第557話 白と黄
View of キュアン=サーレス サーレス侯爵家次男 白の軍将軍
俺達の放った魔法は一瞬でカミラへと突き刺さる……直前でまるで羽虫でも追い払うかのように無造作に振られた右手によってあっさりと弾かれた。
「ありえねぇだろ!」
「……」
あまりにもあんまりな光景に思わず叫んでしまったが、追撃の手までは止めない。
俺は散弾状にした魔法を一息で五回放つ。
優に三十発を超える魔法がカミラへと殺到し、再び地面から壁の様にせり上がって来た黒い何かに飲み込まれあっさりとかき消される。
「意味が分かんねぇ!なんだそりゃ!」
「ただの闇の壁よぉ。実体がないタイプの弱めの攻撃を吸収するだけのねぇ。火とか光とか雷、後は聖あたりには強いわねぇ」
火とか光や雷は分かるが、聖ってなんだ?
そんな魔法系統は知らないが……唯一つ分かるのは、俺のこの魔法じゃ相性が悪いってことだ。
「見たことも聞いたこともない魔法だな!」
「弱い魔法相手にしか使えないしぃ、そもそも弱い魔法って防ぐ必要ないからぁ出番はあまりないものねぇ」
さっきから弱い弱いと……!
絶えず浮かべている妖艶な笑みは俺を嘲笑しているようにしか見えないが、馬鹿にされるのも仕方がないと言ってしまえるほど俺の攻撃は簡単にあしらわれている。
俺のオリジナル魔法が牽制程度の役割しか果たせていない。
だが……!
俺はカミラの足元に着弾させ派手に土煙を巻き上げる。
正直、白の将軍であるこの俺が牽制や視界を遮る程度の働きしか出来ていない事に苛立ちしか覚えないが、俺が得意とするのはこの光魔法を用いた遠中距離戦。
光を吸収するというカミラの魔法の前では相性が悪すぎる。
「汚れるからぁ、そういうのは止めて欲しいのだけどぉ?」
カミラのそんな声が聞こえた次の瞬間、突風が巻き起こり視界が晴れる。
レベトを援護する為に作った煙幕をレベトが払う筈がない……ってことはこれはカミラの仕業か?
あの闇の壁に岩山を作った土魔法、更には風魔法?
こいつどれだけの属性魔法を使えるんだ!?
俺は口には出さずに心の中で悪態をつくが……役割は十分果たしている。
一瞬……一瞬、目隠しが出来れば問題はないのだ。
先程の土煙に紛れて既にレベトが動いている。
後は俺がカミラの意識を引き付ければ、レベトが一撃を入れてくれる……そこへ畳み掛けるように俺が連射を叩き込めば、防ぐ間もなくカミラを倒すことが出来るだろう。
俺は横へと移動しつつ、威力と貫通力を強めにした魔法でカミラを攻める。
散弾系は使わない。
下手に同時着弾数を増やす魔法にすると、先程の闇の壁で掻き消されてしまうからだ。
連射はするがタイミングをずらし、狙う位置は上半身のみ……カミラが弾いたり体を逸らして避けやすい感じでばら撒く。
威力や速度、貫通力を一発ごとに変化させている為、いい具合に嫌がらせが出来ていると思う。
カミラは相変わらず笑みを浮かべたままだが、偶にタイミングを合わせ辛そうにしている素振りが見える。
それにしても……魔法戦闘には相性が戦力差を覆すことがままあるが、俺のオリジナル魔法がここまで不利な相手がいるとは思わなかった。
……。
というか、さっきから素手で俺の魔法を弾いているのはどういうことだ?
魔法ってそんな感じに防げるものじゃないだろ……いや、恐らく素手で弾いているように見えてアレも何らかの魔法なのだろうが。
エインヘリア……ぽっと出が調子に乗っているだけかと思っていたが、予想以上に良い駒を持っている。
さっきの話を信じるならば、カミラ以上に手ごわい相手が一人は確実にいるということ。
だがそいつが最強ではないと言っていた……恐らく相性が悪い相手がいるという事だろう。
これだけの実力を持つ女が自分では勝てない相手がいると言うのだ。
相性云々を差し引いても一筋縄で行く相手であるはずがない。
これは、帝国以上に本気で掛からないといけない相手なのかもな。
俺がそんなことを考えながらカミラの顔面を目掛けて撃った魔法に合わせるように、上空から凄まじい勢いで落ちて来たレベトがカミラの脳天に向けて剣を叩きつける!
完全に死角……意識の外から放たれた一撃。
更に俺が相手の顔を狙って放った一撃と重なるタイミング。
これ以上ない程完璧なレベトの一撃は……気だるげに掲げられたカミラの右手によってあっさりと受け止められていた。
「っ!?」
「もしかしてぇ、貴方も空を飛べるのかしらぁ?」
完璧な一撃を受け止められ、剣を振り下ろした体勢のまま空中で固まっているレベトを見上げながら、カミラが驚いたとでも言いたげな表情で問いかける。
カミラの言う通り……レベトは飛行することが出来る。
長年ディアルド=リズバーンが支配していた領域に、ついにレベトは足を踏み入れた。
レベトの空中戦、そして俺の対空火力……この二つが対帝国、対ディアルド=リズバーンの切り札。
ここで披露するつもりは更々なかったが、そうも言ってられない強敵の出現で早々にカードを切った。
俺が土煙で視界を遮った一瞬でレベトは空へと飛びあがり、タイミングを計って風を纏わせた剣をスピードと自重を使い全力で叩きつける……それを片手で受け止めるって、どんな力だ!?
