第545話 『至天』



View of ディアルド=リズバーン 至天第二席 轟天






「リカルド。お主の事じゃから油断はせぬじゃろうが……心しておくのじゃ。敵は相当厄介じゃ。下手をすれば儂等を上回る程にな」


 砦の防御壁の上で遠くに布陣する敵軍を見ながら、儂はリカルドに声をかける。


「はい。ミーオリーオさん達が不覚を取ったかもしれない相手です。最初から全力で行きます」


 生真面目なリカルドは『至天』第一席であるという自覚はあるが、それと同時に『至天』の皆を尊敬しておる。


 それにエインヘリアの者達もおるからのう……自分より上を知る者は、けして油断も慢心もせず驕りもしない。


 それにリカルドは努力を厭わず、常に上を目指しておる。


 だからこそ、普段であればどんな局面を任せる事にも不安はないのじゃが、此度はあの時……エインヘリアとの戦争の時並みに気味の悪さを感じるのじゃ。


 エインヘリアの者が聞いたら一緒にするなと憤慨しそうじゃが、得体が知れないと言う意味では同類じゃな。


 そんなことを考えながら、儂は目視で確認出来るほどまでに迫った敵軍へと視線を向ける。


「多いのう」


「はい」


 儂の呟きに、律儀に頷くリカルド。


 砦へと迫ってきている数は三百、後方に控える輜重隊を入れても千には届かない小規模な軍。


 いや、軍と呼ぶには明らかに少なすぎる……帝国の規定なら小隊、輜重隊を入れても中隊には届かん数じゃ。


 砦を攻めるには少なすぎる数……しかし、この場にいる誰もがアレを多いと表現するじゃろう。


 三百人。


 前代未聞の英雄の軍……こうして距離を空けて対峙しているだけで、締め付けるような威圧感が押し寄せて来るようじゃな。


「手筈通り、最初は儂とお主で攻める。深入りはしない様に気を付けて欲しいが……可能な限り情報を集めてくれるかの?」


 我ながら無茶を言っていると思うが……こればっかりはリカルドの才覚に頼るしかないからのう。


 帝都もかなり混乱しておる様で、出来る限り情報を集めつつ安全に退却するようにと無茶を言って来ておる。


 敵軍の動きから少数の英雄が帝国領内に潜り込んでいる可能性を陛下より指摘された時、その可能性を考えなかった事実にゾッとすると同時に、エルディオンと言う存在を侮っていたことを実感した。


 それゆえ、陛下の守りとしてリカルドを帝都へと向かってもらったのじゃが、昨日のウーラン達の失踪を受けてリカルドを前線に戻し、代わりにバルドラとエリアスの両名を帝都に戻しておる。


 『縛鎖』と『不倒不壊』ならば、まず帝城は問題ないじゃろう。


 それに、敵はこちらがウーラン達が失踪したことをまだ知らないと思っておる。


 彼女等の失踪が判明したのが昨日の事、そしてその日の内に早馬が送られておるが……まだこの砦に伝令はついておらぬ。


 いや、恐らく途中で伝令狩りにあったと見て間違いなかろう。


 送り出した伝令は囮じゃ。


 そもそも儂等は魔力収集装置の通信機能があるからのう……伝令は必要ない。


 じゃが、伝令を送りやり取りをしている風を装う必要はある……その為に命をかけて貰っておる伝令の者達には過酷を強いておるが、元々伝令は命を賭ける役割じゃ。


 その命……決して無駄にはせん。


 情報伝達速度は数少ない我々の優位な点じゃ。


 遠くで起きたことを知っている……そして相手はこちらがその事を把握している事を知らないというのは、非常に大きなアドバンテージといえるじゃろう。


 情報の面で……正確さと早さにおいて我々はエルディオンに絶対に負けない。


 惜しむらくは、諜報力の要であったユーリカを失った事じゃ。


 ユーリカだけでなくウーラン達も死んではおらぬと思うのじゃが……少なくとも自由に動くことが出来ない状況なのは間違いない。


 敵の諜報力は分からんが……少なくともユーリカへの対処、そして砦の中に居た筈のウーラン達をどうこう出来た時点で隠密能力はこちらの防諜力を大きく上回るし、個人の戦闘能力もかなりのものだろう。


