第549話 5+2



View of ヴェイン=リングロード リングロード公爵家三男 青の軍新将軍






 私が会議室へと入ると、そこには既に参加者が勢ぞろいしていた。


「すみません、遅くなりました」


「いや……」


「おっせーよ!ヴェイン!」


 我等エルディオンにおける筆頭魔術師であるバルザード様が、私の謝罪にかぶりを振ろうとしたタイミングで白の軍の新将軍キュアンが声を荒げて来る。


「いや、別に遅くはないぞ?会議はまだ始まっていないのだからな。ただ会議室に来るのが一番遅かっただけだ。いや、一番遅かったのは確かなのか?そうなるとキュアンの指摘は間違っていないという事に……なるほど、そうだな。ヴェイン、確かに君は一番遅かった」


 何やらブツブツと呟いた後、納得のいく結論が出たようでキュアンの横に座る赤の軍の新将軍であるノリスがそう告げて来る。


 最初はフォローするような感じだったが、結論はキュアンと同じようだ。


「……あんたも今来たところでしょう?ほんの少し早かったからって偉そうにし過ぎじゃない?」


 キュアンに向かって呆れたように言うのはネイリース。


 この会議室にいる唯一の女性にして黒の軍の新将軍だ。


「……」


 ついでと言うか、五色の将軍の最後の一人であるレベトに目を向けると我関せず……というか、何も考えていなさそうな顔で中空を見ていた。


 長い付き合いだが、レベトがこういう状態の時何を考えているか全く分からない。


 付き合いが長いのはレベトだけではなく、五色の将軍その全てが幼い頃からの友人だ。


 赤の将軍、ノリス=マハヴェル。


 白の将軍、キュアン=サーレス。


 黒の将軍、ネイリース=イシュライト。


 黄の将軍、レベト=クロイツ。


 そして青の将軍である私、ヴェイン=リングロード。


 私達五人は幼いころからの友人で……強化実験というものを受けて将軍へとなった同胞だ。


 そんな気の置けない間柄だからこそ、お互い新しい立場を得た今でもこのように軽口を叩けるのだが……今ここに居るのは私達だけではない。


 私達の様に強化実験を受けて力を後天的に得た人造の英雄ではなく、長くこの国を守護して来た本物の英雄。


 ウルグラ=モルティラン様。


 今代の王、イエラーズ=モルティラン=エルディオン陛下の大叔父である人物で、今代の王が選出された際はかなりの強権を発揮したと聞いている。


 かなりの高齢だが血気盛んな人物だ。


 そしてバルザード=エヴリン様。


 筆頭魔法使いであり、エルディオン最強の英雄だが実に穏やかな方でキュアンが無礼を働いても、ニコニコと孫の悪戯でも見守るかのように微笑んで受け入れられる人格者。


 いや、実際キュアンはバルザード様の孫だったか。


 しかし一度戦場に立つと、その鬼神の如き強さは血の気の多いウルグラ様であっても舌を巻く程だと聞く。


 実際にその力を見る機会には恵まれていないが、いつか手ほどきをしていただきたいと思っている。


 それはそれとして、我が国エルディオンにおいて英雄と呼ばれる七人が一堂に会する事は非常に珍しい事と言える。


 そんな状況で、新参である私が最後に入室したことは責められても仕方がない事だろう。


 まぁ、キュアンはそこまで考えていないだろうが。


「全員が揃ったのだ。さっさと話を始めるとしよう」


 ウルグラ様が宣言されると、キュアンもネイリースもぴたりと口論を止め神妙な様子で背筋を伸ばした。


「お前達も知っての通り、色無しの連中を帝国へと派兵してそろそろ一月、砦攻めの前日に送られて来た早馬がようやく到着した」


 厳格な表情を崩すことなく戦争について語り始めるウルグラ様。


「砦は別に本命ではないからどうでも良い……それよりも『爆炎華』と『氷牙』だ」


 今回無色の連中を送り込んだ主目的。


 それは砦を潰す事でも帝国領内に浸透することでもない。


 『至天』に属する二人の英雄を確保することだ。


 砦攻めの前日に出された早馬であれば、その成否を携えて来たに違いないが……果たして。


「作戦は成功だ。『爆炎華』と『氷牙』は色無し共が確保した。ただの実験動物かと思っていたが意外とやるものだな」


「ふむ、色無しの連中にしては上手くやったようですね。魔法を使えぬ出来損ないではありますが、最低限戦力として数えても良い程度の働きは出来る様ですね」


 ウルグラ様の言葉にバルザード様が柔和な笑みを浮かべながら頷く。


