第536話 緊急招集
View of リサラ=アルアレア=パールディア パールディア皇国第二皇女
ある日エファリア様に呼ばれた私は、急ぎ転移を使いルフェロン聖王国へとやってきました。
なんでも緊急とのことで、届けられた連絡では殆ど情報がありませんでしたが……これは間違いなくフェルズ様関係で何かがあったという事でしょう。
少し、嫌な予感がします。
以前のお茶会で、エファリア様がフェルズ様に誰かしらの女性の影を感じるとおっしゃられていました。
明確な証拠のようなものがあるわけではなく、全てはフェルズ様の態度から感じられた……エファリア様の勘なのですが、あのお茶会のメンバーでエファリア様のそう言った勘を疑う方はおられないでしょう。
結局その時は、エインヘリアの方々と連携してフェルズ様に害を及ぼす相手であるかどうかを見極める為……まずはその相手を調査するという結論で落ち着きました。
勿論、あからさまな調査をすることは出来ないので、あくまで普段通りフェルズ様と接しつつ探りを入れると言った結論ではありましたが。
ですが結局その調査は進展が無く……そうこうしている内に、帝国東部の情勢が予断を許さぬ状態になり皇帝であらせられるフィリア様は身動きが取れなくなってしまいました。
フェルズ様の件も大事なことではありますが、帝国東部といえば帝国とは犬猿の仲であるエルディオンと国境を接している地。
その付近の情勢の悪化は、周辺国にとっても緊張せざるを得ない状況と言えます。
流石にそんな中、いつものようにフィリア様とお茶会をしたり、フェルズ様の件で情報交換をしたりとは行かなかったのですが……ここで私達はとんでもない事態に見舞われることになりました。
それまであのエインヘリアの諜報部ですら何一つ情報を得ることが出来なかったフェルズ様の……いえ、エファリア様がその影を睨んでいた女性が現れたのです。
これにはフェルズ様とフィリア様を除くお茶会のメンバーが心の底から驚きました。
エインヘリア、そして恐らくエファリア様の事ですからルフェロン聖王国の諜報部も動かしていたと思いますが……諜報のプロが発見はおろか噂すら掴むことの出来なかった相手が、突然どこからともなく現れたのですから。
いえ、エファリア様の勘を信じていなかったわけではないのですが……。
そういえば、その直前に……少々抜け駆けしようとしたフィリア様がエファリア様によってその行いを暴かれていましたが……アレはフェルズ様の身辺を調査していたからなのでしょうか?
いえ、流石にエインヘリアの守りを突破することは出来ないでしょうし……あれはエインヘリア内部からの情報と考えるのが妥当ですね。
それはさて置き……私はまだその方にお会いしたことはありませんが、エファリア様は既にお会いになられたようで……間違いなくフェルズ様のお相手だと断言しておりました。
一体どんな方なのか……非常に気になりますが、中々お会いする機会に恵まれず今日を迎えてしまっています。
このタイミングでのエファリア様の呼び出し……間違いなく件の御方の話に違いありません。
私は逸る気持ちを抑えつつ、パールディア皇国の皇族として体裁が整う程度に急ぎいつもの中庭へと向かいます。
勿論、中庭まで私を案内をしてくれる方がいるので、気持ちしか急いでいないのですが。
「いらっしゃい、リサラ。急に呼び立ててしまって申し訳ありませんわ」
「ごきげんよう、エファリア様。緊急とのことでしたので、問題はありません」
普段通りの屈託のない笑みを浮かべながら私を迎え入れて下さるエファリア様。
……いえ、どこか焦りのような物を湛えている様な気もします。
いつも泰然とされているエファリア様だからこそ、僅かな焦りがある事が分かってしまいました。
「急いで来てもらったところ申し訳ないのだけれど、クルーエル様がいらっしゃるまで待ってもらって良いかしら?」
「畏まりました。来られるのはクルーエル様だけですか?」
「えぇ、流石にフィリア様は状況が状況ですのでお知らせしておりません。ですが……」
少し声のトーンを落としたエファリア様が言葉を切る。
「どうかされたのですか?」
何かフィリア様の方でも戦争以外に問題が……?
