第551話 研究者

 


View of ヴェイン=リングロード リングロード公爵家三男 青の軍新将軍






「これは……面白いですね」


「そ、そうだろう?と、ところでレスポンスはどうかな?」


 叔父上が新しく作った魔道具は魔物を操るものだったが、以前の様に大雑把な命令を聞かせるというものではなく、自らの手足の様に魔物を操ることが出来るという代物だった。


 私の命令を聞くというよりも私自身が魔物の体を動かすといった感じなので、一人につき一匹の魔物を付きっ切りで動かす必要があるけど、応用力は今までの比ではない。


 それに何より自分の身体では無いものを自在に操るというのが面白く、若干時間を忘れて楽しんでしまった。


 私は叔父上の問いかけに少しだけ動かしていたネズミの魔物に意識を向けてから答える。


「……少しずれがありますね。手足のように操れる分、このズレが非常に気になる感じです」


「な、なるほど。こ、これで戦わせたりするのは……」


「ちょっと慣れが必要ですね。遊びなら問題ないでしょうが、兵器として運用するにはちょっと難しいかもしれません」


「き、きびしいかぁ」


「それと、手足や首辺りは自在に動かせるのですが、尻尾の動かし方が分かりませんね。なんというか自分の体を動かす感覚でネズミを動かせるので、自分にない尻尾は動かせる気がしません」


 そう言いながら尻尾を動かそうとして見るが、やはりピクリとも反応せずネズミはお尻を一生懸命左右へ振るに留まる。


「私も同じです。今動かしているのは蜂の魔物ですが……まず六本ある足が動かせませんし、羽も動かせません。お尻の針の出し入れも出来ませんし……当然空も飛べません」


 ネイリースが難しい顔をしながら言う。


 だからネイリースが操っている蜂はなんかもぞもぞと動くだけだったのか。


「そ、そっかぁ。む、虫系の魔物を自在に動かせたら、い、色々便利だと思ったんだけどな……」


 そう言って何やら書き留めていく叔父上。


「か、感覚の共有は、で、出来ないかい?し、視覚とか聴覚とか……」


「……そういう感じはありませんね」


「そうですね。あくまで自分の目で見ている魔物の体を思い通りに動かすという以上の感覚はありません」


「う、うーん。ま、まだまだけ、研究が必要だね」


 ぽりぽりと頭を搔きながら、凄い勢いで叔父上が書き進めていく。


「ま、魔物は人には無い感覚器官を持っていたり、そ、そもそも身体構造が違うから……く、訓練すれば、し、尻尾とか動かせそう?」


「……すみません、叔父上。現時点ではなんとも……」


 もう一度ネズミのお尻の方に意識を集中させてみるが、やはり左右にお尻を振るくらいしか出来なかった。


 今後尻尾を動かす感覚を得ることが出来るかは、何とも言えない。


「私は……虫の魔物を自在に扱えるようになるとは思えません」


「か、感覚を寄せ過ぎたかな?も、もっと操作をファジーに出来るようにすれば……だ、だが無意識に内臓を働かせたり、こ、呼吸させたりは出来ている?そ、操作する側の意識の問題か?」


 私達の感想を聞いて、叔父上が本格的に自らの内へと入り込んでいく。


 このままでは放置されてしまうに違いない……。


「叔父上、今回実験する魔道具はこれだけですか?」


「……え?あ、うん。きょ、今日確認してもらいたかったのは、そ、それだけだけど……」


「ランティス、第二世代強化の件だが……失礼しましました」


 私の問いかけに応えようと叔父上が顔を上げて口を開いたタイミングで部屋の奥にある扉が開き、一人の人物が手にしている紙に視線を落としたまま叔父上の名前を呼びながら入って来た。


