第541話 次の日の覇王



 おのれ……蛮族王ラフジャス許すまじ。


 なんだあの屋台のラインナップは!


 激辛の横に激辛、更にその横に熱々の汁物……その横に激辛。


 知ってる?


 辛いのって味じゃないんだよ?


 辛味なんて存在しないんだよ?


 アレはただの痛覚なんだよ?


 なんで食べさせるの?


 痛いんだよ?


 何でお金かけて痛覚刺激するの?


 マゾなの?


 いや、程よく辛いのは良いんですよ。


 激辛ってなんなの?


 罰ゲーム以外で何の用途があるの?


 それをなんであんなに並べるの?


 蛮族は口の中は鋼鉄で出来てるの?


 っていうかさ……なんで激辛料理はフェルズの防御力貫いてくるの?


 口内は防御力ないの?


 粘膜は弱点なの?


 後ね……フィオね。


 ほんとね……何がいけなかったのか、もうね……天使のような悪魔の笑顔で俺に激辛を差し出してくるわけですよ。


 あーんですよ、あーん。


 恋人同士に許された……イチャイチャの代表格みたいなあれですよ。


 普段であれば……普段のフィオであれば、恥ずかしがってあーんなんて出来ない筈だ。


 だというのに、妙な迫力を纏ったフィオは恥ずかしがる素振りを一切見せず、ただひたすら激辛と熱々料理を俺の口に運んでくるわけですよ。


 もうね、あーんっていうか、あ゛ーん?って感じなんですよ……いや、見た感じはとても可愛らしかったんですけどね?


 そんなフィオに俺は逆らうことが出来ず……唯悶絶するのみ。


 ……おかしい。


 俺はただフィオと出かけてキャッキャウフフとは言わんが、のんびりと街歩きをしながら会話をして楽しむつもりだったのだが、やったことは激辛チャレンジだ。


 おのれ……ラフジャスめ。


 なんで激辛文化が蔓延しているんだ。


 多分……ドワーフ達から流入した文化なんだろうけど、あの刺激が蛮族達にはクリティカルヒットしたのかもしれない。


 くそう……ベジタブル蛮族だと思ってたのに、まさかの激辛蛮族。


 後なんで急にフィオは突然激辛料理運ぶマシーンになったのか。


 俺なんかしたっけ……?


 冷静に思い返してみても……理由が分からない。


 普通に食事をとろうって話をしただけだと思うんだが……屋台の食事がいけなかった?


 いや、フィオは寧ろ屋台とか喜ぶと思う……実際屋台で食事を買う時めっちゃ楽しそうにしてたしな。


 ……激辛を俺に食べさせている時も、相当楽しそうだったけど。


 あれは、機嫌が治ったってことなのかもしれないけど……そもそもなんでご機嫌斜めになったのかというところだ。


 ……。


 ……駄目だ、さっぱり分からん。


 フィオを不機嫌にさせる様な事をしてしまったのであれば謝った方が良いのかもしれないけど、理由が分からないと謝りようがないしな……うん。


 俺に出来ることはアレだな。


 よく分からんけど、とりあえずなんか気を付ける!


 後は明日の覇王がなんやかんや上手くやってくれることを期待する!


 駄目だった時は……また激辛で許してくれるかなぁ。


 そんなことを考えながら、俺は目を通していた書類にサインを入れる。


 大きな港の建設計画……タイムリーというかなんというか、スティンプラーフ地方にか。


 次の書類は飛行船の発着場建設場所について……スティンプラーフ地方の南東部ね。


 それと同時に都市建設計画か。


 大型港を有した港湾都市と飛行船の発着場を中心とした交易都市。


 スティンプラーフの今後の発展がヤバいな、オイルマネーならぬ魔石マネーか。


 まぁ、元々蛮族が支配していた時から交易船が来ることが出来るような地形だからな。


 本格的な港を作るのに適した土地なのだろうし、海上輸送の拠点としては優秀な場所なのだろう。


 今は採掘した物をあまり遠くに輸送する力が無いけど、飛行船と船という輸送経路を得れば……間違いなくスティンプラーフはエインヘリア国内でも有数の金満地域になるだろう。


 それに学研都市建設の計画もあるし……スティンプラーフがエインヘリアの最先端となる日も近いか?


 そんなことを考えつつ、書類にサインを入れて……なんかどんどんマルチタスクというか、考え事しながら書類処理が出来るようになっていくな。


 やべぇわ。


 覇王の成長が凄まじいな、このままいけば寝ながら書類の処理が出来るようになるかもしれん。


 そんなアホな事を考えたせいか、サインの途中でインクが切れてしまった。


「……ボールペンが欲しい」


 インクをつけて使うタイプのペンも慣れてはきたけど、やはりボールペンの様に何も考えずにサラサラと書くというわけにはいかず、油断すると途中でインクが枯れるのだ。


 せめてこう……インクを補充できるタイプの万年筆とか作れないものだろうか?


