第524話 話題を変えて
前皇帝は俺が思っていた以上に奔放だったようだ。
まぁ、うちで土木工事に人足として参加しているし、やりたい放題なのは分かっていたんだけど、まさかエルディオンの中にも入っていたとはね。
詳しい事は知らないけど、あそこはうちとは違った意味で外から入り辛い国らしいしね。
密入国がバレたらえらい事になるらしいし……よく資源調査部も手を貸したよな。
やりたい放題か?
まぁ、振り回される方からすれば溜まったもんじゃない……このオッサンに何かあったら責任問題になるだろうし……。
うん、俺はこうはならんように気を付けよう。
このオッサン……人望があるというか、こうして話していても憎めないタイプというか……周りを巻き込んで、巻き込まれた方もなんだかんだと許してしまうんだろうな。
それでもエルディオンへの潜入斡旋はやりすぎだと思うが……いや、違うか。
多分単独で潜入させたわけじゃなく、資源調査部が全力でこのオッサンの事を守ったんだろうな。
苦労するのは下の連中ということだな……うん、ほんと気を付けよう。
それにしても……エルディオンは怖い国だよね。
他国者に厳しいのは……まぁ、珍しい事ではないけど、厳し過ぎると言うか……やり口が身勝手かつ陰惨なんだよな。
周辺国の人間拉致して実験台にしてるし……妖精族の違法奴隷を犯罪組織から買い集めていたし……。
そういえば、妖精族に関しては何で集めていたんだろうな?
恐らく何かの実験なんだろうけど……あまり関係してそうな技術は今の所お目にかかれていない。
妖精族関連の技術もその内出て来るんだろうけど……魔王の魔力関連の技術は、平和的な利用が可能なもの以外は一切滅却しておきたいところだ。
技術の排除を個人的感情で決めて申し訳ないと思わないでもないけど……本当に厄介な国だよな。
「とりあえず、エルディオンに関して俺が知っているのはこれくらいだな」
少しの間俺が思案に耽っていると、前皇帝が大仰な様子で肩を竦めながら言う。
「面白い話が聞けた。感謝する、ドラグディア」
「儂としては色々と思うところはあるのじゃが……確かに無視できぬお話ではありましたな」
「まぁ、少しすれば資源調査部の連中がもっと詳しい情報を持って来ると思うけどな」
前皇帝がそういうと、リズバーンは深い溜息を吐く。
昔はこのオッサンに仕えていた訳だし……当時から色々苦労させられたんだろうな。
何処か哀愁漂うリズバーンの姿にそんな事を考える。
「エルディオンに関してはこのくらいか?」
「儂からはこのくらいだな」
俺の問いかけに前皇帝が頷く。
「ならば、後は東部の動き次第か。帝国からエルディオンには攻めないのだろう?」
「えぇ。陛下は、少なくとも現時点では攻めるつもりはないとおっしゃられました」
「今の所、あくまで魔物が押し寄せて来ただけだからな。エルディオンに文句をつけるくらいは出来るが、言いがかりに近いものになるし意味は無いな」
前皇帝の言葉に、俺とリズバーンは頷く。
少なくともエルディオンが魔物を操って嗾けたって証拠くらいないと、精々迷惑かけてごめんちょくらいの返答しか貰えんだろうね。
「現時点ではそうだな。とはいえ、そう遠くない内に状況は動くだろうが……」
魔物をいくら突っ込ませても『至天』が作っている防衛線は突破できないだろうし、次の矢が何時放たれてもおかしくはない。
「だからエルディオンとはソリが合わねぇというか……やっても面白くねぇんだよな」
面白くなさそうに言い捨てる前皇帝だけど……俺は戦争自体面白いと思った事は一度もないから全く同意は出来ない。
「ところで、ドラグディアは今回何か俺に用でもあったのか?」
「ん?あぁ、そうだな。いや、皆が口をそろえてエインヘリア王の事を傑物と言うのでな。丁度良い機会だったんで見てみたかったってところだな」
「くくっ……見世物ではないんだがな」
俺がそう言うと、リズバーンが気まずそうな表情を見せる。
まぁ、前皇帝とはいえ他国の王相手にそんな事言うのはマズいよね……まぁ、死人相手ってことで向こうからも俺からも無礼だなんだということは無しって言ってるし、俺は別に構わんけどね。
「いや、見る価値は十分過ぎるほどあったぜ?ところでエインヘリア王、一つ聞きたい事があるんだが」
「なんだ?」
なんとなく……前皇帝の目の色が変わった気がする。
何処か面白そうで、でも何処か真剣な……不思議な雰囲気だ。
「いや、大した話ではないんだがな?エインヘリア王は、細君がいないのか?」
「細君?」
細君って……あぁ、奥さんってことか……奥さん!?
