第517話 先代
View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝
「儂は帝国の内外を問わずふらついておったが、エインヘリアという国なぞ聞いたことが無かった。三年程前、突如としてルモリア王国を潰すまでな。最初は政変が起こってルモリア王国が名を変えただけかと思ったが、それにしたって動きが早すぎた」
「……」
真剣な表情で語るクソ親父。
しかしその雰囲気はエインヘリアを敵視しているというよりも、あの国への興味を強く感じさせていた。
「いや、その後の動きも訳分んねぇ。あっという間に周辺国を呑み込んだかと思ったらうちと戦争?展開が早すぎて帰って来る暇すらなかったっての」
心の底から帰ってこなくて良かったと思うわ。
エインヘリアとの戦争時にこのクソ親父がいたら面倒が増えていたに違いない。
戦争自体は……どうにもならなかったと思うけど、それ以外の部分で厄介事を起こしそうなのがこのクソ親父だ。
「うちとは引き分けに終わったみてぇだけど、その後商協を潰して……今は東進中ってか?どうなってやがる?アレはなんなんだ?」
「何なんだと言われても困るわね。エインヘリアはエインヘリアよ。それにどうせエインヘリアにも行って自分の目で見て来たんでしょ?」
私がそう尋ねると、真剣な表情を崩し、若干目を輝かせながら身を乗り出してくるクソ親父。
「あぁ、行ってきた。だが、訳が分からん。あり得ないだろ?あんな国。なんであれで国が成り立つんだ?」
「そんな事聞かれても知らないわよ」
いやほんと……エインヘリアが行っている施策がなぜ可能なのか、その財源が一体何処にあるのかという点に関しては、私の方が知りたいくらい。
「エインヘリアとは随分仲良くやっているんだろ?」
「べ、別に仲良くなんて……!?」
いきなり何を!?
「違うのか?対等な同盟関係を結んだって聞いていたが……ん?」
「……そ、そうね。対等な同盟関係よ」
まずい!
妙な返しをしてしまったとすぐに気付いたのだけど、それよりも早くクソ親父が何かに気付いたような様子を見せる。
「……ん?んん?え?あれ?うっそ……フィリアちゃん……そういうことなのぉ?」
「な、なにがかしら!?」
「うっわ、へぇ……フィリアちゃんがねぇ……イオドナッテの娘だったら、多分相手のこと知ってるよね?」
クソ親父のテンションが急に上がり、私は慌てる。
勘の鋭さが憎たらしい……!
これ以上うざい感じになる前に話を変えないと!
「そ、そんな事より、エインヘリアの話は良いのかしら?」
「そんな事ではないよねぇ?王配の話ともなれば、しかもそれが他国の者が関わって来るとなれば、流石に軽い話では無いよぉ?」
国政に関わる事だからと真面目な表情で締めくくるクソ親父だけど、次の瞬間完全にゲスい表情に変わる。
これっぽっちも国政のこと考えていないわね。
完全に……唯々弄りたいだけだわ。
「そうだとしても、既に死人には関係ない話ね。そもそも王配を迎えるつもりはないわ」
「……これ以上ないくらいに怪しいけどぉ、まぁいいか。確かに死人には関係ない話だったな。それで、エインヘリアとはもうやらないのか?」
「少なくとも私が皇帝である間は絶対にやらないわ。次代以降は……エインヘリアと付き合って行く中で理解出来ないようであれば、その皇帝は早々に潰されるでしょうね」
「エインヘリアを恐れているのは十分に分かる言葉だが、この先もエインヘリアが良き隣人であり続ける保証はないだろう?」
その懸念は当然のものだ。
国家である以上、自国を最優先に考えるのは当然……エインヘリアにとって帝国が邪魔になれば容赦なく攻め寄せて来るだろう。
エインヘリアの王がフェルズでなければ。
フェルズは……あれで結構甘い男だ。
そしてそれ以上に優しい……帝国がエインヘリアの足を引っ張る様な事になろうと、明確に敵対しない限りフェルズは帝国を守ろうとするだろう。
自らの国だけでなく友誼を結んだ国までもその庇護を与えようとする……実に甘い考えだけどフェルズには、そしてエインヘリアにはそれだけの力がある。
