第512話 真実に嘘を混ぜて隠すところは隠す



「友人……ですか?」


「あぁ」


 いつもは頼もしくも恐ろしいキリクの眼鏡クイっだが……本日は唯々恐ろしい。


「お友達ですか~ふふふ~」


 そしてイルミットののんびりした笑いもただひたすら恐怖を煽る。


 我覇王なのに……なんか吊し上げ会みたいになってません?


 フィオを召喚して、夢で呼び出されないかを確認するために一時間ほど寝た俺は、役職持ちのメンバーにフィオを紹介することにした……リーンフェリアの口から情報が流布するのはマズいとの判断だ。


 急遽集めた事もあり、最初は訝しげだった皆だったが俺がフィオを紹介するとその空気を一変させた。


 いや、彼らはいつも通りなのかもしれない……俺の心に疚しいところがあるからそう感じるだけ……そう考えた俺は、一度心をフラットにして皆を見る。


 キリク……眼鏡をクイっとしながら怜悧な瞳でこちらを見る。


 イルミット……貼り付けた様な微笑みを浮かべたままこちらを見る。


 リーンフェリア……何処か非難するような目でこちらを見る。


 アランドール……微笑まし気にこちらを見る。


 カミラ……明らかに不機嫌そうにこちらを見る。


 エイシャ……普段の糸目ではなく目を見開いてこちらを見る。


 オトノハ……どことなくしょんぼりした様子でこちらを見る。


 ウルル……エルディオンにいる筈なのに何故ここに居る?


 ……うん、これ気のせいや勘違いじゃないな。


 アランドール以外の全員から非難めいた物を感じる……これは、やはり友人という設定がバレた感じだろうか。


 まぁ、今まで一度も話に出てこなかった友人がいきなり現れたら疑うのは当然だろうし、一国の王が突然異性を友人ですって連れて来たら警戒するのは当然だよね。


 キリクやイルミットがいるので、只の友人ですで話を貫けるとは俺達も考えていないし、こうなった時の事もフィオと打ち合わせは済んでいる。


「リーンフェリア」


「は、はい」


 俺は護衛として唯一この部屋の中で立っているリーンフェリアに声をかける。


 自分が声をかけられるとは思っていなかったのだろう、少しだけ戸惑ったように返事をしたリーンフェリアだったが、すぐに背筋を伸ばし傍に控える。


「俺が寝ている間にフィオから聞いた話を皆にしてやってくれ」


「畏まりました」


 俺の命令に従って、リーンフェリアが俺の寝ている間に聞いた話を皆に話す。


 フィオと打ち合わせをした内容を伝える前に、フィオがどのように俺達の事をリーンフェリアに説明したのか確認する必要があるよね。


 そう思ってリーンフェリアに説明を頼んだんだけど、どうやらそこまで込み入った事情を聞いたわけではなさそうだ。


 フィオは物凄く苦労したって感じで俺の事を睨んでいたが……リーンフェリアが俺の友人として紹介したフィオに詰め寄るとは思えなかったんだよね。


 案の定というか……リーンフェリアは最低限の事しかフィオから聞いていない様だった。


 俺とフィオが以前からの友人である事。


 フィオにとって俺は恩人である事。


 魔王の魔力について詳しく、以前より色々と相談を受けていたという事。


 お互いに気の置けない間柄で対等な存在として尊重し合っているという事。


 リーンフェリアがその辺りを説明すると……何故か微妙にキリク達の様子が真剣なものに変わる。


 そんなに危険な事は言ってないよな……?


