第515話 皇帝は忙しい



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 エインヘリアからエルディオンの動きについて警告があってから一ヵ月余りが経過した頃、南東国境沿いで動きがあった。


 最初に報告があったのは『至天』第三席『爆炎華』を送り込んだ東の端にある砦。


 およそ千体の魔物がエルディオン側の森から砦を目指して侵攻してきたが『爆炎華』の働きで一掃したとの事。


 あの砦には広域殲滅、個人戦闘、諜報とバランスのよい人材を派遣出来ている為問題はないが、最初の襲撃以降も数日おきに数百の魔物が砦を目指して侵攻して来ているようだ。


 散発的に魔物を送り込んだところで意味がない事は理解できたと思うのだけど……向こうの考えは未だに読めないわね。


 東端の砦以外でも魔物による襲撃が何度か起こっているが、国境沿いの砦には『至天』を派遣しているので今の所問題らしき問題は起こっていない。


 気になるのは、魔物の襲撃ばかりでエルディオンの兵の姿は一切見えない事と、いくら何でも魔物の数が多すぎる事。


 これはやはり……フェルズから聞いた通り、エルディオンは魔物を発生させることが出来るという事……以前は限定空間内だけで生存できる魔物だったらしいけど、その限定を解除することに成功したという事でしょうね。


 厄介極まりないけど『至天』であれば対応は問題ない。


 これだけ楽なのは転移のお陰だけど、やっぱり戦時において魔力収集装置は凄すぎるわ。


 防戦において前線と後方を一瞬で入れ替えることは出来るし、リアルタイムでやり取りが可能。


 ある程度の物資の輸送も可能なので、その気になれば籠城は永遠に出来るし、負傷兵は帝都の整った医療施設で受け入れ、毎日兵を入れ替えることも可能。


 最高戦力である『至天』も自在に配置を変更することが出来るし、相手がエインヘリアじゃない限り負ける事はあり得ないと自信をもって言えるわね。


 とは言え、エルディオンはそんな風に楽観できる相手ではない。


 フェルズから聞いた人造英雄と魔物の件……これだけでもエインヘリアとぶつかる前の帝国であれば苦戦は免れない戦力と言える。


 特にこれらをバラバラの戦力と考えるのではなく、一纏めの戦力と考えた場合……『至天』に人造英雄を、一般の兵に魔物をぶつけると言うやり方が可能であれば苦戦は免れないでしょうね。


 人造英雄の数をどの程度揃えられているか分からないけれど、恐らく十や二十ではない筈。


 『至天』の人数は他国にも知れ渡っているし、何よりエルディオンは小国に六名もの人造英雄を出している。


 実験とは言え、自国の戦力が帝国のそれを下回るような派遣の仕方はしないだろう。


 エインヘリアからの情報とリカルドやディアルド爺の視察から、小国に派遣されていた人造英雄の実力は把握できている。


 相手が一人なら二つ名持ちじゃなくても余裕、相手が二人だと連携されると厳しい者もいるが二つ名持ちなら問題ないくらい。


 三人以上となると二つ名持ち以下は厳しいが、上位の者達であれば対処は可能。


 百や二百と用意されれば厳しいが、それでも対処できないと言う程でもない。


 しかしそれは、小国に送り込まれた英雄だったらという話。


 本国で運用している英雄は間違いなくアレよりも強力でしょうし、もしかしたら『至天』のように特殊な能力を持った英雄がいるかもしれない。


 英雄という存在の規格外さは『至天』を有する私達が一番よく理解している……だからこそ、楽観視は出来ないし、油断をすれば痛い目を見るだろう。


 それに、エルディオンの研究がそれだけとは限らない。


 いや、かなりの高確率で他の切り札を用意しているというのが私達の見解だ。


 私はため息をついた後、すっかり冷たくなってしまったお茶を一口飲む。


 魔法大国が魔物をけしかけて来るだけというのはあり得ない。


 今の散発的な魔物の侵攻で帝国をどうこう出来るとは連中も考えていない筈……今見ているのはこちらがどう対処するか……それと、恐らく『至天』が何処に配置されているかということね。


 今は魔物を使って侵攻ルートを選定していると言ったところかしら。


 誰が何処に配置されているかを探り、戦力の薄い場所に力を集中させる算段なのか……それとも『至天』を抜く算段があるのか……まぁ、こちらは配置を自由自在に変更できるから、その探りは意味がないのだけどね。


