第556話 つくりもの
View of キュアン=サーレス サーレス侯爵家次男 白の軍将軍
英雄になったことで視力も以前に比べてかなり良くなったのだが、流石に距離があり過ぎて近づいてくる人影がどのような人物なのか見えてはこない。
「アレは間違いなく英雄だよな」
「あの岩山から軽い感じで飛び降りてたからね。只人ならあんな風に歩くどころか普通に死んでると思うよ」
「だよな」
人影から視線はそらさず隣にいるレベトに確認するように問いかけると、当然と言わんばかりに肯定される。
「……撃つか?」
「あの岩山を作り出したのがアレかどうかは分からないけど、先制攻撃した方が良さそうな気配だね」
「しっ!」
俺はレベトの返事を最後まで聞かずに構えていた魔法を放つ。
まだ全力ではないが、先程よりも力を込めて放った光の奔流は人影を呑み込み、その背後にあった岩山へと突き刺さる。
こちらから砦の姿が見えなくなる程巨大な岩山だけあって、先程より力を込めた一撃であっても貫くことは出来ず未だその威風堂々たる姿は健在だ。
「砂煙が先程に比べてかなり少ない……あの砂煙はキュアンの一撃じゃなくあの岩山が隆起した時に発生した物だったのかもね」
「問題はそこじゃねぇだろ。人影は消えたが……なんだあの壁は」
光に飲み込まれる直前まで人影があった場所に壁のようなものが出来ている。
恐らく人影は消し飛んだのではなく、あの壁の向こうで無事だと考えるのが当然だろう。
そんな俺の考えを即座に肯定するように、壁が崩れ先程と同じ人影が視界に戻って来る。
「連打するか、それとも挨拶するか……」
「アレの防御能力はヴェイン以上かもしれない。キュアンが今の魔法を連射出来ることはまだ隠しておこう。恐らくアレはエインヘリアの英雄。倒すのはいつでも出来るけど、エインヘリアの情報は出来るだけ早い内に集めた方が良さそう」
「見た感じ土魔法を得意とする魔法使いみたいだが……ただの石壁くらいで俺の魔法が防げるわけないしな。それにたった一人で俺達の方に向かって来ている……余程腕に自信があるんだろうよ」
悠然とこちらに歩を進めてくる姿……ようやく姿が判別出来るところまで近づいてきたが……あれはなんだ?
女……近づいてくる人影は女だ。
着崩したローブはだらしなさよりも煽情的な雰囲気を醸し出し、歩いてくる姿もしなりをつくり、やはり蠱惑的な雰囲気を纏わせている。
それに、凄まじいまでの美貌とプロポーション。
ここが戦場であることを忘れてしまいそうになる程……あの女に目と意識を奪われてしまった。
「……げ、幻術じゃないか?いくらなんでも……美し過ぎるだろ」
「あぁ、キュアンはあんな感じなのが好みなんだね」
「そ、そうは言ってねぇだろ!?」
「まぁ、でも……幻術って言いたくなるほどではあるよね。まるで作り物みたいだ」
レベトの言葉通り、確かに作り物めいた美しさと言える。
あの姿と言い、美貌と言い、土魔法の強度と言い、そして我々に向かって悠然と歩いてくる精神と言い……全てが現実離れ手しているが、アレは幻術の類ではない。
圧倒的な気配が間違いなく彼女がそこにいることを物語っており、その存在感は幻ではありえないと断言できる。
たっぷりと時間をかけ、こちらを焦らす様にゆっくりと歩いて来た女は、声が届く程度の距離で立ち止まりどこか気だるげにも見える妖艶的な笑みを浮かべながら口を開く。
「軍使の旗を掲げていないからもっと攻撃されると思ってたけどぉ、思っていたよりずっと紳士的ねぇ」
「我等は誇りあるエルディオンの五色の名を冠した将軍だ。例え軍使でなかろうと、敵陣に一人でやってくる勇気ある者を有無を言わさず仕留めたりはせぬ」
まぁ、初っ端に人影目掛けて一発ぶちかましたが、それはそれだ。
内心の疚しさを表には一切出さず俺が応えると、先程までとは雰囲気を一変させ無垢な少女の様な笑顔を見せる女。
「ふふっ……そうだったのねぇ。では丁度良いから少しお話ししましょうかぁ。キュアン=サーレスさんとぉ、レベト=クロイツさん」
「「っ!?」」
おもむろに……なんの躊躇いもなく俺とレベトの名を呼ぶ女に、警戒心が一気に引き上げられる。
「どうかしたのかしらぁ?」
「……名乗った覚えはなかったんだがな」
「あらぁ?新たな英雄、白の将軍と黄の将軍はとても有名人ですものぉ。名乗らずとも分るわよぉ」
今戦場に来ているのが白と黄の軍であることは軍旗を見れば分かる事だが……その将軍の名や顔はまだ外の者達はおろか、エルディオンにおいても一部の者達しか知らない情報だ。
それをさも当たり前であるかのように……。
