第540話 安定の覇王
い、いかん……。
何がマズいって……リーンフェリアこそ護衛としていないものの、俺達の事はウルルを始めとした外交官達がしっかりガードしてくれているのですよ。
しかも、エルディオンの調査を後回しにしてだ。
……本当に俺は、気軽に出かけられない立場なんだなぁと思う。
それと、仕事の邪魔をしてごめんなさいとも思う。
っていうか……仕事を中断させておいて、これはないよなぁ。
硬直が解けた俺達は……俺は右方向を見ながら、フィオは左方向を見ながら……無言で歩いていた。
当然だが、フィオは俺の左側にいるのでその姿は視界に全く入らない。
「……」
「……」
しかし……こんな状態だと言うのに、フィオは俺の腕を抱え込んだまま離さないのだが、大丈夫なのだろうか?
いや、左腕に全神経を集中させるくらいには、フィオの柔らかさを堪能しておりますありがとうございます!
おっと、思考が暴走した。
しかしこう……考えてみて欲しい。
これは……いつもの視察ではなく、所謂……デートというヤツである可能性が無きにしも非ず。
それはつまり、二人が共に楽しむ必要があると思う次第にございます。
この状況……二人が共に明後日の方向を見つつ無言でふらふらと歩くという状況な訳だが……これは果たして楽しんでいると言えるだろうか?
某……左腕が柔らかさに包まれて極上……幸せにござりまするが、果たしてフィオは?と思う次第。
なんせ、フィオは顔を真っ赤にしながら俺の左腕にしがみつき、全力で俺から顔を背けることに執心しているわけで……間違いなく楽しくもなんともない状態だろう。
惜しい……非常に惜しいとは思うのだけど、一度腕を解いて程よい距離を空けてからのんびりと散策を再開すれば良いと愚考する次第。
うん、その方が良いだろう。
「あー、フィオ?」
「な、なんじゃ!?」
声をひっくり返し……背中に氷でもいられたかのようにのけぞりながらフィオが返事をする。
「お、落ち着け、落ち着くんだ。大丈夫だ、まずは深呼吸だ」
「う、うむ」
落ち着いていないのはフィオだけじゃない。
俺はフィオと一緒にゆっくりと深く深呼吸を行う。
あれだな……?
スティンプラーフ地方はちょっと砂っぽい感じだな?
鉱山が近いせいか……?
以前攻め込んだ時にはあんまり感じなかったんだけど……なんか妙に喉が渇くのはそのせいかもしれないな?
「さ、さて、フィオよ」
「な、なんじゃ?」
深呼吸のかいがあったのか、耳まで真っ赤だったフィオの顔色が少し落ち着いた気がする。
「俺達がこうして……お忍び的な感じで出かけられる機会ってのは、そう多くないと思うんだ」
「……そうじゃな。お主はなんだかんだで真面目じゃし、あまり遊ぶという事をせん。自分がさぼる事で他に迷惑が掛かるとなったら尚更じゃな」
「い、いや、別に真面目ってことはないだろ。人として当たり前のことをやってるだけだし」
「お主にとっては当然なのじゃろうが、それを苦と思う者もおるという事じゃ」
やれやれとでも言いたげにフィオが言う。
……こういう話になると饒舌だな?
