第518話 空の旅



View of ディアルド=リズバーン 至天第二席 轟天






 儂は久しぶりに飛行船に乗りエインヘリアへと向かっていた。


 暫くエインヘリアに行っていなかったという意味でも久しぶりじゃし、飛行船に乗る事も久しぶりじゃった。


 まぁ、飛行船に乗るのは……エインヘリアとの戦争の時以来じゃから、はっきり言って良い思い出は全くないが、それでも自分で飛ぶよりも遥かに高い高度から見る景色は素晴らしいものがあった。


 この光景を初めて見る者にとっては、これ以上ない程の感動と興奮が得られることじゃろう。


 そこではしゃいでおる方は、興奮が勝っておる様じゃが。


「すっげぇな!ディアルド!見ろよ!山の天辺が下にあるぞ!?」


「はしゃがれるのは構いませんが、落ちても助けませんぞ?」


「飛べるんだからそこは助けろよ!」


「そうは言われましても……陛下から、何だったら途中で落として欲しいと言われておりますしのう」


「平然と父親の暗殺を依頼する娘にもびっくりだけど、それを儂に告げる家臣にもびっくりだよ」


「ほっほっほ、今俸禄を出してくれておりますのは陛下でありますれば、既に死した御仁に立てる義理はございませんのう」


「渡世の義理の何と儚い事か……お前、それでも俺の戦友か!?」


 相も変わらず落ち着きがないと言うか、いつまでたっても子供の頃のノリのままというか……そこがこの方の魅力ではあるのじゃが、それが陛下に嫌われる原因となっている事をこの方は理解しておられるのかどうか……。


 儂が今回転移を使わずに飛行船でエインヘリアへと向かっているのは、先帝陛下……ドラグディア様がどうしてもエインヘリアに直接向かい、エルディオンについて伝えたい情報があると口にしたからじゃ。


 陛下はそれはもう全力で嫌がっておったが、エルディオンの情報を頑として語らない先帝陛下に折れたというか……諦めたと言うか……まぁ、ドラグディア様がエインヘリアにとって必要な情報だと断言したので許可を出したというところじゃな。


「貴方ならここから落ちても死にますまいて」


「いや、死ぬわ。儂はジジイと違って普通の人なんだぞ?化け物と一緒にするな」


「……ジジイにジジイと言われるのは心底腹立たしいですし、人を化け物呼ばわりするような御方は……陛下のお許しもある事じゃし、飛行船から叩き落として構わんと思いませぬか?」


「全く思わないな。そもそもこれはエインヘリアの所有物だろう?それを使って先帝を暗殺とか……正気か?」


「ほっほっほ。暗殺ではありませぬ。保存しとった死体を捨てるだけでございましょう。あれですな。遺言で先帝陛下が……遺骨は山にばら撒いて欲しいと言ったとか言わなかったとか」


「言ってないねぇ。一言もそんな事言ってないねぇ」


 肩を竦めながら儂に背を向け、手すりに掴まり地上を見下ろす様に身を乗り出すドラグディア様に儂は大きくため息をつく。


 人を食ったような態度と先々を見通す目、親しみやすい空気と苛烈にも冷徹にもなれる思考。


 人を惹きつけ導く力は先々代や今代の陛下よりも上じゃが、面倒臭さも遥かに上じゃろう。


「ところでディアルド。お前から見て、エインヘリアとはどういう国だ?」


「一言で申すなら、規格外の国と言ったところですな」


 こちらを見ずに尋ねて来るドラグディア様の言葉に間髪入れず儂が答えると、体ごと儂の方へと向き直ったドラグディア様は、嘆息するような笑いを漏らしながら言葉を続けた。


「規格外ね。人種という枠から見れば規格外なお前が言うのだから、やはり相当な物か?」


「ドラグディア様はエインヘリアに行ったことはないのですかな?」


 諸国を漫遊していたドラグディア様であれば、エインヘリアのような面白い国には絶対に行っていると思ったのじゃが……そう思い儂が尋ねると、ドラグディア様は肩を竦めながらかぶりを振る。


「いや、少しだけならあるぞ。元ソラキル王国の辺りを何か月か旅をしたが……侵略された土地とは思えない程綺麗だったな。どこも民は活気があるし、街や村そのものが清潔だった。エインヘリア王は潔癖かなんかか?」


「そういう訳ではありません。エインヘリアの施策によるものですが、清潔さを保つ事で疫病の発生を防いでいるようですな。街道整備、治水工事、上下水道整備を公共事業として全ての集落に完備させる傍ら、軽作業として街の清掃も子供や御婦人方にも仕事として出しており、彼らが自分達の住む集落を綺麗にしておると言う訳です」


