第546話 暗殺者



View of サラベル=トリスト エルディオン無色の軍 部隊長






 拠点としている家屋……いや、ぼろ小屋の窓から外の光景を見る。


「平和な光景だ」


 俺がぼそりと呟いた言葉に、部屋の中に居た部下が皮肉気に笑いながら同意する。


「全くっスね。うちの国じゃ、こんな過ごしやすいスラムなんて存在しねぇ」


「表の方も随分と活気があったな。この国は一級市民とか三級市民とかってランク分けされているんじゃなかったか?」


「そうなのか?」


 俺の言葉を皮切りに、部下達がここ数日見てきた街の様子を語り合う。


 今この部屋にいるのは五人。


 全員が俺の部隊の部下で、一応無色の軍と呼ばれる軍に所属する。


 まぁ、他の連中と少し出自は違うが、国のお偉方から見ればさしたる違いはないのだろう。


 しかし、こういう仕事を割り振られているということは、一応区別はついているということか。


 俺達五人は無色の軍に所属する前は『風』の一員だった。


 いや、正確にはその訓練生だが……その訓練途中で適性が認められたため、強化実験という国家プロジェクトに参加することになったのだ。


 その時同期の訓練生は十五名程が強化実験に参加したのだが、生き残ったのはここに居る五名だけ……まぁ、成功率が三割なら命を賭けるだけの価値があったと言えるだろう。


 それくらい、俺達が手にした力は強大だったのだから。


「元『風』としてはお前達情報に疎すぎるぞ。帝国の一級だなんだってのは、どれだけこの国で暮らしているかって指標に過ぎん。一応等級でつける職業に差はあるが、三級だからといってまともに生活できないような職にしか就けないって訳じゃない。一級しか国の重要職に就けないとかその程度の区分けだ」