 十七席のテッドはともかく、ウーランやワイミスは近接戦闘もそれなりにこなす。


 砦内だからと言って戦えなかったという事はあるまい。


 いや、ワイミスはともかくウーランじゃったら、砦の被害を気にせずに大規模な魔法を放った可能性は否定できない。


 それさえも出来なかったというのは……気付く前にやられたか、それともそれすらさせて貰えずに圧倒されたか、どちらにせよ『至天』の第三席と第四席が開戦前にやられている状況はあらゆる意味でマズい。


 今はまだその情報が味方にも知れ渡っていないが、この情報が軍に知れ渡れば士気はがた落ちじゃし……そもそも戦力的に半減してしまっていると言っても過言ではない。


 エインヘリアとの戦いの時こそ東部の抑えに配置されていた為参加しなかったが、軍同士の衝突において、彼等は凄まじい戦果を挙げることが出来るからのう。


 リカルドは個人戦では最強だが、拠点を落とすとなると少々火力が足りない。


 勿論、リカルド一人で守備兵を全滅させて拠点を落とすことは可能じゃが、城壁を壊したりといった直接的な手段に欠ける。


 しかし、彼女等は大規模な戦闘や攻城戦でこそ輝く英雄じゃ。


 今回の戦いだけではない、今後のエルディオンとの戦いにあって主軸を担う筈じゃった……。


「師匠との訓練のお陰で、数分間途切れることなく速度と能力を維持することが出来るようになりました。能力が切れる前に砦に戻るので回収をお願いしても良いでしょうか?」


 儂は浮かび上がる暗い考えを振り払い、リカルドの提案に頷く。


「うむ。では三分でどうかの?」


 エインヘリアから輸入した時計のお陰で、非常に細かく作戦を立てることが出来るようになった。


 作戦行動において、ここまで細かく時間を指定できると言うのは非常に便利じゃ。


 流石に戦闘中に懐中時計を確認する余裕はないが、儂等は訓練で一分、三分、五分を感覚で把握出来るようにしておる。


「分かりました」


 リカルドの場合、能力発動中と能力未発動中で時間間隔が変わるらしく中々大変だったみたいじゃが……生真面目に訓練を続けた結果寸分の狂いなく時間を把握出来るようになったらしい。


