第558話 日常の延長
「それでは会議を始めます」
普段通りのテンションと言葉でいつも通りキリクが会議の始まりを宣言する。
絶賛戦争中の我が国ではあるけど、会議室の空気に戦時中の重苦しさは一切なく、普段通りの日常の風景が広がっていると言える。
それはこの会議室の中だけではなく、エルディオンと戦争が始まったと知らされた国民の様子も至って平常通りだから驚きだ。
いや、戦争を行っているのは遥か東の方なので西寄りの地域ではふーんってな物なのかもしれないけどね?
この世界ではいきなり相手の王都を攻撃したり、超長距離で軍事拠点を潰したりする方法はない。
精々儀式魔法で数キロ先を攻撃できるかどうかって感じのものだ。
勿論食料や物資の高騰、治安の低下という心配はあるかもしれないけど、その辺りは実績があるからね……俺がこの世界に来て今日まで、エインヘリアはずっと戦争を続けてきた。
その間、エインヘリアは食料の高騰はおろか民に戦死者の一人も出しておらず、治安に関しては大陸のどの国よりも安定していると胸を張って言える。
故に戦争中と聞かされても、民達にとってはへぇーくらいの感想しか出てこないのだろう。
それでも流石に一番最近エインヘリアへと組み込んだセイアート領では、自分達も戦争に駆り出されるかもしれない的な悲壮な雰囲気が広がっていた。
まぁ、うちに併呑されてから初めての戦争だし、その相手は自分達のすぐ隣の国……エルディオンだからね、色々と不安になるのも当然だ。
うちは国民皆兵ではなく職業軍人……もっと言えば、戦うのはうちの子達と召喚兵だけだから、エインヘリアが劣勢になったり負けたりしない限り、そこまで心配しなくても大丈夫だとは思うけど、口で言ったところでそんなものは信じられないだろうね。
勿論、俺達が負ける可能性はあるのだけど……少なくともエルディオンに負けることはないと断言できる。
エルディオンの切り札……魔法使いの英雄は、カミラがさくっと倒して捕縛しちゃったからね。
今日の会議はその報告や、ウルル達が集めてくれたエルディオンの情報を共有するための会議である。
「最初にカミラ、先日の帝国南東部での戦いについて報告を」
「はぁい。帝国南東部に進軍して来た白と黄の軍は氷漬けにして捕縛してぇ、英雄である白の将軍、キュアン=サーレスと黄の将軍レベト=クロイツはある程度戦闘をしてから捕まえたわぁ」
相変わらずローブを着崩し、色々見えてしまいそうで絶対に見えないというミラクルを成し遂げ、世の男性陣のチラ見を一身に受けているカミラが報告を始める。
「印象的にはぁ、何でも一人で出来る魔法使いっていうよりもぉ、一芸に特化した感じかしらぁ?白の将軍はぁ、連射に特化した中距離タイプの光属性。黄の将軍はぁ……多分近距離タイプの風属性かしらぁ?」
「黄の将軍とは戦わなかったのか?」
少しだけ言葉に詰まったカミラに俺が尋ねると、申し訳なさそうな表情を見せながらカミラが謝罪を口にする。
「ごめんなさぁい、フェルズ様。黄の将軍なんだけどぉ、飛行魔法が使えたのよぉ」
「ほう?リズバーンだけの魔法と聞いていたが、エルディオンでも開発に成功していたという事か」
リズバーンの飛行魔法は……確か消費魔力量が多すぎて『至天』の魔法使い達でも実用レベルで使える代物じゃないとかだったっけ?
消費魔力量を抑える研究を進めているらしいけど……エルディオンがリズバーンの魔法と同じ物を作ったのか、それとも別のアプローチから開発したのかは分からないけど、魔法大国の面目躍如といったところだろうか?
「汎用性があるなら白の将軍も使ったのでしょうけどぉ、その様子が無かったからリズバーン殿と同じように簡単な魔法では無さそうねぇ。まぁ、鹵獲したからしっかりと研究させてもらうつもりだけどぉ」
鹵獲て……兵器じゃないんだから……せめて捕獲って言おうよ。
「流石にリズバーンの飛行魔法は帝国の秘奥だからな。思わぬところで手に入れることが出来たのは幸運だったな。有効活用させて貰うとしよう」
「しっかり研究させていただきますわぁ。フィルオーネ様も張り切っていらっしゃいましたよぉ?」
「そうか……」
……いや、研究熱心なのは良い事だけどね?