「『至天』の二人といっても混じり物ですよね?なんでわざわざ確保したのですか?」


「技術開発局長が実験に使いたいとのことで確保したのですよ。混じり物とはいえ、流石に我が国の民を実験に使う訳にもいきませんからね」


 ネイリースの質問にバルザード様が諭す様に言う。


「『轟天』は確保出来なかったんで?」


「……ヤツが色無し如きにどうこう出来る訳がなかろう。腐っても我等と互角に戦った実力者だぞ」


 キュアンの言葉に一気に不機嫌になったウルグラ様が答える。


「す、すみません」


「……まぁ、奴も寄る年波には勝てぬようだからな。第一席を後進に譲り、本人は後方で待機するつもりなのだろうよ」


「同年代とはいえ、我等の様に老化を抑える技術がないのだから仕方ないでしょう。私も最近は体の衰えを感じてきたくらいですしね」


 恐縮するキュアンから意識を逸らさせるようにバルザード様が軽口を叩きウルグラ様がため息をつく。


「後方といえば、同時に帝都を襲撃させる計画がありましたね?」


 私の問いかけにウルグラ様が少し考えるようなそぶりを見せた後、口を開いた。


「『風』出身の連中による襲撃だな。リズバーンが帝都に居れば間違いなく失敗するだろう。それ以外の『至天』相手だったら……」


「『至天』もピンキリですからね。上手い事行けば、成功するでしょうが……失敗した所でこちらは別に痛手はありませんからね」


 バルザード様の言葉に会議室に居た全員が頷く。


 帝都に送り込んだ連中も色無しと同じく混ざりものですらない。


 成功すれば思わぬ儲けものと言ったところだ。


「技術開発局長の顔を立てて許可した作戦だ。といっても彼の本命も『爆炎華』と『氷牙』の確保なのだろうが」


 そう言いながらウルグラ様が私の方に視線を向ける。


「閣下のおっしゃる通り、叔父の狙いは『至天』の確保です。後は色無し共が『至天』相手にどの程度戦えるかも見ているのだと思いますが」


 技術開発局の局長は私の叔父で、その縁で私達五人は強化実験を受けることになったのだ。


 散々色無しの連中や血抜けの連中で実験をしていたとは言え、強化実験にリスクが無かったわけではない。


 それでも私達は叔父の長年の研究を信じ、この身を捧げた……その結果が五人全員が五色の将軍へなるに至ったのだから、実験は大成功と言って良いだろう。


「『至天』には魔法を使えぬ者も少なくないからな。そういった相手であれば良い勝負をするかもしれぬな」


「色無しは数こそ多いが所詮は出来損ないですからね。貴方達の様に更なる高みを目指し国にその身を捧げた訳でもなく、覚悟にも欠けるでしょうし過度な期待はしない方が良いでしょう」


「『風』の連中はともかく色無しどもはまともな戦闘訓練も受けていないのだったな。貴殿等という成功例を見せられていたから、期待し過ぎてしまっていたように思うな」


 苦笑するウルグラ様と柔和な笑みを浮かべるバルザード様に追従するように、私達も曖昧に笑う。


 初の人体実験と言える強化実験に志願して、技術の進歩の助け……そして五色の将軍足りえる力を手にすることが出来たのは、ここ数年で新技術をいくつも発表している叔父上への信頼があったからこそだ。


 家では変わり者と言われ続けた叔父上だったが、私は昔から良くしてもらっていたし、幼馴染であるキュアン達も面倒を見て貰っていた。


 そんな叔父上の力になりたくて志願したのであって……国に身を捧げると言う程の崇高な思いがあったかは……正直胸を張って肯定することは難しい。


 しかし私達の実験の結果を受けて、より安全な第二世代実験と言う技術が誕生したらしいと言う話もある。


 まだ実験段階だが、将来的に叔父上の力で全ての者が英雄と呼ばれる程の力を手にする可能性は決して低くはない。


 私としては、叔父上の研究が確立してから征伐に乗り出しても良かったのではないかと思うのだが、国はこのタイミングでの開戦を強行した。


 こちらが仕掛ける側なのだから万全を期しても良かった気もするが、恐らく先の戦争を知らない世代だからこう考えるのだろう。


 現に帝国と戦った事のあるウルグラ様達は、今開戦することに賛成していたし……。


「さて、確認も済んだことですし、そろそろ今後について話しを始めましょうか。貴方達にも存分に働いてもらいますからね」


 にっこりと微笑むバルザード様の言葉に、流石のキュアンやレベトも神妙な面持ちで頷いた。


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