第526話 覇王は今日も忙しい
結局、あのオッサンは何がしたかったのだろうか?
先日の会談をやけに満足げに終えた前皇帝は、そのままシャイナに連れられてエインヘリア見学へと向かった。
何処で何を見るかはシャイナに一任したので、今何をやっているかは知らないけど……報告では随分と楽しんでいる様だった。
しかし、あれだな。
そろそろ観光というか、娯楽関係に力を入れても良いかもしれない。
エインヘリアの民は裕福になっているし、嗜好品の類いの売り上げが非常に良好みたいだし……次の段階を考えても良い頃合いだろう。
しかし、観光っていうと……何が良いだろうか?
間違いなくダメなのは……自然を感じる系の奴だ。
正直、この大陸の民達にとってはまだ自然の方が自分達の生活に近い代物だ。
勿論、それでも自然の雄大さに目を奪われることが無いわけではない。
しかし、そういう場所に行くのに……記憶の中にある世界の様にホイホイと簡単に移動できるわけではないのだ。
安全性が確保できない危険の先にある物を見に行く……そういう感覚は、今の段階では受け入れられるとは到底思えない。
それに、そもそも旅行と言う文化は殆どない……どちらかと言うと旅って感じだよね。
まぁ、それは仕方ない。
エインヘリアによって街道整備が進み、治安も以前とは比べ物にならない程良くなっているとはいえ、それもここ一二年の話。
民の間では、まだまだ旅は命がけのものという認識が強いだろう。
飛行船の発着場が増えていけば、お金は多少かかるものの遠方への移動が一気に楽になる……そうなれば当然観光方面も発展していくだろうけど……まだ時期尚早かもしれないな。
……観光と考えるからいけないのかな?
とりあえず各集落で楽しめる施設を作る方向で考えてみるか?
例えば……公営ギャンブルとかか?
いや、微妙かな……なまじ手持ちのお金が増えていることもあるし、身持ちを崩す連中がアホみたいに増えそうだ。
とりあえず……宝くじとか発行してみるか?
別に控除率を上げて税収にしたいって訳でもないし……頼母子講とは言わんけど、それに近い形で還元しても構わんよな。
お正月のおみくじくらい当たっても良い気がする。
って娯楽施設からはかけ離れて行ってるな。
娯楽施設……うーん、カラオケは……そもそも歌がそんなにない。
ボウリング……機械は使わずに手動でピンを立てて倒したピンの計算も自分達でやれば不可能ではないか。
いや、その前に公園とか作るのが良いかも知れん。
それからボールとか……バトミントンの道具とか売り出せば、球技とかがスポーツとして流行るんじゃないかな?
うん、それはありだな。
よし、とりあえず公園は候補に入れよう。
でもあれだな……公園だと大人ががっつり楽しむって感じにはならないし、お金もあんまり使わないよな。
ボウリングと……スーパー銭湯とか作るか?
公衆浴場は作りまくったし、民達の間で入浴はかなり身近なものになっている。
ここで少し贅沢に入浴をする……というか色々な入浴を仕方を提供して、そういう娯楽もあるのだと認識してもらうのは良いかもしれないな。
大浴場、露天風呂、壺湯、薬湯、フルーツ風呂、ミルク風呂、ワイン風呂、サウナ……その辺りはいけそうだな。
ジャグジーは魔道具を使えば行けるか?
電気風呂も多分いける……けど、失敗したら危ないからこれは止めておこう。
風呂と言えば……温泉はどうだろうか?
正直俺はお風呂と温泉の違いの分からない男だけど……いや、水質の違いは分かるよ?
何かねっとりしてるところとかあったりするからね?
でも基本的に、どっちでも良い派ではある。
それはさて置き……この世界では今のところ温泉って見たことがないんだよね。
火山とかないのかしら?
それを探してもいいけど……覇王はこう思う。
温泉が無ければ、温泉を作ればいいじゃない!と。
掘るのではなく作ると言うのがみそだ。
レギオンズでは集落に施設を作り、それによって特産品を得ることが出来るのは改めて言うまでもない事だが、その施設の中に温泉宿と言うものが存在する。
その宿を立てれば、もれなく天然温泉がついてくると言う代物だ。
因みに別にその施設を建てる場所に制限はなく、どんな場所にある集落にも建設することが出来る……例えそこが荒野のど真ん中だろうと砂漠のど真ん中だろうと問題ない。
しかし、効果が微妙だった為ゲームではあまり建設することの無かった施設でもあった。
……いや、周回序盤は必ず建設したけど、周回が進めば進むほど要らない施設となるのだ。
効果としては……固定キャラ達の温泉イベントが発生すると言うのが一つ。
それと、一騎打ちで重傷を負ったり、ダンジョン探索で重傷を負ったりしたキャラの復帰が数ターン早くなると言う効果だ。
周回が進めば……一度見たイベントは何度も見る必要が無いし、エディットキャラ達の能力値が高くなり装備も充実する為、重傷を負う事が無くなっていくのだ。
建設の機会が殆ど無かったので、その存在をすっかり忘れていた施設でもあった。
因みに重症の治療だが、温泉宿が無い場合五ターンから十五ターンくらい復帰に時間がかかる所、温泉宿を建設しておくと一ターンから三ターンで復帰するようになる。
全治一ヵ月から三か月の怪我が、リハビリ込みで一週間から三週間で治るようになるってことやね。
……あれ?