「そうだな。俺は結婚しておらん」
「ふむ、見たところエインヘリア王は良い御歳のようだが……」
いえ、三ちゃいです。
「もしかして男色か?」
「そんな趣味はない」
とんでもない事をおっしゃるな!?
「そうなのか?しかし、この城は驚く程の美女たちで埋め尽くされているようだが……お手付きと言う感じでは無いよな?」
「……実際手を出したりはしていないから当然だ」
「なるほどな……色に溺れないというような戒めか?」
「そういうつもりはないが……縁が無くてな」
「はっは!馬鹿を言うなよ!右を見ても左を見ても縁だらけじゃねぇか!」
冗談を言ったつもりはないんだが……前皇帝が爆笑している。
俺に好意を寄せてくれていそうな人……うちの子達は、好意というより尊敬とか崇拝とかそんな感じだし、お茶会のメンバーはロイヤルな友人って感じだし……フィオは……まぁ……フィオだし……?
……。
いや、そんなこより!
前皇帝は突然なんだってそんな話を?
「今はまだ若いから実感もないだろうが、後継者は大事だぞ?成長するまでに十五年……一人前になるにはそこから十数年はかかるだろう。早く、そして多くこさえておくに越したことはないぜ?」
「それはその通りだな」
「それに後継者問題は、どんな国でも頭の痛い話だからな。国が混乱し国力が弱まる最大の要因だ。代替わりが成功した国はより強く太く成長していき、失敗すれば衰退していく……下手をすれば一発で国が滅びる要因になりかねない」
「……」
「幸い、帝国はここ三代、完璧と言って良いくらい見事に代替わりに成功している。まぁ、儂から現皇帝への代替わりは内乱を引き起こしたが、それは狙い通りだったしな」
何処か誇らしげに笑みを浮かべる前皇帝。
代替わりが上手くいっていることより、フィリアが立派に皇帝をやっている事が誇らしいのだろうな。
「特に、お前みたいに一代でアホみたいな活躍すると跡取りは潰れやすい。偉大な親に畏縮するか、反発するか……特に幼少から成人、そして二十代前半にかけて親の偉業見ていると歪む可能性が低くない。親が苦労している姿を見ていれば変な風に増長することもないんだが、親が成功を収めた後の子だと色々とな……」
「なるほど……」
妙に実感がこもっているけど、恐らくフィリアの事ではなく……今まで色々と見てきたのだろう。
俺とは違い、ズル無しで真正面から戦国乱世に向き合い、その手腕でのし上がった王……色々な国、色々な王を見て、多くの事を感じ、多くの事を考え今に至った。
正直その経験は……傍に置いてアドバイスして欲しいと考えてしまうくらい貴重な物だ。
相談役とかになってもらいたい感じだよね。
代官に任命している者の中で、その経験の豊富さから相談役になってもらいたいような人達は何人もいるが……どうしても俺の立場上、そう言った人を外様から傍に置くのは難しい。
そう考えると、この男との繋がりは良い相談相手を得たとも言える。
グラハムやヒューイみたいに元王様の知り合いは何人もいるけど、このオッサン程多くの事を経験している人はいないしね。
まぁ、帝国第一であることは間違いないから、べったりと付き合うという事もないし……程よい距離間で相談することが出来そうだ。
「子は大事だし、人数も多い方が良い。ちゃんと育つか分からねぇし、育っても馬鹿じゃ話にならんからな。だが、どれだけ子が可愛かろうと、最終的に後継者は一人に絞らないといけない。争いが無い平和な時代であれば長子相続で上手くいくだろうが、乱れた世には相応しいトップが必要だ」
