第537話 Round.7



View of リサラ=アルアレア=パールディア パールディア皇国第二皇女






「改めまして、急な呼びかけに集まって頂きありがとうございますわ。本日は緊急性の高い情報を得たために急遽声をかけさせていただきました」


「緊急との事であれば否はありません、エファリア様。ここに来るだけであれば瞬き程の時間も必要ありませんしね」


 エファリア様の御言葉ににこりと上品な笑みを浮かべるクルーエル様。


 大陸南方ではあまり見かけない教会……フェイルナーゼン神教の教皇猊下であられるクルーエル様は、どんな時でも穏やかな笑みを絶やすことのない御方ですが……時折物凄い迫力を出されることがあります。


 まぁ、このお茶会のメンバーは皆さんそういうところがおありですが……クルーエル様はにこにこしながらそういう空気を出されるので、ギャップが凄まじいと言えます。


 今も穏やかな笑みを浮かべておりますが……次の瞬間、笑顔のまま相手の顔に熱いお茶をかけることが出来る……そのような雰囲気が常にありますね。


 特にフィリア様と直接お話をされている時は……そういう雰囲気を出すことが多く感じられます。


「ありがとうございます、クルーエル様」


「ところで、フィリア様がいらっしゃらないのは、東部での争いで忙しい為……という事で間違いないでしょうか?」


 何やら含みを感じさせるクルーエル様の御言葉ですが……間違いなくフィリア様の事を疑っていらっしゃいますね。


 そしてそれは……先程エファリア様から少しだけ話を聞いた感じでは、けして邪推ではないとのことで……。


「お声掛けをしていない理由の一つはクルーエル様のおっしゃる通りですが……もう一つ理由がありますわ」


「……なるほど。その理由とは、今回の緊急の件にも関わっているのでしょうか?」


「えぇ」


「……」


 増しました。


 今、クルーエル様の威圧感が増しましたよ。


「実は、先日エインヘリアに帝国から使者が訪れました。使者の名前はディアルド=リズバーン。誰もが知る英雄……帝国の重鎮です」


「リズバーン殿ですか。あらゆる意味で帝国の切り札ですね。エインヘリアにその武威が通用するかは分かりませんが、交渉において彼以上に頼りになる方はおられないでしょう」


 ディアルド=リズバーン。


 帝国皇帝三代に渡り仕える英雄。


 英雄と聞けば誰もがリズバーン殿の逸話を思い浮かべてしまう程の有名人。


 近年はとある方が活躍する演劇が一番人気ですが、かつてはリズバーン殿を題材とした演劇が大陸のあちこちで公演され大人気を博していたとか……。


 何より凄いのは、英雄としての力に溺れず、内政や外交方面でも非常に高い手腕を発揮されるとか……フェルズ様と同様に、実在することを疑ってしまいたくなるような人物です。


 そのような方が使者としてエインヘリアに……。


「はい。会談はフェルズ様と直接行われたそうですが……その場で、帝国からとんでもない提案がなされました」


「……」


 エファリア様は話を始められた時から表情は変えておらず、普段通りにこにこしていますが……心なしか目が座っているような気がします。


 一体帝国……フィリア様は何をフェルズ様に提案されたのでしょうか?


 先日の抜け駆けの件もありますし……。


「フェルズ様とフィリア様の御子……両国の、大陸の繁栄と安定の為、お二人の御子を作ることを提案しています」


「「っ!?」」


 御子!?


 ふぇ、フェルズ様とフィリア様の!?


「え、エファリア様。それはお二人が御結婚されると言う話でしょうか?」


「いえ、違います。あくまで子供を作る事だけ。お二人の立場上、結婚は難しいですからね……今は」


 私の問いかけにエファリア様は首を横に振りました。


 子供……フェルズ様とフィリア様の……あら?


 エファリア様、今はとおっしゃいましたか?


 それは……事情が変われば結婚することが可能……ということですか?


「……なるほど。エインヘリアの王と帝国の皇帝の血を持った子供を次期皇帝に据える。それにより両国の縁を強固にする……エファリア様はその先まで考えておられるのですね」


「はい。エインヘリアと帝国関係を強固にする。ただそれだけであれば、フェルズ様とフィリア様の子供である必要はありません。寧ろ次代……お二人の子供が縁を結ぶ方が良いと言えます。もし現時点でお二人が子を成せば、必ず継承問題に発展します。ですがそれはエインヘリアと帝国が二つの国であったなら……です」


 そういう……ことですか。


 エインヘリアと帝国……言わずと知れた大陸最大の二か国。


 魔法大国エルディオンが帝国と開戦しようとしている今、恐らくこの先大国と呼ばれる国はエインヘリアと帝国の二つとなるはず。


 このままエルディオンが帝国に本格的に侵攻を始めた場合……間違いなく同盟国であるエインヘリアは援軍を派遣するでしょう。


 エインヘリアの援軍がどれほど凄まじいかは……大陸南西部の者達が一番よく知っていますからね。


 現在両国の関係は非常に良好と言えますが、しかし次の世代、更にその次の世代はどうなっているか分かりません。


 そこで帝国としては、関係が対等であるうちにその繋がりを強固なものにしようとしているのでしょう。


 ですが、そこでお二人の御子を作るというのは……劇薬に過ぎます。


 エインヘリアのトップと帝国のトップの血を引いた御子……考えるまでもなく継承問題に発展しますし、まだフェルズ様の影響力の強い子供の世代では発生しなくても、子孫へと血が繋がれて行った時に必ずその事を持ち出し混乱を広げる輩が出てくることでしょう。


