第532話 天にあって願わくば……
「ん?なんか……どうした?」
覇王的にかなりスタイリッシュかつスニークな感じでバルコニーまで登り切ったんだけど、なんかフィオからは丸見えだったようだ。
驚かすのは失敗したけど、何か様子がおかしいか?
「……別にどうもせんのじゃ。少しこの光景に見惚れておったんじゃが、ちょっと思うところがあっての」
「なんか、悩んでるのか?」
「……ほほほ、そういう感じではないのじゃ。エインヘリアの発展は凄まじいものがあると思ってのう」
そういって赤く染まった街を見下ろすフィオは、街を見ているというよりももっと別の何かを見ているような気がする。
「なるほどな。俺は……この風景を見るたびに、街ってこんな風に出来ていくんだと驚いているよ」
フィオの横に並んで城下町を見下ろす。
イルミットによってしっかりと区画整理をされている城下町はぽこぽこと歯抜けのようだけど、その隙間は色々な施設が建設される予定地となっている。
王都の完成系はイルミットやキリクには分っているのだろうけど、俺にはどんな街になるのか想像もつかない。
だけど……間違いなく素晴らしい街になる事だけは断言できるね。
イルミットがしっかり考え、ゴブリンやドワーフ達が全力で建設してくれている城下町だ。
凄い街にならない訳がない。
もしかしたら完成予想図とかあるのかもしれないけど……少なくとも俺は見たこと無いな。
「そうじゃな、私も驚いておるのじゃ。五千年前も……こんな風に世界を作り直していったんじゃろうなぁ」
なるほど……昔の事を考えていたから、少し物憂いげな感じがしたのか。
「五千年前か……フィオの話では随分とボロボロだったみたいだし、大変だったんだろうな」
フィオの先々代の魔王と先代の魔王による被害……いや、彼ら自身が悪い訳ではないのだけど……特に先代の魔王の死による被害で滅びかけた世界からの復興。
口で言うのは簡単だけど、それが凄まじく困難だったことは想像に難くない。
「そうじゃな。私は物心ついた時には既に魔王として北の地に封ぜられておったから、この大陸が当時どんな状態だったのかは世話をしてくれていた者達から聞きかじっただけじゃが……よくもまぁこれだけ発展したと思うのじゃ」
感慨深げにそう語るフィオ。
「五千年……生半可な時間じゃないよなぁ」
「うむ。今や人族はこの大陸に一億を下らぬ程住んでおり、妖精族は数十万といったところじゃろうか?魔族は数万もいれば良い方かのう?」
「だいぶ種族に偏りがあるが……五千年の内に色々あったんだろうな。一時期このあたりはゴブリンの帝国があったらしいし……その頃はゴブリンが一番人口的に多かったのかもな」
「興味深いのう。今の世も見て回りたいが、五千年の歴史も調べてみたいのじゃ」
「ふむ……」
目を輝かせながら言うフィオを見て、俺は少し考える。
フィオは自分の事を研究者と言っていたが、その研究内容は魔王の魔力を制御あるいは利用するものだ。
それはこの大陸に住む者達を魔王の魔力と言う脅威から救いたいという、ある種の義務感から選んだ研究テーマだったかもしれないけど、その根底にはフィオの抑えきれない好奇心があったのではないかと思う。
けして嫌々魔王の魔力について研究していた訳ではないのだろう。
「揶揄っている訳じゃないと理解して欲しいのだが……」
「ん?」
俺が先んじて断りの言葉を口に出すと、フィオが訝しげな顔でこちらを見る。
「今度、フェイルナーゼン神教の聖地にいかないか?」
「……何故じゃ?」
若干警戒の色を見せながら尋ねて来るフィオに、俺は苦笑する。
「あそこは、恐らく一番大陸史について詳しい筈だ。それに、フィオの生きた時代についても……色々と曲解している事はあるだろうが、それでも何かしら真実を知っているだろう。気にはならないか?」
「む……それは、確かに気になってはおったが」
「フィオの生きていた頃の話はフィオに聞くのが一番だが……儀式発動後、この大陸がどうなっていったのかは俺も気になるしな。それにフィオの世話をしていた人たちの事も気になる」
「……そうじゃな」
「いわば……フィオをここに送り出してくれた人たちだからな。俺としては感謝の一つも告げたい人達だ」
「……」
俺の言葉に、フィオは儚げな笑みを浮かべる。
フィオの主観からすれば数年前まで一緒に暮らしていた人達だ。
突然、もう二度と会えなくなってしまった……つい先程別離することが怖いとか情けない事を言った身としては、これ以上ないくらいに気まずいが……その人達の代わりにはなれずとも、フィオの事を支えてやりたいと思う。
「クルーエルは忙しいかも知れんが、話を聞きたいと言ったら誰かしら紹介してくれるだろう。まぁ、教皇である彼女が一番詳しそうだけどな」
歴代の教皇から引き継ぎ、書き残してきた聖典があるみたいだけど……それは流石に見る事は出来ないよな?
