手の狙いが気になる所ですね。王都を狙って来たのか、それとも私達を狙って来たのか」
「私達を狙う……ですか?」
バルザード様の言葉に私は首を傾げる。
「えぇ。王都と英雄……この価値は甲乙つけがたい物です。いえ、攻め手からすれば王都を落とすよりも英雄を倒す方が重要と言えるでしょう」
「……では、我々を躱して王都に攻め入ることはないと?」
「それがそうとも言い切れないんですよ。防衛側である我々にとって王都は大事ですからね。王都が攻撃されれば兵達にも動揺が走るでしょうしね。まぁ、私は王都にそこまで価値があるとは思っていませんが、目の前で王都が奪われるのを放置するわけにはいきませんからね」
冗談なのか本気なのか、肩を竦めながら言うバルザード様に私は曖昧な笑みを返す。
「私達を無視して王都を攻める様ならば対応しましょう。それと、アレの事もあります。私達は攻め手と警戒役に分かれた方が良さそうですね」
そう言いながら空を飛ぶ船に視線を向けるバルザード様。
警戒と攻撃……同時に行うには確かに二手に分かれるべきだが……。
「守備に専心しないのですか?」
「これは軍同士のぶつかり合いであると同時に私達英雄の戦いです。先手はなるべくとられない方が良いでしょう」
……どちらかというと守りの方が得意な私には厳しい言葉だ。
だが、ここで前に出られない様なら私の英雄としての価値はない。
「では、バルザード様。私が先陣を切らせていただきます」
「いえ……折角の申し出ですが、今回は私に任せて貰えませんか?ヴェイン殿は良く全体が見えているようですし、こちらで指揮を執る方が良いでしょう。それに久しぶりの戦場で私も腕が鳴ると言いますか……少し楽しませて貰いたいなと思いまして。折角の初陣に年寄りが出しゃばって申し訳ないのですが、お譲りいただきたい」
いつも通り、柔和な笑みを浮かべながら諭す様に放たれるバルザード様の言葉……それが私に気を使ってくれているのはよく分かる。
次代を担う将として正しい選択とは言えないが……敵英雄との戦いとなるのがほぼ確実と言えるこの状況、エルディオンの事を考えればバルザード様に出て頂く方が正しいに決まっている。
「……分かりました。攻めはよろしくお願いします」
「はい、任されました。貴方が後ろに居てくださるなら、多少無茶をしても大丈夫ですよね?」
悪戯をする子供のような笑みを見せたバルザード様に、私はお手柔らかにお願いしますと告げた。
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