第547話 仮面をつけると絶対に正体はバレない

 


View of サラベル=トリスト エルディオン無色の軍 部隊長






「っ!?」


 振り下ろした剣を素手で掴まれ止められた俺は、即座に剣を離し後ろに飛び退く。


 なんだコイツは!?


 今までどこに!?


 俺の剣を掴んで止めた男……俺はこの者を先程まで認識できていなかった。


 あたかも剣を掴むその瞬間までこの場に居なかったような……突然この場に現れたかのような唐突さを感じた。


 それも無理からぬことだろう。


 なんせこの目の前に立つ男、身なりの豪華さもさることながら顔に非常に美しい仮面をつけているのだ。


 こんな派手な男が会議室に居たのであれば、誰よりも目立ったに違いないのだ。


「くくっ……随分な挨拶だな?何処の手の者かは知らんが……俺に剣を向けてただで済むと思うなよ?」


「……」


 誰かは分からんが随分な物言いだ。


 だが、今そんなことはどうでも良い。


 それよりも急ぎ皇帝と重臣を打ち取らねばならない。


 エリアス=ファルドナを抑えるために出入口の抑えを放棄してしまった以上、重臣たちがこの場から逃げ出してしまう。


 今は状況の変化に対応出来ず冷静さを失っているのだろうが、我に返って動き出すまで然程時間はかからないだろう。


 流石に逃げられると面倒が多い。


 早急に皇帝の首を取り、他の重臣共も処理しなければ……。


 だが……皇帝の前に立つこの男、隙が無い。


 『至天』か?


 いや、このような男が『至天』にいるという情報はなかった。


 仮面で顔を隠しているとはいえ、自国の皇帝の前でこのような態度をとるような人物が『至天』に居れば必ず分かるだろう。


 だとするとコイツは『至天』ではないという事になるが……それならば俺の一撃を止められる筈が……考えている暇はないか。


 会議室の扉が開かれ、数名の騎士が部屋へ飛び込んで来たのが視界の端に映る。


 皇帝もすぐに逃げる……と思ったのだが、皇帝は自分に覆いかぶさっていた女官を隣に立たせると椅子に座ったまま悠然とした態度でこちらを見て来る。


 ……大した胆力だが、それが命取りだ。


 俺は横に飛びながら懐のナイフを二本、皇帝に目掛けて投げる。


 先程部下に石を投げつけた時と同様に、仮面の男からは一本だけ投げつけたように見える角度でだ。


「させないと言っているのに、分からない奴だな」


 そう言いながら刃の部分を持ったままの剣を投げつけ、二本のナイフを同時に弾き飛ばす。


 二本同時に狙ったのか偶然なのかは分からないが……少なくともこの男が『至天』並みの力を持っている事は確実だ。


 三人は、ダメだな。


 エリアス=ファルドナを抑えるので手一杯のようだ。


 想定以上にエリアス=ファルドナが強い……『縛鎖』よりもこちらを排除するべきだったか?


 いや、今更だな。


 相打ち覚悟で仮面の男を排除して、エリアス=ファルドナを抑えている一人に皇帝を任せるしかないか。


 俺は短く口笛を吹き指揮官交代の合図を出すと、仮面の男に飛び掛かる。


 靴に仕込んでいる刃は掠りさえすれば相手に毒を流し込める仕掛けがあるので、上手くいけばこの男を排除してから皇帝を殺すことも出来るが、それは不可能だと勘が告げていた。


「くくっ……この期に及んでなお俺に攻撃を仕掛けるか。まぁ、どの道今更言い逃れはさせんがな……リーンフェリア」


「はっ」


 仮面の男の傍らに立っていた仮面の女騎士が前に出てきて私の攻撃をあっさりと弾く。


 ……馬鹿な。


 先程から一体どうなっている?


 私は間違いなく男の隣にこの女騎士がいることを目視していた。


 だと言うのに一切警戒せず、敢えて意識を逸らす様な……見えているのに認識出来ていなかったといった感覚。


 ありえない。


 私の攻撃を弾き返した動きから、彼女も『至天』並みの実力者であることは想像に難くない。


 二人の実力者を完全に見落とすこと等あるわけがないのに、こうして接触するまで意識することさえ出来なかった……これはこの者達の能力?


 我々の知らない『至天』なのか?


 最近新たに『至天』の称号を得た者が出たと言う話は聞いていない。


 しかし、この仮面の二人は間違いなく英雄級の力を有している……しかし、新人にしては随分と太々しい。


 いや、太々しいというか、この男は確実に女騎士に守られている。


 『至天』が、護衛対象となり得るか?


 英雄に守られる英雄……?


 そんな人物が誰なのか思い至る直前、俺の意識は飛び込んで来た女騎士によって刈り取られた。






View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝







 ある意味で予想通り、エルディオンの襲撃がこの帝城で行われた。


 その事自体は予想通りであったのだけど、襲撃者の実力はこちらの想定以上だったと言える。


 まさか守りの要であったバルドラが、一手で城の外に弾き飛ばされるとはね。


 逆に最近上位入りを果たしたエリアスは敵三人を相手に一歩も引かぬ活躍を見せたが、一人を自由にさせてしまった。


 実力としては十分なものだとは思うけど、護衛対象を守れていない時点で護衛としては厳しい評価をせざるを得ないわね。


 それにしても、近衛騎士達が一瞬たりとも足止め出来ないとは……やはり相手も英雄ということね……間近で『至天』以外の強さを見ることはなかったけれど、これが英雄を敵に回した感覚なのね。


 ラヴェルナが私に覆いかぶさって来た時、正直二人とも死んだと思った。


 でも……。


 私は、少し離れた位置にある背中に視線を向ける。


 いつも正面に座って話をしていたから、彼の背中を見る機会は数える程しかなかったと思う。


 だから知らなかった。


 彼の背中がこんなに大きくて、こんなにも頼もしく……安心感を与えてくれるものだったなんて。


 なんでだろう……?


