第527話 夢と希望と現実と



「何の話だ?そんなことあるわけないだろ?」


「……いや、そこで断言するのは色々問題があるじゃろうに」


 何故か呆れたようにため息をつくフィオ。


 何で呆れられたし?


「……ここではちょっとアレじゃな。フェルズ、お主の部屋で話そうかの」


「ん?別にここでも構わんだろ?」


 今この部屋にいるのは俺とフィオ、それにリーンフェリアだけだ。


 別にリーンフェリアに聞かれて困るような話はないし……いや、フィオと二人で会話しているとうっかり素が出る危険はあるけど、既にその辺り見られているし大丈夫……だよね?


「ほれ、ルミナにも最近忙しくて会っておらんかったしのう」


「なるほど。なら部屋に行くか」


 ルミナに会いたいという事であれば仕方ない。


 二つ返事で頷いた俺は、執務机から離れ扉へと向かう。


 その途中で、リーンフェリアに話しかけるフィオの声が聞こえてきた。


「……すまんのう」


「いえ」


「安心して欲しいのじゃ。約束通り、悪いようにはせんからの」


「……ありがとうございます」


 なんの話だろうと思わないでもないけど……女性の会話に首を突っ込むほど俺は愚かではない。


 気にはなるけど、そのまま気付かなかった振りをして……でも心持ちゆっくりと扉を開き執務室から外に出る。


 このタイミングで結婚云々とフィオが言ってきたということは、この前のオッサンとの会談の事だよな。


 まぁ、それ自体は別に勘違いだと説明すれば良いだけだし、特に問題はない。


 この時の俺はそんな風に考えていた……。






 俺とフィオが部屋に入ると一目散にルミナが俺に向かってかけ込んで来た。


 その小さな体からは想像できない程の跳躍力で俺の胸に飛び込んで来たルミナをしっかりとキャッチして、その流れのままに撫でる。


「よーしよしよし、ん?寂しかったか?ん?寂しかったか?」


 抱っこしたルミナをわしゃわしゃしながら、俺は窓際に置いてあるテーブルへと移動する。


 そんな俺にフィオはついて来るが、ここまで一緒にやって来たリーンフェリアは部屋の外で護衛だ。


 リーンフェリアもメイドの子達も、基本的に俺が部屋に入るように言わないと絶対に入ってこないよね。


 俺がいない時は掃除をしたり、ルミナの面倒を見る為に入るみたいだけど……。


 そんなことを考えながら俺が椅子に座ると、ルミナは俺の膝の上でもぞもぞと体勢を変えて収まりが良くなったところで大人しく丸まる。


 どうやらルミナはこのまま眠るようだ。


 そんなルミナの姿を目を細めるようにして見ながらフィオが俺の向かいに座る。


「どうやら眠いみたいだな」


「そうじゃな。というか、やはり飼い主は凄いのう。部屋に入った瞬間、脇目もふらずお主にダイブしておったぞ」


「可愛いだろ?」


「うむ」


 そんな会話をしつつ、俺達は穏やかな空気のままルミナを眺めていたのだが……やがてルミナが小さく寝息を上げ始めたところで、フィオが若干雰囲気を変えつつ口を開いた。


「さて、先程の話じゃが」


「結婚か?それは帝国の前皇帝が言い出した話で、俺ははっきりと断ったぞ?」


 っていうか、何故フィオが会談の内容を知ってるんだよ。


 あの場にはリーンフェリアが居たけど、彼女が会談の内容を漏らすことはあり得ない。


「それも知っておるがの。じゃが、最終的にスラージアン帝国の皇帝が望むのであれば子作りには賛成すると言ったじゃろ?」


「……そんな事言ってないぞ?」


「いや、お主は皇帝の意思が一番大事だと言ったじゃろ?」


「言ったな」


「皇帝が良い女だという事も認めておったな?」


「あぁ」


「じゃぁ、皇帝が子供が欲しいと言ったら喜んで相手をする訳じゃな?」


「なんでそうなる」


 そうはならんやろ。


「いや、そうとしかならんからの?お主はあの会談で意思決定は皇帝に任せる……そう言ったわけじゃ」


「……あれ?」


「まぁ、一つお主は条件を出しておったな?自分にはまだ妻もいないのだから手を出せるわけがないとかなんとか……」


「……」


 言った気もする……けどそんな一言一言覚えてないわ!


