第538話 だらだらしてみる
今俺は、自室で魂が抜けたかのようにボケーッとしている。
やることが……やる事が多すぎる。
……。
いや、実際それほどではないんだけどね?
俺がフィオにぷ、プロポーズ的なアレをしてから数日……とにかくひたすら挨拶である。
挨拶をする側ではない、される側だ。
エインヘリア中、いや大陸中……エルディオンを除く……から、それはもう我々を祝福しにお客さんが訪れるのだ。
結婚したのちゃうんやで?
まだ婚約なんやで?
それなのにこんなに祝われるの?
これには流石のフィオも苦笑い……することはなかった。
挨拶されるの俺だけだからね!
フィオはまだ表には顔を出していない。
まぁ、まだ王妃と言う訳ではなく、婚約者の段階だし……顔を出さないと言うのも分かるけどね。
後は……うちの子達のガードが凄い。
なんだったら俺より守られてると思う。
いや、多分そんなことはないんだろうけど……フィオの護衛には最低でも三人はついてるんだよね。
レンゲかサリアのどちらかが絶対にそのメンバーに入っているし、研究関係で話すことが多いのかカミラも大体一緒にいる。
いや、フィオが手厚く警護されている事に文句はないけどね?
俺と違って戦闘能力もそこまで高くない訳だし、皆が率先してフィオを守ってくれるのなら嬉しい限りと言える。
でもね?
この津波の如く押し寄せて来る挨拶の……半分くらいでいいから受け持って欲しいと思う。
いや、分かってますよ?
みんな俺に挨拶をしたいのだと。
まぁ、商人関係はフィオとも繋ぎを作りたいと思っているかもしれないけど、各地方の代表格や代官達は理由を付けて俺に会いたいらしいし、他所の国の人達も同様だ。
普通に考えて、俺に挨拶がしたい……繋ぎを作りたいというのは当然だろうし、挨拶に来てフィオが出て来たら皆首を傾げるだろう。
そういえば、エファリアを始めとしたお茶会メンバーの国からもそれぞれ使者が来たっけ……彼女達なら直接言いに来ると思ってたからそこは意外だったな。
もしかしたらその内個人的に……いや、お茶会で祝ってくれるとかかもしれないな。
今はフィリアというか……帝国がややこしい感じだからそこを遠慮しているのかも。
っていうかそんな時期に婚約って……とか思われてる?
……流石にそれはないか。
あぁ、ヤバい……フィリアの件マジどうしよう。
向こうから反応が何にもないのがマジで怖いんじゃが……。
しかもあれよ……そんな話が出た直後に婚約って……色々ヤバない?
「百面相じゃのう」
「考えることが多すぎてな」
俺の部屋で寛いでいるフィオに向かって俺は答える。
今日は珍しくフィオの時間が空いているようで、昼前くらいから俺の部屋でのんびりとしている。
……そういえば、俺も今日は挨拶が途切れた様で時間が空いているんだよな。
しかも、連日の挨拶のせいで書類仕事があまり出来ていなかった分結構書類が溜まっている筈なんだけど、何故か一切書類が無かった……。
イルミットにそれを言われた時は……挨拶疲れで頭が回っていなかったようでそのまますんなり納得してしまったけど、絶対におかしいよね。
っていうか怪しい……作為的な物を感じる。
でもまぁ、そこに悪意がある訳でも無し……多分イルミット達が気を利かせてくれて休みを作ってくれたのだろう。
「お主は人を待たせることが出来る立場じゃからな。一日や二日……いや月単位で待たせても文句は言われん。まぁ、腹は立てられるじゃろうが」
「そりゃそうだな……」
そんだけ待たせられたら、普通に悪感情しか湧いてこないだろう。
ってか、また俺の考えてる事読み取った?
「何度も言うておるが、顔に詳細が書いてあるからのう」
……俺の顔は液晶ディスプレイか何かついてんのか?
