第513話 不倒不壊



 フィオを召喚して半月ばかりが経過した。


 その間、俺達は特に二人きりで何かすることもなく……というかフィオは中々忙しそうに過ごし、俺は日常業務をこなしつつルミナと遊んだりバンガゴンガと視察に出たりしていた。


 以前漁業ゴブリン村の人手について気になった事があったのでその辺りの事を詰めたり、建設していた飛行船の発着場の落成式に参加したりとそれなりに忙しかったせいもあるが、落ち着いてフィオと話す時間が無かったのは少し問題だったように思う。


 しかし、フィオの方は……なんであんなに忙しそうだったのだろうか?


 それとうちの子達のフィオへの態度も何処か様子がおかしい。


 いや、棘があるとか忌避されているとかそういう感じではない。


 寧ろ滅茶苦茶友好的というか……俺がフィオを紹介した時はナジュラス殿と呼ばれていた筈なのに、いつの間にかフィルオーネ様と呼ばれるようになっているのだ。


 何があったのだろうか……?


 うちの子達が様を付けて呼ぶのは……各国の王かクルーエルくらいのものだ。


 つまりフィオは、フィリア達と同等かそれ以上の存在として認められたという事だよね?


 あいつ……何やったんだ?


 あの時の会議でキリクが言ったように、うちの子達が俺と共にこの世界に呼ばれたことを感謝しているのは間違いないが……だからと言って敬われたりするかと言えば、それは否だと思う。


 恐らく何か……俺の知らないところで何かがあったに違いない。


 まぁ、それを確認しようにもフィオとゆっくり話す機会がないのだが……。


 どうやったかは全く分からないけど、フィオが皆に受け入れられたことは本当に良かったと思う。


 うんうん、よかったよかった……。


 俺に体をくっつけたままへそ天状態で眠るルミナを見下ろしつつ、俺は若干物思いにふける。


 しかし、あれね?


 こう……アホなこと考えても突っ込まれる心配がないと言うか、馬鹿な事を考えても修正してもらえないというのは……中々新鮮というか、物足りないと言うか……。


 いや、心の中丸裸でストレスフリーって訳ではなかったんだけど、無くなったら無くなったでなんかぽっかりと穴が開いた感じがするんだよね。


 眠りながらも感じていたフィオの気配的な物が無くなったからってのもあるのかもしれないけど……いや、別に寂しがってるわけじゃないけどね?


