第528話 元服するや否や
「お主が皇帝の事をどう思っておるかは分かっておる。それと、皇帝がお主の事をどう思っておるかもな?」
「そうなのか?大丈夫だよな?」
フィオの言葉に若干ほっとしつつ俺が問いかけると、フィオは呆れたように大きなため息をつく。
「お主のう……そこで大丈夫だよな?と言う言葉が出るところがヘタレと言われる所以じゃぞ?」
「……べ、別に誰に迷惑をかけてるわけでもないし、いいだろ?」
「全っ然良くないのじゃ。お主のう……エインヘリアの者達が、どれだけお主の世継ぎを心待ちにしておるか分かっておるかの?」
「う……」
世継ぎ……つまり子供の事だ。
いや、分かっている。
なんちゃってだろうとヘタレだろうと、俺はエインヘリアの王だ。
国を導くという大仕事の他に、エインヘリアを次代に繋ぐと言う大仕事もある。
「お、俺はまだ……かなり若いぞ?」
「うむ、そうじゃな。まだ生まれて……もうすぐ四年と言ったところじゃが、それを知っておるのは私とお主だけじゃ。外見年齢で言えば立派な青年じゃし、エインヘリアの者達からすれば、ゲーム時代を換算してしまう訳じゃし、結構良い歳の筈じゃろ?」
「ぐふ……」
確かに……うちの子達からすれば、俺はかなり良い年齢だ。
子供がいないというのは……不安に思われていてもおかしくないと言える。
「精神も外見も十分成熟しておる。その辺り、真剣に考えるべきではないかの?」
「う、うぅむ……」
確かにそうなのかもしれないけど……。
「えっと……俺が子供を作ることが出来るのは以前教えてもらったけど、子供の寿命とかって分かるか?」
「む……すまん。そこはまだ分からんのう」
「子供が、この世界の人族と同じくらいの身体能力で寿命とかだと……今子供が出来たら確実に俺の方が長生きするよな」
下手したら……いや、普通に孫とかより長生きするだろ。
それはなんというか……色々切なくないか?
「確かにそうなる可能性は否定出来んが、生まれる前から別れを考えて尻込みするのは……なんか違わんかの?」
「そうかもしれんが、それでも残りの人生が百五十年もあると思うとな。同じ寿命を持つうちの子達以外の知り合いは、俺が全員送る側なんだぜ?それが自分の子供や孫となったら更にな……」
「ふむ。まぁ、お主の言わんとするところも分からんではないが……生きている限り別れは必然。別れを恐れて出会いを恐れるのは、あらゆる意味で勿体ないと思わんか?」
「……分かっちゃいるんだがな」
うぅむ……確かにフィオの言う通りだとは思うし、滑稽かもしれない。
「……いや、うん。そうだな。確かにフィオの言う通りだ。俺の考え方は、失敗を恐れて踏み出さないのと同じことだよな」
それはエインヘリアの王として間違っている。
この大陸の常識をぶち壊し、色々な物や文化を振興しようとしている癖に自分の事となると怖気づくというのは情けないにも程があるよな。
「ふむ。ひとまずは呑み込めたようじゃな」
「あぁ。先に逝かれるかもしれないし、もしかしたら俺達並みに長生きするかもしれない……それは分からんからな」
「うむ。その通りじゃな。何十年も先の話を恐れておっては……生まれて来てすらいない子に笑われるであろう」
「全くだな」
苦笑しながら俺が頷くと、フィオも困った奴だと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「それと、言いそびれておったが、帝国の皇帝……恐らくお主の事受け入れるじゃろうな」
一つの壁を乗り越えた俺に、事も無げな様子でフィオが火のついたダイナマイトを手渡してくる。
「……ほ?」
「子作りの件じゃ。皇帝は受け入れる……というか喜んで受け入れる筈じゃ」
「なじぇ?」
「そりゃ、皇帝はお主の事を憎からず想っておるからの」
「……ほ?」
「お主との子は帝国にとってメリットしかないというのも後押しになっておるし、二つ返事……とはあの娘のことじゃからいかんじゃろうが、最終的には間違いなく受け入れる。前皇帝もそれが分かっておるから、お主から言質を取るような真似をしたと言う訳じゃ。アレは娘を想っておると同時に帝国にとって最善な手を打ったと言う訳じゃな」
「……」
「とはいえ、お主の結婚が先じゃがな。しかし、この世界基準で考えるならば……皇帝との子作りは早めにしてやる必要があるじゃろうな。まぁ、エイシャ達の技術であれば、多少の高齢出産であっても母子ともに問題なく出産を終えるじゃろうがの」
子作り……出産……なんか……あれやね?