でもなんかほら……敵国の将軍を鹵獲……捕獲して、ソイツの持っている魔法を研究するって、そこはかとなくマッドな感じがするような……。
それを嬉々としてする婚約者……いや、いいんだけどね?
俺のそんな微妙な気持ちが伝わってしまったのか、カミラが話題を元に戻す。
「そ、それでねぇ?戦闘開始して早々空を飛んで逃げようとするからぁ、慌てて確保する羽目になったのよぉ。もう少し実戦で色々と見せて欲しかったのに残念だわぁ」
「そういう事情だったのか」
カミラが戻した話に俺は頷いて見せる。
しかし、英雄である将軍が戦闘始まってすぐ離脱しようとするとは……腰が引けていると見るべきか、カミラが余程恐ろしかったのか……。
「そういうわけでぇ、黄の将軍に関してはもう少し手の内を引きずり出したい所ねぇ。白の将軍の方はあの様子から全力を引き出せたと思うわぁ。光属性使いみたいでぇ、連射性は中々のものだったわねぇ。でも威力が豆鉄砲って感じだったからぁ、威力を落として弾幕を作ったって感じだったのかもしれないわねぇ」
「英雄としての強さの程はどうだ?」
キリクの問いかけにカミラは指を顎に当てて考えるそぶりを見せながら吟味し、やがて結論が出た様で口を開いた。
「この世界基準で考えるならぁ、相当な強さだと思うわぁ。相性的に考えてもぉ、リズバーン殿じゃ正面から戦ったら厳しいでしょうねぇ。あの白の将軍の練度であればぁ、リズバーン殿の経験で覆せるとは思うけどってところかしらぁ?」
『至天』第二席でも正面から戦うのはヤバいって感じか。
まぁ『至天』は全力でマークされているだろうし、ピンポイントで対抗手段とか用意していてもおかしくないよね。
個人的にはあの無色の軍に居た、魔法や英雄の力を減衰させるって能力を持った奴等とかかなり便利だと思ったけど……なんか勿体ない使い方していたよな。
俺がエルディオンの立場なら……アレは秘匿しておく。
リズバーンから聞いた話では、魔法が発動できなくなるどころか特殊能力や身体能力すら弱めるって話だった。
そんなもん、不意打ちピンポイントで使えばリズバーンとリカルド同時撃破も容易いってもんだ。
それを適当に使い捨てみたい感じで使うなんて……勿体ないにも程がある。
本気で帝国と戦う気があったとは思えない。
恐らく奴等の純血主義ってのがアホな事させたんだろうね。
無色の軍だって、三百人も英雄が居て正面突撃オンリー?
アホかと……。
もっと色々良い使い方あるだろ!?
例えばほら……あの……パッと出てこないけど、なんかこう、良きように……出来るだろ!
「ふむ……リカルド殿も魔法を減衰させる能力者と合わせれば打ち取られていたかもしれませんね」
「そうかしらぁ?今の所個人を対象とした能力ではなく範囲内全ての魔法を減衰させてしまうのでしょう?彼等の攻撃手段は魔法しかないわよぉ?」
「そこはやり様次第ですね。まぁ、リカルド殿には思考高速化があるので、不意を打つのは非常に難しいですが……手はあります」
そう言って、眼鏡をクイっとするキリク。
あかんよ?
リカルドをやったらあかんよ?
なんか弱い駒で大駒を落とす喜びみたいなの見出さなくていいからね?
「ふぅん?まぁ、なんでもいいけどぉ……ひとまず帝国南東で得られた情報はこのくらいよぉ。捕虜にした人たちに関してはぁ、これからウルル達の方で尋問してくれるでしょう?」
「……うん」
「じゃぁ、私からは以上だけどぉ、何か聞きたいことあるかしらぁ?」
敵英雄がカミラの相手足りえなかったってのは良い情報だ。
まぁ、あまり心配はしていなかったけど……人造英雄の成功例ってだけで嫌な感じはあったからね。
その感じが払拭されたとも言える。
俺が心の中で満足気に頷いている間、誰かが質問を口にすることはなくキリクが議題を次に進める。
「では、次はウルル。報告を」
敵英雄の情報の次はエルディオンの中に関する情報だね。
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