フェイルナーゼン神教の元になったのはフィオの世話をしていた人たちみたいだし、その辺りの話も伝わっているのであれば聞いておきたい所だ。
「……」
そんなことを考えていると……あれ?
何故かフィオが若干不機嫌そうな感じに……なんでだ?
「どうかしたのか?」
「……別に何でもないのじゃ。それより、一国の王ともあろう者が何故城の外壁をよじ登って私の所まで来たのかの?」
急に雰囲気の変わったフィオに俺が尋ねると、フィオはその返しに本題は何だと切り出してきた。
だ、大丈夫だ、問題ない……。
「あ、あぁ……それは……まぁ、用事があってな?」
「何の用じゃ?」
な、何故だろうか?
先程まで悪くない雰囲気だった筈なんだけど……急にフィオがとげとげしくなった……反抗期か?
……え?
この雰囲気の中やるの?
ウソダロ?
一瞬途方に暮れそうになった俺だが、先程可愛らしく応援してくれたリーンフェリアの事を思い出し踏みとどまる。
「先程の件……俺の結婚の件なのだが……」
「む……」
俺がそう口にすると、とげとげしさは一瞬で無くなり……代わりに緊張した様子を見せるフィオ。
「もう答えが出たのかの?」
「いや……答えが出たってのはちょっと違う」
「どういう事じゃ?あぁ、もしかして相談かの?」
少しほっとした様子を見せたフィオがそんな事を言う。
「いや、相談は必要ない。そもそも、フィオからあの話をされた時点で……答えは出ていたんだ」
「……」
「フィオから何度も言われているように……俺はヘタレなんでな。この期に及んでなお、伝えなければならなかった大切な言葉を口に出来なかったんだ」
「大切な……言葉?」
「あぁ」
俺がフィオの言葉に頷いた瞬間、傾いていた陽が完全に地平線の向こうに消え……急激に辺りが暗くなる。
このバルコニーには照明がなく、明かりは城の中から漏れてくる明かりと、太陽が去ったことでやる気を出した月や星明かりくらいだ。
まぁ、まだ太陽は地平線の向こう側で自己主張をしているので月はともかく星の方はまだまだ数が少ないが……完全なる暗闇には程遠い状況……フィオの表情の変化も漏らさず見ることが出来る。
でも……あれだな?
暗くなったおかげで……若干恥ずかしさが減ると言うか……勢いでいけそうというか……いや、我ながら情けないことこの上ないね。
因みに現在、覇王は膝が震えている気がします。
「フィオ」
俺が名前を呼びながら一歩近づくと、フィオは小さく半歩程後ろに逃げる。
「……な、なんじゃろうか?」
「俺に、俺達に罪悪感を覚えないでくれ」
「っ!?」
「俺の目を通してではなく……自分の目で、今日まで俺達の事を見てくれただろう?誰か一人でも、この世界に呼ばれたことを恨んでいる奴がいたか?」
「いや……それは……」
「うちの子達と俺では、フィオに対する感謝のベクトルは少し違うだろうけど……皆お前に感謝していた筈だ。違うか?」
「……違わぬ」
気まずげにフィオは答える。
恐らく……フィオが呼び出してからこっち、常に忙しそうに動き回っていたのも、若干俺から距離を取っていたのも、そう言った罪悪感を持っていたからだと俺は踏んでいた。
呼び出す前からこの事は何度も言ってきたのだが……実際に呼び出して、皆と触れ合った事でその想いが強くなってしまったのだろう。
本当に生真面目な奴だと思う。
「夢の中でも何度も言ったが……もう一度言うぞ?俺はフィオに感謝している。皆に会わせてくれたことを感謝している。そして……フィオ、お前自身に会えたことを感謝している」
「……」
俺はフィオにそう告げながら更に一歩フィオに近づく。
今度は俺から逃げることはせず、フィオはその場に立ち尽くしている。
「だから……俺達の事を本当に想ってくれているのなら、俺達に罪悪感を持たないでくれ」
「……っ」
フィオは無言で……瞳に涙を浮かべながら頷く。
フィオは今でも自分の願いに俺達を巻き込んだと思っているのだろうが、もはやそうではないのだ。
俺達はこの世界の住民だ。
だからこそ……自分達の手でより良い環境を作るのは当然のことだ。
そこに巻き込まれただのなんだのと言った感情は一切ない。
フィオは考え過ぎなのだ。
頭の良い奴はこれだから困るよね……ほんと。
「……よし、じゃぁ……前座は終わりだ」
「前座じゃと……?」
俯いていたフィオが呆けた様な顔でこちらを見上げて来る。
「あぁ。今のは前置きだ。なんか魔王様がうじうじとアホみたいに悩んでたので、覇王がそれを鼻で笑ってやっただけよ」
「……ほう?」
「最初に言ったろ?結婚の件だって」
俺が肩を竦めながら言うと、若干フィオがバツが悪そうにする。
忘れてやがったな?