 なんで俺より正確に把握してんの!?


「纏めると……自分が結婚してからならば皇帝と子作りをしても良い。ということじゃな?」


「そんな馬鹿な」


「……はぁ。お主はそう言ったんじゃよ。そして前皇帝は、現皇帝に意思確認してくる……そう返答した訳じゃ」


「……お、おぅ」


 マジで?


 それなんて気まずい感じ?


 あ、先にフィリアに会って誤解だと伝えておけば……オッサンは今観光中だし。


「恐らく、前皇帝はリズバーンに頼んで皇帝に書簡を送った筈じゃ。内容は……言うまでもないの?」


「……」


 リズバーンは会談の後、転移でさくっと帝都に帰還している。


 つまり……。


「……ウソダロ?」


「マジじゃよ」


 あかんあかんあかん!


 何それ!?


 俺が嫁をとったら、寂しいお前の相手をしてやんよ!的なことを俺が言ったみたいになってない!?


 うっそだろ!?


 俺次にどんな顔してフィリアに会えばいいんだよ!?


 身分的な物を気にせずに話せる貴重な友人よ!?


 いや、お互いの立場は尊重する必要があるし、気遣いもあるけど……俺がそれを言ったらほぼ脅迫や命令になるじゃん!みたいな気の使い方はしなくて良い相手って貴重なのよ!?


 だと言うのにこれはあまりにも……。


「覆水盆に返らず……じゃな」


「ってか、気付いてたならもっと早く教えてくれよ!」


「……それは、アレじゃよ。私も……色々忙しくての?」


 若干気まずいのか、フィオが俺から視線をぎこちなく逸らしつつ言う。


 いや……まぁ、フィオを攻めるのはお門違いだな。


「マジかよ……これはあれか?俺と皇帝に仲違いをさせてうちと帝国で戦争をさせようっていう、前皇帝のバトルジャンキー的な思考か?」


「恐らくそれはないのう。前皇帝は本心からお主と皇帝の子を望んでおるようじゃ」


「……話したのか?」


「うむ。見学のついでと言ったところじゃがな」


 何というか……フィオって呼び出してからずっと忙しそうにしているとは思っていたけど、そんなことまでやっていたのか。


「……なるほど」


「因みに会談の内容はクーガーから聞いたのじゃ」


「クーガーから?」


「ほほほ。外交官は誰か一人は常にお主を陰から護衛しておるからのう。唯一……私室だけじゃよ。お主の傍から護衛が離れるのは」


「……そうだったのか?」


「うむ。と言っても、近づかないだけで今も全力で護衛をしておるのじゃがな」


 ……なんか、俺の知らないエインヘリアの事情までフィオが知っているんだけど……コイツ、何処までうちを掌握しているんだ?


「私がここで話そうと言ったのはこれが理由じゃよ。リーンフェリアはお主の許可がない限り絶対に見聞きした物を誰かに伝えんじゃろうが、クーガーは外交官じゃからな」


「その必要があれば、俺のプライベートでも情報を共有するか」


「それが外交官としての忠誠心じゃ。近衛騎士長とは違うの」


 なるほど。


 確かに皆俺に絶対の忠誠を持ってくれているけど、その仕事にも忠実……いや、そうすることが俺への忠誠の証という事だね。


 まぁ、俺は一歩外に出たら……その行動はほぼ全てが公務みたいなもんだ。


 この部屋の中だけでもプライベートがあるなら、まだマシってところだろう。


 っていうか、この部屋での行動は見られてなくて本当に良かった。


 ルミナとのやり取りは……見られていたとあっては、二度と覇王ムーブとか出来なくなる。


「……ってことは、俺が間違ったことをしようとしたら参謀や内務大臣であるキリクやイルミットは諫言してくれるってことか?」


「そうじゃな、諫言なり忠言なりしてくれる筈じゃ。問題は、皆お主の知略を過大評価しておるので、自分達には至ることが出来ない深い戦略があるに違いないと考えておる事じゃな」


「……ダメじゃん」


 それ絶対諫言してもらえないじゃん!