 儂より正確なのでちょっと気まずいが……数秒のズレは許してもらいたいのう。


「では、行くとするかのう。開幕は儂の一撃で……そこから三分後に砦の正面で合流じゃ」


「リズバーン様、御武運を」


「お主もの」


 儂は空へと浮かび上がり、反対にリカルドは砦の防御壁から飛び降りる。


 三分……あっという間ではあるが、命を賭けた三分じゃ。


 けして楽なものではない。


 儂は高度と速度を上げながら眼下に布陣する敵軍へ向かう。


 敵軍からざわめきを感じる……儂の接近に気付いたようじゃな。


 相手がエインヘリアであれば、ざわめきなど感じさせる事もなく……この時点で矢が襲い掛かって来ているじゃろうが、その様子は全く無い。


 シュヴァルツ殿程の弓使いはおらぬようじゃな……いや、心の底から安堵してしまうのう。


 あれは……悪夢じゃからな。


 正直一万回再戦したとて、シュヴァルツ殿には魔法の一発も放つ事が出来る気がせん。


 射程が違い過ぎるのじゃ。


 殺伐な空気とは裏腹に、平和な空の旅を続けていると三十本程の矢が儂に向かって飛んできた。


「ふむ。中々の射程じゃが……威力は大したことないのう」


 儂の防御魔法によって弾かれる矢を見ながらまた一つ安堵する。


 普通の弓兵であれば遥か上空を飛ぶ儂に矢を当てることは出来ぬが、今放たれた矢は防御魔法さえなければ全て儂に当たっておった。


 射程や正確性を見ても、間違いなく英雄の放った一射じゃろう。


 しかしそのどれもが防御魔法を貫くことは出来ず、シュヴァルツ殿のような問答無用の一撃ではない事が分かった。


「ほっほっほ。この戦争が始まって以来、初めて安心出来たのう」


 エインヘリアと比べ侮り、戒め、恐れ、その上で目に見えた事実に安堵する。


 なんとも現金なことじゃな。


 儂を目掛けて射られておるこの矢が敵軍の全てと言う訳ではないが、儂を撃ち取る絶好の機会に中途半端な攻撃はしてこないじゃろう。


 エルディオンにとって『至天』の第一席は未だリカルドではなく儂なのじゃ。


 東部の守りには基本的に魔法使い系の者を送る事が多いから、リカルドが東部の守りに就いたことは殆ど無い。


 そして以前戦争で暴れ回った儂は、エルディオンで悪名高いからのう。


 いつも通りふらふらと単騎で空を飛んでおったら、ここぞとばかりに仕留めようとしてくる筈じゃ。


「さて……次は、魔法じゃな。無色の連中に魔法使いがおるかどうかは分からぬが……出来れば確認しておきたいのう」


 そんなことを呟きながら飛行を続けるが、射程内に入っても魔法の一発も放たれる気配がない。


 相変わらず矢はバンバン飛んで来ておるが、全部防御魔法に弾かれておる為何の痛痒にもならぬ。


「魔法は確認出来ずじゃが……仕方あるまい。そろそろ始めるとするかのう」


 儂は飛行魔法に割いていた力を最低限まで落とし、これから放つ攻撃魔法へと意識を集中させる。


 最初の一撃はリカルドへの遠慮はいらんから最大火力じゃ。


 下から飛んで来る矢を一切気にせず、大規模な攻撃魔法を練り上げていくが……ふむ、やはり矢による攻撃は大したことが無いし、魔法による攻撃は一発もないようじゃな。


 ユーリカやウーラン達の事を考えれば、こやつ等はけして弱いわけではないだろう。


 先程から放たれる矢も決して軽い威力ではないし、全てがしっかりと儂を捉えておる。


 弓兵以外もこれと同等の能力を持っているのであれば、驚異的な軍とは言えるが……。


「英雄を集めた軍と言うには、ちと足りんかのう?」


 それとも儂の油断を誘っておるのか……そうじゃな、そう考える方が良いじゃろう。


 そんなことを考えている内に詠唱が終わり、攻撃魔法の準備が整う。


「リカルドへの合図じゃ、派手にやらせてもらうとするかのう」


 儂は一度天に向かって手を掲げた後、勢いよくその手を振り下ろす。


 それと同時に儂の周囲に百を超える火球が生まれ、雷のような速度で一気に地面に降り注ぐ。


 儂の二つ名を象徴する二つの魔法。


 飛行魔法と爆炎魔法……空を飛びながら爆炎をまき散らすさまを見たドラグディア様より頂いた『轟天』の名。


 それに恥じぬ戦果を……齎してみせよう。


 眼下で爆ぜる火球をみつつ、敵の状態をしっかりと観察する。


 防御魔法は……展開されていない。


 やはり魔法使いはおらんという事かのう。


「……ふむ。やはり一般兵の様にはいかぬか」


 本来であればこの魔法は敵軍の広範囲にばら撒き、一度に千や二千程度の兵を行動不能に陥らせることが可能なのじゃが、下にいる三百の軍はあまり被害を受けているように見えない。