 しかしすぐに部屋に居た私達に気付き居住まいを正す。


「り、リコン。い、今ヴェインたちに、こ、この前作った魔道具を、た、試してもらってたんだ」


「この前……あぁ、魔物操作の。それは非常に気になりますが……」


 そう言って男……リコンは私の方にちらりと視線を向ける。


「やぁ、リコン殿。相変わらず叔父上と仲が良さそうで何よりだ」


「……御無沙汰しております、リングロード将軍」


 先程叔父上に話しかけた時とは異なり、神妙な様子で跪き頭を下げるリコン。


 しかしそれも当然の話だ。


 この男はエルディオンにおいて人として認められてはいない存在……魔族だ。


 当然、人族以下の存在である彼自身から私に声をかけるなんて当然許されないし、人によっては呼吸すら許さないだろう。


 私も思うところない訳ではないが、同時にこの男が叔父上の友人である事も理解している。


 だから多少の無礼は許すのだが……。


「ネイリース」


「……まぁ、構わないわ。リングロード開発局長に免じてこの場にいることを許しましょう」


「ありがとうネイリース。リコン殿、楽にして良い」


「御両人の寛大なるお心遣いに感謝します」


 私とネイリースの言葉に感謝の意を示しつつ頭を下げたまま動かないリコン。


 これもまた当然だ。


 迂闊に頭を上げれば次の瞬間上げた頭は地面に落ちることになる……胴体から切り離されて。


 いや、私達にそんなつもりはないが、普通の貴族の前でそんなことをすればという意味だ。


「……頭を上げたまえ。ここは王城どころか王都内ですらない。叔父上が君の事を大切な友人というのであれば、私はそれを尊重しよう」


「えぇ。貴方は魔族にしては中々優秀だし、強化実験の際にも世話になった。私もヴェイン同様君という存在を尊重しよう」


「ありがとうございます。リングロード将軍、イシュライト将軍」


 私とネイリースの言葉を受けてようやく頭を上げるリコン。


「あ、ありがとう、ふ、二人とも。か、彼は魔族だけど、ぼ、僕の共同開発者だからね。な、仲良くしてくれると嬉しいよ」


 にこにことしながら叔父上は私達にそう言った後、リコンへと話しかける。


「えっと、だ、第二世代強化の話かい?」


「よろしいのですか?」


「叔父上、お忙しいようでしたら私達はそろそろ……」


 研究の話となれば私達が聞くわけにはいかない。


 そう考えた私が叔父上にそう申し出ると、叔父上が慌てた様にこちらを向く。


「あ、あ、ま、待って。ま、まだ話したいことがあるんだ」


「分かりました。では、向こうで待たせていただきますね」


 どうやら叔父上はまだ私達に用事があるようなので、少し離れた位置にあるソファにネイリースとともに移動する。


 私達が離れると叔父上とリコンは小さな声で話を始めた。


 リコンが部屋に入って来た時に漏らした第二世代強化実験の話をしているのだろう。


 距離は離れているし二人の話す声も小さいものだが、それでも強化されたこの体は叔父上たちの声を拾おうと思えば簡単に拾うことが出来る。


 しかし私は栄えあるエルディオン青の将軍にして公爵家に籍を置く者。


 そのような卑しい真似が出来ようはずもない。


 それは目の前に座っているネイリースも同じだろう。


「先程の魔道具は面白かったな」


 ただ無言で叔父上を待つのも無駄な時間となるので、私はネイリースに話しかける。


「えぇ、まだ実用段階ではないのだろうけど、今後の発展次第ではとても凄い効果を発揮しそうね。後は、リングロード開発局長がおっしゃっていた視覚や聴覚の共有が出来たら素晴らしいわ。実現したら『風』の連中以上の働きが出来るに違いないわ」


「確かに、虫やネズミの魔物であればどんな場所にでも潜り込めるし、防諜するにも限界がある。『風』共が動かせるようなら諜報が随分と楽になるだろうな」


 少なくともこの技術が外に漏れなければ、小型の魔物の存在なぞ何処に居ようと歯牙にもかけないだろう。


 そうなれば、我が国の情報力は大陸最高となる……第二世代強化以外にもこんな隠し玉があったとは、流石は叔父上。


 まだ戦争するべきではなかったという意見は本当に正しかったのだと思える。


「恐らく、現時点でそれは無理なんでしょうね」


「何故だ?」


 私が首をかしげるとネイリースは小さく笑みを浮かべながら口を開く。


「わざわざ私達が実験の為に呼ばれているからよ。しかも使用してみれば簡単に分かるような問題点を、わざわざ私達から聞いてリングロード開発局長が書き留めていた……アレは、私達以外にはさっきの魔道具が使えないって事じゃないかしら?」


