第544話 急報



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






「ユーリカ=ストラダから連絡が途絶えた?」


「はい。昨日夜の定期連絡が途絶えたと」


 敵軍がリズバーンのいる砦に迫るまであと一日足らず、早ければ今日にでも対陣すると言う距離まで迫って来た時に齎された情報に、私は眉を顰める。


 影の中に潜み、影の中を移動するユーリカは捕捉することすら困難な相手だ。


 隠密能力で言えば『至天』随一。


 陰に潜んだ彼女を見つけることは『至天』の誰であっても不可能。


 また影の中を移動出来る彼女を捕まえるのは至難と言える。


 陰に潜むという特性を知られている『至天』同士の戦いでは対策を取られてしまうこともあり、勝率があがらず席次は一定以上にはいけないようだが、彼女を軽んじるものは上層部にも『至天』にもいない。


 そんな彼女から連絡が途絶えたというのは、間違いなく彼女の身に何かがあったということ。


「ユーリカに抗することの出来る存在がいるということか……」


 私の呟きには応えず、ラヴェルナが難しい表情を変えずに言葉を続ける。


「非常にマズい状況です。安否もさることながら、彼女の情報収集能力は唯一と言って良い切り札。やりようによってはエインヘリアにさえも潜入できる人材です」


 ……外交官には手も足も出なかったって本人は言っていたけど、ラヴェルナの言は間違ってはいない。


「もし諜報面で上を行かれた上で彼女が捕らえられたのであればかなり問題となります。エルディオンの諜報機関は元々かなり厄介な相手でしたが、もしユーリカ=ストラダと同じような能力……いえ、さらに上位の能力を有していた場合は最悪とも言えましょう」


「ユーリカは敵地潜入中に油断するような奴ではない。彼女の隠密を上回る索敵能力を持った何者かがいると考えるのが妥当だろう。しかし、彼女が逃げる事すら出来なかったと言うのはかなり危険度が高いな。可能であれば前線にいる今、その者を打ち取っておきたい所だ」


「流石にそれは難しいですね……相手に関する情報が何もありません。それにユーリカ=ストラダが情報を抜けなかった相手を資源調査部に調べさせるのは無謀と言えましょう」


 ユーリカのバックアップの為に、敵軍の周りには資源調査部の者達を配置している。


 リズバーンの報告では斥候狩りが行われておらず、資源調査部による遠巻きな監視は容易いとのことだったけど……流石に敵陣内部に潜り込むユーリカの代わりを任せるのは厳しいだろう。


 これは相当厄介な相手……基本的に英雄と言う存在は派手に暴れまわるものだ。


 ディアルド爺を筆頭に単純な強さが物を言う存在、それが英雄だ。


 そんな中、戦闘能力よりも諜報能力を主として鍛えたユーリカは『至天』の中でも異質な存在と言える。


 勿論ユーリカも一対一の戦いであれば英雄に相応しい戦闘能力を持っているのだけど……そんなユーリカが潜伏を見破られ捕縛……もしくは殺されたと言うのであれば、相手は戦い以外の能力も持ち合わせた英雄である可能性が高い。


 表に姿を現していない今、当然相手の正体から探る必要があるわけで……しかし調査において一番の凄腕であるユーリカが情報の一つも残すことが出来なかった以上、その正体に辿り着くのは至難……いや、不可能とも言える。


「可能な限り早くユーリカ=ストラダの安否を確認したいのですが、英雄相手に資源調査部がどこまで近づけるか……」


 そう口にするラヴェルナの表情も暗い。


「現状では手の出しようもないか」


 私の言葉にラヴェルナが他の者には分からない程度に不安を見せながら口を開く。


「遅くとも明日には敵軍は砦までやって来きます……このまま『至天』をぶつけて良いのでしょうか?」


 相手の戦力が不明かつ想定以上の危険がある以上、こちらの切り札を晒しておくと言うのは確かにマズいかもしれない。


「確かにその懸念は分かる……現状、敵の情報が足りなさすぎるからな。エインヘリアとの戦い以降諜報関係に力を入れてきたつもりだったが、明らかに足りていなかったようだ」


「……どこかでエインヘリアは別格と諦めていた部分があったことは否めませんね」


 そう。


 エインヘリア相手にはどうしようもないと考え、このくらい出来ていれば良いという風にどこかで甘えが出てしまっていたように思う。


 勿論、今までよりは遥かに厳しく諜報員たちの育成に取り組んでいるし、英雄予備軍達もそちら方面の才を持つ者達は優先して鍛えているが……現状、エインヘリアと渡り合うと言うには心もとないのも確かだ。


 ルフェロン聖王国の様に諜報部をエインヘリアに鍛えて貰うというのは、流石に色々問題があるし……。


「今更言っても仕方がないな。だが、敵軍に関する情報は多少無理をしてでも得る必要がある。少なくない血は流れるだろうが、元々軽く当たって情報を得たら砦は放棄する予定だったのだ。『至天』を当てずに砦を放棄した所で得られる情報は何もないだろう」


