第522話 どゆこと?
View of ドラグディア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国先代皇帝
エインヘリア王フェルズ……。
はっきり言って、驚いた。
儂は皇帝として多くの国を潰し、その過程で多くの王を見てきた。
王といえど所詮は人……その在り方は色々あるが、大まかに分けて二種類の王がいる。
感情を優先するか理性を重んじるかだ。
感情のまま戦に乗り出し、刈り取られる者。
理を重んじ、屈辱を呑み込み帝国の傘下に加わる者。
感情を抑えきれず家臣に当たり散らし、見捨てられる者。
どれだけ揺さぶろうと冷静に対処して隙を一切見せず、最後の最後まで帝国に抗った者。
感情の赴くままに指揮を執っているのに崩れず手強かった者。
理性と合理性を重視した結果、家臣や民に人の心の分からぬ王と呼ばれ見限られた者。
善き王も悪しき王もいたが……それらを全て喰らい帝国は大きくなって行った。
全ての王が自信に満ち溢れていたわけではないが、全ての王が一筋縄ではいかなかったと言える。
しかし、そんな彼ら全てが霞んでしまう程……目の前の王は鮮烈だった。
ただ挨拶を交わす。
それだけでここまで疲労したのは初めての経験だ。
フィリアはコイツ相手に戦い、交渉を纏めたのか……。
性格や頭の出来はまだ分からねぇが……少なくとも国のトップとしては破格だな。
ただ存在するだけで他者を圧倒する威圧感。
いや、違うな。
フィリアやリズバーンの話を聞く限り、コイツは雰囲気だけじゃなく中身も相当な筈だ。
圧倒的な威圧感に怜悧な瞳と落ち着いた声音……普通であれば冷たさを感じるはずだが、エインヘリア王の仕草にはどこか人としての温かみのようなものを感じる。
冷たい理性と熱い感情を同居させる……合理性を重視する者も義理人情を重視する者も無視することが出来ない存在。
超越していながら誰よりも人である。
そんな矛盾だらけの存在だが……けしてぶれない真っ直ぐな物を感じる。
本当に興味深い男だ。
個人的には色々なことを話してみたいが……まずはエルディオンの件を片付けてからの方が良いだろうな。
エインヘリア王を観察しながらここまで黙っていたのだが、話題が俺の持っている情報を伝えるのに良い塩梅になったところで儂は口を挟むことにした。
「エルディオンの五将軍は知っているか?」
「あぁ。赤、青、白、黒、黄の五色を冠した軍を預かる将軍で、五人全員が英雄と言う話だったな」
「相違ない。その五将軍なんだが、ここ一年程で全員が入れ替わったそうだ」
「ほう?」
儂の話にエインヘリア王が興味深げに相槌を打つ。
「あの国で英雄と認められるのは……所謂、純血の魔法使いだけだ。エルディオンには魔法使い以外も住んではいるが、他国の貴族と平民以上に身分差はでかい。だからこそ、その新しい将軍達も純血の魔法使いなんだろうが、一年と言う短い時間で元の将軍を越えるような英雄が五人も現れることはあり得ない」
英雄なんてそう簡単に生まれて来るものじゃない。
それが同時期に五人も……しかも純血の魔法使いからだ。
あり得ないと言う言葉さえも憚られるような事態と言える。
純血以外の魔法使いや魔法使い以外の民を合わせてと言うのであれば、同時期に五人の英雄を発見することも不可能ではない。
エルディオンも閉鎖的とはいえ大国には違いない。
エインヘリアが勢力を伸ばす前であれば、この大陸で三番目に人口の多い国であったしな。
だが、五将軍になることが出来る英雄は、純血の魔法使いだけ……その人口はけして多くない。
「それについては心当たりがある。エルディオンには人工的に英雄を作り出す方法が存在しているからな」
「なんだそりゃ?人工的に……英雄を?」
そんな話は聞いたこともなかったが……確かにそれが出来るのであれば、エルディオンが帝国に仕掛けてきたのも頷ける話だ。
「これは帝国にも伝えている情報だ」
「はい。しかし、ドラグディア様が教えて下さった五将軍の代替わりは、想定を超える事態と言えますのじゃ」
「そうだな。俺達の中では人造英雄は劣化した英雄。一般の兵ならともかく『至天』であればそこまで脅威ではないという認識だった。だが、ドラグディアやリズバーンの様子を見る限り、その五将軍というのはぬるい相手ではないのだろう?」
リズバーンは神妙な様子だが、エインヘリア王どこか気楽と言うか……リズバーン程深刻な感じは受けない。
まるで五将軍はおろか、英雄その物を脅威とは感じていないかのようだ。
「そうですな。エルディオンには……儂の知る限り五将軍とあと二人の英雄が居りました。その内ほ四人と戦場でまみえたことがありますが、どれも非常に手強い相手でしたな。一人は殺しましたが、残りの三人とは痛み分けと言った感じでした」
「ほう。リズバーンと引き分けるとは、中々手強い連中のようだな」
「エルディオンの英雄は全員が魔法を使うので、儂としてはやり辛かったりしましてのう」
今やったら勝ちますがと朗らかにリズバーンが笑うと、エインヘリア王も皮肉気な笑みを漏らす。
ここまでの会話で分かってはいたが、中々良い関係を築いているようだな。
もしかすると、フィリアもエインヘリア王と軽口を叩き合える様な感じなのか?
