第534話 エルディオンについて



「では、エルディオンについて基本情報……まだ概要といったレベルですが、そちらを説明させていただきます」


 危うく基本情報を聞く前にエルディオンが滅びるところだったな……。


 会議が始まり、俺はほっと胸をなでおろす。


 まぁ、エインヘリアが全力でパワープレイをすれば今日中にエルディオンを潰す……ってほんとに可能なんだろうか?


 飛行船じゃ距離的に間に合わないし、ブランテール王国の国境かセイアート地方の端に転移して、そこから攻め上がる感じ?


 うーん、流石にうちの子達が全力で走っても……今日中に国一つ潰すのは難しいような気もするけど……いや、俺の結婚というイベントの攻撃力を考えると、物理法則を捻じ曲げてでもやってしまいそうな気もする。


 一応エルディオンは大国と言うだけあって国土はそれなりに広いんだけど……踏破できちゃうんだろうなぁ。


 そんなことを思いつつ、俺はキリクの言葉に耳を傾ける。


「エルディオンのトップは、イエラーズ=モルティラン=エルディオン。今代のエルディオン王はこの人物です。因みに、エルディオンには王家と言うものが存在しておりません」


「王家が存在しないってどういうことかしらぁ?王はいるのでしょぅ?」


 キリクの話にカミラが首を傾げる。


 うん、俺もよく分からん……王家がなかったら王様はどっから出てきたの?


「エルディオンでは純血の魔法使いが尊ばれるという事は皆も知っていると思いますが、王はこの純血の魔法使いの中から最も優秀なものが選ばれるのです」


「実力主義って事かしらぁ?」


「まぁ、端的に言ってしまえばそうなりますね。一応魔法の腕だけではなく、様々な試験もあるみたいですが……ペーパーテストで統治者の資質を計る事は出来ませんし、何処まで意味があるのかは疑問がありますね」


「そりゃそうよねぇ……」


 カミラが俺の方をチラッと見ながらキリクの言葉に同意する。


 その視線に込められた意味は何ですかね?カミラさん。


 覇王はペーパーテストも弱いし、統治者としても三流なのは分かってますよ?


「純血に拘るからこそ、王家を保つことが出来なかったのでしょうね。恐らく血が濃くなり過ぎたのでしょう」


 血が濃く……あぁ、純血に拘り過ぎて近親婚を繰り返した的な?


 エルディオンの純血とやらがどのくらいいるか知らないけど、元々あった王家はそれで子供が生まれなくなったとかだろうか?


 恐らく昔は王家だけじゃなく貴族家もそんな風に血を濃くしていったのかもしれない……んで、その危険性にある時気付いた。


 恐らく他家と血を混ぜるということに、当時の貴族は反対したのではないだろうか?


 だからこそ、貴族同士で広く結びつく為の潤滑油というか餌というか……血をかき混ぜる為、家の血を尊ぶのではなく、貴族の血全体を尊ぶように考え方を変え……そこから優秀な者を王にすることことで、より優秀な者の血の価値を上げ……王の称号を貴族であれば目指せる地位に置いたってところかな?


「そういう訳で、今代の王はモルティラン家の出身の王と言う訳ですね。そう言った仕組みですので、王自身の権力は然程強くはなく、国の運営は貴族による合議制。そして王も優秀な者が選出されるとは言っていますが、殆どが有力な家からの選出ですね。まぁ、しっかりと血筋を管理している貴族以外では、純血かどうか確認出来ませんからやむなしと言ったところですが……」


「そもそもぉ、魔法なんて技術の一つでしかないのだからぁ、個人の資質はあれどもぉ、血なんて関係ないんじゃないかしらぁ?」


 どこかエルディオンの在り方を馬鹿にするようなキリクと、根底そのものを否定するカミラ。


 辛辣だな……。


 純血を尊ぶって在り方を別に馬鹿にするつもりはないけど、エルディオンでは純血かどうかで差別があるみたいだから……そのあたりは受け入れられない考え方だ。


「カミラの意見はどうだろうね?あたいたちの魔法とこの世界の魔法は違うわけだし、バッサリと切って捨てるには尚早じゃないかい?魔法を使える人は天人、使えない人は地人ってわざわざ分けている訳だし」


「本当に天人と地人という二つの種族がいるのかしらぁ?」


「それについては……」


「カミラ、オトノハ。すまないが、その議論は今度にして貰えるか?今はエルディオンの概要を説明させてくれ」


「あらぁ、ごめんなさぁい」


「すまなかったね、キリク」


 盛り上がりかけていた研究畑トークをキリクが止めると、カミラとオトノハが謝り他の皆が苦笑する。


 脱線するのはあまり良くないかもしれないが、こういう雰囲気は悪くないと思う。


 肩ひじ張って難しい顔をするだけの会議なんて、よっぽど深刻な状況でもない限り……そんな空気を作る必要ないと思う。


 いや、深刻な状況の中でこそ余裕が大事だとも思う。


 そういう見せかけだけの真面目さは……何の生産性もない、仕事をやった気がする会議って奴だけで十分だ。


 そういうのはうちに必要ない。


「それでは続きを……エルディオンの貴族は爵位に関わらず議会の議決権を有しておりますが、当然そこには派閥があり、自分達の利権を少しでも多く確保するために日夜しのぎを削り合っております。どの派閥も共通しているのは、純血至上主義であることですね」