「なるほど。言われてみれば、この段階の実験に私達が呼ばれるのは少々おかしいか。まぁ、私達に新しいものを見せたかったという可能性もゼロではないが」


「ふふっ、確かにそうね。リングロード開発局長はそういうところがあるわね」


 愉快気に笑うネイリースと暫く話を続けていると、いつの間にか話を終えたらしい叔父上が私達の所へとやって来た。


 リコンは既に部屋には居らず、奥の扉の向こうへと帰っていったようだ。


 彼はあくまで叔父上の友人として研究に参加している為、技術開発局の正式な局員という訳ではない。


 だからこの部屋と奥の部屋しか移動を許されておらず、外に出る時は拘束具を付けて目も耳も塞がれた状態で移動するらしい。


 中々難儀なことだが、魔族である以上仕方ない処置とも言える。


「ま、待たせてしまったね。は、話というのはね、こ、今度君達が行く戦争についてなんだ」


「戦争ですか?」


 研究第一の叔父上にしては珍しい話題のようにも思うが……。


「う、うん。だ、第一世代強化実験を受けた君達の、き、貴重な実戦だ。い、色々とデータを、と、取って来て欲しいんだ」


 いや、やはり叔父上は叔父上だった。


「それは構いませんが、私達はまだ出ませんよ?直近で出るのはキュアンとレベトですし、彼らの方が適任では?」


 二人とも叔父上の頼みであれば喜んで協力してくれる筈だ。


「あ、う、うん。か、彼らにも頼むつもりだけど……た、多分、きょ、今日は肩慣らしとか言って暴れてるんじゃない?」


「……御慧眼の通りです」


「ふ、ふふ、ふっ。だ、だと思ったよ。う、うん。と、とりあえず、ほ、欲しいデータはかなり多くてね。み、皆で手分けして欲しいんだ」


 そういって叔父上は私達の前に一覧となっている確認項目を差し出してくる。


 ……確かに多い。


 実戦でこれを確認するとなったら、かなり時間がかかるだろう……条件の一致する状況の事も考えれば、全員で手分けしても全ての項目を埋められるかどうか……。


「か、可能な限りでいいから……た、大変だけど、お、お願いしていいかな?」


「えぇ、勿論です。叔父上に協力するのは私達にとって当然の事ですから」


「ヴェインの言う通りです。リングロード開発局長のお陰で今の私達はあるのです。全力でお手伝いさせていただきます」


 私とネイリースがそう答えると、叔父上は嬉しそうに笑顔を見せながらお礼を言ってくれる。


「あ、ありがとう。た、助かるよ……あ、つ、ついでって訳じゃないけど、こ、コレ暫く預かっておいて貰えるかな?じ、時間がある時にでも色々試して欲しいんだ」


「これは、先程の魔物を操る?」


「う、うん。や、野生の魔物相手にも、つ、使えるかどうかとか、ね。あ、安全はしっかり確保してから、つ、使ってね?け、怪我とかしないように」


「分かりました。ではこちらも預からせていただきます」


 叔父上から依頼を受けた私達は、暫く叔父上と雑談をしてから立ち上がる。


「それでは叔父上、そろそろお暇させていただきます。叔父上の研究がとても重要な事は理解していますが、どうか体にはお気を付けください」


「う、うん、あ、ありがとう。り、リコンにもご飯をちゃんと食べろって良く怒られるんだ」


「……そういうことを身近に言ってくれる人が居るのは助かりますね」


 そう言いながら私はリコンがいるであろう扉へと視線を向ける。


「そういえば叔父上。あの扉の向こうは立ち入り禁止と言われましたが……何があるのですか?」


「う、うん?あ、あそこはね……ふ、ふふっ。わ、私の研究の始まり……そ、そして全てがあるんだよ」


「始まりと全て……?」


 叔父上にしては珍しく抽象的な物言いだ。


 無論、立場上機密を暴くつもりはないのだが、何とはなしに聞いてみたという感じだったわりに返事が貰えてしまったので少し好奇心が生まれてしまった。


「そ、その内、み、見せてあげるよ。き、君達はもう、か、関係者だからね」


「……その時を楽しみにしておきますね」


「う、うん。ぼ、僕も紹介できる日を楽しみにしとくよ」


 ……紹介?


 リコンの事ではなさそうだが……いや、その内教えてくれると言ってくれているのだ。


 現時点で余計な詮索はすまい。


 今度こそ、叔父上に別れの挨拶をした私達は技術開発局を後にした。


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