 なんとなく気恥ずかしくなった俺はルミナのお腹をそっと撫でる。


 寝ているところに触られたことでルミナの目が薄く開かれるが、撫でている人物が俺であることを確認したら再び目を閉じ小さな寝息をかき始める。


 くーくーと聞こえて来るルミナの寝息を聞きつつ、今日の午後は何をしようか俺は考えることにした。






View of ユーリカ=ストラダ 『至天』第十五席






 帝国東南部。


 陛下の命により、私と他数名の『至天』がこの地に派遣されていた。


 理由は帝国東部で被害が大きくなっている魔物の調査なんだけど……それだけが理由で『至天』を複数名送り込んだりはしない。


 『至天』とは帝国の切り札。


 英雄のみで構成された、まさに最強集団……とは言い切れなくなっちゃったけど、少なくとも帝国における最高戦力であることは変わりないからね。


 そんな私達が只の調査で送り込まれたわけもなく、本命は帝国の東南部に接する厄介な国……魔法大国エルディオンを警戒してのことだ。


 同盟国であるエインヘリアから齎された、エルディオンが戦争を仕掛けて来るとの情報。


 帝国が誇る……いや、公にはしていないから誇っちゃダメだけど……とにかく諜報機関である資源調査部が手に入れていない情報を当然の如く知っているエインヘリア。


 その事に思う事が無いとは言わないけど……あの外務大臣が率いる諜報機関であれば、偏執的なまでに血統主義な連中から情報を掠め取るくらい容易いことなのだろう。


 どう考えてもエルディオンの連中よりもエインヘリアの方が怖い……エインヘリアとの戦争時に相対した外務大臣とのやり取りを思い出し、私の背筋が震える。


 あの時は外交官……可愛い外交官を名乗っていたウルルという女だったが、後程紹介された時は外務大臣と言われていた。


 私は影に潜るという能力の特性上諜報や暗殺を得意としている英雄だけど、アレは次元が違い過ぎる。


 影どころか、アリすら隠れられないような平地で姿を見せず話しかけて来る。


 隠れると言う言葉の意味をもう少し考えて欲しい。


 しかも無茶苦茶強いし……。


 他の『至天』がエインヘリアの英雄にぼっこぼこにされたのを目の当たりにして動揺しまくっていたとは言え、戦闘や逃亡するといった行為すら許されず……一歩も動けずに私は倒された。


 いや、一回攻撃できたっけ?


 どちらにせよ、そんなレベル……正に赤子と大人と言ったレベルの違いだった。


「何ぼーっとしてんだ?影女」


「……この世の理不尽を儚んでいただけよ」


 私に近づいてきた脳筋が声をかけてきた。


「何か見えんのか?」


 そう言って私の横に並んだ脳筋は私の視線の先……国境の先に広がる大きな森へと視線を向けた。


 私が今いるのはエルディオンとの国境付近に作られた砦の防壁の上。


 特に理由があった訳じゃないけど……また戦争が始まる可能性を考えていたら気が滅入って来たので風に当たりたかったのだ。


「何も見えないわ。風に当たりたかっただけよ」


「なるほどな」


 この脳筋……エリアス=ファルドナはここ数年で一気に席次を上げて、先日遂に『至天』第十席だった『走剣』を倒し、新たな十席となった男だ。


 与えられた二つ名は『不倒不壊』。


 入れ替え戦での『走剣』の猛攻を見事に捌き勝利を収めた故につけられた二つ名ってことだけど、コイツには脳筋で十分だと思う。


 いや、最近のコイツは一概にも脳筋とは言えない感じではあるんだけど……。


 数年前は『至天』の中でもほぼ最下位みたいなポジションに居て、ソラキル王国に派遣されていたっていうのに、今となっては十席。


 私も入れ替え戦を含め、何度が戦ったけど……以前のような、特化した身体能力に任せてただただ暴れまわる脳筋だった頃とは全然違う実に洗練された戦い方に、手も足も出なかったのよね。


 エインヘリアで行っている訓練の成果ってことだけど……なんとなく女の影が見える気がする。


 まぁ、同僚としては考え無しの筋肉馬鹿よりも落ち着いた筋肉の方が遥かにマシだから、女絡みだろうと何だろうと嬉しい限りだけどね。


「動くかしら?」


「少なくとも上層部は動くと考えているな。俺とお前、それから『爆炎華』が派遣されて、帝都ではリカルドとじーさん、それから『死毒』がいつでも出られるように待機状態だ」


「エインヘリアとの戦争の時ほどじゃないけど、かなりの戦力ね」


「面倒な相手だが、それ以上にエインヘリアから聞いた情報があるからな」


「英雄を作り出したって奴?そんなこと本当に可能なのかしら?」


 そんなことが出来るのなら、エルディオンはとっくの昔に大陸制覇に乗り出していると思うのだけど……いや、準備が整ったからそれに乗り出したってこと?


「エインヘリアがそんな冗談や虚言を言う国かどうかは……あの戦争に参加したお前なら分かるだろ?」


「……必要ないわよね。エインヘリアにそんなの」


 帝国を虚言で振り回さずとも、真正面から力技で振り回すことが出来るのがエインヘリアという国だ。


 わざわざそんな訳の分からない虚言を吹き込む必要がない。


 私と脳筋は同時に大きなため息をつく。


「……影女、俺が今考えていることわかるか?」


「そうね……やっぱ、エインヘリア怖い。とかかしら?」


「大当たりだ」


 私達の視線の先……エルディオン側にある森から、滲み出て来るように大量の魔物が姿を現した。


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