第564話 ウルグラ=モルティラン

 


View of ウルグラ=モルティラン エルディオン英雄 現エルディオン王の大叔父






 我等エルディオンは魔法大国の名を冠する。


 その名に相応しく、我々は長年の研鑽と選別によって最高の魔法使い達を輩出し続けてきた。


 だが現在……大陸最高の魔法使いの名を上げるなら、多くの者がディアルド=リズバーンの名を上げるだろう。


 故に私とバルザードがディアルド=リズバーンを殺したいほど憎んでいると、若い連中は思っている。


 確かに、ディアルド=リズバーンという存在が私達にとって目の上の瘤であることは事実だし、何度も直接煮え湯も飲まされている以上悪感情が多いのも事実だが……それと同じくらい、私達はあの男を一人の魔法使いとして尊敬している。


 魔法使いであれば誰もが分かる事実。


 ただ才能があるだけで偉大と呼ばれるほどの魔法使いになれる筈がない。


 無論才は必要だ。


 だが頭角を現す魔法使いの全てが才を有しているし、人並外れた努力をしている。


 才を有し努力をしているのは当たり前。


 その先に進めるか否かは、才覚と研鑽の果てに辿り着く為の何かが必要なのだ。


 私もバルザードも……若かりし頃にその境地には辿り着いた。


 私に並び立つ者はバルザードしかおらず、バルザードの隣に立てるものも私しかいない。


 我等二人こそが魔法の深淵であり最先端。


 そう考えていた私はディアルド=リズバーンと戦い……そして敗れた。


 私だけでなくバルザードもだ。


 その事実はエルディオンの名を傷つけたし、私もバルザードも当時は絶対にディアルド=リズバーンを殺してみせると息巻いていた。


 だが、月日が流れ……私自身の研鑽よりも後進の育成に時間を費やす様になったことで、その想いに変化が出てきたのだ。


 若かりし頃は才あらば、努力すれば誰しも我等の領域に辿り着けると思っていた。


 我等に並び立てぬのは才が足らぬか努力が足らぬか……しかしそうでは無い。


 私から見ても輝かんばかりの才を持ち、私が心配するほど研鑽に明け暮れる者がいた。


 しかし……その者はついぞ、一流の魔法使いを越える事は無かった。


 幾人も幾人もそう言った若者達を見続けた私は……いつしか同格以上の魔法使いであるディアルド=リズバーンに深い敬意を抱くようになっていたのだ。


 だからこそ、そのディアルド=リズバーン以上の魔法使いを標榜するエインヘリアの英雄に深い怒りを覚えた。


 我等のいる領域は、簡単に辿り着けるようなものではないのだ。


 例え英雄であろうと辿り着けぬ領域。


 幾人もの才人が己の人生を全て注ぐ程に研鑽を積んでなお、足を踏み入れることが許されない聖域。


 仰ぎ見られる我等をしてなお仰ぎ見る存在……それが大陸最高の魔法使いという存在なのだ。


 己が国の英雄に箔をつけたいという意図は分かる。


 だが、その箔付けにディアルド=リズバーンの名を使ったのは間違いよ。


 人という存在の上澄みである英雄……その中でも更に最上位の存在それがかの英雄のいる場所なのだ。


 無論、何が切っ掛けでそこに至る事が出来るのか私にもまだ分からない以上、何かのきっかけで我々の領域に足を踏み入れた可能性は否定できない。


 だが……それが騙りであるかどうかはすぐに分かる。


 本物か、それとも紛い物か。


 私がそれを自身の目で判断してやる。


 そしてそれが本物であったなら……祝福してやろう。


 だが、紛い物であった場合……それは、絶対に許さない。


 後ろにある国ごと、その存在全てを滅却してやる。


 北方の戦で白と黄の将軍達が敗北したとの情報が入った時は耳を疑ったが、その後『風』によってもたらされたエインヘリアの英雄の情報に私は自ら手を下すことを決めた。


 新しい将軍達……まだ年若く経験は足りないが、技術開発局によって齎された力は私達の目から見ても本物だった。


 いずれは私達を超え、ディアルド=リズバーンに代わり大陸最高の魔法使いの称号を五人のうちの誰かが手にするものと疑っていなかったのだが……初戦にて二人の将軍が敗れた事実はけして軽視できるものではない。


 特に二人はディアルド=リズバーンを完封出来る魔法を持っていたこともあり、敗北は考えにくかった……故に私が出て流れを押し返す必要があったのだ。


 あの二人が敗れたのが本当にエインヘリアの魔法使い只一人の仕業だと言うのであれば、それなりの力を持っている事は間違いない。


 その先に至る何かを持っているかはさておき……それは私が見極めれば良いだけの事。


 私怨と国益。


 両方の観点から私はエインヘリアの英雄の相手をするべく、若き将軍達を連れて北方戦線へと赴いた。


 『風』が齎した情報通り最強を騙る不遜な者なのか、それとも本物なのか……怒りと若干の期待を同居させたなんとも言い難い感情のまま私は戦場に立つ。


 相対するはエインヘリアの英雄……宮廷魔導士を名乗るカミラという女。


 その姿を見た時、私の抱いていた怒りの感情は消し飛んだ。


 カミラの纏う雰囲気は確かに尋常ならざるものがあり、先に送り出した若者たちが敗れたというのも納得出来るものではあった。


 しかし、往年のディアルド=リズバーンに比べれば物足りなさを覚えたのも事実。


 恐らくあと数年……あと数年の研鑽があれば、彼女が我々の高みに到達出来るであろう逸材に見えた私は、カミラをエルディオンに勧誘した。


 この歳になって来ると、この先の世界をどれほど見られるのだろうかと考えるようになってくる。


 だからこそ、さらに先の未来を引き寄せられる素材を見つけると磨きたくなってしまうのだ。


 我が国は魔法使いにとって間違いなく最高の環境と言える。


 優秀な者達がごろごろいて日々切磋琢磨出来る環境は非常に刺激があり、研鑽を積む上でこれ以上は望むべくもない……魔法使いとしてより高みを目指すのであれば、我が国以外にはあり得ないのだ。


 恐らくディアルド=リズバーンが我が国に来ていたら……歴史上もっとも偉大な魔法使いとして名を残していたことだろう。


 カミラの若さを考えれば、そう呼ばれる未来もあり得る……そう考えた故の勧誘だったのだが、笑いながら断られた。


 その事に怒りは覚えなかった。


 強力な自信もまた、より高みに登るためには必要な物だから。


 私自身、カミラくらいの年齢の時に先達から言われた言葉の数々を鼻で笑い飛ばしたものだ。


 だが……だからこそ、現実と言うものを見せてやることが先達としての役目だろう。


 その上でもう一度勧誘する。


 惜しむらくは、カミラは外の世界の魔法使い故純血ではないという事だ。


 私が後ろ盾となったとしても……どこまでその功績が認められるか。


 開戦前まで私はそんなことを考えていた。


 油断は何一つなかったと言えるし、カミラにしても全力で叩き潰した後に生存していれば……程度に考えていたのだ。


 だが……開戦直後、私は何もかも間違っていたことを理解させられた。


「ば、馬鹿な……こんな、これが人の持ち得る力だと言うのか!?」


 

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