生々しいと言うか……いや、別になんかアレなアレがあるわけではないのだけど……。
「……っていうか、俺は結婚した後に他の女性と関係を持つのか?」
「そうじゃな」
「……」
「お主の貞操観念は理解しておる。そして、私がお主をこの地に呼びこんでしまった事もな。じゃが、その上で言わせてもらうのじゃ。お主の立場は……それを許してはくれんのじゃ」
フィオが真剣な表情で……しかし、何処か申し訳なさそうに言う。
理解していなかったわけではないけど……流石に思うところは色々ある。
こういった時代において、婚姻というのは外交手段の一つでしかない。
家と家、国と国の繋がり……それを強化し、安定を……いや、より強い力を目指す。
国家の大事の前に、個人の考えなぞ小事ですらないだろう。
「……そうなんだよな。うん……だが、やはり気が重いな」
俺も男だ……当然、女の子にもてたいとか、色々致したいとか……そういう欲求は人並みにはある。
というか、俺の周りは美人さんからかわいい子まで選り取り見取りって感じで、欲求を抑えるのには苦労していると言えなくもない。
恐らく……俺の立場であれば、欲求を抑えることなく奔放に振舞っても誰も文句は言わないのだろう。
これが、何の縁もない……後腐れない相手であれば、覇王もはっちゃけたかもしれない。
……いや、やっぱ無理かも。
とまぁ、俺はそんなことを考えてしまう様な人間なのだ。
当然、今まで仲良くして来た子達を相手にそんな振舞い……あっちもこっちもなんて真似が出来る筈もない。
しかし、これは個人の感情がどうとか言う話ではないのだ。
そして……俺の知る誠実とはまた違った誠実さが、必要なのだろう。
……多分。
「まぁ、何にしても。お主は早いところ嫁を娶らねばなるまい。そうでなければ、皇帝云々も話は進まんからのう」
「……嫁」
それってあれだよな?
ツーディメンションの嫁ではなくスリーディメンションに存在する嫁ってことだよな?
「当然じゃろ」
「……今俺の心読んだ?」
実は未だに心読んでる?
「お主がアホなこと考えておる時は顔に詳細が書いてあるからの」
俺の顔どうなってんの?
「嫁すら見つかってない状況で別の人と子作り予約アリって……意味不明過ぎるんだが。そんな状態で嫁なんか出来るか?」
極々当たり前の疑問が俺の口から出る。
結婚前から浮気の予定ありって……もうダメ過ぎるだろ。
「浮気……ではないのじゃ」
いや、確かにそうかもしれんけどさ……。
「やっぱ読んでるだろ」
俺のツッコミを完全にスルーしたフィオがさらに言葉を続ける。
「それと、お主が相手をするのは皇帝だけではないのじゃ」
「……と言いますと?」
「お主を慕っておる者は少なくない。というか、はっきり言って多いのじゃ」
「……んぴょ?」
シタッテオルトハイッタイ?
あ、下って折るか。
なるほど、どゆこと?
「現実を見るのじゃ」
「……う……そ、それはマジな話ですの?」
動揺のあまり心のお嬢があふれ出てしまった俺の事を真っ直ぐ見つめながら、フィオがコクリと頷く。
マジな話ですか……。
「例えば、聖王とかパールディア皇国の皇女とかじゃな」
「……」
フィリアも入れたら、お茶会メンバーの七十五パーセントですね……俺は除くよ?
「後教皇もじゃな」
はい、百パーセント頂きました!
「って、いや、クルーエルはダメなんじゃ……」
「別に姦淫するなかれとは教義になっておらんじゃろ?寧ろ産めよ増やせ側じゃろ?」
「そぉなのぉ?」
いや、そういう問題じゃない。
エファリアはまだ子供っていうか、妹的存在だし……リサラは……この時代的には適齢期なのかもしれんけど……えぇ?
なんでそんなことになっとるの?
のんびりお茶会しとっただけやん!?
「そして彼女等だけではないのじゃ。エインヘリアの者達も……寵愛賜りたいと言っておる者が多い。彼女等の場合、立場上跡継ぎがいない状況でそんな事望むことは出来ないって感じじゃな。誰一人として妃の座なんぞ狙っておらん」
「……」
い、いや……うちの子達は、色々ありましたし、慕ってくれているとは思っていたりいなかったりしたけど……。
寵愛って……寵愛って……。
覇王に……夜の覇王に期待しすぎじゃないですかね?
っていうか、覇王の覇王は元服前なんですよ?
まだ幼名を持て余していると言うのに、予約殺到し過ぎじゃないですかね?
「……エインヘリアの皆が俺の世継ぎを心待ちにしているって……」
「そういう側面がゼロとは言わんのう。じゃが、その想いは邪な物ではなく純粋な物じゃ。お主であれば……そういう想いは邪険に出来んじゃろ?」
「……優柔不断だからな」
「うむ。その上ヘタレじゃ」
泣きたい。
「じゃが、そういうお主じゃからこそ、仮にそういう関係になってしまった場合……責任を取ろうとするじゃろ?じゃからこそ、皆積極的にアプローチをかけておらんのじゃ。お主は……相手が一歩踏み込んできたら受け入れるじゃろうからな」
死にたい。
「だからこそ、正室を取るまでは皆我慢しておるわけじゃ」
「……」
「正室を娶り、側室として迎えるのか、それとも寵姫とするのかはお主と相手次第じゃが……何にしても、お主はそろそろ結婚をするべきじゃ」
「……結婚」
そういう時が来てしまったのだろうか……?
だが……誰と?
「お主が誰を選ぼうと……お主が選んだのであれば、エインヘリアの者達は皆心の底から祝福するじゃろう。勿論私もの」
「……」
「お主はここまで全力で駆けてきた。じゃが、ここは一度足を止め……ゆっくりと自分の事を考えてみると良いのじゃ。お主が足を止めている間は、私とエインヘリアの皆がそれを支えよう」
フィオはそう言って優しく笑うと、ゆっくりと俺の部屋から出て行った。
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