第514話 赤いアイツ
そう言えば、この前サリアと行った釣りは面白かったよな。
俺自身魚は一匹も釣れなかったけど……寧ろ何が釣れるか分からないドキドキ感もあって中々盛り上がったと思う。
しかしアレは、サリアがしっかりと準備を整えてくれていたからこそ楽しむことが出来たってのもあるからな……フィオを誘って行きたい気もするが……いや、厳しいな。
サリアに誘われて釣りに行った事はフィオも知っている訳だし……それと同じことをすれば、間違いなく微妙な雰囲気になるだろう。
一生懸命考えてくれたサリアにも悪いし……かと言ってサリアプレゼンツのあの釣り以上の物を俺が提供できるとは思えない。
やるとしても少し時間を置いてからだな。
それよりも、転移や飛行船を使ってフィオを色々な場所に連れて行くのが良い気がする。
今のこの大陸はフィオのお陰で存続できたと言っても過言ではない。
フィオが救った世界を、まずはその目で見せてやるのが良いのではないだろうか?
っていうか、俺はそれを約束していた訳だし……フィオは妙に忙しそうだけど誘うべきだよな?
いや、別に二人きりというわけじゃない。
視察……そう、普通に視察に誘うだけのこと。
バンガゴンガを視察に誘うのと大して変わらん……と思う。
別に緊張するような事ではない。
よし……じゃぁ、何処に視察に行くのが良いか……。
自然……よりも人の営みか?
だとすると……街や村か。
いっそのことフェイルナーゼン神教の聖地……?
『韜晦する者』を使えば別に聖地に行くことは不可能ではないが……フィオが懐かしいと思えるものが残っているかどうかは流石に微妙だろうな。
クルーエルに話を聞くのも有りだね。
フィオの素性をばらすつもりはないが、フィオ関係の情報を一番持っているのはクルーエルだしな。
何かフィオが懐かしいと思えるような話が出てくれば御の字だけど……まぁ、歴史はかなり歪曲しているようだし、なんでそんなことになったの!?って驚きの話の方がありそうか。
そもそもフィオが神格化されてる時点で、びっくりネタはお腹いっぱいかもしれんが……まぁ、羞恥に顔を染めるフィオを見るのはとても楽しそうだし最有力候補にしても良い気がする。
よし、問題は多そうだけど、聖地にはそのうち連れて行ってみよう。
後は……他国なんかも良いかもしれないな。
あぁ、そうだ。
今後はフィオもお茶会に参加することもあるだろうし、エファリア達に紹介する必要もあるよな。
まぁ、フィオなら皆とすぐ仲良くなれるだろうし、そっちは問題ないだろう。
そんな風にフィオを何処に連れて行こうか、暫くの間俺は思案した。
View of ユーリカ=ストラダ 『至天』第十五席
「いくらなんでも数が多すぎるな」
森から滲み出るように現れ砦へと向かって進んで来る魔物の群れを見下ろしながら、脳筋が呟く。
「種類に纏まりが無くて数えにくいけど……千くらいいるんじゃない?」
「そうだな。これは、エルディオンが魔物を操る事が出来るって考えるべきか?」
「少なくともこちらに向かって動かすことくらいは出来るみたいね。お腹を空かせている魔物を餌で誘導する程度なのか、一挙手一投足まで操れるのかは分からないけど……」
仮に魔物の全てを操る事が可能だとしたら、相当な脅威となるでしょうね。
幼体ならともかく、成体の魔物は人種よりも遥かに強力な戦力。
獣である以上本能的な動きが多い為、罠に仕掛けて一気に殲滅という手も使えるけど、正面からぶつかり合えば同数の兵力では間違いなく勝てない。
いや、魔物と正面からぶつかる愚を犯す必要はないけど……戦力的には魔物一匹に対して最低兵士三人でなんとか対応出来ると言ったところ。
大型の魔物に対してはもっと人数が必要でしょうね。
それに……魔物は兵や野生の動物と違って自分達が怪我をすることを恐れない。
殺られる前に殺ると言わんばかりに、被害を恐れず攻撃を仕掛けて来る。
要は、追い込まれているわけでもないのに全ての敵が死兵のようなもの……こちらの被害が拡大するのも無理のない話ね。
そんな死を恐れず、身体能力的にも優れた魔物をエルディオンがある程度操る事が可能だとすれば、これは相当な脅威と言える……数年前であれば、帝国も危なかったかもしれない。
しかし、今は数年前とは状況が違う。
エインヘリアと同盟を結び、魔力収集装置による戦力移動が簡単に行えること。
そして北方や南から南西にかけて殆ど警戒しなくて良くなった情勢……この事から、帝国の最高戦力である『至天』を自在に動かすことが出来る現状、魔物という戦力単体では脅威足りえない。
「……少なくともこの砦を目指して進軍させることくらいは可能みたいね」
「そうだな。まぁ、あんな風に纏まって動くならこっちとしてはやりやすいがな」
その脳筋らしくない言葉に、私は首をひねる。
「それって『爆炎華』に処理してもらうって事?」
「それが一番早いだろ?」
「私はあんたが先陣切ると思ったんだけど……」
「魔物相手にそんなことして何の意味があるんだよ。こっちの士気が上がる訳でも向こうの士気が下がる訳でも無し……『爆炎華』に魔法叩きこませりゃすぐ済む話だろ」
呆れたように言う脳筋だけど……あんたちょっと前だったら嬉々として突っ込んで行ってたでしょうに!
