第555話 戦争が始まる

 


View of キュアン=サーレス サーレス侯爵家次男 白の軍将軍






 俺とレベトは軍の最前列よりもさらに前に立ち、帝国の国境砦と相対していた。


 防御壁の様子を見る限り、敵軍も兵の配置は終わりやる気満々……後は開戦の合図を待つばかりと言ったところだろう。


 しかしあれだな。


 レベトのゴリ押し作戦、一晩明けて冷静に考えてみると……なんかあんまり格好良くない気がする。


 俺将軍だぞ?


 もっとこう……軍を指揮して敵を計略に嵌めて、みたいな、そういう戦い方をした方が良くない?


「キュアン……なんか変なこと考えてない?」


 砦の方すら見ずに、空をぼーっと見上げながらレベトがそんな事を言ってくる。


「……そんなことないんだぜ?」


「ないんだぜ?」


 レベトと同じように空を見上げた俺は大きく息を吐きながら口を開く。


「開戦前って舌戦とかするんじゃなかったか?」


「したかったの?」


「……」


 いや、別に口喧嘩とかしたかったわけじゃねぇけど……なんかねぇ?


「キュアンは本当に形に拘るよね」


「ぐ……」


「まぁでも、今回舌戦はないんじゃないかな?帝国は既に色無し共から攻め込まれている訳だし、今更って感じじゃない?」


「……そうなるか」


「そうなるね」


 なんかこう……思ってた初陣と……かなり違うな。


 俺の役割って、将軍って言うよりも……攻城兵器って感じじゃない?


 もっとこう、獅子奮迅の活躍みたいなのを想像してたんだが……。


「……自分で前線タイプって言い張ってるのに」


「レベト、少しでいいからほっといてくれないか?」


 普段はぼーっとしてこっちの話聞いてんのか聞いてないのか分かんねぇ感じなのに、こういう時だけがんがん話しかけて来るのどうかと思う。


「敵を目の前にそれは難しい話じゃないかな?」


「敵を目の前にして味方の心を折らなくてもいいだろ?」


 恨みがましい視線を向けてみるが、こちらを一瞥すらしないレベトに果たして届いているのかどうか……。


 とりあえずあれだ。


 このもやもやした気持ちをあの砦にぶちかましてやろうと思う。


「じゃぁ、始める?」


「そうだな……一発、じゃ多分無理だな。見た感じ結構硬そうだし、なによりこの砦に『轟天』がいるなら、初撃くらいは耐えてくるだろうな」


「『轟天』の防御魔法は秀逸だとウルグラ様も言ってたしね。でもキュアンの火力と速度、そして範囲は防ぎきれるものじゃないよ。俺達の中で一番防御が得意なヴェインでも、この砦全てをキュアンの攻撃から守り切るってのは無理でしょ?」


「……まぁ、うだうだ考えても仕方ないか」


 俺は首を鳴らしながら体をほぐす様に肩を回す。


「一、二発防がれてもテンション下げないでね?」


「砦を壊すまで手を止めるなってことだろ?多少防がれたからって不貞腐れたり落ち込んだりするほどガキじゃねぇよ」


 失礼な事を言うレベトにとりあえず言い返し……俺は砦に意識を集中させる。


 今俺達が立っている位置は砦から弓すらも届かない距離……こちらの強弓でも届かない距離だ。


 当然敵も警戒こそすれど、前に出ている俺達二人が何をしようとしているかまでは見えてはいないだろう。


 まぁ、そういう俺も相手側がどんな動きをしているかは見えないのだが……。


「城壁に魔法使いを並べているか、それとも弓兵を並べているか……」


「多分、魔法使いだよ。帝国は英雄という存在がどれだけ危険かを一番理解している国だからね。新しく五色の将軍が任命されて、それらが全員英雄であることは向こうも既に知っている……間違いなく魔法攻撃を警戒しているよ」