「斬新なアクセサリーじゃのう」
え?マジでついてんの?
「皆にバレバレって訳じゃないよな?」
「そこは大丈夫じゃないかの?見た目だけは立派な覇王じゃからな。精々チラ見……」
「やめたげて!」
覇王の傷を抉ってくる魔王に俺は懇願する。
そんな俺の悲痛な叫びに、フィオの膝の上で丸くなっていたルミナが何事!?といった様子で顔を上げる。
「ほほほ、ルミナよ、気にする必要はないのじゃ。むっつりが発作を起こしただけじゃからの。放置してやるのが情けと言うものじゃ」
フィオがそんな事を言いながらルミナをゆっくり撫でると、気持ち良さげに目を細めたルミナが上げていた頭を下す。
フィオの膝の上で眠りはしないようだけど、ルミナは結構フィオに懐いているようだ。
おそらくその膝の上で眠るのも時間の問題……いや、そこからは結構長い道のりのはずだ。
ルミナはそう簡単に心を許したりはしないぞ……多分。
丸くなっている時点で寝る気満々とか……そんなんじゃないんだからね!
どう見てもフィオの膝の上で安心して寛いでいるように見えるルミナの事を見つつ、俺はそんなことを考える。
「時にフェルズよ」
「ん?」
「……その……あれじゃな?最近……こんな風に……のんびり過ごす事はなかったじゃろ?」
「む……あ、あぁ……そ、そうだな?」
急に落ち着きをなくしたフィオに引っ張られるように、俺も妙に返事がどもってしまう。
色々と意識しない様にしてたのに……フィオの態度一つでこれだよ。
「……」
「……」
先程までの弛緩した空気が一変……妙に緊張感を含んだ沈黙が部屋に広がる。
「……あー、ま、魔法とかどうだ?この世界の魔法とか、俺達でも使えそうか?」
「お、おぉ!アレじゃな?それは、アレじゃよ!」
全力で話題に困った俺がなんとか話題をひねり出すと、フィオも最高に挙動不審になりつつ手をパタパタさせながら答える。
突然動き出したフィオに驚いたのか、ルミナがフィオの膝から飛び降り……挙動不審になった俺とフィオの事をきょとんとした目で見ている。
「と、ところでお主は……んんっ、この世界の魔法についてどのくらい知っておるかの?」
途中で咳払いをしたフィオが真剣な表情を作る。
「……そういやぁ、全然知らないな」
「丁度良い機会じゃから少しだけ説明しておくのじゃ。この世界の……所謂魔法というのは、ほぼ全てが戦争に使われるものじゃ。ゲーム風に言うなら九割方が攻撃魔法じゃな」
九割攻撃魔法……?
「うむ。魔法兵の使う魔法……そして儀式魔法と呼ばれるものは、ほぼ全てが戦う為のものでのぅ。個人的にはちょっと面白くないと思うところじゃな」
俺が心の中で首をかしげていると、その疑問は分かると言わんばかりににやりとしながらフィオが説明を続ける。
「そして、魔道具技師達が作る魔道具。これは厳密には魔法ではなく魔術と呼ぶそうじゃ。魔法を使った技術という意味だそうじゃが……正直、個人的には魔法よりも魔術の方が汎用性があって優れておると考えるところじゃな」
「ふむ……まぁ、レギオンズの魔法は戦闘に使う物オンリーだからあれだが……もっと色々な魔法があった方が面白いのにな」
「うむ。お主の言う通り、その方が面白い。それに何より便利じゃからな。しかし、基本的にこの世界の魔法は攻撃ばかりじゃ……昔は違ったのじゃがのう」
「昔はって事は……フィオの時代にはあった魔法がなくなってるってことか?」
若干しみじみとした雰囲気で言うフィオに俺は尋ねる。
これはアレか……技術の継承が途絶えたって感じか?
まぁ、五千年もあれば技術は途絶えてもおかしくないよね……魔法が残ってるだけでも凄いのか?