「貴女のおっしゃる通り、私は黄の将軍であるレベト=クロイツです。良ければ貴女のお名前をお伺いしても?」
動揺を表に出してしまった俺に代わり、レベトが余所行きの顔で女に問いかける。
情けなくはあるが、腹芸はレベトの方が数段上……俺は邪魔にならない様に控えておいた方が良いだろう。
「あらぁ、ごめんなさぁい。そうよねぇ、突然現れた私が何処の所属でどういう立場なのかぁ……知りたいわよねぇ」
再び妖艶な笑みを浮かべながら楽しそうに言う女……醸し出す雰囲気の割にコロコロと少女の様に表情の変わる女だ。
「私はぁ、エインヘリアの宮廷魔導士カミラ。エインヘリアの魔法使いの最高峰にして最高戦力の一人よぉ」
「最高戦力の一人?最強ではないのかな?」
「えぇ、悔しいけれどぉ私に勝てる男が……一人だけいるわぁ」
「ならばその男が最強という訳か」
武力の話になったことで、思わず口を挟んでしまった。
俺のその言葉を聞いた女……カミラは小馬鹿にするように笑いながら口を開く。
「せっかちな男は嫌われるわよぉ。私に勝てるとは言ったけど、アレが最強だなんて誰も認めないでしょうねぇ」
「……良ければその男の名を聞いても?」
「あらぁ?何故かしらぁ?」
首を傾げるカミラにレベトは笑みを浮かべながら答える。
なんというか、普段ぼーっとしている癖にこういう時のレベトは腹黒さが滲み出ているよな。
「今後、その人物に会うにあたって警戒が必要ですからね」
「……ふふっ……あ、あははははは」
そんなレベトの答えを聞いて、カミラが堪えきれないというように笑いだす。
「何がそんなにおかしいのかな?」
「ふ、ふぅ……ごめんなさぁい。笑うつもりはなかったのだけれどぉ、堪えきれなかったわぁ」
涙をぬぐうようにしながら笑うカミラは息を整えつつ言葉を続けた。
「貴方達がアレを警戒する必要はないわぁ」
「何故かな?」
「だって貴方達はこの先に進めないものぉ。白と黄の軍はここで退場よぉ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は待機状態だった魔法を活性化させ後方へと跳びつつカミラに向かって放つ!
話を続け情報を引き出す手はずだったが、一気に膨れ上がった殺気に理性よりも体が先に反応してしまったのだ。
レベトも巻き込みかねない一撃だが、アイツなら間違いなく俺の行動を読んで回避か防御している筈……だから俺は手を休めることなく魔法を連射する。
カミラの土魔法は確かに強固だが、先程までの魔法は威力的にも全力にほど遠く、何より単発だったから防げたのだ。
このオリジナル魔法の真骨頂はカスタマイズ性にある。
威力、射程、範囲、貫通力、速射性、同時発射数……これらを発動後であっても自由に調整して放つことが出来る柔軟な対応力こそこの魔法の売りだ。
射程と範囲を下げて威力と貫通力、速射性を上げた魔法を間断なくカミラのいた場所に叩き込む。
恐らく……カミラは俺の魔法に反応して壁を作っている筈。
だが今回の連射は貫通力を高めている為、壁の向こうに居たとしても致命傷は免れない。
俺は確信している。
カミラを倒していると。
だがそれでも……魔法を撃つ手を止めることが出来ない。
もはやあの作り物のように美しい容姿の一欠けらさえ残っていない筈なのに、それでも俺は連射し続ける。
「キュアン、止めて」
いつの間にか斜め後ろに居たレベトの言葉で俺が攻撃を止めると、即座に土煙が風に吹き散らされ視界が通る。
そこに居たのは……無傷のまま妖艶な笑みを浮かべるカミラ。
「……嘘だろ」
「土煙を上げない様に攻撃して」
レベトの要望を受け、俺は範囲を極限に絞った一撃をカミラに向かって放つ。
はっきり言って、この距離でこの魔法を防げる奴なんて存在しないと思っていたのだが……カミラが笑みを浮かべたまま人差し指をピンと立てると、黒い何かが壁の様に噴き出し俺の魔法を呑み込んでしまった。
黒い何かはすぐに消え、その向こうには当然の如く無事な姿のカミラがいる。
「いくらなんでも正面から撃たれたら防げるわよぉ。でもぉ、そろそろ挨拶はお仕舞にしましょう」
「キュアン、全力で行くよ」
「おぉ!!」
俺の放った光の矢とレベトの放った不可視の風の刃がカミラへと襲い掛かった。
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明日と明後日の更新はお休みさせていただきます
く、クリスマスなのでね……
くくっ……
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