第519話 猛攻
View of ディアルド=リズバーン 至天第二席 轟天
「国土の広さこそ帝国が勝っているが、経済力では大きく負けているということか」
「ほっほっほ、陛下から聞いておりませんでしたか?」
儂の言葉にドラグディア様は若干渋い顔をしつつ口を開く。
「アイツは何か……儂にエインヘリアと関わって欲しくなさそうにしていたからな」
「それが分かっているのに今回行くことにしたのですかな?」
「あぁ」
だから嫌われるのですぞ?
とは流石に口にしなかったが……陛下もストレスが溜まりまくってそうじゃな。
帝都でイライラしながら報告を待っている陛下を思い、儂は小さくため息をつく。
「ただの旅人では見えない部分もあるしな。がっつりエインヘリアという国を見ておきたい」
「ひた隠しにしてきた……御身の死が偽装だったことがバレてもですか?」
「別に問題ないだろ?儂の死はフィリアの皇位継承とその後の内乱を誘発させ、膿を出しきる事が目的だったからな。今更儂が生きていたことが知れたところで、だから何?ってところだろう?」
「国外はそうじゃとしても、国内にはまだまだ陛下の時代を懐かしむ者も少なくありませんぞ?」
「儂の所感では、エインヘリアにバレたところで帝国の貴族共に漏れることはないと踏んでいるのだが、どうだ?」
「何故そのように?」
「……勘だな。フィリアの態度から、エインヘリアの上層部の事を信頼している様だったからな。互いに良い関係を築けていなければそういう態度は取らんだろ?」
この辺りは流石としか言えんのう。
陛下と顔を合わせた時間は本当に短いものであっただろうに、その心の内をしっかりと読みとっておられる。
「まぁ、親だからな」
「ほっほっほ。陛下の嫌がる顔が目に浮かぶようですわい」
「愛を感じるよな」
歪んでおるのう……いや、恐らく冗談じゃろうが。
「まぁ、エインヘリアの上層部にドラグディア様の存命を知られたところで問題はないでしょうな。あの国はそのような些事は気に留めもしますまい」
「はっは!儂の死を些事と言うか!」
「えぇ。エインヘリアにとってはですがの」
「ふむ……そう言えば、ディアルド。お前、エインヘリアの英雄に負けたのか?」
「ほっほっほ、負けましたぞ」
エインヘリアでは彼等の事を英雄とは呼ばぬようじゃがのう。
「ふむ。そんなに強い英雄がいるのか……」
「そうですな。まぁ、エインヘリアの英雄は五十は下らぬ程居りますし、彼らの序列はよく分かりませぬが、もし儂が彼らの中に入ったとすればその席次は最下位ですな」
「はぁ!?ボケたか!?ジジイ!」
「ボケとりゃしませんよ。純然たる事実ですじゃ」
まぁ、そう言いたくなる気持ちは分かりますがのう。
儂も……リカルドがそんなことを言い出したら同じ反応をしたじゃろうし。
相手がエインヘリアでなければじゃが。
「え……?何処から突っ込めばいいんだ?ごじゅ……?最下位?」
普段の太々しさが消え、あどけなささえ感じるきょとんとした表情に儂は思わず笑いが漏れる。
「これはエインヘリアを知る先達としての意見ですが、かの国を己の常識に当てはめて考えてはいけません。見聞きしたことをありのまま、言葉のままに受け入れる……これが出来ねばエインヘリアと付き合って行くことは不可能と言えましょう」
「……規格外か。なるほどな、どうやら儂の認識はかなり甘いものだったようだな」
「ほっほっほ、本当に素晴らしい柔軟性ですな」
それだけ物分かりが良いのに、どうして陛下にはあんな態度をとるのか……。
そう思わずにはいられなかったが……肉親相手というのは勝手が違うのじゃろうな。
いや、本人的には揶揄って楽しんでおるんじゃろうが……それ故嫌われておる事に気づいておらんのかのう?