 あの背中を見ているだけで、涙を堪えるのに……。






View of フェルズ 仮面をつけてたのは俺だよ!






 いや、凄いな『韜晦する者』の効果。


 直接やり取りをするまで完全に無視されるというか、目の前に居ても認識できないと言うか……部屋に飛び込んできた時はともかく、今なんかリーンフェリアに攻撃を防がれてめっちゃ驚いてたもんね。


 これを使えば俺でもスニーキングミッションをやれそうだ。


 やらんけどね?


 俺がやるよりその道のプロがうちにはいっぱいいるのだから、任せた方が良いに決まってる。


 それはそうと……ほんとこの状況、恐ろし過ぎるね。


 エルディオンによる帝国上層部への強襲……切り札である『至天』が国境に詰めている状況でのこれは、一手で帝国を瓦解させかねない代物だ。


 魔力収集装置による転移と通信機能があるからこそ生じた帝国の隙……エルディオンがそれを知っていたのかどうかは知らないけど、見事にそこを突いて来たと言える。


 エルディオンにとって不幸だったのは……うちに目を付けられていた事だよね。


 妖精族の件、魔王の魔力の件……それが人道的なものであれば別に問題は無かったのだが、残念ながらそうではない。


 いや、彼らにとってそれは正しき行いなのだろうけど、俺から見ればそれは間違った行いだ。


 ここで大事なのは、一般的に見て良いか悪いかではなく、俺から見て悪いということだ。


 エインヘリアの王である俺がその行いは悪であると断じるのであれば、それはエインヘリアの国の意思ということになる。


 少し前ならその重たい責任に悩んだりしたのだろうけど、フィオのお陰か最近色々吹っ切れた気がするんだよね。


 ……まぁ、多かれ少なかれ人は責任って物を背負うものだし、のんびりと玉座に座ってアレコレ大方針だけを好き勝手に口に出しているのだからそのくらいの責任はとらんとね。


 重たくはあるけど、俺の周りにいる子達は皆あり得ないレベルで優秀なんだし、多分なんとかなる……本心で相談できる相手もいるし、余程の事が無い限り道を誤って変な方向に突っ走ったりすることはあるまい。


 そんな訳で、俺的に気に入らない政策をとっているエルディオンはエインヘリアの敵で、俺達はその隙を虎視眈々と狙っていた訳だ。


 なんだかんだ暗躍しているエルディオンだけど、今の所直接うちにどうこうってのは無かった。


 だからこそ、今回うちは久々に……懐かしの誘い受けを仕掛けることにしたのだ。


 誘い受けとはつまり弱みを晒すことで、相手の攻め気を刺激して呼び込むこと。


 しかし、はっきり言ってエインヘリアが今更弱みを晒したところで残念ながら罠臭さが消臭出来ない。


 いや、キリクやイルミットなら見事消臭してみせるのかもしれないけど、今回に関しては色々と策を巡らさずとも、タイミングさえ外さなければ簡単に攻める口実を手に入れることが出来るとのことでキリクに全てを任せた次第である。


 いや、そんな説明が無かったとしてもキリクに全てを任せるのは既定路線ではあるけどね?


 しかしまぁ……あれよね。


 タイミングさえ間違えなければって言ってたけど、ほんとにピンポイントなタイミング……キリクのマッチポンプでしたって言われた方が納得できるというか……。


 まぁキリクが読み切ったおかげで、フィリアを襲撃者から守る事が出来たのだから感謝しかないけど……一歩間違えたらかなりやばい状況になってたな。


 仮に……親しい友人が殺された時、果たして俺は王として冷静に行動できるだろうか?


 ……分からんな。


 まず知人が殺されるっていう状況が過去の経験ではなかったわけだし、何でも思い通りに出来てしまう程の権力を持ったのも初めてのことだしな。


 暴走……してしまいそうな気がする。


 ストッパーが必要か?


 フィオは確定として、他にも何人かいると助かるんだけど……うちの子達はな。


 俺の方針に反対する姿が思いつけないし、間違いなく適任ではない。


 フィオ以外……難しいと言うか厳しいというか、俺に諫言出来る奴って誰がいる?


 属国の人達は立場的に絶対無理だろうし……マズいな、側近をうちの子達で固めている弊害だな。


 俺を神聖視し過ぎて諫言してもらえない。


 俺の方針が多少間違っているくらいだったら、なんか良きようにキリク達は調整してくれて想定以上の結果を出してくれるけど、本格的に俺がダメな方針……さっきちょっと不安に思ったような暴君的な思考になった時、うちの子達は多分止めてはくれないと思う。


 こうやって余裕がある時は色々覚悟出来た気がするけど……余裕をなくした時が問題ってことか。


 ……うん、フィオに相談だな。


 しかし、フィオに頼りすぎな気もする……愛想尽かされない様に気を付けないとな。


 とりあえずあれだな、すぐに思考が明後日の方向に飛んで行くのを治したほうが良さそうだ。


 とりあえず、自由に動いていた奴は口笛を吹いた後リーンフェリアにぶっ飛ばされたし……あ、ぶっ飛ばされたと言えば、外にふっ飛ばされた『至天』の人も助けに行った方がいいか?


 エリアス君は……うん、大丈夫そうだね。


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