「流石隊長。どうでも良い事もしっかり把握してらっしゃる」


 へらへらとしながら言う部下に手遊びで持っていた小石を投げつける。


「へへっ、って痛ってぇ!?」


 俺が投げた小石をすんでのところで受け止めた部下だったが、一つ目の小石の影になるように投げつけた二つ目の小石を額に受けて悲鳴を上げる。


「空っぽの頭にその石でも詰めておけ。そうすれば投擲くらいには使える」


 痛みに顔を顰める部下に俺が言うと、それを見ていた他の連中が笑う。


 元々同じ訓練生だからか上下関係が適当な部分があるが、それも任務外だからこそと言える。


 今は任務前の最後の休憩時間……多少ハメを外すくらいは大目に見る。


「血ぃ出てない?」


「すげぇ出てる」


「お前がドヤ顔で石受け止めたりするからだろ」


「いや、明らかに石受け止める前に石投げてたよね?」


「まぁ、いいじゃん。誰が怪我をしたわけでも無し」


「見て?このだくだくと流れる俺の血を見て?」


 部下達がわいわいとやっているが、そろそろ作戦開始時間だ。


 窓際に座っていた俺が何も言わずに立ち上がると、先程まで気を抜いていた部下達が無言で続く。


「予定通り、それぞれ時間までに第一合流地点に向かう。合流時の状況に応じてプランを決める。作戦終了後は各自街を出て合流地点に向かえ」


 最後の確認として俺が告げると、全員が無言で頷く。


 これから俺達が向かうのは帝国の中枢、帝城だ。


 任務内容は……帝国の要人、上層部の暗殺。


 どうやらおあつらえ向きに上層部は帝城の会議室に詰めているようで、そこを五人で襲撃すれば一気に上層部を全滅させられる。


 強化実験を受けた我々に、ただの兵では障害になり得ない。


 警戒すべき相手は帝国が誇る英雄集団『至天』の者達だが、奴等は前線の砦に釘付けになっている筈。


 少なくとも『轟天』は砦に詰めている事が確認されているが……影の中に潜むという英雄がいるとかなり厄介だな。


 出来れば前線に居て貰いたいものだが、要人警護として選ぶのであれば影に潜める英雄か知覚できない程の速度で動くという現第一席辺りが本命だろう。


 しかし、誰が相手であろうと任務を完遂出来る自信が俺達にはある。


 出来れば複数人の『至天』が護衛についてくれていると、任務に箔がつくと言える程度の余裕さえあった。


 失敗は許されないが、与えられた力を十全に発揮出来るこの機会をどこか楽しんでさえいる……俺は逸る心を静めつつ小屋を出る。


 帝都の北東部にあるこのスラムは帝国の民からすれば危険地帯なのだろうが、諜報員であるこの身からすれば非常に秩序立った安全な場所と言える。


 スラムには非常に分かりやすいヒエラルキーが存在しており、その頂点を抑えてしまえばこの土地において不可能なことは何一つなくなるからだ。


 現に俺達は、このスラムにおけるヒエラルキーのトップである犯罪組織に早々に渡りをつけ、非常に友好的な関係を結ぶことに成功している。


 その為俺達の情報が外に漏れることはなく、また俺達の行動を邪魔するものは誰一人として存在しない。


 帝都内にありながら帝国の法ではなく暴力が全てを支配する世界……諜報員である我々からすればこれ程やりやすい場所はないと言える。


 私の国のソレと比べれば、生ぬるいにも程があるがな。


 こうして国の外に出てみれば、どれだけ自分達の国が他所とは違うのかがよく分かる。


 『風』が任務から戻ると高確率でその後行方知れずとなるのは、外の世界の情報を流布させない為……口封じをされているのだろう。


 我等の命なぞ、所詮は使い捨て。


 至上の方々の駒に過ぎないのだから。


 それは力を手に入れた今も変わりはしない……いや、この身に余る力を手に入れた事でより一層俺達は弁えなければならない。


 無色の軍に所属する殆どの者が、それを理解していない。


 自分達は力を手に入れたのだと。


 無二にして無双の力を手にしたのだと酔いしれている。


 隣を見れば自分と同等の存在がいるにもかかわらず、実に目出度い頭だとは思うが……それを彼等に言うのは酷というものだろう。


 俺達は多かれ少なかれ強化実験を受けた際に何かを失っている。


 主に精神的な物だが、中には人としての体を失った者もいるらしい。


 特に実験初期の頃は、たとえ強化に成功したとしても精神的に不安定で兵として役に立たないと言われていたほどだったそうだ。


 無論、そういった連中も最後の一滴まで余さずエルディオンの糧となった筈だが。


 ……そろそろ余計な思考は止めておくか。


 色々と考えている内に第一合流地点……帝城の一室へと辿り着いていた。


 俺が最初のようだな。


 拠点としていた小屋を出たのは俺が最後だったが、ルート的には一番早く到着してもおかしくない物だったから問題はない。


 部下達もすぐに……そう考えている内に部下が一人部屋へと入って来た。


 既に全ての打ち合わせは終わっており、この場において話すことは何もない。


 俺達は無言で全員が揃うのを待ち、最後の一人の到着と同時に部屋の窓から外へと出る。


 全員が問題なく揃った以上、ここからは第一プランだ。


 俺達の集まった部屋は三階に位置しているが、会議が行われている大会議場とやらは四階。


 外壁の僅かな凹凸に指をかけて移動すれば、会議室までは警備の者もいないし、城壁や下からはテラスや窓によって視線が遮られ、壁に張り付いていても見つかりにくい安全なルートだ。


 それに会議室は広く、窓が多い為それぞれが一斉に飛び込むことが出来る。


 恐らく会議室の中には『至天』がいる筈。


 いなければ一瞬で仕事は終わるが……俺達の価値を示す為にも、出来れば『至天』は居て貰いたいところだ。


 全員が配置についたことを確認した俺は指で合図を出し、同時にガラスで出来た窓を蹴破り会議室に飛び込む。


 ガラスで出来た窓……これだけでかなりの財産となりそうだな。


 粉々になっていなければだが。


 そんなしょうもない事を考えつつ、俺は室内の状況を把握する。


 『至天』は……二人!