 俺は皆の様子を確認してからフィオの方に視線を向ける。


 俺と同じように皆の様子を見ていたフィオは、やはり同じタイミングで俺の方に視線を向けて小さく頷く。


 まぁ、やっぱりそうなるよな……そもそも、ポンコツ魔王となんちゃって覇王のコンビがキリクとイルミットを筆頭にしたうちの子達を誤魔化せるわけがないのだ。


 ならば、俺達がすることは一つ……。


「まず最初に言っておく。今から話すことは旧エインヘリアの人間以外には他言無用だ。たとえ相手が属国の王達や、バンガゴンガ達であってもだ」


「「はっ」」


 俺の言葉に雰囲気を変え、真剣な表情で頷く皆に説明を始める。


「フィオは俺を神界からこの世界へと呼んだ張本人だ」


「「っ!?」」


「同時にお前達をこの世界へと召喚した者でもある」


 誤魔化すのが無理であるなら……若干の脚色を加えほぼ事実を語り……絶対に隠したい事柄だけを隠す。


「……ナジュラス殿には、神界に干渉するだけの力があるという事ですか?」


「干渉したのは確かだが、それはフィオの技術と気の遠くなる程長い時間溜め続けた魔力によるものだ」


 キリクの問いにそう前置きをしてから、俺は語り始める。


 フィオが五千年前の魔王である事。


 そして魔王の魔力とそれに対抗するための儀式……その結果、俺とエインヘリアという対抗手段がこの世界に呼びだされたと言う話だ。


「その時にフィオは一度儀式に魔力ごと存在の全てを取り込まれたらしくてな……儀式が発動し、その願いの核となった俺の中に封印されているような状態になった」


「フェルズ様の……中に?」


「あぁ。当初は完全に力を失っていたみたいだな、暫くして意識がはっきりしたフィオは夢という形で俺にコンタクトを取った。そして俺達は夢の中で交流を重ね……友誼を結び今日に至る」


 俺がそう話を締めくくると、キリクは少し考えるそぶりを見せた後、俺の隣に座るフィオの方に視線を向けた。


 その視線を受け、フィオは椅子から立ち上がり深く頭を下げる。


「私の勝手な願いに一国を担うお主たちを巻き込んでしまった事、深く謝罪するのじゃ。そして、元のエインヘリアがどうなったか調べる術はなく、またお主たちを元の場所に戻すことは不可能であることも」


「「……」」


「この世界を救いたい。そんな私の漠然とした願いがこのような事態を引き起こすとは、一切予想出来ておらんかった。研究者として、技術者として恥ずかしい限りじゃが……予想も出来ず、そして起こったことに対する責任も取れぬ。じゃから、お主たちが私の命を望むのであれば、それを受け入れる。許して欲しいなどとは絶対に言わぬ。それだけの身勝手を私はお主たちに働いたのじゃからな」


 フィオが頭を下げたまま謝罪を口にする。


 夢の中で何度も謝られ、その度に気にする必要はないと言ってきたが……エインヘリアの全ての子達にフィオは同じ想いを抱いていたのだろう。


 元はただのゲームのデータに過ぎないが、この世界で一生命体として確立した個人……その存在を尊重するからこその謝罪だ。


 とは言え……処刑はダメよ?


 俺はうちの子達が何より大事だが……それと同じくらいフィオの事も大事だ。


 両者が対立……いや、この場合は一方的に裁くだけだが、うちの子達が納得出来なかろうと、フィオが納得出来なかろうと俺はその裁きに介入しますよ?


 内心ハラハラしながら俺は頭を下げるフィオとそれを見るキリク達を見守る。


 時間にすれば数秒だろうけど、物凄い緊張感を伴った間が生まれ……キリクの小さなため息でそれが破られた。


「頭をお上げください、ナジュラス殿。フェルズ様が隣に立ち、友人として貴殿を我々に紹介して下さったという事は、フェルズ様は貴殿をお許しになられ……そして受け入れられたという事。フェルズ様の臣下である我々に、貴殿を罰する事は出来ませんし……そもそも、罰したいと思っている者は、この場に居ない者も含め一人もいないと断言出来ましょう」