 例えどのような対策を取ろうと、必ず抜け道を見つけ出し面倒事を引き起こす。


 不思議とそういう輩は余計なことにだけは知恵が回るものなのです。


 短期的に見れば友好の為とはなっても。長期的に見れば騒乱の種……ですが、その御子を使う事で別の動きを加速させることが出来るとエファリア様達はおっしゃっているのですね。


「フェルズ様はその話を受け入れたのですか?」


「条件は付けましたが、概ね同意されたそうです」


「「……」」


 ……やはり、フェルズ様とフィリア様はこれ以上ない程に王ですね。


 フェルズ様とフィリア様は非常に良好な関係を築いているように見えておりました。


 国の事は抜きにして、個人的な友愛がそこにはあると感じられる……いえ、フィリア様に関しては友愛と言うよりも情愛と言った感じでしたが……仲が良いことは間違いありません。


 しかし、フェルズ様の判断はそう言った感情を一切廃した合理的な判断と言えます。


 エインヘリアと帝国の力関係……それを明確にはされておりませんが、傍から見てもどちらがより力を持っているかは明白というもの。


 それを……血の融和をもって、二つの国を一つに纏めようとしているということですね。


 ただし、それは性急にしてはならない事柄。


 エインヘリアは貴族制を廃し、既得権益の破壊を行っています。


 当然それらを二つ返事で頷ける貴族は少ないでしょう。


 だからこそ、血を繋ぎ……両国に親和性の高い次期皇帝を立てることで帝国としての方向性を示し、その上で貴族達を篩にかける……。


 フェルズ様やフィリア様の子供世代に始めても良い取り組みを今から始めるという事は……それだけフィリア様達が本気だという事でしょう。


 帝国からの打診ということは、フェルズ様もその考えに乗ったという事で……やはり数十年先を見ていらっしゃる方は動き方が大胆ですね。


 そしてその事にすぐに気づくエファリア様やクルーエル様もまた……フェルズ様達と同じ視点を持っておられるという事で……。


「フェルズ様の出された条件についても、エファリア様はご存知で?」


「はい」


「……因みに今回の件。ルフェロン聖王国の諜報部で手に入れた情報ではありませんよね?」


「はい。我々の諜報部ではエインヘリアの……しかもフェルズ様の情報を得る事なんて不可能ですわ。これらは全て私が懇意にさせてもらっているエインヘリアの重鎮、エイシャから聞いたお話です。その確度は改めて言うまでもない事かと思います」


「なるほど……エイシャ様ですか」


 名前を呟きながら口元に手を当てて、クルーエル様が何かを考えるそぶりを見せます。


 そう言えばエイシャ様の教会は……フェイルナーゼン神教の教会ではありませんよね?


 エインヘリアにおいて宗教のトップはエイシャ様なわけで……立場的にはクルーエル様と同等という事なのでしょうか?


 ……いえ、止めましょう。


 この手の問題は非常にデリケートな話ですし、触れるのは危険かもしれません。


「失礼いたしました、エファリア様。それでフェルズ様の出された条件と言うのは……?」


「フェルズ様が正室を迎える事。それが条件です。正室を迎えた後であれば、帝国の提案を飲むということですね」


「……それはまた、帝国としては痛いところですね。当然、フィリア様以外でと言う意味ですよね?」


「はい」


 クルーエル様の質問にエファリア様が頷くと……クルーエル様はどこか機嫌が良くなったような……いえ、ずっと微笑んでいらっしゃるところはお変わりないのですが……。


「帝国としては、フェルズ様が正室を得ずに国家を運営してくれたほうが、最終的な着地点に持って行きやすかったでしょう。二十……あるいは三十年くらいの時間をかけ最終目的に向かう。ですが、フェルズ様が帝国と縁を結ぶ前にご成婚されていては、帝国の発言力にかなり影響が出てしまいますからね」


「そうなりますね。まぁ、帝国に趨勢に関しては私の量れることではありませんし、大陸が混乱することなく収まってくれるのであればそれに越したことはありません。そのやり方にはいろいろと思うところはありますし、フィリア様の手が空いたらとても入念にお話が必要だと思いますが……フェルズ様にそういった提案を飲ませることが出来たという点は悪くないと思います」


 確かに、帝国の件は多分に政治が絡むことなので、私達がどうこう言うのはお門違いと言えます。


 無論フィリア様もそれをよく理解しているからこそ、自分の使える手を最大限生かしているのだと思います……フィリア様にしか使えない手ですが、やはり政治を絡めると一気に強敵になりますね。


 それと同時に……フェルズ様に条件を飲ませることが出来た。


 その事実に活路を見出しているお二方は……本当に、流石としか言いようがありません。


「そしてもう一つ……こちらはフィリア様の件以上に衝撃的なのですが……」


 そう言ってエファリア様は一拍間を取ってから言葉を続けました。


「フェルズ様がご婚約されました」


「「は?」」


 

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