第529話 無駄



 前皇帝のおっさんとの会話……あれの数百倍の疲労を覚えつつ、俺は膝の上で丸くなって眠るルミナを撫でていた。


 先程フィオは部屋から出て行ったが……俺は動く気になれなかったのだ。


 ……結婚。


 血痕ではない、結婚である。


 人生の墓場と揶揄する者もいれば、とても素敵な物だと言う人もいる。


 ……まぁ、人それぞれという事だろう。


 しかし、俺にとって……いや、覇王フェルズにとってそれは一般的なそれとは少し違った意味を持つ。


 そして、その少し違った意味のせいで……なんだか急に結婚について真剣に考えないといけなくなってしまった。


 いや、前皇帝の話は切っ掛けに過ぎない。


 今まで俺がのほほんとしてこられたのは、キリク達が心の中で心配していながらもそんな素振りを一度も見せなかったからだ。


 その事実に甘えていただけに過ぎず、フィオにこうして指摘されたのは……うん、当然だな。


 唐突でも何でもない、当たり前の話だ。


 それを急にとか思ってしまうのは、完全に今までの俺が悪い。


 とはいえ……結婚かぁ。


 俺が結婚するという事は当然相手が必要な訳で……相手、奥さん、嫁さんかぁ。


 うーん、何か現実感がないな……。


 とはいえ、真剣に考えなければならない問題だ。


 ……。


 まず、エインヘリアと周辺国の事を考えよう。


 周辺国で良好な関係ではないのは……エルディオンとその属国である小国。


 帝国の属国的な小国は、特に直接交流はしていないけどこちらは問題ない。


 彼らに対する政治的、外交的な抑えによる婚姻……うん、全く必要ないな。


 エルディオンは現在帝国の方に目が向いているようだけど、俺は全力で横槍を入れるつもりだし、恐らくその横やりは凄まじくごついものになる。


 横腹を突かれるというよりも横から消し飛ばされるくらいの威力があるものになるはずで……抑えが必要とかそういう話は一切ない。


 後はうちの属国だけど……少なくとも今の所不満のようなものは一切上がってこないけど、問題が無いわけではない。


 上層部……特にトップの方はエインヘリアに対してかなり友好的ではあるけど、火種があるのはもう少し下の方だ。


 エインヘリアと属国は自由に行き来することが出来るようにしてある。


 そのお陰で自由な交易が可能となっており、属国にも大量の物資や金が流れ込み、そして出て行っている。


 経済がぶん回され民達が裕福になっている反面、貴族達はその特権ががりがり削られて行っている。


 基本的に属国……というか、この大陸では貴族達がかなり力を持っている。


 土地と税収、それから兵力。


 それらは国のものであると同時にその領地を治める貴族達の物でもある……まぁ、いわゆる封建社会だね。


 国も当然軍事力を持つけど貴族達もそれぞれ兵を抱え、ある種独立した存在ではあるけど国の持つ兵力には勝てない為に従っている……大雑把に知ってしまえばそんな社会制度だ。


 有事の際には貴族が自ら兵を率いて国難に立ち向かう……そう言えば聞こえは良いけど、実際はより強い力で従わせているだけだから、国への忠誠というものが薄かったりする。


 更にまた厄介なのが、中央から離れた貴族が力を持ちやすいということだ。


 地方の力が国に匹敵するものになれば……独立したり、そうでなくとも他国から調略を受けて寝返ったりと……それを抑えるために中央が地方の力を削ったりと、はっきり言って、かなり脆弱なシステムと言える。


 纏まっているようで纏まっていない。


 自国の力を伸ばしたいのに、自国の力を削る矛盾……要は、身内であるにもかかわらず足の引っ張り合いをして成長を阻害する仕組みになっているのだ。


 だからこそ中央の権力者は中央集権化……絶対王政を望む。


 貴族の力を削ぎ、国に力を集中させ従える……封建社会の次の時代区分とも言えるやり方だけど……当然、力を削がれる貴族達からしたらそんな物ふざけんなって感じだね。


 しかし、今まで分散していた力が一極集中して権力もそれに伴い強くなるため、国としての力は一段上へと上がる。


 エインヘリアという一貴族ではどうしようもない相手が国のさらに上に突然現れ、音頭を取りだしたことで各国は一気に中央集権化に向かって進んでおり、貴族達は割を食うことになった。