 眼鏡をクイっとしながら吐き出された言葉に、俺は心の底から安堵を覚える。


 俺ありきではあるけど……キリクがそう言ってくれて本当に良かった。


 後はフィオが納得するかどうか……いや、真面目で思いつめやすいフィオのことだ、自分には納得するかどうかという選択肢すら無い……そんな風に考える可能性が高いな。


「寧ろ、この話を聞けば感謝する者達が大半でしょうね。元のエインヘリアを置いて来た事は色々と問題があるのでしょうが……それ以上に私達はフェルズ様に再会できたことを嬉しく思っております。我々にとってこれ以上の喜びは無く、これ以上ない程幸福を感じたあの日の事を忘れないでしょう」


 キリクの言葉にフィオがゆっくりと頭を上げると、その場にいた全員が頷く。


「元のエインヘリアについては……残った者達が何とかするでしょう。フェルズ様がいなくなったことで神界に問題が起こる可能性もありますが、それはもはや彼らの問題……その世界を去った我々が気にすることではありません。なので、ナジュラス殿が我々をこの世界に呼びだしたことについては、何ら問題ないと我々は考えております」


 薄情にも思えるキリクの言葉だが……問題を解決するのは問題に直面した者達だというのは間違っていないし、手出しどころか状況を知る事すら出来ない俺達に可能なのは信じてやる事だけというのも確かだ。


 まぁ……元の世界というのがゲームである以上、続編でも作られない限り問題は起こりようもないけど……それは知る必要のない話だね。


「ナジュラス様の事情、それと……我々がどうしてこの世界に来て、フェルズ様と再会出来たのかは理解出来ました。フェルズ様が納得されてナジュラス様を対等な友人だとおっしゃっている以上、我々に否はありません。ですが……その件とは別に、我々はナジュラス殿に確認したい事がございます」


 台詞の途中でキリク……いや、アランドールを除く全員の雰囲気が変わった。


 ……何を聞く気だろうか?


「ふむ。お主等の聞きたい事は何となく分かるが……」


 そう言ってちらりと俺の方を見るフィオ。


 ……なんじゃろか?


「御理解いただけたようで何よりです。では、少々場所を変えましょう。これに参加したい者はまだ居ますしね」


 キリクがそう言うと、皆話の流れを理解しているようで無言で立ち上がる。


 そしてそれはフィオも同様だ。


 え?


 どういう展開なの?


「アランドール。申し訳ありませんが……」


「うむ。フェルズ様の護衛。しばし儂が引き受けよう」


「感謝します。申し訳ございません、フェルズ様。しばしの間護衛の任を外れる事お許しいただけますか?」


 リーンフェリアがアランドールに護衛の交代を申し出ている……珍しいというか、初めて見たな。


「構わない」


 で……何がどうなるの?


「さて、フェルズ。私は少々皆と話をして来る。心配はいらん……少しばかり大事な話をして来るだけじゃ」


 俺が頭の中を疑問符で埋めていると、立ち上がったフィオが何処か決意を感じさせる表情で声をかけてきた。


「……大丈夫か?」


「問題ないのじゃ。私がここで暮らす以上、避けて通れぬ話じゃからのう」


 キリっとした表情でそんな事を言ったフィオは、部屋に居た女性陣……プラスキリクと共に会議室から出て行く。


 残されたのは俺とアランドールのみ……。


「さて、フェルズ様、しばし爺と共にありましょうか」


「アランドール……どういうことだ?」


「ほっほっほ。心配はいりませんぞ。ところで良ければ一献どうですかな?」


「……まぁ、アランドールが問題ないと言うのであればそうなのだろうが……護衛が酒を飲んでも良いのか?」


「ほっほっほ。リーンフェリアには内緒にして貰えますかな?」


「くくっ……まぁいいだろう」


 何か最終的に色々と腑に落ちなかったけど……こうして、フィオの召喚は成功に終わり、エインヘリアの皆はフィオを好意的に受け入れることになったのだった。


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