 それと、国境からは少し離れた位置ではあるけど、今帝国東部にはエインヘリアから調査団が派遣されている。


 調査するのが魔物関係である以上、国境にも行きたがるかもしれないけど……その辺の対応はエインヘリアと決めた方が良いかもしれない。


 間違いなくこれから戦場となる国境に他国の調査団……例え調査員の実力が英雄並みに凄かろうと危険地帯であることには違いない。


 帝国を信頼して調査団を派遣してくれているエインヘリアの事を考えれば……魔物の調査という危険を含んだ調査であったとしても、出来る限り危険からは遠ざけるべきだろう。


 それと……これは今回の戦争には関係ないと思うのだけど、エファリアから可能な限り早く会いたいって言われているのよね。


 エファリアからそんな打診が来るという事は、恐らく……いえ、間違いなくフェルズ絡みで何かあったのでしょうけど、流石にこの状況で色恋に現を抜かすわけにはいかないし、エファリアには申し訳ないけど返事は保留させて貰っている。


 まぁ、週に一度は必ずエインヘリアに向かうあの娘ならこちらの状況もすぐ知る事になるでしょうし、そちらは問題ないでしょう。


 もっとも、フェルズ絡みで何かが起きているという話は気になるのだけど……かなり……いや、物凄く気になるのだけど……いくらなんでもそんな理由で政務をほったらかすだなんて、平時ならまだ少し無理をすれば取り返せるだろうけど、今この局面ではありえないわね。


 それにしても……この戦い、どう決着をつけるべきか。


 現在国内では防戦に徹し、エルディオンを撃退後戦後賠償を要求するべきと主張する者達と逆侵攻を仕掛け魔道大国と全面戦争を行うべしと主張する者達の二勢力に分かれている。


 当然私は防戦派だけど、東部の貴族を中心に全面戦争派はかなり勢いがある様子。


 長年に渡るエルディオンのちょっかいにうんざりしていると言うのもあるのだろうけど、彼等の頭の中にある最大要因はエインヘリアだ。


 帝国の臣民もそして貴族達も、我等スラージアン帝国はこの大陸一番の国であるという自尊心を持っている。


 それ故、許せない。


 帝国に比肩しうるエインヘリアという大国を。


 あの戦争から二年余り……まだ過去の話とするには短すぎる時間だが、あの戦争はエインヘリアの要望もあり、内外に痛み分けの和睦となったと喧伝してある。


 勿論、何十万もの兵が参戦して一方的にぼっこぼこにやられた記憶は残っているし、上位の貴族達はその事を理解している筈なのだが……それでも抑えきれないようなのよね。


 彼らからすれば、格下のエインヘリアがどんどん領土を広げているという状況は心穏やかとは言えず、かと言ってエインヘリアの実力は知っているので直接どうこうすることが出来ない以上……エルディオンを潰し少しでも勢力を拡大したいということなのでしょう。


 私からすれば愚かの極みって感じの思考なんだけど……そういう風に考える連中が多いし、声も大きいのよね……。


 これ以上領土を広げても管理しきれないと言う言葉が何故理解出来ないのかしら……いえ、正確にはエインヘリアの助けが無ければ管理出来ないかしらね。


 エインヘリアから借り受けている魔力収集装置。


 アレが無ければこれ以上領土を広げても統治しきれないというのに……連中はエインヘリアを下に見つつ、その技術だけは使いたいという……厚顔無恥にも程があると言うか、正直イライラするわね。


 そもそもクソ親父が考え無しに領土を広げた結果、帝国は崩壊寸前まで追い込まれたって言うのに……また同じことをしろって……ほんと馬鹿じゃないの?


 考えていたら、なんかどんどん腹が立ってきたわね……。


 苛立ちを呑み込むように、残っていたお茶を一気に飲み干した私がカップをソーサーに戻すと同時にラヴェルナが部屋へと入ってきた。


「……いや、聞きたくないわ」


「気持ちは分かるけど聞いて?」


 ラヴェルナの顔を見た私は、咄嗟に耳を塞いで目を瞑る。


 部屋に入ってきたラヴェルナのあの顔……どう見ても面倒事が起きましたって顔だった。


 ただでさえ馬鹿の事を考えてイライラしていたって言うのに、これ以上面倒な事は聞きたくない。


「エインヘリアの飛行船が飛んできたあの時よりはマシだから聞きなさい?」


「それ、帝国史上最もヤバい事態じゃない。それと比べている時点でとんでもなく厄介事でしょう?」


「……貴方にとってはエインヘリア以上かもね」


 ぼそりと呟いたラヴェルナの顔は非常に疲労の色が濃い。


 一体何が起こったというの?


 ラヴェルナの顔色を見て、流石にこれ以上逃げる訳にはいかなくなった私はラヴェルナの話に耳を傾けて……。


「はぁ!?」


 皇帝にあるまじき叫び声をあげてしまった。


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