第548話 誰のとは言わない

 


View of ディアルド=リズバーン 『至天』第二席『轟天』






 囲まれているリカルドを援護するために、炎の魔法を散らすがどうにもいつもの火力が出ない。


 恐らく敵方の魔法の効果を減衰させる能力による物なのじゃろうが、はっきり言って儂やリカルドとは相性が悪すぎる。


 エルディオンの上層部には忌み嫌われそうな能力じゃが、非常に効果的であることは言うまでもないのう。


 何とかしてリカルドを離脱させねばならんのじゃが、援護が非常に厳しい……せめてその能力を持っている者が何処に居るかだけでも分かれば良いのじゃが、厳しいのう。


 じゃが、あまり悠長なことは言ってられん。


 リカルドの能力は身体強化魔法ありきのものじゃ。


 魔法の効果がゼロになったわけではないにしても、自らをその高みにまで押し上げた武器が奪われている状態は厳し過ぎる。


 状況は悪い……しかし、最悪ではない。


 少し前のリカルドであれば、このような状況に陥った場合……一人でも多くの敵を道連れにしてやるというような考え方で、最後まで死兵として全てを出しつくした事じゃろう。


 じゃが、今のリカルドは違う。


 敵の能力を把握した後、すぐに離脱すると言ってきた。


 血の気の多い連中からすれば、死地にて命を賭ける気概が無くなったと取れるかもしれんが……『至天』の第一席とはそんな安い立場ではない。


 こんな場所で命を張れる程、第一席の命は安くないのじゃ。


 リカルドは生来の真面目さから、常に全力を尽くすことが最善だと考えておった。


 一兵卒であるならば、それは素晴らしい兵と言えるし、愛国心に溢れた最高の兵と呼べるじゃろう。


 じゃが、リカルドは兵卒ではない。


 百人を倒して自分も死ぬより、一人も倒せず生き延びる事の方が大事ということ。


 『至天』の第一席が逃げれば、当然自軍に少なくない影響は出るが死ぬよりはマシじゃし、逃げたとしてもその後の態度で如何様にもカバー出来るというものじゃ。


 じゃが『至天』の第一席が倒されたとあっては戦局的な物も精神的な物も、そのダメージは計り知れぬものになるじゃろう。


 エインヘリアとの訓練……ジョウセン殿に師事してからようやくリカルドはその辺の責任についても考えが回るようになったんじゃが、儂はそんなに教えるのが下手なのかのう?


 常々言って聞かせておったつもりだったのじゃが……。


 自信なくすのう……そんな事言っとる場合ではないが。


 とはいえリカルドの奴、思いの外余裕があると言うか……効果の弱まった強化魔法で見事に戦っておる。


 しかし、多勢に無勢……リカルドのスタミナも無限ではない。


 早く離脱させねばいつ何が起こるか分からぬ。


 リカルドを囲んでおるのはただの兵卒ではない、その何かが次の瞬間に起こってもおかしくはない相手じゃ。


 しかし……儂では決め手に欠ける。


 儂とリカルドによる威力偵察……安全に、堅実に相手の様子を見る為の布陣じゃったが、読まれておったか?


 いや、無色の軍に魔法使いはいないとのことじゃし、こちらは魔法を使うのじゃから魔法を減衰させる能力者を使うのは当然じゃな。


 上から見る感じでは、一人一人の強さはそれほどでもなさそうじゃ。


 基本性能はそこまで低くなさそうじゃが、明らかに練度が足りておらぬ。


 連携なぞ考えず、各々が力任せに暴れておるといった印象じゃ……砦から二人程呼べば、リカルドを撤退させることも可能じゃろう。


 目を離す怖さはあるが、リカルドであればそのくらいの時間は耐えられる筈……そう考えた儂が後方の砦に視線を向けた瞬間じゃった。


 凄まじく嫌な予感……いや、どこかで以前味わったような、耐えがたいプレッシャーのようなものを一瞬感じた。


 一体何じゃ?