そう考えた私が問いかけると……エファリア様がゆっくりと口を開きます。
その姿は……とても外見に見合った物とは言えず……とても威厳と迫力、そして威圧感に満ちたお姿でした。
「実は、フィリア様……いえ、帝国が良からぬ動きをしていると耳にしまして」
「良からぬ動き……?それはエルディオンとの戦争関係ですか?」
「いえ、フェルズ様に関わるお話ですわ」
「……」
エファリア様の迫力の理由は理解出来ましたが……フェルズ様に関わる話で帝国が良からぬ動きですか。
以前フィリア様は我々を出し抜く様な動きをしましたし……油断は出来ません。
ですが、フィリア様はこの手のやり取りの時は幼子……とまでは言いませんが、非常に初心で、かの大帝国を統べる皇帝とは思えない程可愛らしい方なのですが……やはりそこは大国を率いるに足る強さがあるのでしょう。
そもそも、エインヘリアの王であるフェルズ様とスラージアン帝国の皇帝であるフィリア様では、どちらかの国が併合されない限り婚姻を結ぶことは難しいと思うのですが……恐らく何かしらの手立てを持っていらっしゃるのでしょう。
そしてその手立てをエファリア様が嗅ぎ付けた……そういう事かもしれませんね。
「やきもきさせてしまってごめんなさい」
「大丈夫です、エファリア様」
「クルーエル様もすぐにこちらに来るとおっしゃられていたので、そう待たされることはないと思いますわ」
エファリア様がそう言って控えていたメイドに合図を出すと、すぐにお茶とお菓子が運ばれてくる。
今日のお茶請けはシュークリームではないみたいですが……これは、初めて見るお菓子ですね。
それにお茶が……緑?
「こちらは水ようかんと緑茶ですわ」
「真っ黒ですが……水なのですか?」
黒というよりも少し紫がかっているようにも見えますが……真四角に切られつるりとした表面は……プリンのような光沢があります。
「いえ、水ではないですわ。あんこを固めたものだそうです。それとそちらのお茶は緑茶です。大陸西方で飲まれているお茶のようですが、リサラの所では飲んでいませんでしたか?」
「はい、初めて見るお茶です」
「南の方までは回っていなかったようですわね。商協連盟圏内では流通していたそうですが」
「エインヘリアと関わるまで、我が国には余裕がありませんでしたから……」
私が苦笑しながら言うと、エファリア様は納得された様に頷かれました。
「あぁ……今となっては信じられませんが、ほんの数年前まではそうでしたわね」
エファリア様のおっしゃるとおり今のパールディア皇国の姿からは想像すら出来ませんが、我々は数年前滅びの危機にありました。
それを……何でもない事の様に、実にあっさりと救い上げて下さったのがフェルズ様であり、エインヘリアです。
我々……大陸南西部の者は皆、何とかその恩に報いたいと考えておりますが、現状どうやって恩を返せばよいか分からないと言うのが正直なところです。
……何か要求してもらえれば、それに全力で応えたり出来るのですが……エインヘリアからは基本的に施しを受けるばかりで、最初の条約締結以降何一つ要求が無いのですよね。
例えば……姫を側室……いえ、愛妾にでも寄越せとかでも言っていただけたら、喜んで……そう思うのですが、ありえないですね。
フェルズ様は絶世の美女、美少女に囲まれていても一切女色に耽る事のない真面目な御方。
……時折視線が胸元や足に向けられますが、アレは何となく目が行ってしまったという程度の事でしょう。
そもそも、フェルズ様にそういう視線を向けられて嫌がる人はいないと言いますか……寧ろ喜ぶ方ばかりだと思いますし、何より一言命じて下されば皆二つ返事で全てをさらけ出すでしょう。
フェルズ様がそう言った感情を持って女性を見たとして……それを我慢する必要なぞ何処にもありません。
ですが、そういう風に好意を寄せられても一切お手を付けられないと言うのですから……驚いた物です。
それゆえ、フェルズ様に初めてお会いした直後に考えた、愛する方との死別されたのではという考えがより一層現実味を帯びた様な気がしていたのですが……フェルズ様のお傍に女性が現れた訳ですから……死別というのは私の考えすぎだった訳ですね。
ですが、その女性の事を今まで誰も把握出来なかったということは……そこに何らかの事情があったことは間違いないでしょう。
勿論、その秘密を暴こう等と下世話な事は致しませんが……気にならないと言えば嘘になります。
そんなことを考えていましたが、ふと目の前に置かれたお茶が目に入り冷めてしまっては申し訳ないと思い口をつける事にしました。
「紅茶に比べると仄かに苦みのようなものがありますが、香りが柔らかな感じですね」
「フェルズ様は紅茶よりもこちらの方がお好みらしいですわ。食堂でよく飲まれています」
「そうだったのですか」
フェルズ様が緑茶を好まれると言う情報よりも、フェルズ様が食堂でお茶を飲まれている姿を思い浮かべ、少し笑みがこぼれてしまいました。
エファリア様はよくフェルズ様と食堂でお食事を供にされるらしいのですが……エインヘリアの食堂はどなたでも利用が出来る大きな食堂で……少々フェルズ様がご利用されるのには向いていないような気もするのですが……普通に使われるらしいんですよね。
少しだけ、食堂でお食事をされているフェルズ様のお姿を見てみたい気がします。
そんなことを考えながらしばしの間お茶とお菓子を楽しんでいると、クルーエル様が中庭にやってこられました。
そして挨拶を交わした私達が普段通りにこにことしているエファリア様に注意を向けると、ゆっくりとエファリア様は話を始め……。
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