第533話 一夜明けて



「フェルズ様、おめでとうございます!」


 俺が会議室に入ると、これ以上ない程機嫌の良さそうなキリクが満面の笑みで俺に祝福の言葉をかけてきた。


 いや、キリクだけではない。


 イルミット、エイシャ、オトノハ、アランドール、カミラ、ウルル……全員が本当に嬉しそうに祝福の言葉をかけてくれる。


 因みにリーンフェリアからは昨日の時点で泣きながら祝福されました。


 皆のストレートな祝福に、俺は恥ずかしさを覚えると同時に二つの事を思う。


 一つは……ウルル、エルディオンから帰って来てたんだなという事。


 もう一つは……なんでみんな知ってるのかな?って事だ。


 昨日、俺はフィオにぷ、プロポーズをしたような感じがアレして、フィオに受け入れてもらえたりしたりアレだったりだった訳ですよ。


 正直テンパりまくっていたので、自分が何を言ったか殆ど覚えていないし、その後もまともにフィオの事を見ることが出来ず……挙動不審な感じでしたね。


 まぁ、照れていたのは俺だけではなく、フィオも同じだったが……いや、それはさて置きだ。


 城の中でのプロポーズとはいえ……俺は人払いをしていた筈なんだけど……何故か皆さんプロポーズの事も、その結果も知っているのですよ。


 いや、百歩譲ってうちの子達が知っているのは良いとしよう。


 リーンフェリアには、俺がフィオの所へと向かった理由がもろバレだったし、外交官も……人払いを頼んだけど、内容はバレバレだったということで納得しよう。


 結果がバレているのは謎だけど……別にフィオに口止めしている訳じゃないし、どうせ遅かれ早かれなのだから別に良い。


 っていうかエインヘリアの王様のプロポーズの成否は……普通に国家の一大事だろうし、仕方ないと納得しよう。


 だけど……何故バンガゴンガまで知っていたのか。


 いや、バンガゴンガもエインヘリアの重鎮には違いないけど……なんか、おかしくない?


 フィオにアレしたのが昨日の夕暮れ時で、バンガゴンガが祝福してくれたのは今日の朝一だ。


 情報回るの早すぎない?


 朝食前、食堂で滅茶苦茶凶悪な顔をしながら祝福してくれたんだけど……最初何怒ってるのかと思いましたよ。


 とはいえ、祝福にはしっかりと礼を返した。


 以前バンガゴンガの結婚の時に……俺がおめでとうと言った時のバンガゴンガの気恥ずかしそうな様子……その心境を物凄く理解出来てしまった瞬間だったな。


 ……この分だとエファリア達も既に知ってしまっていたりするのだろうか?


 なんかフィリア辺りから、エルディオン関係でこっちはクソ忙しいと言うのにそういう事してるんだ?的な怨嗟の声が届くかもしれん。


 いや、それならまだ良い。


 問題は……あのオッサンがリズバーンに持ち帰らせた件よ……。


 マジでどうしたらいいんだ……。


 フィオに相談しようにも……なんかさくっと許可出しそうなんだよな。


 ……。


 よし、後は未来の覇王に任せて……今は皆に返事をしないとな。


「ありがとう。皆には色々と心配をかけていたが……これで少しでもその心労が解消されたなら嬉しく思う」


「……フェルズ様」


 俺の返答に何故か涙ぐむキリク……いや、キリク以外にも涙ぐんでいる子がいるな……。


「して、フェルズ様。結婚式はいつ頃行いますかな?」


「あぁ、その事なんだが、時期はもう少し先を考えている」


 孫を見る様な優しげな表情で結婚式の予定を聞いてくるアランドールに、若干の申し訳なさを覚えつつ俺は答える。


「俺達の結婚は、厄介事を片付けてからだ」


「厄介事と申しますと……」


 キリクが眼鏡をクイっとしながらこちらを見て来たので、俺は小さく頷いて見せる。


「あぁ、魔法大国……エルディオンの件だ」


 俺がそう告げると、部屋に居た皆が目配せをしてから頷く。


 良かった、分かってくれたようだ。


 別に、この期に及んで結婚式をすることに怖気づいたわけではない。


 ただ、フィオと結婚するにあたって……結婚式後にすぐ戦争ってのは、気分的に非常に良くないって話だ。


 いや、まぁ……この戦争が終わったら結婚するんだを思いっきりやってしまっているが……まぁ、うちが負けることはあり得ないし、前線に立つわけでもないから不測の戦死はありえない。


