第516話 面倒事



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 ラヴェルナが齎したとんでもない話を聞き、私は帝城を出立しイオドナッテ公爵家邸へと向かった。


 厄介事っていうのは纏めてやって来るとはよく言うけれど、正直これは酷過ぎるわね……。


 そんなことを考えていると、王城からそこまで離れているわけでもないイオドナッテ公爵家邸へとあっという間に到着してしまう。


 すぐに門が開かれ、馬車はゆっくりと前庭を進んで……窓から見える風景にふと懐かしさのような物を覚えた私は、向かいに座るラヴェルナに声をかける。


「ここに来るのも随分と久しぶりね」


「そう言えばそうね。最後に来たのは……私達の結婚披露パーティーの時ね」


「……思っていた以上に来ていなかったみたいね」


 ラヴェルナが結婚したのって六、七年前くらいじゃないかしら?


「まぁ、普段私は帝城に詰めているし、わざわざここに来る必要はないものね」


「そうね……ラヴェルナはいつも帝城にいるような気がするけど……ちゃんと旦那さんとは仲良くしているのでしょう?」


「当然よ。朝は絶対に私の淹れたお茶を欲しがるし、寝る前はその日あったことををお互いに話してから眠らないと夢見が悪いわ」


「そ、そう」


 相変わらずラヴェルナの所は甘々というか……お互い忙しいからこそ二人でいる時間はべったり濃厚というか……べ、別に羨ましくなんてないのだけれどね!?


 何故かうっとりとした様子のラヴェルナから視線を逸らすと、馬車が玄関前へゆっくりと停車する。


「さて、到着したわ。心の準備は良いわね?」


「帰りたい」


「絶対にダメよ」


 私の心からの願いを筆頭秘書官はあっさり却下する。


 そうだ……今からエインヘリアにお願いして、この屋敷を消し飛ばしてもらうと言うのはどうかしら?


「今物騒なこと考えなかった?」


「いえ?この館の立て直しってどのくらいお金がかかるかしらと考えていただけよ?」


「……ほら、馬鹿な事言ってないでいくわよ」


 ジト目のラヴェルナに急かされて、私は重い腰を上げ馬車から降りる。


 ラヴェルナに案内されて公爵邸の中へ……ラヴェルナとは幼いころからの付き合いだったけど会うのは殆ど帝城だった為、屋敷の中は前庭以上に印象が薄く殆ど記憶に残っていない。


 そんなほぼ初見とも言える邸宅の中をラヴェルナに案内されて歩く。


 ここまで一人の使用人ともすれ違ない事に、私が心の中でため息をつくと同時にラヴェルナが扉の前で立ち止まる。


「ここは応接室よ。後は……」


「えぇ。迷惑をかけてごめんなさい。後は……私が処理するわ」


 申し訳なさそうなラヴェルナの姿に、私はこれ以上ない程の申し訳なさと羞恥を覚え小声で謝罪する。


 ここは私の私室でも執務室の横の防音の行き届いた部屋でもなく……私は皇帝としてあらねばならない……例え、公爵家の使用人達が今この扉の向こうにいる人物のせいで遠ざけられていたとしてもだ。


「部屋の中は防音が完璧だから……気を付けてね?」


「ありがとう、ラヴェルナ」


 ラヴェルナにお礼を言った私は、応接室の扉をノックもせずに開け放ち無言で部屋の中に入る。


「会いたかったよぉ!儂より皇帝やるのが上手なフィリアちゃん!」


 偉そうな態度で応接室のソファに座る前皇帝の姿を見て、私は砕けんばかりに歯を食いしばった。






「いやぁ、イオドナッテには悪いとは思ったんだよ?突然来ちゃったしさ。でもほら、儂って死んだことになってるじゃん?そんな中ホイホイと気軽に帝城に行ってもさぁ、最悪ボケ老人ってことで捕まっちゃうかもしれないし?」


「そんな元皇帝の最後も新しくて良いんじゃない?」


「なんでも新しければ良いみたいなノリは良くないと思うよぉ?」


 神経を逆なでするような喋り方をする男……前皇帝にして不本意ながら私の父であるドラグディア=フィンブル=スラージアンは肩を竦めながら言う。


 このクソ親父は私の前ではこんな感じだが、臣下に対してすさまじい統率力を見せていた。


 そのカリスマと戦術眼を武器に、先々代皇帝が拡大した領土を基に現在のスラージアン帝国の版図まで在位した三十年程の年月で広げたのだ。


 戦争方面の才で私はこのクソ親父に遠く及ばないけど……基本的にこれはクズなので、それ以外では全てにおいて私が勝っているわね。


「パパ、フィリアちゃんの自信満々な所とっても可愛いと思うけど、パパの方が凄いからね?」


「どこが凄いのよ?」


 っていうか、話しかたがキモイ……じゃなくて、今私の考え読んだ?


「そりゃぁ、ほら。パパ一代で敵国がんがん攻め滅ぼして帝国をこんなに大きくしたんだよ?フィリアちゃん、皇帝になってから領土増えた?むしろ減ってない?え?どうやるの?領土減らすってどうやったら出来るの?」


「領土が増えれば凄いって考え方がもう脳筋過ぎて涙が出て来るわね。そもそも、どっかの馬鹿が考え無しに領土広げた弊害でしょ?自分の持てる荷物の量も把握しないで荷物を担いで転びそうになったガキを助けてあげたのだから、感謝して欲しいものね」


 減らしたと言ってもほぼ属国という感じで独立させただけだし。


 要らない土地を切り離したと言う方が正しいわね。


「ふぅん……まぁ、いいけどね。フィリアちゃんが戦争下手なのは知ってたし」


「皇帝は別に戦上手である必要はないわ。大事なのは臣下を纏め上げる力と的確な人材に仕事を割り振る目よ」


 後は判断力と決断力だけど……そこはこのクソ親父も得意分野だからね。


「えぇ?臣下を纏め上げられなくて反乱を起こされたフィリアちゃんがそれを言うのぉ?」


 私に指を突きつけ、吹き出しながらいうクソ親父。


「何度も言うけど、アレはあんたの後始末でしょうに……」


「えぇ?でもぉ、儂が皇帝から退いてから反乱がおこったって事はぁ、儂相手に反乱は出来なかったけどフィリアちゃん相手ならいけるって思ったってことでしょぉ?統率出来てないのではぁ?」


「どこぞの戦狂いと比べれば与しやすい相手と思われたのは確かね。でも丁度良い機会だったから、出来る限り隙を見せた上で不穏分子はそこで一掃させて貰ったわ」


「ふぅん。まぁ西の連中も内乱鎮圧後、表面上は随分と大人しくなったみたいだし、狙い通りの粛清だったってことかな?」


「私の狙い通りでもあったし、御父様の狙い通りだったかと」


「そんな御父様だなんて……気安くパパって呼んでいいんだよぉ?」


 ほんの一瞬だけ表情を変えたクソ親父だったが、このまま変わらずに惚けるみたいね。


 帝国を限界ギリギリまで広げ、不穏分子を帝位継承という隙を見せることであぶり出して一掃させる。


 その後は、自分よりも統治に優れた娘に丸投げして帝国を安定させる……そこまでがこのクソ親父の策であったはず。


 実際、起こった内乱は長引きはしたものの、苦戦することはなかったし、他に波及することもなかった。


「まぁ、昔の事はさて置き……ちょっと気になるんだけどさ。エインヘリアってどうなのよ?」


「どうって何よ?」


 先程までのおどけた様子とは雰囲気を変えながら、クソ親父がエインヘリアの名を口にする。


 どうやらここからが本題の様ね。


 

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