「いやいや、忘れておらんにょ?」
おいおい、この魔王……覇王並みに舌が回ってないんだぜ?
そんなフィオのポンコツな姿を見て……何かがスッと自分の体の内側に下りてきたような感覚を覚える。
よく分からない感情だけど……俺はその感情が赴くままに口を開く。
「俺は……このエインヘリアの王。覇王フェルズだ」
「……うむ」
「だが……フィオの前でだけは、俺はただのフェルズでいられる」
「……」
「だから……覇王としてではなく、ただのフェルズとしての言葉を伝えさせてくれ」
俺の言葉にフィオは一度ぎゅっと目を瞑った後……真剣な目で俺を見つめて来る。
「フィオ……フィルオーネ=ナジュラス。俺はお前を愛している」
「っ……」
「これから先の長い人生。どうか、俺の隣で笑っていてくれないか?」
「……」
気の利いた台詞なんて思いつかない。
唯々ストレートに自分の気持ちを吐き出したが……一瞬びっくりしたような表情を見せたフィオはそのまま俯いてしまう。
「……」
「……」
恐らく時間にすれば数秒……俺には永遠とも思える様な沈黙が辺りを支配する。
……こ、これは……ダメな感じ……ですかね……?
「……寒い」
さ、寒い!?
お、俺の台詞が!?
え……ちょっとバルコニーから飛び降りてもいいですか?
アイ、キャント、フライ!
飛び降りる三秒前といった心境の俺の前で、フィオは自分の二の腕を反対の腕で掴むようにしながら……上目遣いで俺の事見る。
「さ……寒いのじゃ。日が暮れたし……ここは……風通しも良い……じゃろ?」
「あ、あぁ……そうだ、な?」
確かに少々風が冷たいけど……。
何で急に……?
フィオは両手で自分の腕を抱きしめるようにしながら寒い寒いと言い、俺から若干視線を逸らす。
「……」
その様子を見て……フィオの言いたい事を理解した俺は少しだけあった距離を詰め、フィオの事をそっと抱きしめる。
夢の中で予行練習していなかったら……今以上にがちがちだったに違いないな。
心のどこかで冷静な俺がそんなツッコミを入れるが……現在の覇王は正直いっぱいいっぱいである。
俺は言うまでもなく……フィオも暫く何も言わず、ただ時間だけが過ぎていく。
……少しだけ、ほんの少しだけ動機が収まって来た頃合いで、小さくフィオが身じろぎをする。
「……暖かいのう」
「あぁ」
腕の中の中にいるフィオは……細くて柔らかくて暖かい。
「……私で……良いのかの?」
「ありきたりな返しで悪いが……フィオが良いんだ」
「……」
「俺と結婚してくれ」
「……」
フィオは何も言わなかったが……俺の腕の中でコクリと頷いてくれた。
それを感じた瞬間、足から力が抜けそうになったが……覇王力を全開にして何とか堪える。
「……これからも……よろしくの」
「あぁ、よろしくな」
腕の中から俺を見上げて来るフィオに、俺は可能な限り自然な笑みを返す。
いつの間にか……空には星が瞬いていた。
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