 権力志向の強い貴族からしてみれば溜まったものではないだろう。


 当然力を削がれまいと彼らは頑張るのだけど……彼等のやり方は税の搾取で力を溜め、民を徴兵して戦わせるやり方だ。


 しかし数年前であれば当然だったそのやり方は、エインヘリアの経済活動によって国力を高めるというやり方にぶち壊されてしまった。


 そもそも貴族の特権だった軍隊を持つ権利は破却されているので、彼らは力をどうやって維持したら良いか分からず、流されるままにその力をどんどん失っていく。


 まぁ、いきなり経済を活性化させて富国しろって言われても、ぶんどりゃオッケーの蛮族思考だった人たちがいきなり対応出来る筈もない。


 逆に中央の人達はエインヘリアから色々学び、今までと違ったやり方で見事に好景気の波に乗っている。


 国の方針で自由移動が認められ国内の関も無くなった為、民達は無能な統治者の治める土地からどんどん逃げていく。


 勿論、住み慣れた土地から逃げるというのは物凄い勇気がいる事だし、中々それを選ぶことが出来ない人も多いけど……それを後押しする意味も含めて、商人達を使い他所の土地の情報をがんがん回している。


 そうして民は無能な貴族から逃げ新天地を目指し、逃げる事の出来ない……そして新しい時代に対応出来ない貴族達は没落していき、国によって保護される。


 保護された貴族は土地や利権を国に召し上げられ、代わりに俸禄で暮らし……貴族から役人としての側面が強くなっていくわけだ。


 当然その事に対する不満は反発を生むが……そもそも生きる糧を握られてしまっている以上表立って反抗は出来ない。


 だからこそ、今生き残っている貴族達は現状を何とかしようと企んでいる……のだけど、まぁそれは俺達に筒抜けだ。


 別に俺は積極的に貴族を排斥したいわけじゃないけど、こちらの言う事を聞かず旧時代的な……かつての栄光を懐かしむだけの害虫は必要ない。


 ……話が凄まじくそれたけど、属国における問題は現状に対応出来ない貴族達の不満ってところだね。


 っていうか、そもそも属国から正妃を迎えるってのは無理があるか?


 俺は気にしないけど、確実に属国間が格付けされちゃうよね。


 政治的に考えて正室は無理だろうし……下手したら全部の属国から側室をとることになりそう。


 うん、属国からの嫁取りはやはり不可能だ。


 後は、ブランテール王国……はもう属国になる事が決定しているので脇に置いて、帝国と北方諸国……というかフェイルナーゼン神教だね。


 帝国は対等な同盟関係、婚姻関係を結ぶ第一候補と言えるけど……残念ながら縁を結ぶ良い相手がいない。


 なんせ俺もフィリアも見た目は同年代で、兄弟もいないし子供もいない。


 結婚しようにもそれが可能な相手がいないのだ。


 かと言ってフィリアと俺では前皇帝とも話したけど、問題があり過ぎる……もし結婚するのであれば、どちらかの国を併合するって形になるだろう。


 それは断じてノーと言える。


 まぁ、政略結婚と割り切れば……例えばフィリアが誰かと結婚して女の子を生んでくれたら……その娘がゼロ歳の時点で俺と婚約するって方法も取れる。


 今すぐ生まれれば、見た目はともかく、俺の実年齢は四歳程度なので……問題はない。


 ……いや大ありだわ。


 無理じゃよ……ゼロ歳の婚約者とか。


 ってかフィリアの方だって結婚しないって言ってるわけだし、となると養子?


 いや、自国の貴族ならまだしも、流石に同盟国の王に養子を差し出すのはマズい気もする。


 かと言って帝国の貴族から嫁を迎えるってことはあり得ない。


 俺は曲りなりにも王だからね。


 そんなことしようものなら、エインヘリアは帝国の下だと認めるようなものだし……そんなことになったら……帝国がこの大陸から消滅しちゃいかねん。


 ってことで帝国からの嫁取りも無理。


 北方諸国は間違いなく家格が合わないって感じだし、仮に俺がそこから嫁を取れば……北方が確実に荒れるから無し。


 フェイルナーゼン神教は……政教分離は絶対の考えにしたいので無理ですな。


 俺には理解出来ないけど、宗教ってなんか物凄い熱を有するからな……心が理性を凌駕しているというか……まぁ、とにかく触らぬ何とかではなく、向こうから絶対に触らせないと言う気概が必要だ。


 まぁ、フェイルナーゼン神教は非常に穏やかな宗教ではあるんだけどね。


 でも……何故かそこから過激派とかが生まれたりするのが宗教だ。


 油断は出来ない。


 と言う訳で北方方面からも嫁取りは無理。


 うん、外交関係の嫁取りは全滅だな。


 そうなって来ると国内に目を向ける訳ですが……正直、キリク達の統制がある以上現時点で国内は盤石と言える。


 だから気にすべきは未来だ。


 さて、考えよう。


 エインヘリアの代官達……元々は俺が潰した各国有力者だったり実力者だったり……まぁ、埋もれていた人材を拾い上げたり、立ち行かなくなった業界から引き抜いたりしているから生い立ちは色々だけど……政治的な事を考えれば嫁には出来ない。


