第531話 魔王の想い
View of フィルオーネ=ナジュラス 元魔王
眼下に広がる城下町。
その風景はフェルズによって呼び出されてからさほど時間が経っていない為大きく変化しているところは無かったが、それでも一月ほど前とは若干変わっている部分もある。
凄まじい建設速度じゃな。
建設に携わっているのは主にドワーフとゴブリン。
城下町には人族もかなり増えておるが、建設に関してはドワーフとドワーフに弟子入りしたゴブリン達の腕が凄すぎて一任しておる状態じゃな。
彼らは皆、この王都を大陸一の街にするのだと息巻いておる。
それも全てエインヘリア……フェルズへの感謝から来る想いらしい。
王都と呼ぶにはまだまだ小さな街じゃが、発展速度を考えればあと数年もすれば有数の、十年もすれば大陸で屈指の街となる事は間違いないじゃろう。
「本当に美しい光景じゃな」
人の営み……その活気が感じられるこの光景が、私は本当に愛おしく感じられる。
私がかつて生きた時代は……先々代魔王の時代のダメージ、そして先代魔王の死によってまき散らされた高濃度の魔王の魔力によって大陸全土が滅びの一歩手前と言う状況じゃった。
だからこそ北の端に私を封じ、中央から南方にかけて必死で人々は復興する……そんな時代じゃった。
当然、その生活は苦しいもので……北の地に封じられていた私と大差ない、厳しい生活を送っていた筈じゃ。
それが今では大小さまざまな国が興り、当時に比べれば非常に豊かな生活を送ることが出来るようになるまでになった。
五千年という時が遠大なのか……それとも人々の逞しさが凄いのか……恐らくその両方なのじゃろうな。
まぁ、いくつもあった国は、私の行った儀式によって生み出されたエインヘリアに飲み込まれて、十じゃ足らん数が滅んでしまったが……なんというか、正に魔王の所業と言った感じじゃな。
滅んでしまった国の王族や貴族達には申し訳なさもあるが、その命まで奪われた者はそう多くはない。
フェルズやエインヘリアの倫理観……そしてその法において許されざる者達以外は基本的に生き延び、エインヘリアの統治下で暮らしている。
それが本当にその者達にとって良い事なのかは分からぬが……私は私のエゴを通させてもらった結果じゃ。
その事に対して申し訳なさは覚えども後悔はせぬ。
そんなことをすれば、身勝手にこの世界に呼びだしてしまったフェルズ達への重大な裏切りと言えよう。
それだけは絶対に出来ぬ。
……フェルズ。
本来であれば争いとは無縁の……それどころかただの一般人にこれ以上ない程の重責を背負わせてしまった。
私の身勝手の……最大の被害者。
本人は至ってのほほんと、感謝しているくらいだから気にするなと言ってくれるし、それが心の底から本心であることも十分理解しておる。
そしてその言葉通り……奴は王として凄まじい戦果や功績を築き、あっという間に私の願いを叶え、大陸全土に平和と繁栄を齎そうとしておる。
本人にしてみれば、全てゲームの力のお陰と言うところなんじゃろうが……ずっと傍で見続けた私には分かる。
この功績はゲームの能力ではなく、フェルズだからこそ成し得たものなのだと。
それを本人に伝えても半分も信じようとせん……ただ力を得ただけで、これ程までに素晴らしい国を作り上げることなぞ不可能じゃというのに。
キリクやイルミットの能力は確かに人知を超えておるが、それは上にお主と言う存在があるからこそこのような国が作り上げられたのじゃ。
ゴブリンやドワーフ……妖精族に魔族に人族。
多くの者がお主に感謝し、そしてお主の為に働きたいという想いを持ったからこそ、今のエインヘリアがあるのじゃ。
頑なにお主は信じようとせんがの。
そこまで考えた私は、込み上げてくる笑いをかみ殺せず少し吹き出してしまう。
お人好しで、時に合理的で冷酷。
お馬鹿で、しかし考え無しではなく頭も悪くない。
自己評価は低いが人を惹きつける魅力があり、小心者で常に失敗を恐れながらも大胆な手を打てる度胸がある。
一本芯があるようでふらふらと優柔不断。
女にもてる癖に奥手でヘタレ。
どう見ても完璧な王なのになんちゃって覇王。
何処までも矛盾した存在なのに、確立している一人の人物。