「魔法がなくなったと言うよりも、私の使っていた魔法と現代の魔法は別物……全く別の技術じゃな」
「そうだったのか?」
「うむ。どちらかというと私のいた時代の魔法は魔道具技師達の使う魔術に近い感じかのう。まぁ、近いだけで全然違う技術じゃが」
「ふむ……フィオの知っている魔法は途絶えたってことか」
「そうなるのう。やはり五千年の時は長いという事じゃな」
「だよな……俺の記憶の世界でも伝統技術が途絶えるとかって話はよくあったみたいだしな。五千年前から続いている技術ってあったのか?それこそ、当時の人達はこんな風にやっていたのではないかって再現するみたいなレベルじゃないか?」
五千年前って言ったら……縄文時代だろ?
一番長い歴史区分だけど、教科書的には殆どやらないという不思議時代。
一万年以上を一つの区分にするのは長すぎないか?とか思ったけど……まぁ、米がないならしょうがないよね!
米が来たから次の時代……土器の作り方なんて些細な違いなんですよ!
とりあえず、縄文時代の技術って……石器とか土器とかだよね?
……でもまぁ、土器を作る技術は凄いよね?
火焔型土器とか、どうやって作るのかさっぱり分からんし……。
そう考えると……フィオのいた時代から現代まで、五千年の時間が経っている割には文明的なものが記憶にある世界と比べてあまり発展していない感じなのは、フィオの時代に世界が滅亡寸前までいったからか?
「まぁ、私のいた時代の技術は……状況的に失伝していてもおかしくないからのう。魔法を知る者が途絶え……しかし魔法その物が存在していたことを知る為、試行錯誤して新しい魔法を生み出した……そう考えれば、やはり人は凄いという結論になるわけじゃ。消えてしまった事は悲しいことじゃがの」
「消えるものもあれば生み出されるものもあるか。当然だが、その時代に即した物が生み出されるのは……必然と言えば必然なんだろうな」
攻撃魔法ばかりになってしまったのは、それだけこの大陸が戦い続けたということだろう。
「そういう歴史を知るのは……面白いだけでは済まんのう」
少し困ったような笑みを浮かべるフィオだが……いや、ほんと真面目だよな。
「そこは……別に楽しめば良いんじゃないか?何でもかんでも抱え込んでも仕方ないと思うぞ?」
「む……まぁ、そうなんじゃがな」
フィオが本格的に悩みだす前に俺は話題を元に戻すことにする。
「とりあえず、現代の魔法は攻撃専門の魔法と魔道具を作る魔術に分かれるってことだよな?」
「儀式魔法は魔術と魔法の複合じゃな。やる事は大規模な攻撃魔法じゃが」
「へぇ?儀式魔法ってそういう感じなのか」
「うむ。使い捨ての大規模な魔術回路を使って攻撃魔法を発動させるといった感じじゃな。使用する魔力量が凄まじく、十数人の魔法使いと大量の魔石が必要らしくコスト的にも技術的にも各国の切り札的な感じらしいが……」
「切り札か。まぁ確かに凄い威力だよな」
すんごいデカい火の玉とか出してたよな。
エリア系には負けるけど、この世界の人……英雄でもない人達が撃ったと考えれば凄い一撃だと思う。
「お主はそれを魔法一発で吹き散らしたりしていたけどのう……」
「……俺は悪くないだろ」
「戦争じゃからな、当然じゃ」
フィオがさも当然と言った感じで頷く。
……いや、ちょっと責めてただろ。
「因みにフィオの時代の魔法ってのはどんな感じなんだ?魔術に近いって話だったが」
「そうじゃな……ざっくり言うと、魔法陣を描いてそこに魔力を通して色々な現象を発動させるって感じじゃな」
「魔術とは違うのか?」
ざっくり聞いた感じだと同じ感じだけどな……。
「魔術のようにインクを使って実物を描くわけではなくての。魔法陣は自分の魔力を使って空中に描くんじゃ」
「なるほど……」
なんとなく、ゲームのエフェクト的な魔法陣を思い浮かべる。
「お主が想像しておる奴でほぼ間違いないのじゃ」
そう言ってフィオがにやりと笑いながら手のひらを上に向けると、そこから数センチ程上に白く光る不思議な模様が生まれる。
「おぉ……これが魔法陣か?」
「うむ」
得意気……いや、はっきりとどや顔をしながら魔法陣を俺の前にかざすフィオ。
こう……幼心を刺激されると言うか、シュヴァルツとかめっちゃ好きそうな感じだと思う。
俺もやってみたい……って、そういえば、レギオンズの魔法ではないこの世界の……いや、フィオが昔使っていた魔法を使うことが出来たんだな。
なんというか……得意気なフィオが……以前であれば、うざって感じだったんだけど……妙に可愛く見えるから不思議だ。
あれか?