 うん、ドロドロしてそうだよね……後色々腐ってそう。


 まぁ、パッと聞いただけのイメージなんで、中には真面目な人もいるのだろうけど……。


 真面目な愛国者だからといって良い人とは限らない……寧ろ他所からみたらやべぇ奴である可能性は高いか。


「エルディオンにおいて王は議決権を持つ一人に過ぎませんが、やはりその時代の王が所属する派閥は力を増しますからね。各家が王を目指すのも無理からぬことでしょう。因みに王は最長で二十年在位することが出来ますが、即位から五年以内に次期国王候補が選出されます。国王候補は選抜試験を突破した十五歳以上二十五歳未満の者で、定員は八名。これは建国時に活躍した家が八家あったからという事らしいですね」


 次期国王候補か……年齢制限があるなら、それを狙って子供を作ったりとかするんだろうな。


 任期が決まっている王様なら、狙って子供を作るのも難しくはないだろう……年齢制限も十歳の幅があるし、多分どの家も候補者候補をしっかり用意するんだろうな。


 後、血統主義なだけあって伝統が好きなんだな……基本的に保守的な考えを持った者達が国を動かしていると……まぁ国も殆ど鎖国といってもいい状態みたいだね。


 ただ、鎖国状態なのに技術力が他国の上を行っているのは凄いよね……エルディオンが凄いのか、他の国はもっと頑張れよって感じなのかは微妙な所だけど。


「候補になった者達はその後切磋琢磨し次代の王に相応しいだけの力を身に付け、仮に王と成れなかったとしても、王を支える……次代を担う一人としての働きが期待される……という名目ですが、その実、候補者同士で足の引っ張り合いというか政争を繰り広げるのが常ですね。因みにその中の誰かが王になる頃には、大体半数位はこの世から姿を消していると言うのが当たり前です」


 こわ……いや、当然の帰結とも言えるのか。


 キリクはそこまで王の権力は強くないとは言ったけど、最高位であることに違いはないし実家の派閥が力を持つとなれば、それこそ死に物狂いで取りに行くだろう。


 勝った者が勝ちである以上、暗躍、謀略は当然だし、力無き正義はただのアホだ。


 それにしても……エルディオンってシステム的にドロドロし過ぎてませんかね?


 寧ろなんでそんなシステムにしたしって感じなんだけど……あぁ、根底にある純血主義ってのが問題なのか。


 血を尊ぶ以上……権力者が新たに増えることは殆ど無い。


 精々分家を作るってところだろうけど……分家を作るってことは、当然その家も貴族な訳で……そうなると議会における議決権を持つ者が増えるってことになる。


 当然他派閥の者からは反対されるだろうし……家を増やすのは容易ではない筈。


 そんな閉鎖された箱の中で権力を得ようとしたら……それはもう身内で限られたリソースを奪い合うしかないというわけで、ドロドロするのも当然の状況と言える。


 今までは、その限られたリソースを分け合う事で上手く国が回っていたんだろうけど……ここに来てエルディオンと言う国の手持ちでは足りなくなって来た……だからこそ外に向かって動き出したってのが、エルディオンが動き出した理由かな?


 いや、元々帝国にはちょこちょこ手を出していたらしいし、周辺国への実験や諜報活動の事を考えると……長年外に出る準備を重ねてきたってことだろうね。


「王や貴族については以上です。次は身分制についてですが、これはもう明確な線引きがあります。最上位に貴族……純血の魔法使い、その下が混血の魔法使い、その下が非魔法使い。最下層に奴隷と妖精族。因みに他国の者は魔法を使えるかどうかに関わらず非魔法使いと同じ扱いです」


 最下層……ねぇ。


 貴族と言う絶対的な存在がいる以上、一般の民よりも下の者を作るのはよくある話だけど……まぁ、気分の良い話ではないな。


 エインヘリアがエルディオンと相容れないと言われるわけだよね。


 貴族制を廃するわ、妖精族を保護するわ……正反対……不倶戴天の敵って感じじゃない?


 そんなことを考えながら、俺はキリクに一つ質問をする。


「純血と認められるのは貴族のみということだったな?」


「はい」


「先程のカミラとオトノハの話ではないが……貴族は全員魔法使いなのか?一人の例外もなく」


 天人と地人……血で魔法が使えるかどうかが決まるのであれば、例外なく全員が魔法使いでなければおかしい。


 しかし、魔法使いの子供が魔法使いであるならば……この世界にはもっと魔法使いがいても良いと思う。


 だが実際は……百人に一人とか、そのくらいの割合だ。


 もし天人の血が薄くなったらダメということであれば、人口比を考えれば魔法使いはとっくの昔に姿を消していると思う。


 無論、エルディオンの貴族の殆どが魔法使いであることを考えれば、血が関係しているのは間違いないかもしれないけど……まぁ、その辺の考察はフィオとかに任せよう。


「いえ、数は少ないですが、稀に貴族の家にも魔法が使えない子供が生まれることはあるようです」


「魔法を使えぬ者は貴族位を剥奪されると言ったところか?」


「そのようです」


 歪だねぇ……。


 平民に落として……その子孫に魔法使いが生まれればラッキーくらいの考えなんだろうな。


 少なくとも、魔法使いじゃない者の血を純血として存続させるつもりはないと……思った以上にエルディオンには内側に向ける怨嗟も渦巻いていそうだね。


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