第521話 まずはリズバーンと

 


「久しいな、リズバーン」


「御無沙汰しております、エインヘリア王陛下。此度は飛行船を派遣して頂き大変お手数おかけしました」


「くくっ……別に構わない。魔力収集装置を使わず、わざわざ飛行船を指定して来たのは少々首を傾げるところではあったがな」


「恐縮です」


 本気で申し訳なさそうな顔で頭を下げるリズバーンに俺は苦笑してみせる。


 恐らく前皇帝が飛行船に乗りたいとか言ったのだろうね。


 まぁ、東部の方の状況も急を要すって訳じゃなさそうだし、飛行船を飛ばすのにコストが大変って訳でもないので二つ返事で許可を出したのだけど、お詫びとして帝国からかなりの金銭の支払いがあった。


 別に気にしなくて良いと言ったんだけど、フィリアからどうしてもと言われたので受け入れることにしたんだよね。


 因みに、その前皇帝は……リズバーンに紹介されて軽く挨拶をしただけで、後はリズバーンに任せゆったりとくつろぎながらこちらを見ている。


 初めての場所でそんなに自然体でいられるのは流石としか言いようがないな……俺なら緊張マックスって感じだけど、やっぱ場数が違うわ。


 だけどまぁ、前皇帝の事は気になるけど、今はリズバーンとの話が先だね。


 俺はリズバーンに意識を集中させ、口を開く。


「東部はどうだ?」


「今の所、通常では考えられない程の魔物の群れが散発的に数カ所ある国境沿いの砦に押し寄せて来ておりますが、それぞれの場所に『至天』を送り込み、全て撃退に成功しております。送り込んだ者達だけで対処出来ておりますので、現時点では兵にも被害は出ておりませぬ」


「重畳だな。魔物の死骸は?」


「残っておりますが……数が少ないように感じるという報告もありますのう」


「ふむ……」


 ギギル・ポーの坑道に居た魔物は、坑道の外に死骸を運び出したら何も残さずに消えていった。


 あれは魔王の魔力を充満させたあの坑道の中でしか生息できない魔物だったということだが、今回帝国東部に攻め寄せてきた魔物は屋外で活動している……恐らくギギル・ポーでの実験の発展形なのだろう。


「魔王の魔力を使い魔物を生み出す技術と、それを操る技術をエルディオンは得ているという事か」


「恐らくはそうですな。どの程度操ることが出来るかはまだ分かりませんが……」


「少なくとも帝国の砦に向かって魔物を突撃させることは出来るということだな」


「そうなりますのう」


 珍しく、リズバーンが忌々しげに頷く。


 やはりエルディオンに対しては色々と含むところがあるみたいだね。


 しかし、魔物の軍事利用か……エルディオンは中々上手くやっているみたいだけど、魔力収集装置が各地に配置された時、その技術は一切意味をなくす可能性が大だな。


 まぁ、絶対に意味をなくさせてみせるが。


「やはり調査団を国境に派遣するか」


「よろしいのですか?今は魔物の襲撃も散発的な物で『至天』だけで抑えられているとはいえ、いつ本格的な侵攻が始まってもおかしくない状況と言えます。流石に危険では?」


「くくっ……その心配は無用だ。調査団の者達も自衛くらいは可能だし、護衛にレンゲとシュヴァルツをつけてある。アレ等を抜ける様な事態が起こっているならそれは俺の読み違いだ。帝国に責任を問うようなことはせん」


「……確かにレンゲ殿やシュヴァルツ殿が居られるなら問題は無さそうですな」


 リズバーンが納得したように頷く。


 二人の強さはリズバーンも良く知る所だし……シュヴァルツに関しては、あの戦争でリズバーンをぼっこぼこにした本人だからな。


 リズバーン的にはあまり思い出したくない事柄だろうけど……。


 ってかあの二人をどうこう出来る相手がいるなら、帝国がどうこう言ってる場合じゃない。


 全力でうちが前に出ないととんでもない事になるだろうが……恐らくそうはなるまい。


「魔物の死骸はもう処理してしまったか?」


「数が多く放置しておくと病が発生しかねませんので、その日のうちに焼いてしまっています」


「ふむ、ならば調査団が到着後討伐した物を調べさせるとしよう。到着するまではそのまま処理を継続してもらって構わない」


「よろしいので?」


「あぁ、疫病の発生は避けたいからな。調査団が行くまでに魔物の襲撃がなくなればそれまでだが、移動だけなら一日もかからん。襲撃の一度や二度は誤差の範囲だろう」


 まぁ、調査する側の子達からしたら勘弁してくれよって話かもしれないけど、だからと言って調査団が行くまで死骸を山積みにさせるのもな……。


 数日と掛からず行ける訳だし、即疫病とはならないだろうけど……匂いとかもあるし、労力も考えると焼き捨てて次回の襲撃時に調査させるって形の方が良い筈だ。


 ……サンプルが足りないとか言われないよね?