「まぁ……それはさて置きだ。数少ない機会を、こんな風に無言で街歩きで終わらせるというのは勿体ないのではないかと」
「ふ、ふむ……?」
「色々と楽しむべきじゃないかと、そういう訳だ。無論だらだらと街を見物しながら歩くというのが嫌だと言っている訳じゃないぞ?そ、その……あれだ、フィオと二人でこうして歩くのは……中々新鮮で、その……なんだ?悪い気分ではない」
「……」
「だが、今の状態だと……その、お互い普段通りとはいかないというか、あれだ、無理して他の連中の真似をして腕を組まなくても良いんじゃないか?」
我ながらぎこちなさの拭えない台詞だとは思うが、フィオと街歩きをしたいと言うのは本心だ。
そして、緊張やらとは無縁な……普段通り馬鹿な事を言い合いながら気楽な感じで過ごしたいと思う。
「そ、それは……腕を組むのは止めようということかの?」
「その方が良いんじゃないかと思うんだが……あ、いや、腕を組むのが嫌だと言う訳じゃないぞ?ただ……あれだ、緊張するんだ」
「……」
「他人の真似じゃなく、自分達が一番やりたい事をやるのが良いんじゃないか?」
「……やりたい事?」
フィオは俺の言葉をオウム返しにしながら腕に力を籠める。
「あ、あぁ。楽しまないと損だろ?」
「う、うむ……なるほどの?」
「……」
「……」
納得したように頷くフィオだけど……何故か俺の腕を抱え込んだまま離そうとはしない。
「フィオ?」
「ふぇ、フェルズよ。思うんじゃがな?」
「ん?」
「やりたい事をやるのが一番と言ったじゃろ?」
「あぁ。遠慮はいらない……フィオがやりたい事なら、それは俺のやりたい事でもある」
格好つけているわけでも気を使っているわけでもない。
ただ……フィオが喜ぶ姿を見られれば、俺も嬉しいというだけ。
俺はぎこちなく無ければ良いなぁと思いながら、全力を振り絞って笑みを浮かべてそう告げた。
「な、なら……」
「ん?」
俯いたフィオが再び耳まで真っ赤にしつつ小さく呟くが、街の雑踏に紛れて良く聞こえなかった。
「すまん、フィオ。もう一度言ってくれるか?」
「……だから……」
フィオが俯いて……俺の腕にしがみつくようにしながら呟くので、本気で全然聞こえない。
聞こえないんだけど……あまり追及するとなんかろくでもない事になりそうな……しかし聞かない事には始まらない訳で……。
そんな俺の葛藤が伝わったのか、俺の腕を掴む手に力を込めながらフィオが顔を上げる。
「……真似とかじゃない……私が……腕を組みたいのじゃ……」
「……おっふ」
え……?
何この生物……大地が割れるくらい可愛いんだけど……。
「だから……このままで……良いかのう?」
勿論ですとも!
速攻でそう返事しようとしたが、少しだけ踏みとどまる。
「勿論ですとも」
……あれ?
踏みとどまった意味は?
いや、そうじゃない。
腕を組むのはいいけど、緊張し過ぎて色々問題じゃないか?的な事を言いたかったんだが……まぁいいか。
俺が返事をした瞬間、本当に花が開いたように笑みを浮かべたフィオを見て、色々とどうでもよくなってしまった。
「じゃぁ、このまま行くとして……何か見たいものとか無いか?」
「そ、そうじゃな。当てもなくふらふらするのも悪くないのじゃが……」
そう言いながら少し考えるように小首をかしげるフィオ。
「少し小腹がすいた……かのう?」
「言われてみれば……少し腹が減ったかもな」
時間的には昼を完全に回った時間帯……三時のおやつには少し早いってところかな?
色々と緊張し過ぎて忘れていたけど、指摘されてみればそこそこ空いてる気が……フィオは俺よりも余裕があるのかもしれん。
「店は夜の仕込みをしている頃かのう?屋台ならまだ何か残っとるじゃろうか?」
「屋台か。そうだな、時間も中途半端だし屋台で軽く摘まむくらいにした方が良いかもな」
屋台は以前オトノハと出かけた時に食べたくらいだし、興味は結構……。
ふとそんなことを考えた瞬間……ぞっとするような冷気を感じた。
な、なんだ!?
ぎしりと空気が音を立てて歪んだような……いや、違う、音を立てて歪んでいるのは俺のうでぇ?
「ふぃ、フィオ?」
「さて、屋台に行くかの。激辛料理とかあると良いのう」
かつてない程のパワー、そして威圧感を迸らせながら……フィオは穏やかに微笑む。
……え?
さっきの可愛いフィオはどこにいったの?
幻?
俺の腕に新しい関節をつくらんばかりにめきょりつつ……フィオは有無を言わさずに俺を引っ張っていく。
どうか屋台に冗談のような激辛料理がありませんように……。
俺はフェイルナーゼン神にそんな事を祈りながら……いや、祈る神がおかしいか。
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