第542話 東部国境にて



View of ディアルド=リズバーン 『至天』第二席『轟天』






 エインヘリアから無色と呼ばれるエルディオンの新設軍に動きがありという情報が齎されて、半月ほどが経過した。


 流石に三百人もの英雄が攻め込んでくるとあっては、儂等帝国といえども平静ではいられない。


 急ぎ『至天』を東部へと移動させたが、どう考えても防ぐのは無理じゃろうな。


 『至天』は現在二十三名。


 そのうち戦闘が出来るのは『死毒』を含め二十一名。


 エインヘリアと同盟を組んでいるとはいえ、流石に他の国境をがら空きにすることは出来ずエルディオンとの国境沿いには十九名を配置した。


 砦は三つ……儂のいるここは五名を、他の二カ所には七名ずつを待機させているが……三百名という英雄の進軍を防ぐにはあまりにも頼りない数と言えるじゃろう。


 流石に儂も英雄三百を倒しつくせるとは思えんしのう。


 というか、エインヘリアの連中のような者がいないとは言い切れんしのう……まぁ、エルディオンにあんなのがいたらもっと派手に動いていたじゃろうがの。


「リズバーン様。東の砦に魔物の襲撃があったそうですが、いつも通り『爆炎華』が焼き払ったそうです」


 周辺の地図を見下ろしながら物思いに耽っていると、『至天』十五席のユーリカが部屋へと入って来て報告をしてくれる。


「ふむ。魔物相手はやはり魔法で吹き飛ばすのが楽じゃのう」


「そうですね。私はあまり魔物の処理が得意ではありませんし、『爆炎華』や『氷牙』が羨ましいです」


「ほっほっほ。儂を含め、魔法系の連中は火力馬鹿じゃからのう。儂としては、お主たちの様に人には真似のできない特殊な能力を持つ方が羨ましいのじゃが」


 ユーリカの影へと潜る能力、リゼラの毒を生成する能力、バルドラの再生能力、リカルドの思考高速化……どれも非常に魅力的な力じゃ。


 自分が持っておったらと夢想したことは一度や二度ではない。


 個人的にはリカルドの思考高速化が一番欲しいところじゃのう。


 リカルドが言うには、自分だけが時の流れの外側に置かれたのではないかと錯覚する程思考だけが先へ先へと進んでいくと言う代物。


 政治や交渉の場においてこれ以上ない程のアドバンテージを得られることじゃろう。


 是非ともリカルドにはそちら方面の能力を高めてもらいたい所じゃが、生真面目かつ素朴という凡そ交渉には向いていない性格が色々と邪魔をしておるからのう。


 エインヘリア王程強かにとは言わんから、もう少し清濁併せ吞む感じになってくれると心強い良いのじゃが……。


 頑張ってくれておるのは分かるんじゃが……まだまだ儂の引退は遠そうじゃのう。


「私の能力は……今回はあまり役に立ちそうにないですが」


「そんなことは無かろう。確かに魔物相手では陰に潜んでの情報収集や暗殺はあまり出番がないじゃろうが、もうすぐエルディオンの連中が出張って来る。そうなればお主は寝る暇がないくらい忙しくなるはずじゃからのう」


「それはそれで……」


 頬を引き攣らせながら言うユーリカに儂は笑って見せる。


「ほっほっほ。じゃからこそこちらの砦に来て貰ったわけじゃからのう。頼りにしておるぞ?」


「はい。お任せください」


 先程とは違い、力強く頷いたユーリカが国境の向こうへと視線を向ける。


 儂の目にもまだ何も見えぬが、エインヘリアの情報通りならばあと数日程で敵軍は国境にやってくる筈じゃ。


 じゃが、三カ所ある砦の何処に敵がやって来るかは分かっておらぬ。


 一か所に集中するのか、それとも分散するのか……。


 流石に三百もの英雄を相手にしたことはないからのう。


 普通に考えれば、陽動もない限り戦力の分散は愚じゃが……相手は一人で戦局を変える得る英雄と言う存在じゃ。


 例え三軍……百人ずつに分かれたとしても、それぞれが国を十落としても余りある戦力と言えるじゃろう。


 儂等『至天』が砦に詰めておるとはいえ、相手の数は十倍以上の数。


 エインヘリアに捕獲されておった程度の相手なら怖くはないのじゃが、敵の力を低く見積もるのは危険じゃからのう。


 恐らく敵は最低でも軍として動くことが出来ておる……エインヘリアで見た連中であればそれすら困難じゃったことを考えれば、間違いなくアレよりも性能は上と考えるべきじゃ。


