第560話 いたかもしれない
キリクの眼鏡クイっとかイルミットの満面の笑みとか……色々気になるけど、世の中には知らない方が良い事が沢山ある。
王様だからと言って全てを知っておく必要はない……いや、寧ろ王様だからこそ知らない方が良いことだってあるのだ。
好奇心は覇王も殺す。
そう考えた俺は、にっこりと微笑むイルミットに普段通りの皮肉気な笑みを見せてから視線を外した。
「……それと……技術開発局局長の傍に……魔族がいる」
「ほう?何かの被検体か?」
「いえ……違います……共同研究者……です」
共同研究者……?
エルディオンは非魔法使いだけじゃなく他種族も絶対認めないマンじゃなかったっけ?
「……開発局局長にとって……魔法使い以外は……使えるか使えないか……それしかない」
……うん、一瞬でもまともな感性があるのかと思った俺がアホでした。
そりゃそうか。
他種族や非魔法使いをモルモット程度にしか考えていない奴だって事は、やってきた実験を見れば明らかなんだし、まともな倫理観を期待する方が間違っている。
技術といい感性といい、認めるわけにはいかない人物という訳だ。
本当に……エルディオンって国は徹頭徹尾面倒な国だよ。
正直国の端から端までエリア系魔法で焼いて行った方が良いくらい、その過去も現在も……そして未来においても厄介だ。
……焼いたろかな?
いやいや、待て待て。
考えが物騒すぎるぞ。
これじゃ覇王というより暴君だ。
臭いものに蓋をしたいのは山々だけど、熟成されて臭いが漏れて来たら最悪だし……根本から掃除する必要がある。
いや、焼却じゃないよ?
そのやり方は……俺が頭を悩ませることはないか。
既にキリク達によってしっかりと方向性は決められているのだし、こうやってウルル達が集めてくれている情報を基にして細部をしっかりと詰めていってくれるだろうからね。
俺の仕事はしたり顔でうんうんと頷くことと最終的なゴーサイン……そしてその結果何が起ころうと自身の責任として受け止めることだ。
……大量虐殺はないよね?
俺がチラッとそんなことを考えている間にもウルルの報告は続けられる。
「それと……技術開発局の奥に……局長とその魔族しか入る事の出来ない……扉がある」
扉?
「その奥も……研究施設……でも……もう一人……人が居た。多分……人族……」
「人族……?研究員ではないのか?」
「……違うみたいです。普通に……暮らしてる……感じ。見た目は……普通の……十代後半から……二十代前半くらいの……男」
研究所の奥で暮らす……?
普通に考えれば……局長の子供とかだろうけど……立ち入り禁止区域で生活してるってのが気になる。
これは……見つけたか?
「その男の事は気になるが、調べられそうか?」
「極端に……外部との接触が……制限されているから……時間がかかります」
「……分かった、無理をする必要はない。今は監視だけで構わん……接収してしまえば分かる事だしな」
俺がキリクを見ながら言うと、キリクがしっかりと頷く。
よし、問題は無さそうだね。
「監視している範囲で何かが判明したら報告してくれ」
「了解……です」
その男……軟禁されているのか、それとも自分の意思なのか……その辺りはまだ分からないけど、恐らくほぼ当たりだろうね。
早めに保護した方が良いのは間違いないけど、今の所その身に危険が迫っているわけでもなさそうだし……慌てる必要はないだろう。
そいつが本当に保護対象なのかは分からないけど、状況的に考えて十中八九……今代の魔王だ。
エルディオンの開発している技術を考えれば、魔王がいる可能性は高いと思っていたけど、意外とあっさりと……普通の場所でみつかるんだな。
なんかこう……遺跡の奥深くで謎技術の機械とかに繋がれて研究されたりしているのを想像していたんだが……そういう感じでもなさそうだ。
まぁ、魔王が死んだ場合……魔力収集装置が設置されていてもどうなるか分からんからね。
身の安全が確保されているなら、とりあえずは良かったと考えるべきだろう。
フィオに知らせてやらないとな。
魔王同士は別に血縁でも何でもない突然変異的な感じで発生するみたいだけど、フィオにとってはただの他人と割り切れるような相手じゃないし、魔王の保護は俺個人としてもエインヘリアという国としても重要事項だ。
失敗する訳にはいかない。
「キリク」
「はい。状況からの推測ではありますが、その人物は魔王でしょう。ウルル、万が一の場合はこちらの予定を全て無視して構わないので魔王を保護してください」
「……了解」
……ソウダネ。
監視だけじゃダメだったね……。
若干キリクに注意された気分になったが、俺はその気まずさを振り払い口を開く。
