第553話 反省会



View of ディアルド=リズバーン 『至天』第二席『轟天』






 東南部の国境砦に三百もの英雄……無色の軍と呼ばれる連中が攻め寄せて来てから数日が経過した。


 正直に言って、敵の能力は予想以上じゃった。


 いや、個々人の戦闘能力はさほど高いものではなかったし、兵としての練度は無きに等しいと言えたのじゃが……英雄に稀に宿る特異な能力が問題じゃった。


 予想していなかった魔法効果の減衰という能力に、リカルドが敵軍に取り囲まれてしまったのは痛恨のミスと言える。


 結果として……エインヘリアの援軍が間に合い事なきを得ることが出来た。


 既に敵軍は殲滅されており、エインヘリアへと連れていかれたのじゃが……あの数の英雄を一人で殲滅するどころか全員を生け捕りとはのう……役者が違い過ぎるわい。


 儂では敵軍を倒すことは不可能じゃった。


 敵軍の対空火力が大したことなかった為、こちらも負けることは無かったが勝つ事も無理……ましてや敵軍に囲まれてしまったリカルドを助けるのは至難と言えた。


 体力があるうちは上手く捌けておったが、英雄とはいえリカルドの体力も無限ではない。


 ただでさえ周囲を敵に囲まれ、唯一の味方である儂の攻撃もあまり効果を成せず、打開策も打ち出せないあの状況。


 シュヴァルツ殿の助けが無かったら、リカルドはやられておったかもしれん。


 いや、リカルドだけではない……。


「面目次第もありません」


 儂の前で項垂れるのは、開戦前に行方不明になっていた四人。


 ユーリカ、ウーラン、ワイミス、テッド。


 エインヘリアによって救出された四人は、かなりの大怪我だったようじゃが命に別状はなく、今はポーションを使いすっかり治療が済んでおる。


「無事で何よりじゃが、儂も含め油断があったことは事実。儂等は『至天』。スラージアン帝国の武の象徴じゃ。倒れることは許されず、その武威を大陸中に示さねばならん」


 ……かく言う儂自身、エインヘリアにこれ以上ない程にぼっこぼこにされたし、今回もアレじゃったしで説得力に欠けるというか……お前が言うなと言われそうじゃが、こういうのは言ったもん勝ちじゃ。


 我ながら無茶を言っておるのは分かっておるが、そのくらいの気概を持っていなければならないのも事実。


 若者に無茶を言い尻を叩き、そして恨まれるのは老い先短い儂の役目とも言える。


「とりあえず、それぞれ何があったか聞かせて貰えるかの?お主等の処罰はそれからじゃ」


 儂の言葉に四人は神妙な面持ちで頷く。


 まぁ、処罰とは言ったがそう重いものにはならん。


 特にユーリカに関しては儂の命で敵地に潜入した訳じゃからな、失敗の責を負うのは儂じゃ。


「では、私から。影を伝い敵軍に潜入したのですが、突如として影の中に潜り込んでいられなくなり敵軍の真ん中ではじき出され……捕らえられてしまいました」


「ふむ。影に干渉されて引きずり出された感じかの?」


「いえ、どちらかと言うと自分の能力が上手く働かなくなった感じでした」


「敵軍の中には魔法の効果を減少させる能力者がいた様じゃ。儂の魔法の威力が随分と削られて中々難儀したのじゃが……リカルド、お主の思考高速化はどうじゃった?」


 儂は同席しておるリカルドへと問いかけると、少し思い出す様にしながらリカルドは口を開いた。


「言われてみれば、身体強化魔法の減衰に気を取られていましたが、思考の高速化も普段より鈍かったかもしれません。身体強化が弱まっているので意識的に弱めていたつもりでしたが……」


 考えるようにしながら言うリカルドの言葉に儂も少し考え込む。


 ユーリカの影に入る力やリカルドの思考高速化は魔法ではない筈じゃが……魔法を減衰するものとはまた別の妨害方法があるのじゃろうか?


 それともリカルド達の能力は魔法由来のもの……?


 今までの研究では、特殊能力というものはあくまで個人に根差す特異な力であり、魔法とは関係ないものと言うのが定説であったのだが……そうではないという事か?


『至天』でも特殊な能力を持つ者は多くなく、研究はほとんど進んでいない。


 じゃが、エルディオンの英雄たちは数が多いだけあって特殊能力を持っている者も少なくない筈……エインヘリアと共同研究とかさせてもらえんじゃろうか?