 いや、魔物の群れは数百からって感じみたいだし、多分大丈夫……きっと。


「畏まりました。ではそのようにさせていただきます」


 若干の不安はあったけど、覇王が一度言ってしまったものを直後にやっぱ無しで……とはいけない。


「うむ。ところでエルディオンの動き、帝国ではどう見ている?」


「向こうも英雄を有しておりますれば、この程度の魔物で帝国を落とせるとは考えておりますまい。恐らく、こちらの対応を確認し穴を探っている段階ではないかと」


「なるほどな」


「魔力収集装置のお陰でこちらはこれ以上ない程素早く動けておりますし、事前にギギル・ポーでの事を聞いておりましたので慌てることもございませんでした。エルディオンとしては困惑している事でしょうな」


 確かにそれはあるだろうな。


 エルディオンからしたら満を持して送り込んで来た奇襲とも言える形。


 『至天』を抜くことこそ出来なくとも、帝国を大いに混乱させ、その上で『至天』が守っていない砦の一つや二つ対応される前に落としてもおかしくないと考えていた事だろう。


 それが蓋を開けてみれば、砦は『至天』にしっかりと守られ混乱するどころか鎧袖一触で魔物は全滅。


 これから始める帝国との戦争のオープニングでいきなりずっこけたような状態と言えるだろう。


「困惑……いや、計画通りでない事は間違いないだろうが、エルディオンも魔物だけで帝国をどうこう出来るとは考えていまい」


「そうですな。本命は後ろに控えている……我々はそう考えております」


「問題はそれが何なのかという事だな」


 今エルディオンを調べてくれているウルルが戻ってくれば、敵の切り札は判明するだろうけど……見習い達を鍛えると言う名目で調べている為、いつもよりかなり時間がかかっている。


 エルディオンの目が帝国に向いているからってのもあるのだろうけど……いや、そりゃ自国最優先なのは仕方ないんだけど、なんか色々申し訳なく感じるんだよね。


 一言俺が早くしてくれって言えば、ウルルは即座にエルディオンを丸裸にしてくれるだろうけど、見習いを育てたいと言うのも分かるのだ。


 エルディオンは最後の敵性国家と言っても過言ではない相手だ。


 貴重な実戦で見習い達を鍛える最後の機会になるかも知れないと考えれば、その育成計画に横やりを入れるのは憚られる。


 敵性国家がいなくなったとしても、外交官見習い達の仕事は絶対になくならないからね。


 レベルは上げられる時に上げられるだけ上げておいた方が良い。


「切り札かどうかは分からねぇが、エルディオン内で一つ変な噂がある」


 今まで俺達の会話を大人しく聞いていた先代皇帝が、不遜とも言える態度で口を開く。


 六十前後の御歳だけど、身体からエネルギーが満ち溢れておりまだまだばりばりの現役と言った佇まいだ。


 まぁ、最初の挨拶の時に既に死んでいる身だから無礼は許してくれって言われたし、俺もそれを受け入れたから別に文句を言うつもりはない。


 リズバーンは……ちょっと顔を引きつらせていたけど。


「それは、ドラグディア様が得ていたというエルディオンの情報ですかな?」


 そんなリズバーンが先代皇帝の方に顔を向けながら尋ねる。


「あぁ。フィリア達にはお前の方から共有しといてくれ」


「畏まりました」


 ……今の会話おかしくない?


 ここに来る前は帝国に居た筈なのに、なんでその話をここで初めてしたって感じになってるんだ?


 ってか、この人ほんと何しに来たんだ?


 寛いだ様子でソファに身を預けていた体勢から身を乗り出す様に体を起こした先代皇帝は、どこか挑発するような表情でリズバーンと向き合う。


 そんな姿を見ながら、俺は内心首をかしげるのだった。


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