「……」


 早い段階で情報を手に入れられなければ、身動きが取れなくなる可能性は非常に高い。


 それに、不安があるのは国境だけではない。


 国内のどこかに敵が侵入している可能性が非常に高い今、致命的な何かがこれから起こる可能性は否めない。


 資源調査部を総動員して帝都に厳戒態勢を敷いているけど、今の所これと言った成果は上がっていないし……狙いは帝都ではないのか、それとも資源調査部では捕えきれないのか……。


「故に、戦争の序盤……多少の犠牲は覚悟して情報を集めるべきだろう。既に先手は撃たれている訳だしな。エインヘリア以外に後れを取る事はない。そういった傲慢さを突かれた形だが、まだ取り返しは効く段階……いや、寧ろここで取り返さなくては相手の良いようにされる可能性もある」


「……陛下のおっしゃる通りですね。申し訳ありません、弱気が過ぎて国を危険にさらすところでした」


「いや、ラヴェルナの意見も分かる。得体のしれない相手に切り札を使うのは、下手をすれば一敗地に塗れる可能性が付きまとう。だが、敵が英雄であるからこそ、こちらも『至天』を出さねば情報を得る事すら出来ないのだ」


「はい。英雄相手にただの兵ではいたずらに被害が拡大するだけ……」


「……やはり、敵方に英雄がいるというのは慣れないな。どうにも思考が空回りしてしまう気分だ」


「……そう、ですね。エインヘリアとの戦の時は……あっという間過ぎて、色々と考える事すら出来ませんでしたし」


 ……エインヘリアとの戦。


 アレがあったからこそ冷静でいられる反面、アレのせいで色々と麻痺してしまっている部分もある。


「とりあえず、私の意見は纏まった。ウィッカ達に声をかけて、急ぎ会議を……」


 敵が潜り込んでいる可能性を考え、上層部の者達は既に城に集まっている。


 声をかければすぐにでも会議を始められるだろう。


 そう考え、招集の指示を出そうとしたところで執務室の扉がノックされ、秘書官の一人が扉へと向かった。


「陛下、前線の砦から急報とのことです」


「入れ」


 秘書官の言葉を聞いた私がすぐに入室の許可を出すと、顔色を悪くした文官が執務室に入室してくる。


「陛下、リズバーン様より急報が。ウーラン=ミーオリーオ様、ワイミス=ビント様、テッド=パウケ様の三名が忽然と姿を消したと」


「「っ!?」」


 文官の言葉に秘書官達の顔が強張る。


「……緊急招集だ。ウィッカ達をすぐに集めろ」


「はっ!」


 私の指示に秘書官と……知らせを持ってきた文官が慌てて部屋から出て行く。


「……フィリア」


 部屋に残っているのは二人だけということもあり、ラヴェルナが私の名を呼ぶが……その声に力が無い。


 理由は考えるまでもなく先程の報告。


 『至天』第三席『爆炎華』ウーラン=ミーオリーオ。


 『至天』第四席『氷牙』ワイミス=ビント。


 『至天』第十七席テッド=パウケ。


 全員が魔法に秀でたタイプの英雄で、お互いにかなりライバル意識を持っている三人だ。


 テッドは少し席次こそ低いけど、魔法の威力だけで言えばウーランやワイミスに負けていない。


 全員がディアルド爺に心酔しており、後継者になろうと日夜張り合っている事を除けば特に問題の無い三人だ。


 理由もなく突然戦線を放棄するような者達ではない……寧ろ全力で魔法を撃てることを喜ぶタイプね。


 しかし、現に三人がいなくなっているわけで……。


「彼等の詰めていた砦は全部同じ場所だったかしら?」


「いえ、ミーオリーオは一番東の砦。ビントとパウケは西側の砦の筈よ」


「……二カ所の砦で魔法使い系の三人が同時に行方不明。間違いなく敵の仕業でしょうね」


「寝返った?」


 単刀直入なラヴェルナの言葉に私はかぶりを振ってみせる。


「それはないわね。『至天』を寝返らせるなら開戦前じゃなくて開戦後の方がダメージは大きいもの。それこそ、三人とも一人で砦を内側から吹き飛ばせるくらいの力があるわ」


「それもそうね」


 平時に出奔したと言うのならともかく、このタイミングで姿をくらませてしまっては寝返る意味がない。


 臆病風に吹かれるタイプでもないしね。


 私の言葉に納得したように頷いたラヴェルナは言葉を続ける。


「十中八九敵の仕業でしょうけど、開戦前に四人も『至天』がいなくなるなんて……しかもその内二人は二つ名持ち」


「彼等の生死は分からないけど……尋常ならざる事態と言えるわ。このまま砦で迎え撃つのが本当に正しいのか、分からなくなって来たわ」


 情報を得るためにぶつかる必要があると言ったけど、舌の根も乾かぬうちに意見を翻したくなるなんてね……。


「これ以上ここで考えても仕方ないわね。ラヴェルナ、大会議場に行きましょう」


 私はラヴェルナに声をかけながら立ち上がる。


 四人の安否は気になるけど、それ以上に帝国に迫る脅威の為に全力を尽くさなくてはならない。


 恐らくこれからずっと……数日は大会議場に籠りきりになるはず……前線からの情報が一瞬で届くようになったからこそ、対応も素早くとれる。


 現時点ではかなり相手に先を行かれているけど、情報伝達の早さと策の柔軟性で巻き返したい所ね……。


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