第552話 あの国からの宣戦布告

 


View of ヴェイン=リングロード リングロード公爵家三男 青の軍新将軍






「エインヘリアが我が国に宣戦布告?」


 俺が告げた言葉を目を丸くしながらオウム返しにして来るキュアン。


 本日の朝方届けられた一報を、俺はキュアンの元へと届けに来ていた。


「あぁ、つい先程王城に届いた物だ。出陣の準備で忙しいだろうから俺が伝えに来た」


「エインヘリアと帝国の同盟は名ばかりのものだと聞いていたが、参戦してくる程だったのか?」


「それが、随分と面倒なことになっていてな」


 私がため息交じりに言うと、キュアンが訝しげな表情になる。


「なんだ?面倒なことって」


「『風』の連中に何人か叔父上が強化実験を施しただろう?」


「あぁ、色無し共とは別口で帝都を襲撃する予定だった奴等だよな?上手くいったのか?」


「『風』から情報が届いたわけではないが、恐らく上手くは行かなかったのだろうな。上層部の数人くらいは殺ったかもしれんが、少なくとも皇帝は殺せなかったようだ」


「……情報が来たわけじゃないのに分かるのか?いや、面倒が起きたと言っていたか……『風』の連中とエインヘリアが関係しているということかよ?」


 顔を顰めながらいうキュアンの言葉に私は頷く。


「これ以上ない程やらかしてくれたよ。『風』の連中が皇帝を襲撃したその場にエインヘリア王が居たらしい」


「は?冗談だろ?」


「少なくともエインヘリアと帝国はそう主張している」


 非常に頭の痛い話と言える。


 何をどうすれば、他国の王との会談中に暗殺者が襲撃を仕掛ける事になるのだ。


「腐っても諜報員だぞ?恐らく襲撃のタイミングを国境での開戦と合わせたのだろうが、だからと言ってエインヘリアとの会談中にわざわざ襲撃を仕掛けるか?いくら下賤の者とは言え、そんなことをすればどうなるか程度は分かるだろう?」


「あくまでエインヘリアと帝国がそう言っているだけではあるがな。だが、その声明……宣戦布告には帝国の皇帝が見届け人として連名している。少なくとも宣戦布告がされた時点で帝都が襲撃され、そして皇帝は未だに健在だということだ」


「……」


「私はエインヘリア王との会談時に襲撃があったのは真実だと思う。エインヘリアの者が襲撃時に居なかったというのでは、あまりにも宣戦布告までの時間が短すぎるからな」


「奴らの言い分が真実だったとして、何故『風』の連中は事前にその事を知らなかったんだ?別に国境攻めと全く同じ日に襲撃を仕掛けなければならない理由はないだろ?一日二日ズレたところで、国境からの知らせが帝都にすぐ届くわけでもあるまい?」


 キュアンの言う通り、エインヘリアとの会談が帝城であるのであれば、わざわざ警戒の厳重な上何一つ利点のない襲撃を強行する必要はないのだ。


 『風』の連中にとって、襲撃を仕掛けたその日が最善だったということだろう。


「考えられるのは『風』の連中が帝国とエインヘリアの会談を知らなかったという事だが……」


「それは諜報機関の人間としてありえないだろ?国のトップの会談だぞ?そこらの酒場ですら噂になるレベルの話じゃねぇか」


「それはそうなんだが……」


 宣戦布告の書状は南西部の砦から早馬にて届けられた。


 つまり、エインヘリアに併呑された旧セイアート王国領から届けられたという事だろうが……帝都でエインヘリア王が襲撃されてから宣戦布告がこちらに届くまでが早すぎる。


 あたかも、帝都でエインヘリア王が襲撃されることが分かっていたかのような……。


 私がその疑念を伝えると、キュアンは一瞬目を大きく見開いた後馬鹿にするように笑う。


「あり得ねぇだろ。出来損ない共とはいえ、エルディオンの諜報員。そいつらに会談がある事を隠し通した上に襲撃のタイミングも読み切っていたと?国家規模でそんなこと出来る訳ないだろ?隠れて浮気するとか、その現場に踏み込むとか……そんなレベルじゃねぇんだぞ?」


「それはそうなんだがな……」


 キュアンがあり得ないと一笑に付すが……どうにも嫌な感じがする。


 帝国相手には一切感じなかった悪寒というか、何者かに操られているような……。


 私の脳裏に先日叔父上の所で見たネズミの魔物の姿がちらつく。


「まぁいいさ。俺達の出撃命令に待ったがかかったわけじゃないんだろ?」


「あぁ。出撃命令は取り消されていない」


「なら、俺の相手は帝国だろ?西の方はお前らに任せる」


「いや、キュアン。帝国側の戦線にもエインヘリアが援軍としてくる可能性はあるぞ?」


 その辺りを全く気にしていなさそうなキュアンに私が言うと、キュアンが肩をすくめてみせる。


「別に問題ないだろ。帝国の次にエインヘリアとやる予定だったのが、同時に相手をしないといけなくなっただけ。戦局的には大違いなんだろうが、最前線で戦う俺にとっては目の前の敵が誰であろうとぶっ潰すだけだ」


