第550話 技術開発局局長
View of ヴェイン=リングロード リングロード公爵家三男 青の軍新将軍
「やはりあのお二方と同席するのは緊張するな」
「そうね……」
私の言葉に若干疲れた様子のネイリースが応える。
「バルザードの爺さんだけなら問題ないんだが、ウルグラ様はなぁ」
「バルザード様相手に問題ないと言えるのはキュアン、お前だけだ」
キュアンの言葉にノリスが呆れたように言う。
バルザード様はキュアンにとって祖父であり、幼いころから可愛がられていたらしいので遠い存在ではないのだろうが、俺達にとってはそうではない。
「……」
そして一人だけプレッシャーの欠片も感じていないような顔で普段通りぼーっとしているレベト。
「それにしてもとうとう戦争だな」
「キュアンとレベトは先陣か……俺達にとっては初めての戦争だ、油断するなよ?」
「はっ!ヴェインは相変わらず心配性だな!帝国なんざ一瞬で蹴散らしてやんよ!」
「帝国が一瞬で蹴散らせるような相手であれば、大陸で最大の版図を誇るほど大きくはなるまい。『至天』にしても六千万もの民の上澄み、その頂点に座する『轟天』は決して油断出来る相手ではないのだからな。だが、それでもキュアンとレベトが負けるとは到底思えない……ならばやはり一瞬とはいかずとも、蹴散らすという表現に間違いはないか」
俺の心配を鼻で笑ったキュアンと、なんだかんだと理屈をこねた後最終的に強気な発言をするノリス。
「……大丈夫だよ、ヴェイン。キュアンは俺が守るから」
俺達の話を聞かずにぼーっとしているように見えたレベトが、こちらを一瞥もせずに言う。
レベトは相変わらずと言った様子だな。
「あぁ。レベトがいるなら安心出来る。キュアンを頼む」
「……」
こちらは見ずにコクリと頷くレベト。
ぼーっとして俺達のことなど見てもいないようなレベトだけど、俺達の中で一番サポートが上手い。
誰と組ませても、相手が実力を百パーセント以上出せるように立ち回るのだ。
熱くなると周りが見えなくなるキュアンを任せる相手として、レベト以上に頼りになる奴はいない。
「よし、じゃぁ景気づけにいっちょ全力でやりあおうぜ!ヴェイン、ノリス!相手しろ!」
キュアンの誘いに俺はかぶりを振る。
「いや、すまん。俺はこの後開発局長に呼ばれていてな」
「ちっ……じゃぁ、ネイ」
「私もヴェインと一緒よ」
俺と同じく叔父上に呼ばれているネイリースに声をかけ、すげなく断られるキュアン。
まぁ、タイミングが悪いとしか言いようがないが。
「……レベト」
「やだ」
若干食い気味に断るレベト相手にキュアンはがっくりと肩を落とす。
「テンションの下がったキュアンはパフォーマンスが落ちるから手合わせをする意味がない。だがそういう時こそ予想出来ない一手を放って来るのがキュアンと言う男だ。こちらにも得られるものがある可能性は否定できない。よし、手合わせを承諾しよう」
レベトは話を聞いていないようで聞いておりサポートが得意なタイプだが、ノリスはその逆で話を聞いているようで結局自分の意見にのみ固執して、他人に合わせることが出来ないタイプだ。
キュアンとノリスを二人きりにするのは非常に危険なので、俺達の中でそれだけは絶対に許さないと決めているのだが……。
「……いや、三人が来ねぇならやらねぇ」
キュアンはなんだかんだで約束はしっかり守るが、ノリスはその辺り全く理解してくれない。
俺達の中で一番の問題児が誰かと聞かれれば、全員がノリスの名を上げるだろう。
「何故だ?レベトはよく分からんが、少なくともヴェインたちはこの後予定があるのだろう?ならば俺とお前が肩慣らしに手合わせをするのは合理的だと思うが?」
「合理的じゃねぇよ。お前と二人でやり合ったら絶対後で面倒なことになる」
「意味が分からん」
「なんでだよ……」
疲れた様に文句を言いながら部屋を出て行くキュアンと、ちゃんと説明しろと憤慨しながら追いかけていくノリス。
そんな二人の後ろ姿を見た後小さくため息をついたレベトが後を追いかけていく。
「レベトに貧乏くじを引かせてしまったな」
「でもレベトに任せておけば安心出来るわ。キュアンも理解してるようで熱くなったら訳分からなくなるから……」
ため息をつきながらキュアンの文句を言うネイリースに苦笑しつつ、私は立ち上がる。
「さて、そろそろ私達も行くとしよう。叔父上の事だから時間は気にしないだろうが、話が長くなって夜を徹する可能性がある」
「……先陣ではないとは言え、いつ出陣となるか分からないし体調を崩したくないわね」
私の言葉に深刻な表情でネイリースが応えた。
「や、やぁ。よ、よく来てくれたね」