 恐らくドラグディア様のおっしゃる綺麗と言うのは、戦争による建築物の被害が一切見受けられないという意味も含まれておるのじゃろう。


 ソラキル王国とは野戦しかしていなかったと記憶しておるが、仮に街を崩壊させるような戦いがあったとしても、エインヘリアであれば一年と掛からずに復興を成し遂げるやもしれぬのう。


「公共事業をバンバンやっている事は俺も知っている。俺も路銀の足しに仕事を貰ったしな」


「仮にも玉座に座っておった方が何をしとるのですか……」


「玉座に座ったところで腹は膨れねぇからな。労働の対価に賃金を得る……実に健全な話じゃないか」


「付き人達の苦労が偲ばれるのう」


 付き人に任じられた者達は本当に苦労しておるんじゃろうなぁ……。


 この方が全力で隠居……と呼べるかは微妙じゃが、それを満喫しようとしたら周りは振り回されるどころか、常に嵐の中に身を置いておる様な感じじゃろう。


「いや、儂が働くことになったきっかけは、アイツらがカードで儂の手持ちを巻き上げたせいだからな?」


「……仲が良さそうで何よりですな」


「もう長い付き合いだからな……遠慮が無くて困るぜ」


 果たして前皇帝から金を巻き上げるというのは……付き人として正しいだろうか?等と自問するまでもなく正しくないのだが……この主人にして従者ありといった感じじゃな。


「ドラグディア様の活動費は年に一度、それなりのものを用意していたと思いますがのう」


「そんなもん、一瞬で持って行かれたわ。ってか路銀は大体自分達で稼いだものを使ってるからな。エインヘリアは魔物ハンター協会がないから、路銀稼ぎの方法が日雇いの仕事くらいしかないんだよな」


「魔物を狩って路銀を?いや、日雇いより……マシ……なんじゃろうか……?」


「民の為になり、儂の日々の糧になる。誰も損をせんイカしたやり方だろ?」


 どちらかと言うとイカれたやり方なんじゃが……歳を考えて欲しいものじゃな。


「しかし、帝国でもかなり魔物が減ったよな?このまま行くと魔物ハンターは廃業するんじゃねぇか?」


「確かにその懸念はありますのう。まぁ、彼らには別の職に就いて貰うとして、その支援は国でもやっていく予定です。しかし問題は、魔物素材が採れなくなることですのう。他の動植物でも代用は利きますが、やはり纏まった数を得るには魔物を狩るのが一番ですしのう」


 エインヘリアのお陰で便利になったし、安全になったのも確かじゃが、その中で淘汰されるものもある。


 その代表が魔物であり、魔物に関連する産業じゃろう。


「帝国のハンター連中はエインヘリアを恨んでいる者も少なくないが、エインヘリア国内ではあまりそう言った話を聞かなかったな」


「エインヘリアでは職にあぶれた者へ手厚い保証と、次の職の斡旋をしておりますからな。強制するのではなく本人の希望に沿った職を与えるので、国内の不満は殆ど抑え込めておるのでしょう」


「……ディアルドが規格外と言い切る訳だな。無茶苦茶にも程があるだろう。どれだけ税を注ぎこめばそこまで弱者を主にした施策を執れるんだ?」


「少なくとも。帝国の年間予算では不可能なのは間違いないでしょうな」


 それだけ金を民にばら撒いているにも拘らず、国全体を裕福にはすれど過剰な金満状態にしていないところも驚異的と言える。


 物資の供給速度が凄まじいのだ。


 転移や飛行船と言った、凄まじい速度で運搬を可能とする方法で、数年前であれば何カ国も跨がなければならない様な長距離を易々と運搬し国内で物資を高速で循環させ、今まで手に入らなかった物が簡単に手に入るようになっているという供給の増加が一つ。


 エインヘリアの凄まじい農作物の成長速度によって食料が不足せず、高騰することが無いと言うのが一つ。


 魔道具技師を始めとする職人達への支援や保証を厚くし、更にドワーフを囲い込むことで技術力と生産性を向上させ、良い物を適正な価格で普及させていると言うのが一つ。


 更には、民に生活の余裕が出来た隙間を狙い、娯楽やエインヘリア特有の文化を浸透させ金の消費先を新たに作り出すやり方。


 他にも多くの経済政策が試みられており、それらが噛み合わさる事で凄まじいまでの相乗効果を発揮してエインヘリアを更に豊かな国へと押し上げているのだろう。


 理屈では理解できても、帝国で実践するのは不可能に近い方法じゃな……。


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