……ダメじゃな。
「お主には、本当に沢山の厄介事を押し付けてしまっておる。なればこそ……お主には幸せになってもらいたいんじゃよ」
それは私の本心じゃ。
じゃが……お主の事を考えると申し訳なさを覚えると同時に、胸の奥が暖かいような、キュッと締まる様な感覚を覚えるのじゃ。
それが何を原因としているかは……フェルズじゃあるまいし、ちゃんと理解しておる。
だからこそ……余計に申し訳なさを覚えてしまう。
というか、罪悪感じゃな。
フェルズの中に居た頃は、揶揄ったりしてもそこまで罪悪感を覚えることは無かったんじゃが……肉体を得たからか……いや、肉体を得たというか、現実でフェルズと触れ合う事が出来るようになったせいじゃろうな。
いやはや……我ながら、しょうもないこと考えておるのう。
私は思いっきり自分の頬を両手で叩く。
はぁ……散々フェルズの事をヘタレだなんだと言っておいて情けないのう。
結局フェルズに負けんくらい……私もヘタレだったと言う訳じゃ。
フェルズの傍に居ると心地良さと気恥ずかしさ、バツの悪さや罪悪感、そして何より……愛おしさを感じる。
それをはっきりと自覚するからこそ罪悪感と……あぁ、堂々巡りじゃな!
ほんと無駄に歳だけ重ねて何をやっておるのかのう。
私はバルコニーの手すりに頬杖をついて寄りかかる。
浅ましいのう……。
フェルズの気持ちは……フェルズの中に居った時に把握してしまっておる。
それを知っていながら、フェルズに結婚を進める……皇帝を始めとしたお茶会メンバーの気持ちも、エインヘリアの者達の気持ちも知っておるのにのう。
あぁ、自己嫌悪しかないのう。
そんなことを考えながら風景を見ていると、夕日によって街が赤く染まって来た。
もうこんな時間じゃったか。
随分と長い事ここに居ったようじゃな……。
そう自覚した瞬間、私は冷たい風を浴びて身震いをしてしまう。
体も冷えてしまったようじゃな……そろそろ中に戻ろう、そう考えたところで城門近くに人影がある事に気付いた。
アレは……フェルズとリーンフェリアじゃな。
これから街の視察にでも行くのじゃろうか?
あと三十分もすれば日は沈み夜になるのじゃが……まぁ、夜だろうと街中は明るいし、エインヘリアの城下町でフェルズが害されることなぞまずありえないが……それでも少し不用心ではないかのう?
そんなことを考えながら、特に理由もなく二人を見ていると……何故かフェルズが勢いをつけて城壁にとりつき、そのままひょいひょいと城壁を登りだした。
な、何をやっておるんじゃ!?
思わずバルコニーから身を乗り出し下を覗き込むと、手足を上手く使いながらフェルズがどんどんこちらへと近づいてくる。
軽妙な動きで危なげは無いのじゃが……それでも見ておるこっちは落ちてしまわないかとハラハラしてしまう。
無論、フェルズの身体能力であれば、この高さから落ちても怪我の一つもせずにケロッとしておるじゃろうが……それでも心配な物は心配なのじゃ。
そんなこちらの気持ちを知る筈もないフェルズは、数分と掛からずに私のいるバルコニーまで来てしまった。
やはり目的地はここじゃったか……。
最後、バルコニーの手すりに手をかけたフェルズがくるりと一回転しながらバルコニーに着地したことで、ようやく私も一息つくことが出来た。
「よっと……こっそり近づいて脅かそうと思ったんだが、あっさりバレたな」
アホな事を言いながら笑うフェルズの姿に、力の抜けた私は大きなため息をついて見せる。
「上からモロ見えじゃったからの。というかお主、何をやっとるんじゃ?」
「あー、フィオを探してたんだ」
「ふむ……だからと言って外壁を登る必要はないじゃろ?」
「城の中に戻ってここに向かっているうちに、フィオがいなくなってる可能性もあったからな」
だからと言って外壁を登ろうとはならんじゃろ……。
先程まで色々と自己嫌悪に陥っておったというのに……こやつは本当にもう……。
フェルズの声を聞いた瞬間……私の中にあったどろどろとした感情が消えていくのを感じた。
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