それにレベトのあの剣には、斬らずとも触れただけで対象を粉々にするほど強力な風の刃が無数に纏わされており、あんなもの素手で触れようものなら一瞬で手は赤い霧となってしまう筈。
あんな小枝でも受け止めるかのような気安さで受け止められるようなものではない。
「……っ」
流石のレベトも目を丸くして驚いていたようだが、すぐに気を取り直し空中へと退避する。
「リズバーン殿以外にも空を飛べる人が居たなんてねぇ。流石は魔法大国エルディオンの英雄さんかしらぁ?攻撃は得意じゃないみたいだけどぉ、面白いわねぇ」
俺もレベトも全力で攻撃しているのだが……カミラにとっては得意ではないと断ずる程度の攻撃という事か?
馬鹿な……ふざけるな!
レベトも無表情ながらカミラの理不尽さに思うところは多々ある筈。
これは……マズい。
俺達の最大火力が通じなかった以上、カミラを倒すのは不可能に近い。
少なくともこのまま戦闘を続けても勝つのは無理だ、一度体勢を立て直し策を練る必要がある。
得られた情報は少ないが、その価値は非常に高い……カミラという理不尽な存在。
この情報を持ち帰らねば、エルディオン全体がかなりマズい状況に陥りかねない。
俺はそう考え、カミラを挟んで反対側の位置にいるレベトに一瞬視線を送る。
恐らくレベトも同じことを考えていたのだろう、小さく頷いた後少しだけ申し訳なさそうな表情を見せる。
カミラの攻撃はまだ見ていないが、これで攻撃がしょぼいというのは考えにくい。
彼女が攻勢に出るのに先んじて俺は全力で足止め、そしてレベトは退却する。
空を飛べるレベトと俺では機動力が段違いだ。
レベトを後方に下げ、軍にも退避命令を出す……俺は俺で後ろに下がりながら魔法を連射。
まさか俺が殿で撤退支援をすることになるとは夢にも思わなかったが、今はこのカミラという化け物の情報を持ち帰るのが最優先だろう。
「切り札があるなら出してくれると嬉しいけどぉ、そろそろこちらからも行くわよぉ?」
「レベト!行くぞ!!」
相手の攻め気を削ぐように、俺は先手を打って最大限の火力と速度で魔法を放つ!
それと同時にレベトは高く舞い上がり、この場から脱する。
後は可能な限りカミラを足止めして時間を稼げば……そう考えることが出来たのは一瞬だった。
火力を最大にして連射……当然先程までと同じように着弾と同時に土煙がもうもうと立ち込める筈なのだが……着弾の衝撃すら帰ってこない。
いや、分かっている。
俺の全力が成すすべもなくあっさりと闇に飲み込まれているのだ。
「これはもう見せて貰ったから他のが見たいんだけどぉ、逃げられるのは困るわねぇ」
嘆息するようにそう言ったカミラの前に光の矢が現れ……消えた。
出しただけ……な筈はないが、光の矢は一瞬カミラの前に現れて何をする訳でもなく即座に消えた。
一体何が……そう思った次の瞬間、少し離れた位置にレベトが空から降りて……いや、落ちて来るのが目に入り、俺は慌てて落下地点へと回り込みレベトを受け止める。
「おい、何をして……っ!?」
強化された肉体のお陰で難なく受け止めることが出来たレベトに声をかけた俺は、途中で言葉に詰まる。
レベトは完全に気を失っていた。
それも両手両足と腹に深い傷を負った状態で。
「空を飛べるのは非常に素晴らしいしぃ、隠し玉も他に色々ありそうな子だったけどぉ。流石に逃げられちゃうのはねぇ」
間違いなくカミラの仕業なのだろうが、あの一瞬で空を飛ぶレベトを……?
俺自身レベト相手に対『轟天』を想定して対空戦の練習はしてきたが、ここまで正確に……一瞬で相手を無力化なんて出来ない。
防御魔法で防がれない高火力をばら撒いて、逃げ場を失わせつつ飽和攻撃を仕掛けると言ったやり方でどうにか……そんな想定だった。
……。
「光の矢って言うくらいならぁ、目で追えるような速度で撃っても仕方ないわよぉ。火力よりも正確性と速度が大事な魔法と私は思うわぁ」
「……」
光の矢……それが俺の魔法の事を指摘しているのだと気付くのに少し時間がかかった。
いや、かかってしまったというべきか。
何故なら俺がそれに対する返事をもう少し早くしていれば次のカミラの行動は防げた……いや、少しばかり時間を引き延ばすことが出来ただろう。
意味は無かったかもしれないが。
「後ろの軍も、とりあえず行動不能にするわねぇ」
そう言って気軽な様子で振られた右手に弾かれるように後方に控えさせていた軍へと視線を向けると……そこには巨大な氷山が鎮座していた。
「ば、馬鹿な……」
「残るはあなただけよぉ。もう少しぃ……何か面白いものを見せてくれると嬉しいわぁ」
そう言ってゾッとする程色っぽい仕草で口元に手を当てて微笑むカミラ。
「あ、あああああああああああああああああああああああああ!?」
喉が裂けんばかりに上げた叫びが、いつまでも俺の耳に残った。
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