「まぁ、案ずることはないのじゃ。私がおるからの。お主の本心を確認することも出来るし、間違っておる時は間違っていると言ってやれるのじゃ」


「お、おぉ……未だかつてない程、フィオが頼もしく見えるぜ」


「……見捨てても構わんのじゃがな?」


「へっへっへ、そんな事言わないで下さいよぉ。フィオの姉御ぉ。よっ!魔王様!」


「下っ端の演技が嵌り過ぎておるのう。絶対にエインヘリアの者達には見せられん姿じゃな」


 半眼でこちらを見つめて来るフィオに、俺は一度咳払いをしてから話を続ける。


「冗談はさて置きだ、いや、マジで助かるわ。皆俺が何か言うと二つ返事で実行しちゃうから、不安で不安で……」


「……まぁ、その辺りはお主の中に居ってよく理解しておるからの。サポートくらいはしてやるのじゃ」


 苦笑しながらそう言ってくれるフィオに俺は改めて頭を下げる。


「じゃが、お主は意外と間違えぬよな。今まで打ち出した方針で、ダメな結果に終わった事が一度でもあったかの?」


「……偶々だろ」


「うむ。多分に運が絡んだこともあったし、お主が目指した形とは違う終わり方をした物も多々ある。じゃが、結果として全て成功に終わっておるじゃろ?」


「結果論じゃないか?そもそも目指したものと違っているわけだし」


「そうじゃな。じゃからお主からすれば失敗したという感覚なのじゃろうが、エインヘリアという国としてみれば大成功じゃ」


「危う過ぎるだろ?」


 俺の選択一つでエインヘリアが周辺国を巻き込んで奈落の底に落ちかねない。


 しかも、狙いとは違う形での成功だ。


 それはつまり、いつ大失敗してもおかしくないという事。


「うむ。じゃから私は……私だけは盲信せずにしっかりと見張ってやるのじゃ。じゃから、お主はお主の考えで、今まで通り舵取りをすれば良い」


「……あぁ」


 優し気な笑みを浮かべながら言うフィオに、俺は頷く。


 なんかこう……考えている事が筒抜けではなくなったっていうのも関係しているのかもしれないけど、色々と調子が狂うな。


 以前の様に心が読まれているわけではないのに、俺の考えている事や思いを全て理解されている様な……フィオと話すと不思議とそんな感覚がするんだよな。


「……そうそう、さっき話してたスポーツ振興なんだが、手始めにモルックを広めてみようと思うんだがどうだ?」


「も、モルックかの?えっと……確か棒のようなものを投げてピンを倒すスポーツじゃったか?随分と意表をついたスポーツを選んだのう?」


「あぁ。でも悪くないだろ?道具は簡単に作れるし、場所も取らない。子供から大人……男女も問わず対等な勝負が出来る」


「ふむ……確かにとっかかりとして妙案かもしれぬのう。モルックがエインヘリアにおけるスポーツの始まりと言う訳じゃな?」


「大会とかをやって賞金を出せば真剣に取り組むだろうし、これもまた一つの豊かさを示すパラメータだと思う訳よ」


 エインヘリアに住む民には、身も心も豊かになってもらいたい。


 その為の芸術やスポーツ……生きるために生きるのではなく、楽しむために生きるということを知って欲しいのだ。


「面白いと思うのう。スポーツ振興でモルックを選ぶところもまた……お主らしい変化球で良いと思うのじゃ」


「褒めてる?」


「うむ。とりあえずあれじゃな。目先の問題を忘れて、明後日の方向に思考が向かっている辺りは流石と言うより他ないのう」


「……」


 ……一瞬で現実に引き戻されたんだぜ。


「さて、どうするんじゃ?」


 ……どうしよう?


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