 儂が記憶を手繰ろうとするのとほぼ同時に砦の城壁の上が一瞬光り、次の瞬間光の雨が儂を掠め敵軍に向かって降り注いだ。


「むぅ!?これは……!」


 降り注いだ光……いや、矢の雨が的確に敵を貫き行動不能にしていく。


 リカルドの周り、そして撤退する道を作るように敵が倒れ伏す。


 ……儂の目がおかしくなっていなければ、砦から放たれた矢は一本たりとも外れていない。


 適当に矢をばら撒き面で攻撃を仕掛けるのではなく、全てが精密射撃……一本足りとて矢を無駄にしないと言わんばかりの攻撃だが、このあり得ない精度と射程を持つ弓兵を儂は嫌と言う程知っておる。


 そうか、もう動くのか。


 突然動いた状況に動じることなく、敵の囲いを突破したリカルドはある程度離れたところで一気に加速して下がっていく。


 突然の攻撃に対応出来なかったのは敵軍だけじゃな……いや、そもそもこの距離で矢が飛んで来るとは思えんじゃろうし、仕方ないかもしれぬがのう。


 それにしても……あの時はこれ以上ない程絶望的な物を感じたが、味方の砦から飛んで来る矢の何と頼もしい事か。


 儂は高度を上げつつ砦の防壁に視線を向ける。


 目を凝らしてみるがかの弓兵の姿は見えない。


 じゃが恐らく、普段通り何やら含みのある雰囲気でポーズを決めつつ、真っ赤なコートを靡かせておるのじゃろうな。





View of フェルズ すべてけいかくどおり!






「では、襲撃者の内二人は貰って行くぞ?」


「あぁ。しかし、二人で良いのか?襲撃者は殆どそちらで処理してくれただろう?」


 俺の言葉にフィリアは一度頷いたが、最後にといった様子で尋ねて来る。


「問題ない。この連中がどこの手の者かは聞くまでもなく分かっているし、尋問するにしても二人いれば十分だ」


 俺は顔から外した『韜晦する者』をテーブルの上に置きながら言う。


 エインヘリアとしても帝国としても、そして襲撃を仕掛けたエルディオンも……わざわざ名乗るまでもなく、誰が何を仕掛けたのかは十分理解している。


 まぁ、エルディオンは誰を巻き込んでしまったかを把握出来てはいないだろうが。


「そうか」


 納得したように頷いたフィリアが、皇帝として威厳を保ったまま呆れたようにため息をつく。


「英雄という存在に狙われる。いざこの身に降りかかるとこれ以上ない程に絶望的な物を覚えたが、その状況を逆手に取って参戦するか」


「同盟国が攻められたので救援すると言う形でも良かったが、俺としては単独で事に当たる理由が欲しかったからな」


「我が帝国を餌にするか、エインヘリア王よ」


「くくっ……餌と言うのは高級品の方が良い獲物が釣れるからな」


 ……餌呼ばわりしたけど、フィリアさん怒ってないよね?


 ちゃんと危ないシーンからは助けたんだから、怒ってないよね?