「倒れておる者も……ダメージはあるようじゃが、戦闘不能になった者は殆どおらんようじゃな」


 そこそこ距離がある為表情までは分からぬが、こちらを見上げて来る連中からはまだまだ戦意の衰えが感じられぬ。


「頑丈さは十分。弓による攻撃は再開しておらぬが……」


 と言っておる間に矢が二、三本飛来し、防御魔法によって弾かれる。


「うむうむ。戦意は十分な様じゃが……上ばかり見ておると、死ぬぞい?」


 既に狼煙は上げた……儂等の第一席が知覚出来ない速度で飛びこんで来るまで……ふむ、そんなことを考える暇すらなかったのう。


 敵軍のあちこちで血飛沫が上がり、悲鳴と共に敵が倒れていく。


 儂はそこにダメ押しをするように魔法を投げ込む。


 リカルドを誤爆する訳にはいかんので、先程よりも攻撃範囲を抑えた魔法じゃ。


 まぁ、リカルドの姿は殆ど見えんから上手い事避けてくれという、完全にリカルド任せの攻撃じゃが問題は無かろう。


 そもそもこちらからは殆ど知覚できない速度で動くのじゃから、避けようとして避けられるものではない。


 精々効果範囲を絞った魔法で、巻き込まないように配慮するくらいが堰の山じゃ。


 そんなことを考えつつ、次は何処に魔法を叩き込もうかと敵軍を見渡した時、敵兵と剣を交えるリカルドの姿が目に映った。


 ふむ……では、少し離れた位置に魔法を……。


 そう考えた瞬間、儂は背中に氷でも入れられたかのようにゾクリとしたものを覚える。


 ……なんじゃ?


 何が……。


 リカルド……そうじゃ!


 何故リカルドが敵と打ち合っておる!


 そして何故それが儂の目にはっきりと映っておるのじゃ!


 思考加速を十全に生かし、儂自身使いこなす事の出来ない身体強化の魔法を発動しているリカルドは、相当距離を空けていてもその影を追う事すら出来ないのじゃが……今敵軍の真ん中で剣を振るリカルドの姿がはっきりと見えておる。


 あれは、リカルドの動きが捉えられて静止させられた訳ではない。


 身体強化魔法を切った……?


 いや、先程リカルドは数分間身体強化を持続させられると言っておった。


 油断という言葉から最も縁遠いリカルドじゃ、自ら敵のど真ん中で身体強化魔法を切る筈がない。


 となれば……相手に強制的に切らされたということ。


 じゃが、リカルドのあの動き……敵軍のど真ん中で孤立しておる割に敵を寄せ付けず捌いておる。


 あれは、身体強化が完全に切れているわけではないのか……?


 いや、観察している場合ではないの、救援に……。


「リズバーン様!来ないで下さい!魔法の効果を弱める敵がいます!」


 儂が救援に向かおうとしたのを察したのか、リカルドが手を止めずに叫ぶ。


 魔法の効果を弱める……?


 もしや最初の一発で妙に被害が少なかったのはその力のお陰か?


「隙をついて離脱します!援護をお願いします!」


 作戦も何もあった物ではないが、儂はリカルドの言葉に従い撤退を支援するために魔法を放つ!


 魔法の力を弱める能力ともなれば、儂がその能力圏に囚われれば無力なジジイに過ぎぬ。


 距離を詰めずに攻撃魔法をばら撒き、なんとかリカルドの撤退を支援する。


 しかし、威力がかなり弱まっており敵軍を崩すことが出来ない。


 今の所リカルドは危なげはないが……それもいつまで持つか。


 儂はあらんかぎりに魔法を敵軍に向かって放ち続けながら、敵の能力について思う。


 魔法の力を弱める能力と言うのは、魔法を至高の力とするエルディオンにとって受け入れがたいものじゃろうが……エルディオンにそんな英雄が出て来るとは、皮肉な物じゃな。


 そう考えた瞬間、ウーラン達の事が頭を過った。


 彼女等がやられたのは……この能力あってのものかもしれぬのう。


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