 いや、どう作れば良いのか全く分からんけど……ボールペンもね。


 真球とか多分相当作るの難しいだろうしね……ドワーフならいけるか?


「どうかされましたか?フェルズ様」


 思わずつぶやいてしまった一言を執務室に居たキリクが拾ってしまったようだ。


「いや、サインの途中でインクを切らしてしまってな。もう少し使い勝手の良い筆記具を作れない物かと思っただけだ」


「使い勝手の良い筆記具ですか……」


「くくっ……まぁ、八つ当たりのようなものだ」


「いえ、新しい筆記具というのは面白いかと。良ければどのような物を考えられたか聞かせて頂けませんか?」


「ふむ……そうだな」


 俺は雰囲気でボールペンや万年筆についてキリクに話をしてみると、思った以上に真剣な表情でキリクが考え込む。


 俺以上に書類仕事が多いキリクからしたら、新しい筆記具というのは相当興味深いものだったようだね。


 ってことは、キリク自身も今使っているつけペンに不満があるって事だろう。


「ペンの中にインクを……そしてそれが零れない様に球体で蓋をして転がる事でインクを……」


「……かなり大雑把な案だから、それでちゃんと書けるかどうかは分からんぞ?真球を作るのも相当技術が必要だしな」


 もしそれが作れるのであればベアリングとかも作れるかもね。


 ……まぁ、ベアリングを何に使えばよいかはよく分からんけど。


 列車の部品としては使えるかな?


「なるほど……オトノハ達であれば形に出来そうですが、まだ当分開発関係は動かせませんね。ドワーフ達に研究させてみても良いでしょうか?」


「俺は構わんぞ?」


 相当キリクが乗り気だな。


 エインヘリアは紙を作る技術はあるみたいだけど、筆記具はそこまで発展してないからな。


 これを機に使い勝手の良い文房具とかも色々開発してもらいたい所だね。


「ありがとうございます。試作品が出来たら試して頂けますか?」


「あぁ、勿論だ。楽しみにしておく」


「ご期待に応えられるよう、全力を尽くします」


 ……いや、そこまで気合入れなくても良いよ?


 俺が苦笑しながら頷くと、キリクは一度咳払いをした後表情を変えて口を開く。


「帝国東部に派遣した調査団ですが、魔物の調査を終え帰還しました。詳細は会議で報告させますが、簡単な報告を先にしておきますか?」


「そうだな。聞かせてくれるか?」


「はっ。ギギル・ポーの坑道にいた核となる魔物と同じようなものが帝国東部でも確認出来た模様です。また、襲撃毎に異なるようですが死骸が残らない魔物が三割から七割程存在していた様で、死骸が残る魔物は核となっている魔物が倒されると同時に統率を失い逃げ出したり同士討ちを始めたりする模様です」


「核となっている魔物が魔物の群れ全体を操っているということか。核となっている魔物は外から見てすぐに分かるのか?」


「いえ、残念ながら倒すまでどの魔物が核となっているかは分からないようです」


「楽は出来ないという事か」


 俺が肩を竦めると、キリクも苦笑するように頷く。


「ですが現状、帝国軍が魔物に後れを取るという事もありませんし、討伐まで時間がかかるという事以外特に問題はないかと」


「国境には『至天』が詰めているらしいからな。余程の事が無い限り魔物程度に遅れは取るまい」


「そうですね。ですが、恐らく近日中に無色が帝国との国境に向けて動くとのことで……」


「本格的な戦いが始まるか。無色の情報は帝国に流しているか?」


「はい。ですが、流石に帝国では厳しい相手かと」


「数が数だからな……」


 三百人くらいの英雄だもんな……。


 正直、無色の連中がエルディオンから派遣されてた英雄達のような感じであれば、帝国は負けることはないだろう。


 暴れる事しか出来ない、軍と連携すら出来ない連中だったからな。


 まぁそれは彼らのせいじゃなく、埋め込まれた魔道具と過剰に与えられた魔王の魔力によるものなんだけど。


 とはいえ、そんな事情は相対する俺達からすれば関係のない事……帝国からすれば力だけはある獣といったところだろうね。


 ただそれは、無色の連中が派遣されていた連中と同レベルだったらの話だ。


「連中について、調べはついたか?」


「ウルル達が先程帰還しました」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る