 誰を選んだとしても……王妃の力を使って復権を望む連中が出て来るだろうからね。


 代官に抜擢しているわけだし優秀な人は沢山いるけど、まだエインヘリアは建国から四年未満……前体制の権力者がそれを忘れるには短すぎる時間だ。


 隙を見せれば喜んで蜂起するだろう。


 そして間違いなく秒で制圧される。


 流石に奥さんになる人を餌にはしたくないし……不穏なことを企むまでであれば見逃してやるから、大人しくして置いて欲しいと思う。


 完璧にマークされているしね。


 そう言えば、キリクやイルミットが部下に欲しがっている人がいたな……あの人は餌としては最高級品だろう。


 約束があるから代官としてすら取り立てていない人だけど……あの人の元の地位を考えたら本当に上手くやったと思う。


 のんびりだらだら何もせずに過ごす。


 いいねぇ、羨ましいねぇ……俺もいつかそういう風に過ごすことが出来るんだろうか?


 いや、別に今が仕事に追われて辛いって訳じゃないんだけど……なんか羨ましいんだよね。


 かなり強かな人だし……嫁とするにはかなり厳しい相手だろう。


 っていうか、絶対に表舞台に立ちたがらないだろうけどね。


 まぁ、彼女の事はどうでもいいや。


 とにかく、あらゆる意味でうちに取り込んだ人たちは嫁には出来ない。


 そうなって来ると、残るはうちの子達だが……うぅむ。


 うちの子達の事は信頼している……彼等以上に俺に尽くし、そして俺が全幅の信頼を持って全てを委ねられる相手はいないだろう。


 だけど……彼らの中から一人選ぶと言うのは……ちょっと俺には出来そうにない。


 いや、全員俺のものだぜ!がっはっは……的な事を言いたいのではなく、純粋に皆の事を平等に愛していると……心の底から言える。


 誰を選んでも、恐らく俺はその相手を今までと違い特別な目で見ることになると思う。


 それで他の子達へ向ける気持ちが減るとか、そういうものでないのは理解しているのだけど……彼らの中から特別な一人を作ると言うのは、なんとなく違う気がするのだ。


 我ながらクソ野郎な発言だとは思うけど……うちの子達の中から一人選ぶと言うのは、俺には出来そうにない。


 ……外交を含んだ政治的側面からも、個人的感情からも考えてみたが、やはり嫁選びは難航するな。


 いや、そもそも俺が選んだ相手が俺を受け入れるかどうかという問題だってあるのだから……考える意味とかあるのかしら?


 ……。


 ……。


 ……。


 突如、膝の上で眠るルミナが咳き込んでいるかのように吠え始める。


 ……うん、多分夢の中で吠えているんだろうな……楽しい夢なら良いのだけど。


 そんな事を思いつつ、俺が起こさない様にそっと撫でるとルミナは吠えるのを止めて大人しくなった。


 ……。


 ……。


 ……はぁ。


 いや、分かってますよ。


 ごちゃごちゃ考えてはみたけど、これが全部言い訳だってことは。


 嫁だなんだって話が出た時点で……俺は端から一人の事しか考えてない。


 ……しっかり考えた上で自分の気持ちを大切にしろと言ってくれた。


 政治だなんだと面倒なことを抱えさせてしまっているが、俺の好きなようにしろと……そして面倒事は任せろと。


 普段は尊大なくせに、何かにつけては俺に引け目を……後ろめたさを感じて、自分に出来る事なら何でもやるというような姿勢を見せる。


 ……はぁ。


 やはり俺は何処まで言ってもヘタレ覇王らしい。


 本当であれば、俺はあの時……彼女が部屋から出て行くのを止めて、自分の想いを告げなければならなかったのだ。


 だというのに、俺は何もせずに見送ってしまった。


 自分のヘタレ具合に……情けなさしか覚えない。


 しかもその後こうやって無駄に思考を回して、なんだかんだと言い訳を考えているのだから本当に救えないな。


 いい加減……腹をくくろう。


 俺はルミナを起こさない様にそっと抱き上げてからベッドへ寝かせる。


 動かされたことが嫌だったのか、少しルミナが体を捩ったが……普段寝ているベッドの上にいることに気付いたのかすぐに寝息を立て始めた。


 俺はその姿を確認してから……なるべく音を立てないように部屋の外に出る。


 扉の向こうではリーンフェリアが待機しており、俺が歩き出すと何も言わずに付いてきた。


 ……さて、彼女は何処に行ったのだろうか?


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