技術開発局へとやって来た私達を叔父上が出迎えてくれる。
この技術開発局は王都の外に作られた研究施設で、厳重に警備されてはいるがどことなく腫物のような扱いを受けてきた場所だ。
いや、技術開発局自体が上層部の方々には胡散臭いものだと思われているような節がある。
同じような研究施設に魔法開発局と言うものがあるのだが、そちらはエリートのみが所属を許された由緒ある公的機関であるのに対し、技術開発局は厄介者を押し込めるといったような風潮があったのだ。
両者の力関係が微妙なものになったのは数年前……叔父上が発表した数々の新技術のお陰と言える。
「お待たせして申し訳ありません、叔父上」
「だ、大丈夫だよ。ぐ、軍議だったんだろ?し、仕方ないよね」
叔父上は吃音がある。
さらに視線もこちらに合わせようとしないこともあり、貴族社会では長年軽んじられてきた。
公爵である我が父は叔父上の弟なのだが、その父も叔父上を軽視しているようなので仕方ないのかもしれない。
しかし、叔父上は子供に優しく色々な話をしてくれるので、私は昔から叔父上に懐いていた。
そんな叔父上の研究だったからこそ危険と言われた強化実験に私は志願したのだが、まさか幼馴染たちも皆手を上げるとは思わなかった。
「こ、この時期に開戦だなんて。わ、私は反対したんだ。い、今は研究が、だ、大事な時期だから」
「第二世代の強化実験ですか?」
「う、うん。き、君達が頑張ってくれたから、た、沢山データが取れたんだ。そ、それでようやく次の段階に進めるようになったって言うのに……」
泣きそうな表情で叔父上が言う。
叔父上は昔から子供のような表情をされることが多く、それもまた侮られる原因の一つではあるのだが、その実叔父上は凄まじく頭の回転が早い。
だからこそ我が国の最先端となった技術開発局の局長に就任し、ありえない技術の数々を生み出しているのだ。
「被験対象は五色の軍に所属している者達ですからね……第二世代の実験は延期ですか?」
「そ、そうなんだよ。せ、折角準備して来たのに。せ、戦争だって実験の後にやった方が楽だった筈なんだ」
「そうですね。私達のような存在が増えるのであれば、帝国もエインヘリアもあっという間に平らげることが出来たでしょうが……」
私は叔父上の言葉に頷きながらも、開戦を延期するのは難しかっただろうと考える。
合理的に考える事の出来る叔父上と違い、上層部の方々は我慢できなかったのだ。
叔父上の力で我が国はかつてない程の力を手に入れた。
そして我々の世代は知らないが、上層部の大半のお歴々は帝国に煮え湯を飲まされた記憶がある。
それ故、帝国に勝つことが出来ると確信した時点で開戦してしまったのだ。
あと数年、長くとも五年あれば第二世代強化手術を多くの兵に施し、現在の数倍以上の戦力を手に入れることが出来ると分かっていても……その数年が我慢できなかった。
我々の世代や叔父上の世代の者であれば、あと数年の辛抱と言われれば問題なく受け入れることが出来る。
しかしその上の世代……帝国の先代皇帝によって辛酸を舐めさせられた世代の方々は、残された時間が少ない……それ故の判断だろう。
実際、ウルグラ様やバルザード様は老化を抑えているとはいえ相当な高齢だ。
動けるうちに、自分達が勝利を実感できるうちに戦いたいというのは我儘とも言えるが、その我儘が通るのが上層部の方々という存在。
故に、研究をとにかく進めたいという叔父上の希望は叶わない物だろう。
……まぁ、第二世代の実験が成功したら叔父上は第三世代、第四世代と実験を進めていくだろうから、叔父上の満足いく状態というのは永遠に訪れない気もするが。
「きょ、強化実験もそうだけど、ま、魔物を操る方も新しい魔道具が作れそうなんだよ?も、もうちょっとしたら他にも色々……」
鬱憤が溜まっているようで叔父上の愚痴が止まらないが、そろそろここに呼ばれた理由を聞くべきだろう。
「……ところで叔父上、私とネイリースが呼ばれた理由ですが」
「あ、う、うん。きょ、今日はね、あ、新しい魔道具の実験に付き合ってもらいたかったんだ。で、でもキュアン達は出撃で忙しいでしょ?だ、だから二人に手伝ってもらおうと思ったんだ」
「なるほど、そういう事でしたら喜んで」
「ね、ネイリース君もいいかな?」
「えぇ、勿論です。ところでどんな魔導具なのですか?」
「う、うん。い、今言った、ま、魔物をね?あ、操る魔道具なんだけど……」
叔父上が説明してくれた新しい魔道具……魔物を操ると言う魔道具の性能は、とんでもない代物だった。
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