 俺は内心どっきどきの状態ながら、普段通り皮肉気に笑って見せる。


「……まぁ良い。助けられたのは事実だからな。それで、これからどうするつもりだ?」


「当然、正式にエインヘリアからエルディオンに宣戦布告して……潰す。帝国は防衛に努めるのだろう?」


「そうだな。エルディオンを併呑した所であの国は面倒だ。上層部も民もな……お前の様に面倒事を好んで抱え込むつもりは更々ない」


 いや、俺も面倒事は抱え込みたくはないのだけど……エルディオンについてはキリク達がしっかり面倒見てくれるらしいので丸投げするだけですし。


「……俺にとってあの国は膿のようなもの。しっかり出し切り適切に処置しなければやがてこの身を腐らせる。腐った果実は周りの新鮮な果実をも腐らせる……そういうことだ」


 ……今何か同じこと二回言った気がするけど、まぁいいか。


「エインヘリアにとってエルディオンは腐った果実だと?」


「エルディオンの全てを否定するわけではない。血統を重視するやり方も、貴族や王族であれば別に特別な考え方と言う訳でもないしな」


 エインヘリアには誇るべき血筋とかないけどね。


「だが……奴等のそれは少々行き過ぎだな。彼らの思想が外で通じると考えているからこそ、今回外征を始めたのだろうが、通じる筈がない」


「当然だな。彼らの言う純血などと言うものは、彼らの中にしか存在しない物だ。そもそも何処を始祖として純血を謳っているのかがさっぱり分からぬからな」


 そりゃそうだね。


 初代王や開祖から血が脈々と受け継がれているとかならまだ分かるけど、魔法使い……天人の純血って言われても、スタート地点はどこなのよって感じがする。


「天人と地人だったか?俺が以前聞いた話では魔法が使えれば天人という事だったが、純血を謳う連中の中にも魔法の使えない子供が生まれたりするのだろう?個人の資質……ではないのか?」


 フィオの話に天人とか地人ってのが出てきたことはない。


 五千年前の時点でそんな区分けが無かったって事は、天人の純血なんてありえないって考える方が自然だ。


 勿論フィオがぼーっとしていた五千年の間に誕生した新たな種族って可能性もあるけど、もしその血の濃い薄いで魔法使いかどうか決まるなら、兄弟姉妹で使える奴と使えない奴が出て来るのはおかしい。


 魔法使いと魔法使いを掛け合わせて魔法使いとそうでない子が生まれるのであれば、それはどこかで純血ではない血が混ざっているという事になる。


 しかし、血を何よりも重視しているエルディオンの貴族が、あやふやな血を本流の血統に入れたりはしない筈。


 だと言うのに、魔法使いじゃない子供は双子よりは高い確率で生まれて来るみたいだし、やはり血は関係ないように思う。


 そう言えば、以前オトノハも本当に天人と地人っていう種族の違いがあるのかと言っていたよな。


「ディアルドは得手不得手はあれど、努力次第で簡単な魔法であれば誰でも使えると言っていたな」


「それはまた、リズバーンがこれ以上ない程にエルディオンに恨まれるわけだな」


 魔法という力そのものが選ばれし者にのみ与えられた力って言ってるような連中だからな。


 エルディオン以外の魔法使いが大陸最高の魔法使いとして名を馳せているだけでも恨み骨髄って感じだろうに、そのリズバーンがそんなことを提唱しちゃったらもう、呪い殺したいレベルだろうね。


「今頃国境でディアルドはエルディオンの連中に追い回されているやもな」


「国境か……連中にリズバーンを追いかけまわすほどの余裕があるかどうかは疑問だな」


 国境にはシュヴァルツを送り込んだからね。


 リズバーン達の手に余るようなら加勢しろと伝えておいたけど……倒してしまっても構わんのだろう?とか言いながら殲滅してそうな気がする。


 宣戦布告前に攻撃しちゃう感じだけど……そこはあれだ、同盟国への救援ということで許して頂こう。


 まぁ、何にしてもエルディオンを攻める口実は手に入れたのだ。


 魔王の魔力を利用した技術は侮れない。


 俺達単独であれば如何様にでも対応出来るだろうけど、帝国を守るのはそれこそ付きっきりにならなければ難しいだろう。


 無色の軍だって今は三百人だけど、時間が経てば増やせるのだろうしね。


 エリアス君は三対一で良い勝負って感じだったけど『縛鎖』はあっさりと封じられていたからな……『至天』は有名な分対策もとられやすいってことなんだろうけど、第五席があっさりとやり込められる姿を見ては、同盟者として安心出来たもんじゃない。


 エルディオンに関しては、とっとと俺達が引き受けてぱぱっと対応すべきだろうね。


 フィリアと当たり障りのない話をしながら、俺は今後の対エルディオンについてどうするのか……キリク達にしっかり聞いておこうと心に決めた。


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