第562話 情報の価値

 


View of スカリー 元フェイルナーゼン神教枢機卿 『風』諜報員






「安値じゃ嫌っス」


「ならば自分で捌いてみるか?買い手が見つかるといいな?」


 私の返しにクガがぐぬぬと唸る。


 なんとも嘘くさい……わざとらしい態度だが、クガは普段からこんなリアクションなので本気で悔しがっている気もする。


「どうやら、この先の街に入る手はあるみたいだが……当然あそこは入国を許された商人との取引を許された者のみがいる街だ。出所怪しい人物から情報を買うものがいるとは思えんな。それに情報とは何よりも鮮度が値段に直結する。果たしてその握っている情報が意味を持っている内に買い手が見つかるかな?」


「めっちゃ喋るじゃないっスか……」


 クガは口をとがらせ拗ねたような態度を見せているが、その目は値踏みするように油断なくこちらを見ている。


「もしその情報が高く売れそうな情報であれば、追加でいくらか払ってやらんこともないが……どうする?」


「……エインヘリアってここから結構距離あるんスよねぇ」


「それはご苦労なことだな」


「足代も日数もかなりかかっているんすよねぇ」


「ならば余計急いで捌いた方がよいだろうな」


 私の言葉に恨みがましい目を向けて来るクガ。


 クガが何者かの意を受けてここに居るのであれば……その意図はなんだ?


 エルディオンに対する諜報活動……いや、この係留地からの出入りは相当厳重に監視されている。


 ここに来た時点で、いくらクガが優秀であってもその監視を振り切れるものではない。


 外の者達が入国を許されている外街と呼ばれる交易街は、この居留地にある入国管理局を通過した者しか入街出来ない。


 そして入国の際は一緒に入国するグループが無作為に作られ、チェックの際に人数の増減が確認された場合そのグループの者達が全員拘束……下手をすればそのまま全員処刑されることもある。


 無作為に作られたグループによってお互いを監視させる……入国時も出国時も同じグループで動かなければならない為、勝手な行動をとる事はほぼ出来ない仕組みとなっているのだ。


 密入国は当然見つかれば極刑だし、正規ルートで入国すれば自由は殆ど無い。


「因みにおいくらで……?」


「では帝国銀貨……」


「スカリーさん!?せめてスタートは帝国金貨にしてくれないっスか!?」


「お前の情報が本当に売れるものか分からないからな。それとも売れた分だけ支払う歩合にするか?」


「いや、それはちょっと……でもほんと、いいネタっスよ?」


 そう言ってため息をついたクガがこちらに一歩近づき声を潜める。


「俺が持ってきたのはエインヘリアの英雄のネタっス」


「それが真実ならば、確かに良い値で売れそうだな」


 私は懐から金貨を数枚握りクガに渡す。


「へへっ、流石スカリーさんっス。なんだかんだ言っても物の価値を適正に判断してくれるっスね」


「……」


 嬉しそうに金貨を懐に収めながらクガは居留地の外れにある酒場を目で示す。


 どうやら腰を落ち着けて話すくらいの情報量を持っているようだな。


 この居留地にある施設は全て『風』が運営しているので、クガが妙なことを考えていても問題なく対処出来る。


 ここではなく、本格的にブランテール王国に入ってから接触されていた方が面倒が多かっただろう。


 それを思えば……ここで会えたのは僥倖だったな。


 それすらもクガの狙い通りだとすれば恐ろしい限りだが。


 店の入り出口にほど近い席に腰を下ろしたクガは酒を頼むと、先程と同じように普段よりも声を落として話を始める。


「エインヘリアには、帝国のディアルド=リズバーンを超える魔法使いがいるって話っス」


「いきなり眉唾物だな」


「いやいや、マジなヤツっスよ。因みにそいつがエルディオンの北西側の国境……帝国との国境に援軍として派遣されたって話っス」


「……」


 白と黄の軍が王都から出立した日を考えれば、そろそろ国境で開戦となっていてもおかしくはない。


 ならばその真偽はすぐに分かるだろう。


 いや、この場合の真偽とは北西の国境にエインヘリアの英雄……それも魔法使いの英雄が現れるかどうかという部分だ。


 自国の英雄を過大に宣伝することは国防上当然の考え方だし、ディアルド=リズバーンの名前はスラムの子供ですら知っているレベルなのではったりとしては一番分かりやすいと言える。


 クガもそれを十分理解しているからこそ、わざわざそれを告げたのだろう。


 エインヘリアはその英雄に絶対の自信があるという事……それを知らせているのだ。


 ディアルド=リズバーンを超えるという喧伝は効果的かと問われれば、殆どの国の上層部が否と答えるだろう。


 かの英雄は伝説の存在であると同時に現役の英雄でもある。


 しかも大陸一の版図を持つ帝国の英雄だ……帝国に目を付けられれば最悪だし、そもそもディアルド=リズバーンが出張ってきたらその喧伝が嘘だという事はすぐにバレる。


 英雄を保有している国は英雄を持っていない国に圧倒的なアドバンテージがあり……わざわざリスクを負ってまで喧伝する必要はないのだ。


 そして何より……陳腐すぎるその喧伝文句は、逆に自国の英雄を弱く見せるレベルと言える。


 しかし、エインヘリアは帝国に次ぐ版図を誇る国。


 英雄にはそれなりの箔付けをしたいという考えは分からないでもないし、ディアルド=リズバーンの名を出す以上自信があるのも伺える。


 しかし……クガは知らないだろうが、帝国との国境に派遣されたのは白と黄の新将軍。


 万が一にもその英雄が生き延びることはないだろうが、クガの情報がどこまで信用出来るかという試金石にはなり得る。


「帝国国境での戦いは、確かもうすぐ始まる頃合いだった筈だ。お前の情報……本当にエインヘリアの魔法使いが戦場に現れるかどうかはすぐにでも分かるだろうな」


「……マジっすか。え?俺遅かったっスか?」


「そうだな。私が渡した金貨程の価値があったとは言い難いな」


 ひと月ほど早ければそれ以上の価値があったと言えなくもないが……今となっては噂話を補強する程度の情報としかなり得ない。


「……」


「既に倒しているであろう英雄の情報ではな……」


「エインヘリアはその英雄に兵を率いさせて北からエルディオンを攻めるつもりみたいっスけど……」


「その英雄以外は出てこないのか?」


 エインヘリアの英雄は一人では絶対にありえない。


 他にも英雄の情報があるならと思ってそう尋ねてみたのだが、クガは難しい顔をして考え込む。


「北の戦線に送り込むという話はないっスけど……後三人程英雄の情報は仕入れているっス」


「その情報の方が捌けそうだな……間に合えば、だが」


 私の言葉にクガは歯でも痛くなったかのような表情を見せた。





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明日と明後日は親戚云々があれこれでやっかいなので投稿出来そうにありません。

来年の投稿は三日からになります!


良いお年を!

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