 ……油断は良くないけどね。


 特にエルディオンは変な技術があったりするから。


 でも慶事の前に凶事は片付けておきたいのだ。


 キリク達にしても、その方が余計なことを考えずお祝い気分に浸れるだろう。


 まぁ、普通戦争ってそんな簡単に終わるものではないんだけど……エインヘリアの戦争って短い時は半日もかからないしね。


 とはいえエルディオンは帝国とは違うし、いざ戦争って段階になったら徹底抗戦とかしそうなイメージだ。


 キリク達がどんな戦略を考えているか分からないけど、多分月単位で終結するまで時間がかかるだろう。


 フィオを待たせてしまうのは申し訳なさを覚えるけど、面倒事は先に終わらせたい派だし……その辺り既に説明済みだ。


 スッキリした状態で気分良く結婚の日を迎えたいし、フィオも俺の意見に同意していたから大丈夫だろう。


「小事とはいえ、綺麗に片付けてから……そういう事ですね?」


「あぁ」


 一国をどうこうするのは小事ちゃうけどね?


「畏まりました。ではエルディオンは今日中に潰すという事で」


 とぅでい!?


 キリクの宣言に俺はどえらい驚いたわけだが……うちの子達は皆殺る気に満ちた表情でこちらを見ている。


「いや、待てキリク」


「はっ」


「当初の予定を変える必要はない。エルディオンには未知の技術が存在するし、その研究には俺も興味がある。強引に全てを薙ぎ払ってしまえば失われてしまう物も多かろう。何よりあの国は特殊な考え方が根付いている。急ぎことを進めれば民達の間で大混乱が起こる……それは避けねばならん」


「申し訳ございません。ただ潰すだけであれば簡単な事……ですがエルディオンと言う国を余すことなく食らいつくし、その上で民を解放しなければフェルズ様の覇道に汚れを残す事になったことでしょう。己の浅慮、唯々恥じるばかりにございます」


 キリクが沈痛な面持ちで謝罪すると、他の皆もまた申し訳なさそうに頭を下げる。


 これは、あれだね。


 思っていた以上に皆浮かれていたみたいだ。


 いや、俺がそれだけ皆に心配をかけていたってことなんだろうな。


「くくっ……キリクは俺の信頼する片腕だ。そんなお前が浅慮だというのであれば、この世界に深慮な者なぞ存在しないという事になってしまうぞ?」


 俺が笑いながら言うと、皆頭を上げて困ったような表情を見せる。


「キリク、それにイルミット。俺の信頼する二人の智謀よ。お前達であれば、どのような無理難題も叶えてくれると俺は信じている。だから、あまり己を卑下しないでくれ。俺はお前達を越える様な者なぞ存在しないと確信しているのだからな」


「「はっ!」」


 キリクとイルミットの二人が決意に満ちた表情で頭を深く下げる。


 まぁ、若干脅迫じみてると思うけど……やる気を出してくれたみたいだから良しとしよう。


 しかし、お前達なら出来ると信じてるから無理難題押し付けてるんだよ……ってブラック発言にも程があるよね。


 俺なら心を病むと思う。


 ……少し訂正するか?


「まぁ、あまり肩肘張らずにな。柔軟な発想は頭を固くしてしまっては出てこない。余裕をもって……その上で無理な事は無理だと言ってくれ」


 ……いや、なんかこれ煽ってる感じになってないか?


 ふとそんなことを思ったが……既に二人は決意に満ちた様子で顔を上げている。


「さて、そろそろ今日の議題について話しを聞かせてくれ」


 このまま話していると柔軟に発想を変えて、三日でエルディオンを潰す方向で考えましたとか言いそうだし……とっとと会議を進めることにしよう。


 そう考えた俺がキリクに促すと、明らかに気合の入った様子でキリクが会議を始める。


 今日の議題は……うん、話題を逸らした意味があるのかどうか分からないと言った感じだけど……エルディオンについてだ。


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