「……なら、それを打ち砕くことが俺の初陣って訳だ。悪くねぇな」


 帝国の防御魔法を貫き、砦を瓦礫に変える……思っていた将軍としての初陣とは少し違うが、英雄としての初陣としては悪くない……いや、最高かもしれねぇな。


 俺は左拳をぐっと握り砦の方に向かって突き出す。


「んじゃ、いくぜぇ……」


「防御の事は気にしないで良いけど、最初は全力の半分くらいで撃って様子を見てね」


「了解……」


 突き出した左腕に魔力を集中させながら詠唱を開始する。


 この魔法は準備に時間がかかるのがネックだが、一度発動させてしまえば好きなように威力の調整や連射が可能なオリジナル魔法だ。


 まぁ、時間がかかると言っても十数秒と言ったところだし、こうして戦闘前に準備してしまえば良いだけだ。


 不意打ちされたら使えないし、決闘のような戦いの時も使えないが……欠陥魔法ではなく強力故使いどころを選ぶオリジナル魔法ということだ。


 そんなことを考えながら詠唱を進め……満を持して魔法が発動する。


「まずは半分の力で、だったな……」


 伸ばした左手に右手を添え……弓を引くような動作をすると光り輝く弓矢が俺の手の中に生まれる。


 この光の矢、本物の弓矢というわけではなく俺の魔法によって生み出されたモノなので、精密に狙いをつける必要はない。


 そしてそもそも……ここから放たれるのは矢ではない。


「……しっ!」


 右手を離すと放たれたのは矢ではなく巨大な光の奔流。


 凄まじい勢いで地面を削りながら砦へと向かっていく一条の光は、普通の魔法使いが何人集まろうと防げるような威力ではない。


 いや、そもそもこの距離であれば、普通の攻撃魔法を想定して防御魔法を用意していた場合、俺の魔法が到達するまでに発動が間に合わない。


 あっという間に砦に到達した光は爆発……凄まじい量の砂塵を巻き上げ、俺達の視界から砦が完全に消えた。


「半分の力で撃ったが……今相手の防御無かったよな?」


「防御魔法が展開されたようには見えなかったね。もしかして『轟天』はこの砦に居なかったのかな?」


 色無し共が攻め込んだ時はここに『轟天』がいるという情報があったはずだが……その後移動したのか?


 だとしたら拍子抜けも良いところだが……油断はするべきじゃないな。


 俺はすぐに第二射を構えるも、大量の砂塵に砦が隠されその様子は伺い知れない。


 最初の一撃は様子見ということだったのだから、結果を見ない事には次の手が打ちにくいのだが……。


 俺は次の攻撃を構えたまま砂塵が収まるのを待つ。


 仮にこの砂塵に紛れ敵が攻撃を仕掛けてきたとしても、レベトがそれを見逃しはしない。


 レベトが防御の事は気にしなくて良いと言った以上、敵の攻撃は完璧に防いでくれるだろう。


「収まるのを待つのは時間がかかりそうだし、吹き飛ばすよ」


 レベトがそう言った次の瞬間、砦に向けて突風が起こり砂塵を吹き飛ばしていく。


 あっという間に晴れた視界に砦は無く……何故か巨大な岩山が鎮座していた。


「……砦じゃなくて岩山?どういうことだ?」


「幻覚?幻を見せる魔法を受けてた?」


 俺が呆然と呟くと、珍しく真剣な表情になったレベトが考え込むように言う。


「幻覚?あの岩山が?」


「いや、さっきまであった砦がだよ」


「砦が幻覚!?いや、そんな筈はないだろ。俺達は間違いなく地図の通りここまでやって来たし、さっきまであった砦が幻だったとは今でも思えねぇ。いや、目の前の岩山も幻には見えねぇけど……」


 レベトの言うように先程の砦が幻覚なのだとしたら……それは凄まじい幻術の使い手がいるという事になる。


 ペテンにかけられたのは俺達だけではない、ここにいる七万の兵全てが幻覚に囚われていたという事……そんなバカげた規模の幻術なぞ聞いたことが無い。


 個人ではなく空間そのものに幻術をかけるという手法であれば大勢を騙すことも出来るが、そういう現術は陽炎の様に揺らめいたりデティールが甘かったりと現実感に欠けるものが多く、物を知らない下民であっても見抜けるような代物だ。


 もし、俺達全てを騙す様な幻術を使えるとしたらそれに特化した英雄という事になるが……『至天』にそのような使い手がいるとは聞いたこともない。


「可能性があるとしたら、エインヘリアかな?あの国にどんな英雄がいるか情報がないからね」


「エインヘリアか……」


 確かに情報こそないがあの国に英雄が複数いるのは確実。


 幻術に特化した英雄が居てもおかしくはないだろう。


「でも、もう一つ可能性があるんだ」


「可能性?」


「うん、あの山の上の方……何か不自然な削れ方してない?」


「上の方……確かに線を引いたような削れ方だな」


 真っ直ぐ一本の棒のような削れ方……いや、遠いから棒のような感じだが、実際はかなり大きな削れ具合だろう。


 ……ってまさか。


「あれってさ、キュアンの魔法で削れたんじゃないかな?」


「……この岩山が俺の魔法にぶち当たりながら地面から生えて来たって事か?」


 俺が唖然としながら言うと、神妙な面持ちのままレベトは岩山を見上げる。


「こんなバカでかい岩山を一瞬で……儀式魔法でも厳しくないか?」


「そうだね。それにキュアンの魔法を完璧なタイミングで防げる儀式魔法なんて無いと思う」


 なら一体……そう声を上げようとしたところで、岩山から何かが落ちるのが目に入り意識をそちらへと向ける。


 あれは……人か?


 とんでもない高さから飛び降りた人影が……平然と、何事もなかったかのようにこちらに向かって歩き出すのが見えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る