しかし、当然ながら次代は分からない。
いや、かなり高い確率でフェルズのような甘さを持たない王が誕生するだろう。
だからこそ、今が大事なのだ。
幸いフェルズはまだ若く、私もまだ三十ぎりぎり手前。
余程の事が無い限り二十年以上は私達の統治は続くだろう。
私がクソ親父のような……自分で戦い領土を広げ、国を切り開いてきたような皇帝であれば、けして選ばないであろう選択肢。
私が荒れた国を立て直し、安定した豊かな国を作る事を第一に考える皇帝だからこそ辿り着いた答え。
帝国はエインヘリアの下に着く……もしくは併合してもらう。
十年、二十年先ではなく、百年、二百年先を考えるのであれば、これが最も良い結果となると私は確信している。
エインヘリアと帝国は、現時点の国土で言えば帝国の方が広いものの人口的にはほぼ同じくらい。
技術力、情報力、軍事力、生産力、経済力ははっきり言ってエインヘリアの方が上だし、その差は今後どんどん開いていくばかりだろう。
だからこそ、今。
帝国とエインヘリアが対等な関係でいられる今だからこそ、この話を進める必要がある。
しかし、現実問題として……今この時、帝国がエインヘリアに降る事は、帝国の上層部も民も受け入れることは出来ないだろう。
下手にそれを推し進めようとすれば、帝国は間違いなく割れる。
二つに割れる程度であればまだ良いが、恐らくいくつもの勢力に分割独立してしまうに違いない。
その時の混乱は、恐らく筆舌に尽くしがたいものになる。
それでは意味がない。
私は帝国臣民を幸せにする義務がある。
その究極的な手段としてエインヘリアに降りたいのであって、臣民を犠牲にして傘下に納まりたいわけではないのだ。
この件については、まだラヴェルナやキルロイ、それにディアルド爺と言った極々少数の者達でしか話をしていないし、当然このクソ親父に話すつもりはない。
「当然、先の事は考えているわ。そうそう、さっきエインヘリアとの戦争は引き分けたって言ってたけど、それ偽情報だから。帝国はエインヘリアに完膚なきまでに負けたわよ」
「……そいつはマジな話か?」
「えぇ。ディアルド爺や現一席も正面からエインヘリアの英雄に手も足も出ずに負けたし、動員した七十万近い兵は……ほとんど捕虜にされたわね」
「冗談だろ?」
えぇ、私も最初に戦況報告を聞いた時……いえ、それが終戦の知らせでもあったけど……同じ反応をしたと思うわ。
「事実よ」
「……百歩譲ってディアルドのじーさんが負けたのは信じられても、七十万の兵をほとんど捕虜にしただと?」
「えぇ。死者は……三桁もいなかったと記憶しているわ」
「ありえないだろ……」
「それがエインヘリアよ」
……何故か自分達が負けたのにドヤってしまう。
いや、クソ親父があまりに良い反応をするから調子に乗ってしまったのだけど……でも、軍事力というのはエインヘリアの力の片鱗に過ぎない。
しかし、それを今ここで話しても理解はされないだろう。
「……ち、エインヘリアとは敵対しないという意思は硬そうだな」
「当然よ。その道の先には帝国の滅亡という未来しかないわ」
「くそ……ウィッカ辺りを焚きつけて開戦させようかと思っていたんだが」
「ウィッカが好戦派の筆頭をやっているのは、あんたに戦場を連れまわされて戦好きと思われているせいだからね?」
「あいつは俺に逆らわんだろ?」
「ほんとクソ野郎ね」
でも……クソ親父の言葉は間違っていないかもしれない。
ウィッカに限らず、このクソ親父が戦いに明け暮れていた時代を知っている者達は皆、コイツに惹かれて戦いに身を投じていた。
恐らくクソ親父が復権すれば嬉々として従う者も少なくはないだろう。
無論……ロートルに負けるつもりはないし、私に付き従ってくれるものも多いが……それでは正に帝国を真っ二つにすることになるだろう。
戦好きのクソ親父とはいえ、帝国を愛しているのは間違いない。
だからこそ、そのような暴挙に出るつもりはないのだろうけど……この様子からするに、私が虎視眈々とエインヘリアの隙を狙っているのではないかと探りを入れに来たと言うところだろうか?