なんか……この大人というよりもスカした感じ……ムカつくわね。
私がそんな事を思っていると、脳筋は何かを思い出したように笑いながら口を開く。
「『爆炎華』といやぁ……アイツ、二つ名は轟炎が良いって陛下に文句言ったらしいな」
「あー」
何を笑っているのか理解した私は思わずそんな声を出す。
今まさに魔物の大群が押し寄せてきているというのに暢気なものだと周りにいる兵からは思われそうだけど、私達からすればアレは数が多くて面倒というだけで脅威とはなり得ないから仕方がない。
「『氷牙』も陛下にこそ言ってないものの、轟雪とかが良いって言ってたわよ?」
「どいつもこいつもジジイ好きすぎだろ」
「リズバーン様に憧れていない『至天』は殆どいないと思うけど」
「『死毒』と『爆炎華』が筆頭って感じだな」
「『爆炎華』は憧れって感じだけど『死毒』は崇拝って感じだから……」
確かにどっちも熱量は凄いけどね……。
「でも魔法使い系の子達が轟の二つ名に憧れるのは分かるけどな」
「そんなもんか?」
「とんでもない栄誉だと思うわよ?リズバーン様の後継と認められたって事になるし……」
リズバーン様の二つ名『轟天』
そこに刻まれた轟の字を欲しがらない『至天』は……まぁ、目の前の脳筋を除けば殆どいないでしょうね。
やはり、リズバーン様という存在は『至天』にとって憧れそのものなのだ。
「そんなもんか?俺としては称号うんぬんよりジジイに勝つ事の方が大事だと思うけどな?」
「……あんたやっぱり脳筋だわ」
多少落ち着いたと言ってもやっぱり根は脳筋。
そもそもリズバーン様の凄さは戦闘能力だけじゃないでしょうに……。
長年『至天』の第一席を務めながらも国政に参加して内政、外交と多種多様な活躍を成されている。
その上後進の育成……リズバーン様程完璧超人という言葉が似合う方はいらっしゃらないと思う。
「いや、ジジイが戦うだけじゃないってのは分かってるぞ?俺が言いたいのは、実力すらジジイに届いていないのに名前だけ大層なもん付けられても仕方ないだろってことだぞ?」
「……やっぱ、何かムカつくわ」
「何だ?急に」
コイツの正論にも腹が立つし、コイツの勝つという言葉を戦闘のみに直結させた自分にも腹が立つわ。
そんな風にイライラさせられつつも脳筋と話をしていると、魔物の群れが砦までかなり近づいてきた。
まだ弓でも届かない距離だけど、魔物が走りだせばあっという間に防壁に取りつかれる距離とも言える。
「『爆炎華』は出ないのか?」
「とっくに連絡は行っていると思うけど……」
てっきり喜んで飛び出すと思っていた『爆炎華』が未だ姿を現さない事に脳筋と二人で首をかしげていると、砦の門が音を立てて開かれた。
「やっと出るみたいね。あの派手好き」
防壁から真下を見下ろすと、これでもかというくらい真っ赤な人影がふらふらと砦の門から出てきたのが見えた。
真っ赤なとんがり帽子に真っ赤なローブ。
手には真っ赤な手袋に真っ赤な杖。
靴も真っ赤……以前、商協連盟やソラキル王国から密輸されていた禁制の薬の中毒者が、一つの色に固執する症状を見せることがあると聞いた時は彼女の薬の使用を疑ったけど……残念ながらあの派手好きは素面だったのよね。
「戦場であれだけ真っ赤だと目立って狙われそうなもんだけど、彼女の場合……その姿が確認されただけで敵が逃げ惑うのよね」
「火力馬鹿だからな。戦場でその姿を見たら、回れ右して馬を全力で走らせて……生き残れるかどうかは五分五分。流石にまだ勝てねぇ……後どうでもいいが『爆炎華』の服装を見てるとエインヘリアの弓使いを思い出すんだよな……」
若干呆れ交じりに脳筋が言う彼女こそ、『至天』第三席『爆炎華』ウーラン=ミーオリーオ。
脳筋が火力馬鹿と評する通り……とにかく炎の魔法に特化した攻撃偏重の英雄。
広域殲滅力で言えばリズバーン様に次ぐ力を持っていると言えるわね。
同じ広域殲滅型の『死毒』とは犬猿の仲なのはかなり有名なんだけど……基本リズバーン様を取り合うと言うか、そんな感じね。
とりあえず、彼女が出た以上もうここに居る必要はないわね。
「ん?戻るのか?」
「『爆炎華』が出たのよ?砂埃がとんでもない事になるじゃない」
「確かにな。まぁ、俺は見ていくが……」
「あっそ」
「帝都への報告は任せた」
「……あんたも手伝いなさい」
私の言葉に凄まじく面倒くさそうな顔を見せる脳筋。
「多分私は報告が終わったら偵察に出ることになるわ。ならあんたも帝都からの話を聞いておくべきよ」
「なるほどな。なら仕方ねぇか……」
ため息交じりに脳筋が頷くとほぼ同じタイミングで、『爆炎華』の放った魔法が魔物の群れの中ほどで爆発した。
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