 第五席『縛鎖』バルドラ=イーオと……もう一人は、たしかエリアス=ファルドナだったか?


 バルドラ=イーオの能力は肉体の回復能力。


 エリアス=ファルドナは単純な身体能力が高いだけのタイプ。


 後は近衛騎士が六人……これは物の数ではない。


 バルドラ=イーオの対応は部下の一人が受け持ち、エリアス=ファルドナは別の一名が抑える。


 出入口を封鎖に一人……近衛騎士は特に担当を決めるまでもない、邪魔をすれば排除する……いや、俺達の邪魔をするのが彼らの仕事だからほぼ間違いなく排除することになるだろうが。


 突然部屋へと飛び込んで来た俺達に『至天』も近衛騎士達も素早く対応したが、こちらの方が一手早い。


「ぐっ!?」


 くぐもった悲鳴と共に壁を突き破り、バルドラ=イーオが城外へと弾き飛ばされる。


 良し。


『縛鎖』を含む上位陣の対策はしっかりと練っていたが、ものの見事に嵌ったな。


 俺達の狙いは『至天』を殺すことではなく、上層部の暗殺。


 『縛鎖』は肉体能力に優れてはいるが、護衛対象から物理的に離してしまえばどうということはない。


 相手を強制的に吹き飛ばす能力を有した部下が抑え込む……一対一であれば、負けることはほぼ無いだろう。


 近衛騎士は皇帝の傍に集まっている。


 俺の役目は皇帝を始めとした要人の暗殺……この状況で出てこないということは、警戒していた陰に潜む『至天』はいないようだな。


 扉は部下が抑えている為誰もこの部屋からは逃げられない……計画通りの状況、と言いたい所だが一つ想定外だったことがある。


 エリアス=ファルドナ……想定していたよりも実力がかなり高い。


 部下と戦いながらも俺や扉の前に陣取っている者への警戒を切らしていない……恐らく俺が皇帝の方へ近づこうとすれば即座に対応をしてくるはず。


 だが、問題はない。


 俺はハンドサインで部屋に突入せずに窓の外に待機させていた部下と扉の前に陣取っている部下に指示を出す。


 隠れている『至天』がいた時の備えだったが、『縛鎖』が退場させられた今でも出てこないところを見るに、これ以上の相手はいない……切り札を切るなら今だ。


 新たに部屋に飛び込んで来た部下と扉の前に居た部下がエリアス=ファルドナに飛び掛かり、同時に俺も皇帝に向けて床を蹴る。


 一瞬。


 この一瞬さえあれば『至天』でもなんでもない近衛兵を蹴散らし皇帝の首を取り、ついでに他のターゲットを殺す事くらい造作もない。


 想定していたよりも遥かに上手だったエリアス=ファルドナだが、三人を同時に相手をしながらでは俺の動きに対応出来る筈もない。


 彼が悪いのではない……皇帝を暗殺された戦犯が誰かと問われれば、それはバルドラ=イーオだろう。


 先手を打たれたとはいえ、一瞬で無力化されたとあっては『至天』第五席の名が泣くと言うものだ。


 一息で皇帝を守る近衛騎士を蹴散らし、近衛騎士から奪った剣を使い皇帝を殺そうと視線を向ける。


 皇帝を守ろうとしているのか、女官が皇帝に覆いかぶさろうとしているが……俺にとっては一人の体など肉盾にはなり得ない。


 帝国の重臣たちとエリアス=ファルドナの叫びが聞こえて来るが、その台詞を言い終える前に皇帝の首は飛ぶだろう。


 間合いを詰め、覆いかぶさる女官諸共皇帝を殺す為剣を振り下ろし……。


「それは許可できないな」


 女官に剣が届く寸前で、突如現れた男に刀身を掴まれた。


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