「リカルドとユーリカの能力が弱まった件は、エインヘリアにも知らせておいた方が良さそうじゃな」


 シュヴァルツ殿の矢に威力減衰の効果があったかどうかは分からぬが、魔法だけでなく特殊能力の効果も減衰させるという情報は教えておくべきじゃろう。


「リズバーン様、私からも良いでしょうか?」


「構わぬぞ」


 ユーリカたちの話を聞いて思うところがあったのか、ウーランが発言の許可を求める。


「私が敵に掴まった時なのですが、あの時は完全に魔法が発動しませんでした。それに、若干身体能力も低下していたように感じられました」


「ふむ、魔法が完全に発動しなかった上に身体能力まで?」


「はい、気怠さというか……体を動かすのに一々反応が鈍かったように感じました」


「私も不覚を取った際、ウーランと同じような感覚を覚えました」


「俺も同じです」


 ウーランの言葉にワイミスとテッドも同意する。


 ウーランとワイミス達が居た砦は儂の居った砦を挟んで東側と西側に位置する砦じゃ。


 早馬であればどちらも半日と掛からぬ距離じゃが、それなりに距離は離れておる。


 ウーラン達が同じ日に敵にやられたことを考えれば、ウーランを襲った敵とワイミス達を襲った敵は別と考える方が普通じゃが……。


 敵は普通ではないからのう……じゃが、ウーラン達が襲われたのは同じ日の夜……流石に別人じゃろうな。


 となると、同じような能力を持った者が複数おるという事じゃが……同じような能力を持つ者が複数現れるのと、一人が一晩で砦を巡って『至天』を落とすの……どっちが現実的なんじゃろうか?


 ふと、エインヘリアの魔力収集装置が頭を過ったが……いや、敵が転移を使えるならばもっと色々とやり様があった筈。


 その可能性を捨てるべきではないが……あぁ、ダメじゃ。


 前代未聞過ぎて考えが纏まらんのう。


 じゃが、現時点で答えが出せないのは事実。


 可能性として頭に入れておくにとどめておいた方が良いじゃろう。


 まずは確定している事実を確認していくべきじゃ、


「三人がやられた時は一切魔法が使えず、身体にも違和感があったということじゃな。状況は分かった」


 ユーリカとは別に聞くつもりじゃったが、状況から察するに全員同じ相手……もしくは同じ能力を持った者にやられたと見て良いじゃろう。


「……帝都ではバルドラがやられたようじゃし、儂等良いところが無いのう……」


「面目ありません」


 神妙な顔で頭を下げるリカルド。


「リカルドはあの状況でもかなりやれておったし、エリアスも実力は十分だったそうじゃ。やはりエインヘリアで頻繁に修行しておるだけはあるのう」


 一応儂等も交流程度に手合わせをしてはおるが、本格的に修行と呼べる程頻繁にエインヘリアに行っておるのはリカルドとエリアスだけじゃ。


 交流戦と称して偶に行われる手合わせだけでもそれなりに効果がある事を考えれば、本格的に稽古をつけて貰った方が良いのじゃろうが……エインヘリアから受け入れを歓迎すると言われておっても中々国としてはのう。


 まぁ、第一席であるリカルドが率先して修行を付けて貰っておる以上、面子だなんだと言ったところで色々遅いのじゃが……帝国の象徴である『至天』が他国の者に稽古をつけて貰っているというのは外聞が悪い。


 じゃが、今回のことを考えるに……そんな事を言っておれん時期なのかもしれんのう。


「戦後は色々と課題が多そうじゃ。しかし、今はもう少し直近の未来の事を考えねばのう」


「今後は……このまま守りを固める予定でしたが、変更が?」


「いや、変更はない。我々は守り……攻めは、宣戦布告したエインヘリアの仕事じゃ」


 無論……エインヘリアと協調して攻めに出るべきという連中も居る。


 しかし儂等帝国はこれ以上新しい領土を抱える余裕はないのじゃ。


 地方貴族共は一向に理解してくれんがの。


 エインヘリアの魔力収集装置のお陰で目の届く範囲が広がったとは言え、全てを管理するには明らかに人手が足りておらぬ。


 だからこそ陛下もエインヘリアとの関係を進めることを考えておられるわけじゃが……これはまだ表には出せぬ話じゃ。


 ドラグディア様の暴走によって話だけは一歩……いや二、三歩進んでしまっておるが、内外に知らせるにはまだ時期が早い。


 今後陛下とエインヘリア王の間で色々と調整が進められるじゃろうが……っとイカン、今その話は先に行き過ぎておるな。


「本日入った情報では、エルディオンの王都から新たな軍が動いたそうじゃ。北東方面を目指して……つまり、奴らはまたここに攻撃を仕掛けて来る。今回は最初からエインヘリアの軍が援軍として参陣する予定じゃが……頼りきりというのはあまりにも情けないじゃろう?」


「はい」


「向かって来ておるのは白の軍と黄の軍。少なくとも将軍は英雄じゃが、配下の者達がどうなっておるかは分からぬ。じゃが、けして油断して良い相手ではない。帝国として、そして『至天』としてエルディオンに二度もしてやられるわけにはいかぬ。身命を賭して、白と黄の軍を迎え撃つ。儂とリカルドは一度帝都に戻り状況報告を兼ねた軍議に参加してくる。戻り次第『至天』を全員集めて軍議を行う。先の戦闘で得た情報は報告書に纏めておるから、皆で共有しておいてくれ」


「畏まりました」


 儂の言葉にウーランが答え、他の者達も気合の入った顔で頷く。


 初戦は完全にしてやられた……エインヘリアの助けが無ければ、致命的なまでにボロボロにされておったじゃろう。


 口では儂等だけでなんとかせねば示しがつかぬとは言ったが……気の持ちようだけでどうにかなる相手ではない。


 こちらから打って出る事も視野に入れつつ、最低でも戦術面で上を行かねばなるまいのう。


 ……エインヘリアから誰が派遣されてくるか分からぬが、シュヴァルツ殿みたいに一人で対処したりはせんよな?


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