第511話 迂闊……はいつものこと



 俺がゆっくりと目を開けると、そこは幾度となく訪れた星空の荒野……などではなくいつもの俺の部屋。


 俺を覗き込んでいるのはルミナとフィオ……そしてドアの傍でほっとしたような様子でこちらを見ているリーンフェリア。


 まぁルミナとフィオはさて置き、睡眠薬を飲んで寝ていた訳だしリーンフェリアが色々心配するのは仕方ないだろう。


 とりあえず俺は身を起こし、体に異常がないかを確かめつつ傍にいるフィオに尋ねる。


「一時間経ったのか?」


 あくまでも護衛として扉の傍からリーンフェリアは離れようとしなかったので、俺はフィオに尋ねる。


「うむ、ちょうど一時間じゃ。それで……どうじゃった?」


「あぁ……調べていたのはお前じゃなかったか?」


 尋ねてきたフィオに、俺は口元を歪ませながら問い返す。


「……お主の無茶ぶりで私がどれだけ苦労したと……」


 恨みがましい表情で俺の事を見てくるフィオを俺は鼻で笑って見せる。


「フィオなら上手く対処出来ると思ったからな。信頼だな信頼」


「……」


 笑いながら俺が言うとフィオはじろっと睨みつけて来た。


 リーンフェリアがそんなに詰め寄って来るとは思えなかったが、この様子だと色々問い詰められたのは間違いなさそうだね。


 そんなフィオに肩をすくめてみせてから、俺は真剣な表情でフィオを正面から見る……右手でルミナのお腹を撫でながら。


「フィオ……夢で呼び出されることはなかった。というか、何かいつもと感覚が違ったな」


「感覚じゃと?」


「あぁ。眠った時に……呼び出されない時でも感じていた気配のような……誰かが傍にいるという雰囲気が感じられなかった。まぁ、それが無くなって初めて気づいた程度の小さな感覚ではあるんだが」


「ふむ……薬でいつもより深く寝ていたからという可能性もあるかもしれんが……」


 研究職だからか、フィオは簡単には結論に飛びつかない様だ。


 まぁ、慎重に越したことはないと思うけどね。


「一応今夜まで様子を見る必要があるかも知れないが……俺は今ここにいるフィオが、俺の中にいたフィオだと確信出来た気がする」


「ふ、ふむ?根拠がまだ希薄の様じゃが?」


「元々俺達はイレギュラーな存在だし、絶対の確信というのは難しいんじゃないか?」


「それはそうじゃが……良いのかの?」


「フィオは約束を破るような奴じゃないしな。俺の当てにならない感覚よりもよっぽど信用出来る根拠だろ?」


「う、うむ……そうかの?」


 微妙にむず痒そうにしながらフィオがもにょもにょと返事をする。


「フィオ自身が納得できない気持ちも分かるつもりだが……」


 いくら割り切っているとはいえ、自分が複数に分かれたり、自分ではない自分と俺が会って話をしていたりというのは気分が良くないだろうし、気になるのは当然だ。


「い、いや……フェルズが納得出来たなら、私は別に問題ないのじゃ。そもそも実験でフィルオーネ=ナジュラスという存在が増えることを受け入れたのは私自身じゃからな。自身が本人であろうとコピーであろうとどうでも良い……ここに意思を持って立っておるのは私でしかないからのう。ただ、お主が気持ち悪いのではないかと思っての?」


「気持ち悪いとは思わんが……まぁ、本人でなかった場合、どう接したら良いか悩んだことは……知っての通りだな」


「それはまぁ……色々悩ませて申し訳なかったとは思うのじゃが、なんかこうアレよの?お主の想いと信頼は中々こう……アレじゃのう」


「アレってなんだ?」


 しきりに体を揺らしながらフィオが言うが、どうも覇王が誰かに仕事を任せる時並みに指示語が多くて分かりづらい。


「ま、まぁそれはともかくじゃ……お主が何を考えているか分からぬのは、当然なのじゃが……やはり不思議な感じじゃな?」


「ふむ、そう言えばそうだな。こうして話していても俺が何を考えているのかフィオには伝わらないってのは……確かに不思議というか、新鮮な感じだな。うっかり俺の考えている事が伝わっている前提で話しそうになる」


「お互い、慣れが必要じゃな」


 苦笑するフィオに俺もつられて苦笑しながら頷く。


「色々と遅くなったが……ようこそ、エインヘリアへ。フィオ」


「うむ。己が目で見て、己が肌で感じ、己が足でこのエインヘリアに立つことが出来て、嬉しく思う。ありがとう、フェルズ」


 そう言って、笑みを浮かべるフィオに思わず手を伸ばそうとして……。


「ま、待つのじゃ」


 そう言ってフィオが視線だけで扉の方を見て……あ、しまった。


 リーンフェリアが部屋にいることを完全に忘れていた。


 今までフィオと話す時は絶対に二人っきりだったから……口調も色々マズい気がががが……。


 伸ばしかけた手をゆっくりと戻し再びルミナのお腹を撫でた俺は、ベッドから降りて扉の方へ体を向ける。


 そこには真ん丸な目をしながら俺の方を見つつ硬直するリーンフェリアの姿が……うん、色々ばっちり全部見られたよね。


 起きた直後はリーンフェリアを意識して、ぼかし気味に話していたのだが……途中から完全にすっぽ抜けてたな。


 硬直するリーンフェリアを見つつ……俺は早急にフィオの事を皆に紹介しないと大変な事になりかねないと予感した。


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