優秀な親が頑張って築いた物を、子や孫があっさりと食いつぶしたり、舵取りに失敗して身持ちを崩したり、後継者争いで衰退したりなんてよくある話だ。
織田、豊臣、今川、三好、斎藤……戦国時代だけに絞っても枚挙に暇がない程だもんね……。
「後継者を作る事は当然、後継者を育てることも為政者としての責務というのは理解している」
でもほら……俺まだ三歳だし、後百五十年くらい生きるみたいだし……そういうのまだ早くない?って思う訳ですよ。
無論、周りはそれを知らないのだから……言い訳にはならないんだけど。
「当たり前だが、儂は貴国の事をどうこう言えるような立場ではない。エインヘリア王にはエインヘリア王の考えがあるはずだしな。だが、エインヘリアの同盟国としては、エインヘリアが乱れる様な事はあってほしくない訳だ」
「それは当然だな」
なるほど、そういう事か。
エインヘリアは大国……国土で言えば大陸の二番手だけど、その影響力は間違いなく大陸トップ。
エインヘリアがこければ大陸全土が大変なことになるし、こけるまで行かなくても乱れでもすればやはりその影響はかなり大きなものになってしまう。
帝国程大きく強ければある程度は踏ん張れるだろうけど、うちの属国やそれ以外の小国はとんでもない事になる可能性が高い。
うちと帝国が親密な関係である以上、エルディオンの事が片付けば乱世は収束に向かうだろう。
だけど、エインヘリアの後継者問題はその終わりつつある乱世に燃料を投下するようなものと言える。
「とは言え、それは逆もまた然りなんだよな」
そう言って前皇帝は苦笑するように肩を落とす。
「帝国の後継者問題ということか?フィリアはイオドナッテ公爵家辺りから養子を取ると言っていたと思うが」
「……名前で呼んでるのか?」
「ん?」
一瞬、前皇帝が真顔になって何かを呟いた気がしたけど、ちょっと聞き取れなかった。
「いや、養子の件を知ってるとは、随分とあけすけに話をしているものだと思ってな?まぁ、それはそうと、養子と言ってもまだ生まれてもいない子供だ。皇帝の器かどうか、計るどころの話じゃないだろ?」
「フィリアは随分と自信があるようだったがな?」
両親の能力に不足はなく、環境も最高……後は本人の資質次第って感じなんだろうけど、生まれてすらいない相手に何を言っているんだ?っていうオッサンの気持ちも分かる。
「イオドナッテの嬢ちゃんが優秀なのは俺も疑っちゃいねぇがな。しかし、先代としては……直系の世継ぎというものを望んでも罰はあたらんだろ?」
「それはそうだろうな」
公爵家も皇族の血は流れているのだろうけど、やはり直系の方がというのは当たり前の考え方だろう。
フィリアは……まぁ、俺の感覚から言えばまだまだ若いけど、後継者を育てる時間を考えればそろそろ結婚と出産はタイムリミットぎりぎりかもしれない。
「それにな……親として、父としては……孫の顔を見たいと思ってしまうのだ」
……これもまた当然なのだろう。
残念ながら俺の記憶の世界でも独り身だった為、親の気持ちというものはさっぱり理解出来ないけど……多くの親が孫をべったべたに甘やかしているところを見れば、そう言うものだと納得は出来る。
しかし……。
「何が言いたい?」
前皇帝の言う事は分かるが……それを俺に言ってもどうしようもないと思うのだが……あれか?フィリアに直接、孫はまだかのう?とか言ったら嫌われるから、俺からそういう話を振ってくれとかそういうこと?
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