あばたもえくぼって奴か?
「因みにどんな魔法なんだ?」
色々アレな考えが浮かんで身動きが取れなくなる前に俺は話を進めることにした。
余計なこと考えすぎると顔に出るみたいだしな……。
「魔法陣をはっきりと見せる魔法じゃな」
魔法を使う為の魔法陣を見せる為の魔法……?
「……普通は見えないって事か」
「うむ。魔力は不可視じゃからな。この魔法陣は基礎中の基礎での……これが出来んと自分でも作った魔法陣が正しいものかどうか確かめる術がないのじゃ」
「その魔法陣を魔力で作ることが魔法使いへの第一歩ってことか」
「そういうことじゃ。下手にこれ以外の魔法陣にいきなり挑戦して失敗したら……大変なことになりかねないからのう」
……お約束的な爆発とかするのだろうか?
「なるほどな……因みに、それって俺でも出来るのか?」
フィオが出来たってことは俺にも出来そうだけど……。
「レギオンズの魔法……魔石をチャージして使うものとは全く違うが、練習すれば出来る筈じゃ。十年くらい」
「じゅ、十年か……」
「十年練習すれば魔法という深淵の入り口に立てるのじゃ。楽なもんじゃろ?」
まぁ、記憶の中の世界で魔法使いになろうと思ったら三十年かかるし……十年なら早い方か。
「十年で……魔法陣を見る為の魔法陣を作ることが出来るようになるんだよな?」
「うむ。そこから先は、本人の才覚と努力次第じゃな。まぁ、才覚があるものは、この魔法陣を作るのに十年も必要ないがの」
「因みに……フィオはどのくらいかかった……あ、いや、やっぱいいや。言わなくていいぞ?」
フィオがどのくらいかかったのか聞こうとしたけど、質問の途中からあからさまにフィオがどや顔になったので、俺は質問を取り下げた。
可愛いとは思っても、相手の思惑通りに事が進むのは面白くはない。
「私はのう……」
「いや、言わんでええって」
「……」
「……」
ここで具体的な日数とかを聞いてしまうと、俺がそれまでに出来なかったら無茶苦茶勝ち誇って来るのは確実。
いや、フィオの様子を見る限り、下手したら一日で出来たとか言い出しかねん。
俺にはそもそも魔力とかいうヤツが把握できていない現状、そんな短時間で目標達成できるとは思えない。
フィオに手取り足取り教わるというのも悪くないかもしれんが……そこは、やはり男のプライド的な物がある訳で……よし。
「……せっかくの休みだ。どこか出かけないか?」
「凄まじい逃げっぷりじゃが……まぁ、今日の所は乗ってやるのじゃ。何処に行くのじゃ?」
「そうだな……」
全く何も考えて無かったけど……フェイルナーゼン神教の聖地にでも行くか?
いや、それはもっと時間のある時の方が良さそうだな。
なんか面白いところあるかな……。
とりあえず、城下町以外の街にでも行ってみるか。
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