「この空飛ぶ船もなぁ……これがあったら色々と新しい戦術が試せそうだし、面白そうだよなぁ」
「空からの攻撃は強力ですからなぁ」
「空への攻撃方法は手段が限られるが、空からの攻撃は物を落とすだけで効果があるしな……ってか、この飛行船ってやつは直接攻撃しなくても色々使い道があると思うぞ?」
どこかワクワクした表情で語るドラグディア様。
この方は昔から戦術を考える時は妙に楽しそうにするんじゃよな。
逆に戦略を考える時は不機嫌そうになるんじゃが……不思議なのは、別に戦略を考えることを苦手としているわけではないということじゃ。
「まぁ、今の俺は戦術を考える立場にないが……いっそのことどっかの小国を乗っ取るか?」
「それは止めておいた方が良いと思いますのう。南方の小国は殆どエインヘリアの属国じゃし、北方も教会を通してエインヘリアと関係を持っておるし……手を出したらエインヘリアを敵に回すことになると思いますのう」
「飛行船を使って戦術を考えたいのにそれじゃ意味ねぇな。よし、エインヘリアに仕官するか」
「それはもっと止めておいて欲しいですのう。陛下が発狂するかもしれんし」
「……ふむ、それは止めておいた方が良さそうか?いや、寧ろ逆を行ってみるのも……」
そこまで言ったドラグディア様が少し考えるようなそぶりを見せた後、神妙な面持ちで言葉を続ける。
「そう言えば、フィリアの事なんだが……」
「?」
「アイツ……エインヘリアの誰に懸想しているんだ?」
「あ、あー……それはー、何と言いますかー、儂の口からはー……ではなく。儂は知りませんのじゃ」
陛下の懸想相手……言うまでもなくエインヘリア王のことじゃが、それをドラグディア様に教えるのはどう考えても面倒な事になりかねん。
「いや、全然誤魔化せてないだろ。ディアルドぉ、教えてくれるよなぁ?」
「知りませんのじゃ」
「いやいや、フィリアの懸想相手なんて国家の一大事だぞ?変な相手だったら帝国が崩壊しかねない事柄ぞ?」
「そこは……陛下を信用してあげて下され。色恋に焦がれる御歳でもありませんしな。冷静に情勢を見極めつつ、一番良い形を作ることが出来るように動いてらっしゃるはずです」
「……そうかぁ?あいつはなんかそういうのダメな印象があるんだがな」
なんとも言えない表情を見せながらドラグディア様は言うが、そうなのだろうか?
いや、言われてみれば、情緒も何もなく……政治的な話を絡めてズバッと切り込んでいきそうな気もしてきたわい。
色恋や男女の機微には無頓着な方じゃし……。
「この歳まで独り身を貫いて、後継はイオドナッテ家から養子を取ると常々言っていた娘だぞ?忙しさを理由に、一切男を寄せなかったアレがここに来て惚れた腫れただ。正直儂としては色々拗らせているんじゃないかと心配なんだがな」
む、むむ……ドラグディア様が言うと、妙な説得力が……い、いや、儂は陛下を信じますぞい。
「陛下は聡明な方でありますれば、斯様な心配は必要ありますまい。それに、ドラグディア様にしても戦事にかまけて長い事御子を儲けなかったではありませんか。それでいて前線に赴くのですから家臣としては生きた心地がしませんでしたぞ?それに比べれば陛下は忙しさにかまけてとは申されましたが、内政に勤しみ、健全な国家運営をされているのです。実に心穏やかに見守れますとも」
「……まぁ、今にして思えば皆には苦労を掛けたと思うが、当時はとにかく前に進むので忙しかったからな。そのあたり、雑事としか思えなんだ。しかし、歳を取れば理解出来るものだな。足を止めざるを得なくなった時、ふと後ろを振り返り……あぁ、フィリアという出来た娘がいて本当に良かったと、心の底から安堵したものだ」
未だかつて見たことが無い程穏やかな笑みを浮かべるドラグディア様の姿に、不覚にも涙腺が緩みそうになってしまう。
儂も近年はとにかく後進の育成に力を入れてきた。
その甲斐があって……いや、運良く……武力と言う点で儂を越える逸材に出会うことが出来た。
しかし、内政や外交面に関しては、リカルドに任せるには不安がある。
元々が純朴な青年であり、今も実直で真面目な男であるが故、腹芸や権謀術数が飛び交う政治の世界では良いように振り回されるだけだろう。
無論、儂の様に一人で色々な事に手を出す必要はない。
寧ろ専任の人材の方が使いやすくはあるのじゃが……『至天』第一席は陛下と並ぶ帝国の顔とも言える存在じゃ。
出来ればもう少々政治方面でも仕事を任せられるようになって貰いたいというのが正直な所と言える。
勿論、リカルドはよくやってくれているし、必死に学ぼうとしてくれておるのも分かる。
いや、リカルドだけではなく『至天』やその予備軍と呼ばれる者達皆は、本当によく頑張ってくれておる。
そのことが非常に嬉しく、成長する姿が好ましく……そして愛おしい。
ドラグディア様と共に戦場をかけておった頃は、自分がそのような事を考えるようになるとは予想もしてなかったが……。
「だからこそ、儂はフィリアが心配なんだ。ディアルド、分かっては貰えないか?」
ドラグディア様に似つかわしくない、穏やかで……しかしどこか愁いを帯びた視線に心が揺らされる。
「む、むぅ……」
すみません、陛下。
エインヘリアに到着するまで、持たないかもしれませぬ……。
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