「そんな単純な話じゃないだろ。それにキュアン、お前は五色の白を担っている将軍だ。目の前の戦いだけではなく、戦略にも目を向けてもらわねば……」


「そういうのはお前やレベトに任せる。それより色無し共の方はどうなったんだ?そろそろ伝令が来てもおかしくないだろ?」


「いや、帝国側の国境からの連絡は未だにない」


「開戦前日の連絡は来てたよな?『爆炎華』と『氷牙』を捕らえたとか。それ以降連絡が途絶えたって事は『至天』の連中……『轟天』にやられたってことだろうな」


 キュアンの意見に私は無言で頷く。


 上層部もキュアンと同じように考えているし、私自身もそれ以外考えられなかった。


「所詮は色なしだな。折角リングロード開発局長に力を与えて貰ったってのに、全然役に立たねぇ」


「まぁ、アレの大半は戦闘訓練すらまともに受けた事のないような連中だったからな。特異な能力を得たとしても効率的、有効的な使い方すらままならない連中ではそんな物だろうよ」


「属国連中に貸し出してやった奴よりはマシだったみたいだが、所詮ゴミはゴミだな。無色を新設せずに五色に組み入れるって話を突っぱねといて良かったぜ」


 顔を顰めながら言うキュアンに、俺は嘆息してみせる。


「俺としては、五色に組み入れて有効的に使ってやるって案に賛成だったんだがな。叔父上の実験成果なだけあって能力はあったんだ。使ってやる頭さえあればもう少し役に立ったと思うんだがな」


「どうだかな。奴等が命令をまともに聞くか」


「……」


「大体、奴等の得た能力……アレが全てを物語っているじゃねぇか」


 キュアンの言うアレとは、魔法の効果を減衰させる力の事だろう。


 実験を施された者が特殊な力を手にすることは数件確認されていたが、その中で一番多く発現した能力が魔法の効果を減衰させる能力だ。


「リングロード開発局長が言っていただろう?能力の方向性はソイツが心から望んでいることが発現する可能性が高いと。つまり奴等は、魔法という崇高な力を拒絶している。いわば反逆者だ」


「……」


「そんな連中を指揮する?後ろから刺されるのがオチじゃねぇか?」


「それを制御してみせてこそじゃないか?」


「お前らしくないな。要らないリスクを背負わずとも俺達は勝てる。違うか?」


 確かにキュアンの言う通り、いつ裏切るか分かったものではない連中を戦術に組み込むのはリスクが高い。


 帝国だけを相手にするならば、私も正直色無し共は必要ないと考えている。


 だが、エインヘリアという国が参戦してきたことで状況は一変した。


 正直あの国は得体が知れない。


 やつらが表舞台に姿を現してから『風』の連中による諜報が常に行われてきたが、情報は一切手に入れられなかったのだ。


 あっという間に大陸第二位の版図を得る程の軍事力。


 制圧した直後にも拘らず高い治安を誇り、暴動の一つすら許さない統治力。


 重要なものに限らず、情報を一切外に漏らさない防諜力。


 上層部の方々は、エルディオンが大陸に覇を唱える上で帝国こそ最大の障害と考えているようだが、私としてはエインヘリアのほうが不気味と感じている。


 正直言って、エインヘリアと戦うのは時期尚早だと思う。


 せめて第二世代強化実験の成功を受けてから……叔父上の研究がもう少し進んでから相対したかった。


「ま、そんな訳で、俺はそろそろ出撃の準備に戻るぜ?」


「あぁ……キュアン。要らぬ心配だと言われそうだが、言わせてくれ。エインヘリアは容易い相手ではない。恐らく帝国との戦いでも手を出してくる筈だ。十分注意してくれ」


「……分かった。心配し過ぎだとは思うが、その慎重さに助けられた事は多いからな。今回もしっかり忠告は頭に入れておくぜ」


「余程の事が無い限り、キュアンとレベトがやられることはないとは思うが、思わぬところで足元を掬われても面白くないだろう?」


 私は小さく笑みを浮かべながら立ち上がる。


「それすらも食い千切ると言いたい所だが……余計な苦労はするしないって話をしたばかりだからな、注意はしておく。これからレベトの所に行くのか?」


「いや、レベトの所にはノリスが行ったはずだ」


 王城で連絡を受けた時、私とノリスは演習の打ち合わせをしているところだったのだが、急ぎ二人に知らせるべきだと考えそれぞれが連絡役となったのだ。


「ならレベトとは行軍中にでも話をすればいいか」


「武運を祈る」


「あぁ、お前もな。多分西の方にはお前が行くことになるだろう?」


「……可能性はゼロではないな」


 本来私は王都にて待機の予定だったが、西の守りを空けておくわけにはいくまい。


 そして守勢に関しては五色の中で私が一番得意としている……私が西に派遣される可能性が一番高いだろう。


 そんな風に互いを激励しつつ、私はキュアンの元を辞した。


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