そう考えると中々どえらい施設のような気がしてきた。
ってかレギオンズの重傷ってどんなレベルの怪我だったのだろうか?
だって、普通のポーションで骨折とかさくっと治るんだよ?
上級ポーションとか、九割九分九厘死んでても治るんだよ?
そんな代物が存在するのに重傷で数か月復帰出来なくなる……生きてんの?それ。
……。
……まぁ、いいか。
民が健康になって困る事がある訳でも無し、湯治に最適!みたいな宣伝文句で温泉宿を世に送り出そう。
一応……本当に宿を建設するだけで温泉が湧いてくるのかチェックは必要だけどね。
それと公園とボウリング場……これはレギオンズには無かった施設だから、とりあえず王都に作らせてみるか。
いや、待てよ。
ボウリングよりもっと簡単でお手軽なゲームがあったな。
えっと……あれは何て名前だったか……あ、思い出した。
モルックだ!
モルックを流行らせてみよう。
木の棒を投げて点数の書かれた木製のピンを倒すゲーム。
確か一本倒した場合は書かれた点数、複数本倒した場合は倒した本数が得点になるんだったかな?
単純に得点を競う事も出来るし、ダーツみたいに指定された点数を目指して点数を重ねていくと言った遊び方も出来るし……力も必要なく、老若男女問わず競えるので悪くないと思う。
それにあれなら木だけで作れるし、公園で遊べる。
いきなりボウリング場を立てても、民がお金を出して遊ぶとは限らない。
まずはスポーツ振興の一環でモルックを流行らせて、そこからさまざまなスポーツを世に送り出す。
そうやって体を動かして遊ぶことを周知させてから、徐々にお金を使う遊びを提供していく方が受け入れやすい筈だ。
さて、どうやって流行らせるかだが……うん、まずは学校だな。
学校の備品としてモルックの道具を何セットか納品して、体育かレクリエーションと称して授業で遊ばせる。
ゲーム性があるので多分子供達は喜んで遊ぶだろう。
そうすれば、子供達は学校以外でも遊びたがる……その為には道具が必要で、当然それを親に強請る。
親が道具を買ってあげれば……休日に子供に誘われて、大人達も一緒に遊ぶことになるかもしれない。
そうやって徐々にモルックの存在が口コミで広がって行って……意外と嵌る人が出て来ると思うんだよね。
シンプルな道具だから、流行りだせばすぐに他所でも作られるだろうし……そこまで行けば、すぐに他の街にも娯楽として広がっていくはず。
うん、娯楽を広める手始めにモルックはかなり良い気がしてきた。
いずれは野球とかサッカーとか、少しルールが複雑なスポーツも広げていきたいところだね。
そんなことを考えていると、扉がノックされ部屋にフィオが入って来た。
「フェルズ、ここにおったのか。何をしておったのじゃ?」
少し驚いたような表情でフィオが尋ねて来る。
多分……午後なのに俺が執務室で考え事をしていたことに驚いているのだろうけど……俺だって少しは真面目に思索にふける事もあるよ?
「あぁ、今後の施策で少しな。最初は観光について考えていたんだが……温泉宿の建築とスポーツ振興でもしようかと思ってな」
「若干思考が飛んでおるのはいつもの事じゃな。温泉宿は分かるが……スポーツ振興とは、どうしたのじゃ?」
フィオがソファーに座りながら尋ねて来る。
一言多い気もするが、覇王は大人なのでそういうのはスルーだ。
「民達の懐が温かいだろう?だが、この大陸はようやく乱世が終わろうかというところで、娯楽の分野が全然発展していない。精々美味しい食事や酒、多少の甘味。後はカードを使った賭け事とかな?」
「今までは生活にゆとりが無かったからのう」
「その状態で金が多く手に入っても……健全な使い道が少ないだろう?だから、娯楽や芸術と言った心を豊かにする分野を推進したくてな」
出来れば演劇とか読書とかも広げていきたいんだけど……演劇はなぁ……。
「ほほほ。芸術と言えば演劇があるじゃろう?お主を題材にした、大人気シリーズがの?」
「……」
無茶苦茶厭らしい笑みを見せながらフィオが言う。
以前リーンフェリアと出かけた時に見た覇王の物語……当時は三作目くらいが公開されていたが……着実に続編が追加されており、現時点で十作くらいはあるらしい。
俺は絶対に見たくないので全てスルーしているけど、うちの子達やエファリアが張り切って監修しているみたいで、覇王の原型が無いくらい脚色されているのは間違いない。
「今度一緒に一作目から観に行くかの?」
「……」
フィオと出かけたいとは考えていたが……フィオの目的が俺を馬鹿にする事にあるのは明白だ。
「……それよりも、フェイルナーゼン神教の聖地に行って、フェイルナーゼン神の話を聞くのはどうだ?」
「……」
魔王の放ったジャブにとりあえずクロスカウンターを放ってみる覇王。
脚色されまくった覇王と神話となり崇め奉られている魔王……果たしてダメージがデカいのはどちらか……。
俺のはまぁ……作りもんだしって感じにケリを付けられなくもない。
だがフィオの方は……宗教だしな。
しかも教祖ではなく御本尊……これは痛い。
暫く俺達は無言で見つめ合い……やがて小さくため息をついたフィオが、若干眼を鋭いものにしつつ尋ねてきた。
「……ところでフェルズ」
「なんだ?」
「お主……結婚するのかの?」
……ほ?
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