もしその意思が確認出来たなら、どこかで参戦しようという腹積もりだろう。
「……エインヘリアが方針を変えない限り、帝国は協調を貫く。そういう事だな?」
「えぇ。というか、それ以外はあり得ないわ」
「一度やりあってみたかったが、仕方ねぇか……じゃぁ、東の馬鹿共はどうするんだ?」
肩を竦めたクソ親父が、今度は現在一番の面倒事に突っ込んで来る。
「知っていたの?」
「勿論だ。あの国に入るのは一苦労だが、方法はいくらでもある。今回は……かなり本気みたいだな」
真剣な表情でエルディオンの事を語るクソ親父に私は思わずため息をつく。
「エルディオンの中にまで入っていたの?バレたら即刻処刑ものじゃない」
「問題ねぇよ。だがまぁ、流石に中に入る事は出来てもロクな情報は得られなかったがな。血筋による徹底した縦割りの管理で、上の連中じゃなきゃ自分達がどんな仕事をしているかすら正確に把握できないって感じだ」
「上の命令は絶対……思想統制もばっちり、横のつながりは最低限。面倒な相手よね」
「潰すのか?」
「今の所防戦のみのつもりよ」
「やらねぇのかよ?」
「やる必要がないわ」
「エインヘリアと事を構えねぇんだったら、後はエルディオンか北の貧乏連中から分捕るくらいしかないだろ?」
「なんで分捕る事が前提なのよ。国を富ませる方法はいくらでもあるでしょう?」
相も変わらず蛮族思考なクソ親父に頭が痛くなってくる。
「今は国内も安定しているみたいだし、領土を広げても大丈夫だろ?」
「必要ないわ。そもそも、昔エルディオンと戦った時に面白くないって言ったのはアンタでしょう?」
「……ちっ、やっぱ乗らねえか」
「乗る訳ないでしょ」
「はぁ……ほんと立派な皇帝さんですねぇ。はぁ、立派立派。んじゃぁ、儂はあれだな……エインヘリアにでも遊びに行くとするかなぁ」
「なんでそうなるのよ!」
「あそこは今景気が良いしぃ、何より気になる事が出来ちゃったからねぇ」
そう言って立ち上がったクソ親父は、どこからどう見ても良からぬことを考えていると断言できる厭らしい笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「あ、イオドナッテの嬢ちゃん借りていい?」
「ダメに決まってるでしょ!?」
私の叫びなどどこ吹く風と言った様子のクソ親父は、その年齢からはあり得ない程素早く身を翻すとあっという間に部屋から飛び出していく。
不意を突かれた私は唖然としたままその後ろ姿を見送ってしまった。
結局あのクソ親父は何がしたかったのか……私は上げかけた腰を下ろしゆっくりと深呼吸をする。
……あんな態度だけど、クソ親父は帝国……そして周辺国の事をかなり深く把握している筈。
それでこのタイミングで戻ってきたという事は……私の意思確認と警告ね。
もとより魔法大国エルディオンを甘く見ているつもりはなかったけど、どこかエインヘリアに比べればと下に見ていた気もする。
そしてそれを見透かされていた……少し引き締めと見過ごしている事が無いか確認した方が良さそうね。
私は急ぎラヴェルナと合流してエルディオンについてもう一度打ち合わせをしようとして……クソ親父の最後の台詞を思い出す。
「……エインヘリアで余計な事しないわよね?」
一抹の……いや、かなり大きな不安を覚えつつ、私はラヴェルナを探した。
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