「魔法をどかどかと撃ってくる感じか?」
「そういうタイプも居りますが、基本的には広範囲を一気にというものが多いですのう。儀式魔法程凄まじい範囲ではないのじゃが……空を飛ぶと良い的でしてのう」
「それはやり辛そうだな。リカルドも距離があると厳しそうだ」
「英雄同士の戦いは得意を押し付けた方が勝ちと言ったところがありますからのう。先手を取ればリカルドなら五将軍も即座に制圧できるでしょうが……逆もまた然りですな」
しみじみと呟くように言うリズバーンの言葉を聞き、ふと疑問がわいた儂はエインヘリア王に尋ねてみる。
「エインヘリア王は、英雄と戦った事があるのか?」
「実戦ではないな。訓練ではいくらでもあるが……」
「はっは!王が剣を取り英雄と戦うか!」
「くくっ……いざと言う時、剣の一つも振れなければどうなるか分からないのが戦と言うものだ。とりあえず、帝国のリカルドと戦える程度には鍛えておいて損はないだろう?」
皮肉気な笑みを見せながら言うエインヘリア王。
「『至天』の第一席をとりあえずというか!剛毅よな、エインヘリア王」
「死んだふりをしながら他国の公共事業に実名で応募してくる元皇帝に言われると面映ゆいな」
儂はエインヘリア王と笑い合う。
思った通り……いや、思った以上にコイツは話せる奴だ。
だが……。
「おう、その節はたっぷり稼がせて貰ったぜ」
「こちらも、良い仕事っぷりだったと聞いている」
……やべぇな。
確かに仕事を斡旋してもらう時にドラグディアと名乗ったが、まさかバレていたとは……どんな耳目をしてやがるんだ?
「前皇帝が手ずから造った道とでも石碑を立ててやろうか?」
「それも面白れぇが……儂は一応死んだことになっているからな……」
「こんな元気な死人もなかろうよ……だが、流石に帝国に生存が漏れるのはマズいか?」
「儂は愛されとるからな。娘も悪くはないんだが……儂の生存を知ったら、担ぎ出したがる連中がいるのも事実。そうなるとなぁ……」
「他国の普請に参加することも出来ないと。我が国としても貴重な働き手を失うのは損だし……ここは秘するとするか」
再び儂等は笑い合い、リズバーンは大きなため息をつく。
「まぁ、今は街道整備よりもエルディオンの話が先だな。五将軍の代替わり以外には現地の話はないのか?」
「そうだな。後は五色以外の軍が新設されるとか聞いたが、募兵は行っていないってもんで国内じゃ眉唾だと言われていたな。だが先程の人造英雄の話を考えると、英雄だけで作られた軍ってのが出来たかもしれねぇな」
「なるほど」
「エインヘリアはエルディオンを調べてねぇのか?」
「今情報を集めているところだな。取り急ぎ手に入れた情報を帝国と共有しておこうと思って伝えてはいたが、今の所前回伝えた以上の情報はこちらにはない」
そう言って肩を竦めるエインヘリア王に、儂は少し踏み込んでみることにした。
「一労働者の情報をしっかりと把握できている割に……エルディオンに対しては随分と暢気な対応じゃないか?」
本当はもっと情報を色々掴んでいるのではないか?
そう言外に匂わせつつ儂が言うと、エインヘリア王は初めて極まりが悪そうな苦笑を見せる。
「実は……今、エルディオンはうちの実戦訓練場になっていてな」
「実戦訓練場?」
……凄まじく予想外な言葉が飛び出し、思わずそのまま聞き返してしまった。
「あぁ。エルディオンは排他的で身分差がかなりきついだろう?だから諜報の訓練に持ってこいでな。見習いが訓練代わりに情報を集めているんだ」
「……」
確かに実戦訓練は大事だと思うが……何かおかしい気がする。
儂はエインヘリア王の言葉に内心首を傾げつつ……頷いて見せたのだった。
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