「警戒網の内側に敵軍が来たら、すぐに出て貰うつもりじゃが……」


「先手を打って今から影に潜り込んでおくことも可能ですが?」


「敵の能力が未知数じゃからな。バックアップが出来ない距離で何かあっては、それを知る事すら出来ぬからのう」


 ユーリカの能力を信用していないとも取れる言葉じゃが、英雄同士の戦いは何が起こるか分からない。


 ありとあらゆる理不尽が起こり得ると考えるべきじゃ。


 ユーリカが影に潜れるのじゃから、他の英雄が影を操れないとは言い切れない。


 帝国においては英雄の人数が人数じゃから同じ能力を持つ者はおらぬが、向こうは数が多いからのう。


 エインヘリアからも、少なくとも数人は特殊な能力を持った英雄が存在していると情報が来ておるし、用心に越したことはないじゃろう。


 まぁ、用心しておっても儂等が想像も出来ないような能力を持った者が居るかもしれんのじゃが。


「三百人の英雄……その情報を齎したのがエインヘリアでなければ鼻で笑ってしまいますね」


「そうじゃのう」


 一応……ドラグディア様からも無色の軍に関する話は聞いておったが、エインヘリアの情報は更にその先の物じゃからのう。


 どれほど荒唐無稽なモノであったとしても、エインヘリアからの情報と言うだけで信じられるというのも危険な話じゃが……儂も納得出来てしまうんじゃよなぁ。


 っといかんいかん。


 あっちの常識外れに気を取られて、目の前に迫る規格外から目を外してしまっては本末転倒というものじゃ。


「敵が一点突破を狙ってくるなら他の砦の者達も集合させる必要がある……エインヘリアのお陰で裏をかかれる心配がないのは楽じゃのう」


 魔力収集装置のお陰で情報のやり取りや拠点間での兵の移動は一瞬じゃからな。


「そうですね。ところでリズバーン様、エインヘリアからの援軍はないのでしょうか?」


「うむ……今のところは援軍要請はしない」


 上層部としては援軍要請をしたかったのじゃが、貴族達が反対したのが原因じゃ。


 奴等は未だに帝国の武威が大陸一だと信じて疑っておらぬ。


 無論……エインヘリアとの戦争に参加しておらぬ地方の貴族達が言っておるだけじゃが……残念ながら数だけは多いからのう。


 三百もの英雄の軍の事は当然伝えておるが、貴族共はそれを信じておらん。


 いや、その言い分は至極もっともなものではある。


 帝国が戸籍を作り徹底的に英雄へと至れる可能性を持つ者達をかき集め、それぞれの才に合わせた最高の教育を施してなお『至天』には二十三名の英雄しか存在しておらぬ。


 帝国六千万の臣民の内の二十三名じゃ。


 それが大国の中では一番人口が少なく、儂等の六分の一以下しか国民を抱えていないエルディオン……ましてや、我々の様に長い時間をかけて英雄を見出すシステムを構築して来たわけでもない彼らが、突如として三百もの英雄を抱え込めるわけがない。


 三百という数は、帝国で言うところの英雄予備軍をかき集めた結果ではないか。


 そう考える貴族達の考えは今までの常識に照らし合わせれば真っ当なものじゃし、情報に疎い連中の賛同を集めるのも無理のない主張と言える。


 これもエインヘリアとの戦いの際に、西方貴族の派閥を潰した事による弊害じゃな。


 次は自分達の番と考えてもおかしくはないじゃろうし、中央のやり方に反発するのも仕方はない事じゃろう。


 彼等の狙いは……中央の力を削ぐこと。


 中央の力……すなわち『至天』と国軍。


 その力を背景とした中央の権力を削れるタイミングで削らなければ自分達に先はない。


 彼等はそう考えているのじゃろうが……果たしてその思考は全てが本当に自分達の内から生まれたものかのう?


 その影を確認することは出来なかったが、恐らく貴族連中はエルディオンの諜報部『風』の連中に誘導されておる。


 エルディオンと手を組む程では無さそうじゃが、恐らく良いように操られておるのじゃろうな。


 とはいえ、それを利用して地方貴族の発言力を低下させようとしているのは中央も同じじゃ。


 中央は……今回の戦が一筋縄でいかない事は理解しておる。


 故に、危険を感じた際はすぐに撤退するように通達されており、砦の放棄は織り込み済みじゃ。


 魔力収集装置をエルディオンに渡すことになってしまうが、その事はエインヘリアに相談済みで、放置しても構わないと言われておる。


 恐らく技術を奪えるものなら奪ってみろという自信の表れなのじゃろうが……もしあの装置にエルディオンが手を出したら、それを理由にエインヘリアはエルディオンを攻めるのじゃろうな。


 まぁ、何にせよ。


 一度ぶつかって情報を集める……それと、問題があればすぐに撤退。


 転移という逃げ道がある以上、余程不意を突かれたり油断したりしなければ大きな被害は出ないと思うのじゃが……いや、それも相手が普通の相手であればじゃな。


 いかんのう。


 儂自身、三百もの英雄が相手ということに頭が追い付いていない感じじゃな。


 これは……他の『至天』の者達にもう一度言い含めておいた方が良いかもしれぬ。


 心のどこかで油断しておる……エインヘリアとの戦いを経て、他国の脅威も身に染みた筈なのじゃが、やはりエインヘリアは別格というような考えが拭い去れぬようじゃ。


 敵との距離がまだある今のうちに、他の砦を回っておくことにするかのう。


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