「為政者や研究者として、割り切った考え方は大切ではある。だが、人の心を忘れそれを成そうとするならば、それはただの邪悪だ。エインヘリアの王として、俺はそれを認めるわけにはいかぬ」
「「……」」
機械的に必要な犠牲を算出するのは……自らの心を殺さなければやっていられないという、実に人間的なやり方だと思う。
苦悩して……苦しんで……その結果、血の涙を呑んで犠牲を許容するのが正しい……とかそんなことは言わない。
どれだけ苦悩しようが何しようが、犠牲になった側からすればふざけんなって思いに違いはないのだから。
犠牲に対し申し訳ないと思おうが塵芥のように感じようが、犠牲者からすれば……死んでしまった者達からすればどうでも良い話だ。
良心の呵責だなんだという話は……生きている人間にのみ通じる考え方だと俺は思う。
そして、生きている人間である俺は、良心の呵責すら覚えないエルディオンという国の態度に対し理不尽な怒りを覚えている。
故に潰す。
エルディオンのやり方と何も変わらない。
自分勝手に犠牲を強いる……つまり、俺が気に入らないから潰す。
ただ、エルディオンのやり方より少しだけ俺の方がマシだと思えるように、アフターケアはしっかりとする。
それが俺の良心の呵責というものだ。
苛まれるだけなんて実に建設的ではないからね。
俺が常識を破壊して混乱させるのだから、その後の面倒までしっかり見てやる……ん?
それって今まで潰してきた国とあまり変わらんか?
いや……今まではそこまで常識や価値観をぶっ壊す程のことはしていないはず。
確かにうちの子達は常識とはかけ離れた能力をしているけど、俺個人やエインヘリアという国全体で見れば……うん、普通普通。
ちょっと野菜や果物や羊の収穫時期が季節問わず毎日だったり、海産物が無限に採れたり、どんな重症でも一瞬で治ったり、標準的な鉱物資源が望むだけ得られたり、空飛ぶ船があったり、一瞬で拠点間を移動できたり、最大百万強の兵を一瞬で編成できたり、メイドの子達が某国の準英雄くらい強かったり……よし、普通だ。
……あいかわらず思考があっち行ったりこっち行ったりしてしまったけど、俺のやる事は今まで通り何ら変わらない。
少しだけ違うのは、俺が今回の相手に対して隔意を持っているという事くらいだ。
「だが、それは為政者たちの罪であり、それを押し付けられた民や物の道理の分からぬ子供達の罪ではない。思想そのものをとやかく言うつもりはないが、少なくとも大多数から見て健全とは言い難い思想をそのままにしておくことは、未来へ害を成す行為と言える」
選民思想は……正直時代を経れば経る程おかしくなっていくからね。
既にエルディオン内では煮詰まっちゃってるし、一掃するのは本当に骨が折れるだろうが今このタイミングでやらないと後々絶対にもっと面倒になる。
それこそ宗教を相手にするようなもんだからね。
あぁ、嫌だ嫌だ。
地下に潜られて秘密組織とかになられて百年後辺りに暴れ出すとか……ありそうで嫌だ。
そして百年後だと俺まだ生きてるだろうし……うん、徹底的にやろう……いや、やってもらおう。
「幸い、かの国は鎖国状態でその思想は箱の中にしか広がっていない。閉じた箱の中にいる今ならば、その対処もやりやすかろう。キリク、イルミット。抜かりはないな?」
「はい。エルディオンという国、そしてそこに住まう民に関しては、既に正しい思想教育を施すプランが出来上がっております」
「……」
……あれ?
何か今そこはかとなく変な感じがしたんだけど……うん、気のせいだね。
キリクが眼鏡をクイってしてるし、イルミットの笑みが深まった気がするけど多分気のせいだ。
「ですが、その最初の一手でフェルズ様にお手間をかけさせてしまうというのは、非常に申し訳なく……」
「気にする必要はない。お前達が必要なプロセスだというのであれば、俺はその役目を全力で全うしよう」
何すれば良いのかは分からんけど……無茶は言わないでしょう。
……演説しろとか言わないよね?
仮に演説するとしても原稿用意してくれるよね?
「ありがとうございます、フェルズ様。先日の戦いでは軍の後方にいた『風』の者達は放置しました。これで白と黄の軍が壊滅したことはすぐに王都に伝わる事でしょう。ウルル、今後諜報活動は技術開発局をメインに……丸裸にしてくれ」
「……了解」
名指しで諜報いっちょ入りました。
一週間もあれば丸裸どころか骨まで見えそうだね。
「それと今後の諜報活動の一つですが、以前クーガーをつけていた元枢機卿……『風』の諜報員なのですが、そちら経由で情報を流します」
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